1.魂の使い途
「ちょっと尋ねたいのだけれど」
山がちな土地の一部を切り拓いて作られた集落。その外れの畑を懸命に耕していた男性は、突然声をかけられ、驚いて顔を上げた。
泥だらけの顔で、目いっぱい見開いた瞳に映ったのは、辺鄙な場所には似つかわしくない可憐な美少女。透明感のある肌に似合う白いシンプルなワンピースは飾り気は無いが、それでも上質なものだとわかる。
だが、左肩だけを隠す様に羽織られた黒いマントは、少女の印象からは奇妙に浮いて見える。
そしてその背後には、村の女たちとは比べ物にならないほどの美女が二人控えていた。
一人は少女よりさらに病的な白い肌に雪の様な白い髪。それでも若々しい雰囲気があり、薄く青みがかったような白い着物を着て、腰回りから足元にかけて複雑な模様の飾りが広がっていた。
もう一人は少し年かさのようで、豊満な身体をぴったりとした黒いパンツスーツに押し込んでおり、赤みがさしたオレンジ色の不思議な瞳の美女だった。
「な、なん……」
「この辺りに、邪神の封印場所があるって聞いたんだけれど」
「ああ、なるほどなぁ」
たまにこういう人物がいるというのは、村から出たことのない彼でも聞いたことがあった。
暇な貴族が物見遊山に史跡を訪ねることは珍しくない。
王国の外れにある村だが、近くにある山の中に通称『邪神の封印地』がある。いつからそこにあるのかは不明であり、本当にそこへ邪神が封印されているなどと信じている村人はほとんどいないが、時折訪れる奇特な貴族がいる。
今回もどこかの貴族令嬢が気まぐれに旅でもしているのだろう。
そう考えた村人は、一つの山を指差した。
「なら。あそこです。そこに『邪神の封印地』がありますよぅ」
「そうなんだ。ありがとう」
「いえいえ」
なんでもありませんや、と言いながらも村人は手を出したが、美少女一行は無視してさっさと行ってしまった。
駄賃を期待していた村人は、背を向けた彼女たちに向けて渋い顔をする。
「お貴族様だろうに、しけた連中だぁね……」
「今、なんと?」
「ひっ!?」
驚いて尻もちをついた村人は、少女と共に離れていったはずの女性が、自分の背後にいたことに改めて気付き、再び悲鳴を上げた。
そこにいたのは黒いスーツの女性で、感情の乏しい瞳で村人を見下ろしていた。
「ひ、ひええ……」
貴族を怒らせたら何をされるか、と怯えていた村人は、目の前に小さな金貨が落とされたことに気づいた。
銀貨一枚あれば大きな町でも数日過ごせるというのに、金貨となると一年は楽に暮らせる。それほどの金を無造作に投げ渡せるほどの財力があるならば、それだけ位の高い家の御令嬢なのだろう。
そう想像すると、村人は自分かなり危うい状況だったと肝が冷えた。
「……これで良いでしょう?」
「は、はい。ありがとうございますぅ!」
這いつくばるようにして金貨を拾いあげた村人は、振り向きもせずに去っていく女性たちを平伏したまま見送った。
だが、彼は反省してはいなかった。
「……女ばっかりで護衛すら連れていねぇとは。世間知らずにも程があらぁな」
心の中で呟いた村人は、女性たちの姿が山の方へと消えたところで、素早く立ち上がって走り始めた。
仲間に声をかけるために。
☆
「ディエナ様。あれでよろしかったのですか?」
「うん。ちゃんと教えてくれたんだから、お礼はしても良いと思うよ」
金貨を投げ渡した女性が少女に尋ねると、当然という口調で答えが返ってくる。
ディエナと呼ばれた少女に向かって、もう一人の白い女性が疑問を重ねる。
「でもあいつ、ディエナ様に文句を言いましたよ?」
「それはわたしが世間知らずだからよ。今は殺すことはないんじゃないかな」
「そうですね。今は……」
スーツの女性が、ディエナの言葉に含まれた意味を汲み取ってニヤリと笑った。その瞳は先ほどまでの無感動なものではなく、赤く輝くような興奮を孕んでいる。
村人が何を考えているのか、ディエナにはわかっていた。
彼がこのまま何もしないのであればそれで良し。彼女の予想通りに、自分たちを単なる女だけのグループだと思って何かしてくるならば、遠慮をするつもりは無かった。
「ジュノー。お願いできる?」
「はい。お任せくださいまし」
ジュノーと呼ばれたのは、黒いスーツの方の女性だ。
呼びかけだけでディエナの希望を理解した彼女は、山に踏み込んだところでするりと道を逸れ、深い森の中へと消えた。
邪神が滅ぼされて以来、強力なモンスターは姿を見せなくなった。
だが人間一人では対応が難しいレベルのモンスターはまだまだ多くいるし、特に森の中はそれらとの遭遇率も高く、危険だ。
余人が見ていれば尋常ではない行動だが、彼女たちにとっては何ということもない。
「ディエナ様。あの村人はあたしに任せてもらえませんか?」
「わかったから、スクアエもちゃんと『邪神の封印地』を探してね。目的はそっちなんだから」
「あは。わかっておりますよ」
白い着物の美女はスクアエと呼ばれた。
彼女は見た目の清楚さとは反対に、明るい声で話す。
「それにしても、妙な話ですよね。邪神ならばここにいるのに、どうして邪神の封印地がこんな辺鄙な田舎にあるんでしょう?」
「単なる言い伝えの可能性もあるし、わたしがここにいる以上、本物じゃあないけれどね」
「ディエナ様はここで封印されていたわけじゃないのでしょう?」
もちろん、とスクアエの問いにディエナは歩みを緩めることもなく答えた。
森の中、少し強めの風が彼女のマントを揺らしたが、碌に固定もされていないようなそれが飛ばされるようなことはない。
「わたしが封印されていたのは、別の国にある変な教会の中だったわ」
「アスカリア教団でしたっけ? それじゃあ……」
「わたしが復活してすぐ、スクアエとジュノーを復活させたの」
「ほんとですか? やった!」
スクアエはディエナが使役するモンスターが化けた女性だった。
彼女はディエナ封印の直前まで生きていたが、その後は力を失って存在が消えていた。それをいの一番に復活させてもらえた、と感激している。
「あたしとジュノーが一番♪」
「喜んでくれるのは嬉しいけれど、そろそろ追いついて着たみたいだよ?」
「おおっと。演技、演技」
険しい山道。
ゴロゴロとした石が無数にある場所を登っていたディエナ達の背後から、十人ほどの男たちが駆け足で追いかけて来た。
その足取りは軽く、力強い。山に慣れた者たちの動きだった。
そして、追いかけて来た男たちの中に、先ほどの村人もいる。ディエナは想像通りの強欲さにため息を吐いた。
「待ちやがれ!」
「なぁに?」
荒々しいしゃがれ声で呼び止められ、ディエナはくるりと軽いステップで振り向いた。
呆れたような笑みを浮かべ、腕を組んで男たちが近づいてくるのを待ち構えていたディエナは、彼らが一様に粗末な武器を手にしているのを見た。
どれもが碌な手入れもされておらず、人の血を吸ったことがあるものだと彼女は見て取った。
「へへ……護衛も無しにこんなところに入る馬鹿女どもとは、楽に稼げるいいカモが来たもんだ」
「上玉が三人。売り飛ばす前にたっぷり楽しませてもらおうぜ」
「話と違う。三人じゃなくて二人じゃねぇか!」
「あ、おかしいな……でも情報を持ってきたのはおれだ。俺が一番だぞ!」
下卑た笑みを浮かべる男たちに向かって、ディエナは右手を差し出した。
我が身可愛さに金を渡そうとしているのか、と男たちは思ったが、そうではない。
彼女は男たちの後ろを指差している。
「うしろに注意したら?」
「あ?」
「なんだ。やっぱり三人じゃねぇ……か?」
ディエナの言葉に振り返った男たちが見つけたのは、一人の美女だった。
それは黒いスーツを着たジュノーだったのだが、どこか様子がおかしい。首が奇妙に長くなっている。
「ちょっと茂みに隠れていただけで、誰一人気付かないのだものねぇ。わたくし、少しがっかりですわ」
言いながらジュノーの首はさらに伸び、節くれだった真っ赤な虫の足が両脇から次々と皮膚を突き破って生えていく。
見る見るうちに、身長以上に伸びた首は長いムカデの身体に変わり、その上に乗っている顔も丸々とした真っ赤な目玉へと変貌していた。
「も、モンスターだ!」
「やべぇ!」
ようやく我に返った男たちだったが、彼らは気付いていない。
真正面にいたもう一人の美女、スクアエも姿を変えていたことを。
白い肌のあちこちに雪が貼り付き、日差しが照り付ける暑い山道がぐっと寒くなっていく。スクアエから漏れ出る冷気が、山道を急激に冷やしているのだ。
「う、うう……」
ガタガタと寒さに震える男たちは、前方にスクアエ、後方にジュノーという状況に置かれて、初めて自分たちが狩る側ではなく、狩られる側なのだと理解した。
人間に化けるどころか、人語を解するというだけでも普通の軍隊が数十人がかりで犠牲を払いながらどうにか倒せるレベルなのだ。
それが二体。
単に力自慢なだけの村人たちでは、適うはずもない。
「す、すまなかった! ちょっと魔が差しただけなんだ!」
「頼む! 命だけは!」
這いつくばって赦しを乞い始めた男たちだったが、ディエナはゆっくりと頭を振って拒否する。
「金貨だけで満足していれば良かったのに。でも良かった」
両手を合わせて、ディエナが嬉しそうに声を弾ませる。
「邪悪な魂の方が、あの子たちを復活させる贄に最適だもの♪」
「に、贄……?」
「そうよ。あなたたちの魂は、わたしのお友達を復活させるための礎になるの。嬉しいでしょう?」
ディエナの言葉が終わると同時に、最後尾にいた男がジュノーの無数にある肢に捕まえられ、暴れる間もなく頭を齧り取られた。
同時に、最前列にいた男が一人凍りつき、直後に砕け散る。
「うわあああ!」
「いやだ! いやだあああああ!」
そうそう、と悲鳴を上げて次々と殺されていく村人たちに、ディエナは大きく頷く。
そして大きく両手を広げると、彼らから抜け出た魂を身体の中へと吸収していく。それらはディエナの中で変質し、彼女が作り出すモンスターたちの魂へと作り替えられるのだ。
「一人増やすにはまだ足りない。でも、ありがとう。あなたたち悪い魂の持ち主がいるおかげで、わたしの仲間は増やせるのだから」
そして、とディエナは最後の一人がジュノーによって引き裂かれたのを見届け、山の頂を見上げた。
「旦那様を迎える準備もこれで進むわ。待っていてね、シロウさん♪」
悲鳴を上げ続ける最後の魂を吸収し終えたディエナは、ジュノーとスクアエを引き連れ、再び歩き始めた。




