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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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3.ディエナの配下たち

 理解したくない情報を提示されたシロウは、ディエナが自分を気遣ってくれていることを知りつつも、自分の中で整理する時間を欲した。

 教団の裏切り。

 それは同時に、邪神討伐時にシロウの他で唯一生き残った、マリィの裏切りでもある。


 教団のトップであり、治癒と補助の魔法に関しては比類無き使い手であったマリィ・クナートル。

 美しい容姿と献身的な性格を持ち合わせていた彼女は、教団内でも特に将来を有望視されている人物だった。

 それが邪神封印という危険な任務に身を投じることになったのは様々な理由があったが、最も大きかったのは彼女の正義感と、シロウとの関係にある。


 言葉にしたことは無かったが、互いに好きあっていた。

 少なくともシロウはそう思っていたし、幾度かは口づけを交わしたこともある。

 男女の関係にまで発展しなかったのは、いつモンスターに襲われるかわからない、極限の環境で戦い続けていたからだ。

 全てが終われば、シロウは改めて気持ちを伝えるつもりだった。


 百年が経ち、想い人はもういない。

 そして、彼女と教団による裏切りが彼を今、未来に置き去りにしている。


「あの時……」


 シロウが憶えているのは、邪神を封印して背筋が寒くなる程静まり返った森を出た直後のこと。

 森の外で野営していた教団の応援部隊と合流し、とにかく休息をとりたいと思っていた彼が、天幕の一つに案内されたときだ。

 マリィにおやすみの言葉だけを伝え、天幕へと入ったシロウ。


 そこで妙な香りを感じたところまでは憶えている。

 何分異世界のこと、日本とは違う味や香りに出会うことは珍しくも無い。不思議と落ち着く匂いだったのもあって、シロウは特に気にせずそのまま用意された毛布の上に倒れ込んだ。


 それが、シロウが封印される前の、最後の記憶だ。


「あの時何があったのか。何をされたのか……」


 シロウは自分の両手を目の前にかざした。

 ごつごつとして硬く引き締まった両手の筋肉。少し意識を込めると、そのあちこちから鋭い刃が飛び出す。

 皮膚は裂け、血も流れるが、シロウはまるで気にした様子も無く、刃を包むようにすぐさま傷が塞がっていくのを眺めていた。


 身体のあちこちから刃を生み出す能力。

 そして尋常では無い速度で回復する身体。

 この二つが、シロウが勇者として生き延び、邪神やその配下たちを倒せた理由だった。異世界へやってきた時に覚醒した能力だが、繰り返される戦いの中で、すでに習熟はできている。


「真実を確かめねばなるまい。教団が何をやったのか。……マリィはどう思っていたのか」


 真実を知ることは、必ずしも解決とは言えない。

 余計に傷つくだけであり、絶望を深めるだけかも知れない。それでも、シロウは確認せねばならない。

 マリィのの愛情が、微笑みが、偽物では無かったということを。


「邪神よ」

「レイディエーナよ。ディエナと呼んで」

「……ディエナ。まずは復活を手助けしてくれたこと、改めて感謝する」


 深々と頭を下げ、シロウは先ほどの非礼も詫びた。

 命を救ってもらった。というより、命を分けてもらった者として失礼だった、と。


「何か礼をしたい。このままでは俺の気が済まぬ。だが、勝手なことだが今の俺にできることで頼みたい。これからやることがあるからな」

「何をするの?」

「真実を探しに行く。百年経っているといったが、どこかに当時の記録や、伝え聞いた者がいるかも知れぬ」


 あるいは、長寿で当時を記憶している誰かが。


「真実を見つけて、やっぱり教団が敵だとわかったら?」

「報復する。真に裏切りであったならば、応報せねばならん」


 即答だった。

 立ち上がったシロウは、ディエナと頭二つ分は身長差がある。

 迷いを断ち切った様子の彼の姿を、ディエナは頬を染めて見上げていた。

 そして、彼女も決意する。


「わたしも連れて行って。それがお礼ってことにして」

「同行するというのか? だが……」

「ちゃんと人間の世界に馴染むようにするし、あの子たちだって人間と同じことができるよ。迷惑はかけない。それに何かあればわたしたちも戦えるし」


 懸命にメリットを語るディエナの姿を、シロウはじっと見つめていた。

 彼女の姿に、自分を召喚したばかりの時、訝しむ自分を懸命に説得して邪神討伐の協力を願うマリィの面影が重なった。


「わかった。だが一つ約束してくれ。自分や部下たちの身に危険が及んだとき以外は、人間を殺さないでくれ」

「……あなたは?」

「俺の敵は俺が殺す」


 たとえ相手が人間であっても、シロウにとっては問題では無い。

 信義に悖る行為があったとなれば、モンスターであろうと人間であろうと、成敗するのは当然のことなのだから。


「では、しばらくの間は旅の仲間だ。俺はシロウ。志岐士郎禎信という名前だが……どうやらこちらの人間には呼び辛いらしいからな」

「じゃあ、改めて。私はレイディエーナ。人間たちは邪神と呼ぶけれど、あなたにはディエナと呼んでほしい」

「ディエナか。わかった」


 山を下りる際に死体が転がっている場所に通りかかり、ディエナが自慢げに配下のことを話すのを耳にしながら、シロウは先ほどディエナが言っていた“人間たちは邪神と呼ぶ”という言葉について考え込んでいた。

 邪神が自称では無いとして、それならばディエナは何者なのだろうか。

 モンスターというには、彼女の姿かたちは無垢な少女でしかなく、他の形態は封印前の戦闘でも見ることが無かった。


 一言にモンスターと言っても多くの種族が存在し、知能レベルなども異なる。

 動物や虫を凶暴化させただけのようなものが最下級におり、邪神が封印された後も存在し続けている。

 これらは訓練された者たちであれば撃退できるが、一般の市民や子供たちでは太刀打ちできず、町の近くで目撃された場合、兵士や賞金稼ぎ、あるいはアスカリア教の聖騎士が退治を行う。


 人間の言葉をある程度理解はするが、話すことはできない程度のモンスターもいる。

 それらは数こそ多くないものの、今でも時折姿を現しては大規模な討伐隊が組織されたりしている。

 教団の軍事力が協力してようやく倒せるレベルであり、町や村が無くなる規模の被害が出る可能性もある災害のような強さを持つ。


 そして、スクアエやジュノーのような、人語を話し、姿を変化させられるごく一部のモンスターは、さらにその上の力を持っている。

 最上級モンスターと称される彼女たちは、邪神封印後に姿を消した。

 一時は人里に潜伏しているのではないかと疑われたが、流石に数十年もの間発見報告が無いことで、完全に消滅したものと思われている。


 ディエナはそのどれにも当てはまらない。

 ただ千年を超える時間を生き、誰にも滅ぼされることなく、ただ一度だけ勇者シロウに敗れて封印されていたことしか知られていない。

 シロウも教団や人間たちの国家で聞かされた極悪非道の邪神についてしか知らず、敵として戦っている間も、異形の者たちの上に君臨し、仲間たちを殺したモンスターの親玉であるという認識しかなかった。


 その認識が今、脆くも崩れつつある。

 味方であったアスカリア教団がシロウを殺害し、敵であるはずのディエナが彼を救った。


「お前が生きていれば、相談もできたんだがなぁ」


 シロウは久しぶりに友の姿を思い出していた。

 この世界でできた唯一無二の親友であり、最後の戦いの直前、シロウたちが邪神の待つ城へと突入する際に身を挺して進入路を確保した勇敢な戦士の姿を。


「まず、町へ行きましょう」

「情報収集が必要だからな」

「それもあるけれど……まずは服を買わなくちゃ」


 ああ、とシロウはディエナの提案に納得した。

 彼の姿は、控えめに言ってぼろ布を着た放浪人そのものだったからだ。



「反対です!」

「わたくしもですわ、ディエナ様」

「えぇー……」


 近くの町に投宿することになったシロウとディエナ達は、あまりの汚れ具合で宿泊を渋られたシロウに関して、大金を握らせることで黙らせることに成功した。

 ところが、部屋割りでディエナがシロウも含めた全員を同室にすると希望を言って、部下たちに反対されている。


「俺も反対だな。一番狭い部屋で問題ない」

「えぇー……」


 さっくりとシロウにまで拒否されたディエナは、粘り強い交渉の末に食事は共にするということと、明日は朝から買い物に付き合うという条件で渋々受け入れることにした。

 まだそこまでの関係ではないのだから仕方が無い、と彼女は自分を納得させていたが、シロウの方は金まで出してもらって贅沢な部屋を使うのは忍びないという理由からだ。

 スクアエたちが反対したのは、ディエナの身を案じてのことと、主人である彼女と離れたくない一心からで、シロウに対する警戒感の表れでもある。


 最終的にシロウはスタンダードなシングルルームに入り、ディエナは部下たちと最高級の部屋へと入った。

 シロウは宿のスタッフが用意した服を買って、宿泊客のための浴室に湯を運ばせて身体を洗い、髪を整えて着替えた。

 その全ての費用はディエナから出たが、彼女の金の出どころについてシロウは聞かなかった。なんとなく想像がついたからだ。


 身体を清めたシロウはディエナたちとの夕食を済ませ、狭い一人部屋にある木製の簡素なベッドの上で正座したままで目を閉じていた。

 目覚めから衝撃的な話の連続だった。

 百年もの間、自分が封印されていたこと、邪神が復活し、本当に自分を伴侶として求めていること。そして人々の世の中に真実が伝わっていないこと。


 彼にしても、名を挙げるために戦ってきたわけでは決してない。

 それが正義の行いであると信じていたからであり、異世界とはいえ人の営みを守ることにつながるのだという強い意志で戦った。

 そして勝利者になったのだが、結果はこれだ。


「ちょっと良い?」

「……アイシーメイデン、いや、スクアエと言ったな。何用か」


 ノックも無く声をかけて来たスクアエに対し、シロウも目を閉じたまで対応する。ベッドに座り、黙想をしている状態はそのままに、入ってきたスクアエの姿を見ようともしない。


「あんた、ディエナ様の気持ちをちゃんとわかっているの?」

「わかっている……いや、理解しているつもりだ」

「……あんた、本当にムカつくわ」


 スクアエの隠そうともしない殺気が、冷気とともにシロウの肌に触れる。

 それでも、彼は動かない。


「なら、どうするつもりだ。俺を殺すのか」

「ディエナ様が許すならそうするわよ。あんたに殺されかけた記憶はまだはっきりと憶えているわ。ジュノーだってそう。他の仲間も同じ。あんたとあんたの仲間に何人も殺された」

「復讐というわけだな。だが、お前たちも人間を沢山殺したはずだ」

「殺したわ。あたしたちを殺しに来たのだから、当然でしょ? それとも、モンスターは人間に対して無抵抗でいろってこと?」


 シロウは黙り込んだ。

 封印される前の彼であれば、人の世の安定のために、異形であるモンスターを殺すことに戸惑いは無かった。

 だが、復活した時に、ディエナの言葉を聞いてしまったときに、彼の中で価値観はもろくも崩れてしまっている。

 モンスターだからと言って、一方的に殺しても良いという考えにはならない。


「しばらく時間が欲しい」

「どっちの意味で? あんたが言う裏切りの真実を確かめるために? それとも、ディエナ様の気持ちに対して答えるために?」

「両方だ」


 ようやく見開かれたシロウの目には、暗く沈んだ彼の感情が浮かんでいる。


「どちらにも、まだ俺の中で答えが出ない。終わったら、俺一人の命など好きにしてくれて構わん。お前の気が晴れるようにすると良い」

「……馬鹿にして。あたしがディエナ様を悲しませるようなことをできないとわかっているくせに」


 シロウの答えを聞く前に、スクアエはシロウの部屋を出た。

 廊下に出た彼女が見たのは、まるで人形のようにぼんやりと立っているジュノーの姿だ。


「ディエナ様に黙って離れるのは感心いたしませんわ」

「悪かったわね。でも一言言っておかないと、気が済まなくて」

「心配ありませんわ。ディエナ様の魅力に、あの男が落ちないわけがないもの」


 キリキリ、とジュノーが笑みに歪めた口の端には、鋭い牙が並んでいる。

 “レディ・センチピード”というムカデと人間を掛け合わせたようなモンスターの種族である彼女は、スクアエと同じくディエナの側近のような立場にいる。

 そのためにいち早く復活させられたのだが、忠臣のようにディエナを心配しているスクアエと違い、ジュノーの方は溺愛の感情に近い。過度な贔屓目がある。


「さあ、部屋へ戻りましょう。あの男のことは、放っておけばよいのです。もしディエナ様を悲しませるようなことがあるなら、その時に最大の苦痛を与えながら殺せば良いのですから」


 その時はわたくしも手伝いますわ、とジュノーが背を向けて、滑るように廊下を去っていく。

 残されたスクアエは、ため息をついてジュノーを追いかけ始めた。


「わかっているわよ。その時には、命に代えてもあいつを殺してみせる」

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