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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
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2.邪神復活と勇者の記録

 血の惨劇はあっという間に終わり、ディエナたち三人は足早に頂を目指す。

 ただの人間ではありえない速度で山道を踏破した彼女たちは、ようやく目的の場所を見つける。


「まだ新しい石碑ですわ。きっと百年も経っていないくらいですわね」

「それ、充分古いんじゃない?」


 ジュノーとスクアエが話している間、ディエナは無言で石碑を見つめていた。

 そこにはやや古めかしい言葉遣いで『世界を恐怖に陥れた邪神をこの地に封印する』とだけ彫り込まれている。

 山頂と言っても、木々に囲まれたじめじめとした環境で、ろくに陽も当たらない場所にある。そのせいか、石碑は石の劣化具合以上に苔の付着が酷い。


 打ち捨てられた場所。

 人里から然程離れていないにも関わらず、劣悪な環境で人が踏み込むことが稀な石碑は、長い間村の者たちが追いはぎをするための餌としてしか利用されていなかったのだろう。

 異様な雰囲気を放つ石碑は、同時に空虚さすら感じる。


 しかし、ディエナには他に感じているものがあった。


「ここに彼はいる」


 その言葉に、ジュノーたちは息を飲んだ。

 彼女が指す“彼”が誰のことなのかがわかっているからだ。


 ディエナが地面へ向けて力を送り込む。

 それは彼女がこれまで殺してきた沢山の人々の魂によって生まれた力だ。

 彼女が邪神と呼ばれる所以だが、彼女自身、無差別に人を殺してきたわけでは無い。ただ、敵となった相手だけを殺してきた。

 殺して、魂を奪う。


 魂は力となり、彼女の破壊的なエネルギーとなり、時にはモンスターを生み、復活させるための魂へと変わる。

 そして今は、“彼”を蘇らせる力になっていた。


「ですが、相手は人間ですよ? ここに埋められていたとしても、とっくに土に還っちゃってるんじゃあないですか?」

「大丈夫よ。彼は特別だもの。あの時、私から力を分けたのもあるし」


 スクアエは、少しだけ嫉妬を憶えた。

 彼女にとってディエナは特別で唯一無二の主人だけれど、その主人は別の人物を最高に特別だと思っている。

 ただでさえ、その男は敵だったというのに。

 その男に、ディエナは封印されてしまったというのに。


「さあ、起きて。異世界の勇者シロウ」


 ディエナの呟きに、スクアエは視線を主人から石碑の方へと向けた。ちらりとジュノーの様子を確認すると、変わらぬ無表情でどこを注視しているという様子も無い。

 ほどなく、人一人をゆうに超える大きさがある石碑が揺れ始めた。

 地震などではない。

 石碑の下から、何かが這い出ようとしている。

 石碑を動かすなど、尋常な力ではない。

 それだけでも、今復活をしようとしている者がただの人間ではないとわかる。


「私の力を口移ししてあげたでしょう? それにあなたは元々強いじゃない」


 さあ、わたしの前にもう一度姿を見せて!


 声に応えるように、石碑が轟音を立てて倒れた。正確には、殴り飛ばされたらしい。

 その下からは、たくましい右腕が拳を作って突き出している。


 スクアエは息を飲んだ。

 彼女はディエナに復活させられる前、その拳で瀕死の重傷を負ったのだ。

 ジュノーも少しだけ顔を顰めた。彼女も彼に敗れた一人だった。


「……この気配……この力……」

「わたしの力よ! さあ、勿体つけていないで、早くわたしに顔を見せて!」

「邪神! 貴様か!」


 怒声を張り上げながら、地面から腕を出していた男は一気に飛び上がってきた。

 地響きと共に着地した男は、間違いなく邪神を封印した勇者シロウだった。

 鍛え上げた身体は上半身がむき出しで、下半身にはシンプルなズボンを穿いただけ。裸足の指で地面をしっかりと掴んでいる様は、人間よりも猛獣のような印象すら覚える。


「どうなっている? これは……」

「おはよう、シロウ。封印からの解放は気分が良いでしょう?」

「封印だと?」

「そうよ。あなたは封印されていたの。人間の手で」


 ディエナは混乱しているシロウにそっと歩み寄り、小さな手で彼の顔に触れた。

 黒い短髪にブラウンの瞳。今は混乱の色を讃えているけれど、鋭い目つきは以前と変わらない。

 封印されている間も、復活を遂げてからも、ディエナが片時も忘れたことが無い想い人の姿がそこにある。


 そっと、唇を重ねようとしたディエナだったが、シロウはその手を振り払い、風を切るような勢いで距離を取った。


「あっ……」

「なぜ俺が封印されているんだ。そしてなぜお前が……邪神が復活し、なぜ俺を目覚めさせる」

「それは説明するから。あなたは……」

「黙れ! 邪神の言葉など……」

「いい加減にして!」


 ディエナの言葉を遮ったシロウに一喝したのは、スクアエだった。


「さっきから聞いていれば、あんた何様なの? ディエナ様が力を分け与えてまで復活させてあげたのに、話すら聞かないなんてどういうつもり? あんただって誰のおかげで復活できたのかわかるでしょ!」

「……あの時のアイシーメイデンか」

「スクアエよ。種族名で一括りにしないで」


 それよりも、と話を続けるスクアエも、近くで見ていたジュノーも、人の姿からモンスターの形態へと変化している。


「ディエナ様の言葉を聞けないくらいに馬鹿で、脳みそまでは復活できなかったって言うなら、あたしたちがここで二度と復活できないように喰らいつくしてあげるわ」

「やめて、スクアエ!」

「ディエナ様。わたくしもスクアエに珍しく賛同しますわ。ここははっきりしておくべきです。彼が誰のおかげでここに立っているのか」


 ディエナが止める理由は二つある。

一つは想い人であるシロウに敵対して欲しくないということ。そして、復活したばかりと言っても、勇者であり特殊な力を持つシロウに彼女たちが勝てる見込みが無いからだ。

それでもスクアエたちは戦うつもりだった。


「はあ……わかった。俺が悪かった」


 シロウはスクアエたちの言葉を聞いて、どっかりと地面へ座りこんだ。

 恐怖からではなく、彼女たちが真剣に自分の主人を案じていることに対して、素直に向き合うべきだと思った。

 そして、まずやらねばならないことがある。


「まず、先ほど怒鳴った内容については撤回させてくれ。そして、ありがとう。封印されている間のことはあまり記憶にないが、長い時間、どこかに閉じ込められていたような朧げな実感はある。覚醒した時に、邪神の気配に救われたことも」


 そう言って、シロウは地面に座ったまま頭を下げる。

 慌てて「いいから」とディエナが許すと、シロウは笑って顔を上げた。その視線はスクアエの方に向いている。


「良い配下だ。死を賭しても主君を助ける覚悟を持っているのだな」

「褒めても何も出ないわよ」

「そうか、残念だ」


 冗談めかして答えたシロウの言葉に敵意が見えないことで、スクアエもジュノーも人間の姿へと戻った。

 正確に言えば、異形の方が彼女たちにとっての“通常”なのだが。


「改めて、聞きたい」

「待って。お腹減っているでしょう? ご飯の用意をするから待っていてね。それからゆっくり教えてあげる。あれから百年の間に、何が起きたか」


 と言っても、数か月前に復活したばかりで、調べた限りの伝聞でしかないけれど、とディエナが笑う。


「百年……?」

「そう。百年」


 ジュノーたちが敷物を広げてパンやお茶の用意をしているのを横目に見ながら、ディエナは驚いているシロウにどこから話そうかと迷っていた。

 まだわからない部分もあるけれど、市井の人々が知っている情報と、彼女が封印されていた教会の者たちから知った内容は話せる。


「それじゃあ、わたしが復活した時のことから話しましょう。お茶でも飲みながら。甘いパンもあるのよ。人間の社会には色々な食べ物があるのね」

「……馳走になる」


 敷物の上に座りなおしたシロウは、まだ熱い茶で喉を潤しながら、ディエナの話に耳を傾けた。



 邪神レイディエーナを封印した魔道具を保管していたのは、アスカリア教団という宗教団体のとある支部だった。

 アスカリア教団は多くの国にまたがって信徒を集めている、この世界で最大規模の集団であり、各国の国政にも口出しができるほどの影響力を持っている。

 その教義は一言で言えば「世界のバランスは神の信託を受けた教団によって保たれる」というものであり、宗教でありながら保有戦力も各国の軍と劣らない規模だとまで言われる。


 これほどまでに巨大化したのも、世界を恐怖に陥れ、どの国も有効な手立てを持たなかった邪神を、アスカリア教団が派遣した聖女が滅ぼしたからだ。

 実際には封印であったのだが、信徒たちへの宣伝のために、封印の事実はいつの間にか廃滅したことにされ、封印地として据えられた石碑は打ち捨てられた。

 教団の力は聖女をトップに据えることでさらに強大になり、文字通り助けられた格好になった各国の首脳陣は、民衆からの人気を背景にした教団の干渉を完全にはねつけることは不可能だった。


 そして教団は各国の監視者となり、教団に帰属する国家同士の問題を仲裁するようになる。

教団に反する動きをする国家に対しては、他の国家に働きかけて戦闘力と経済力を背景に圧力をかける。

 民衆にとっては国家間の問題を解決に導いてくれる正義の集団として振る舞い、国家を運営する者たちにとっては、逆らうことができない強力過ぎる圧力団体となった。


 世界各国にある支部のうちの一つ。

 教団本部からも離れた場所にある中規模程度の教会にディエナ封印の魔道具が保管されていたのは、そうした物が目立つ場所にあっては教団の説明する“廃滅”に疑問が出てしまうからだろう。

 結果として、監視の緩い場所で思うさま解放のための努力をしていたディエナにとって、復活を早めることになった。


 邪神復活の瞬間は、静かに始まった。


「……えっ?」

「おはよう」


 禁書庫の扉が内側から開き、そこから顔をのぞかせた可憐な少女。

 あり得ない光景を見せられた信徒は、たまたま通りがかったその瞬間が人生最後の出来事となった。

 何が起きたのかわからぬままに、触れて来た少女の手から一気に魂を吸い出されたのだ。

 同時に、禁書庫を警備していた聖騎士たち数名も鞭のようにしなるマントで斬り刻まれてまとめて殺害され、魂は信徒と同様に彼女のものとなる。


 百年の時をかけてようやく封印から解き放たれたディエナは、とにかく魂と情報を求めていた。

 自分の配下であるモンスターたちを復活させるためには質も量も魂が足りていない。

 そして、伴侶にすると宣言した異世界からの勇者シロウが今どこにいるのか。


 そのためにはまず部下が欲しかった。

 一人で探し回るのは不便だし、何より寂しい。

 彼女は森の中の城に住み、優しい母親や自分を慕う沢山のモンスターたちに囲まれて生活していたのだから。


「この建物にいるのは、全員教団の人でしょう?」

「そうだが……君は一体なんだね」


 次に出会った相手はでっぷりと太った身体を豪奢なローブに包んだ初老の男性だった。

 見覚えのない少女の問いに対して、適当に答えた直後、男性はその腹にディエナの腕が差し込まれた。

 まるで抵抗の少ない水の中に差し入れるかのようにあっさりと腹を貫かれた男性は、死ぬ直前に禁書庫の扉が開き、そこにいくつかの死体が横たわっているのを見た。


「じゃ、邪神……?」

「その通り。あなたの魂も使わせてもらうわね」


 吸収された男性の魂は、“とても質が良かった”。

 若い頃には教団に所属する聖騎士だったのだろう、多くの命を奪った彼の魂は血に塗れており、無辜の民衆の怨嗟がまとわりついている。

 教団が持つ裏の顔を知っているがゆえに、騎士を引退してからも良い地位を約束されていたのだろうか。


「んふ♪」


 想像以上に上質な魂が集まりそうだ、と足取り軽く歩き始めたディエナは、建物の中にいた人々を片っ端から殺害していく。

 そして、その魂の力でスクアエとジュノーを復活させたのだ。



「人を殺したのか……?」

「私を殺そうとした連中で、あなたを殺した連中だもの」


 当然でしょう、と話すディエナに、シロウは湧き上がる憎悪を感じつつも、自分を冷静に保つためにゆっくりと息を吐いた。

 自衛のために人を殺すことはシロウも否定しない。復讐も悪いことだとは思っていない。

 だが、ディエナのありようは復讐というよりも殺害を楽しんでいる節すら見える。


「俺を殺したと言ったが、俺はここに生きているではないか」

「私が魂を分けあたえたからよ。もちろん、あなたが元々頑丈で、超回復の持ち主だからというのもあるけれど……寿命はどうしようも無いでしょう?」


 だから命を分けた、とディエナはさらりと言った。

 その命を消費して生き続けることで、シロウは死なずに封印された形になっていたのだ。教団は彼を殺害したつもりだったのだろうが、元々の命を失っても、ディエナが分け与えた命で生きながらえ、生来の異能によって身体も保たれた。


「教団が、俺を……? 馬鹿な、どうして。俺は教団の魔法で呼び出されてこの世界に来たんだぞ! 俺はこの世界を救うために戦って! そして勝った! なのに……」

「もう、あなたの名前は残っていないのよ……」


 教団はシロウの名前を、存在を歴史から抹消した。

 教団が彼のサポートのために派遣した聖女マリィ・クナートルの名前だけを残し、彼女に協力して戦った聖騎士として、戦死した男たちの名前を遺した。

 異世界からの勇者であったシロウは、この世界のどこにも記憶されていない。


「俺は何のために……!」


 次第に声が大きくなるシロウにディエナはそっと手を差し伸べたが、軽く振り払われてしまった。


「あ……」

「……すまない。少し落ち着くために、時間をくれ……」


 一人立ち上がったシロウは、ついてこようとするディエナを手ぶりで制してから、森の中へと入って座り込んだ。

 嗚咽が聞こえたような気がしたが、ディエナは聞かなかったことにした。

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