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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
18/24

17.籠の中の戦闘

 外界と分断されたとはつゆ知らず、エイミィ率いる部隊は森の奥へと侵入していく。

 ここで待機部隊なり一部の人員なりを絶えず本隊との連絡役に使っていれば、状況はもう少し早く伝わっていたかも知れない。

 後の祭りでしかないが。


「モンスターの状況はどうですか?」

「弱い……と言っても、町の近くに出るものとは段違いですが、それでも対応が面倒であったり、一定の魔法しか聞かない種であったりという程度で、あまり問題にはなりません」

「そうですか」


 先遣部隊が討ち漏らした分が隊列を襲うこともあるが、前方の部隊がほとんど問題なく倒してしまう。

 一部は中段や後方から襲撃してくる場合もいるが、エイミィが出張るような状況は起きなかった。

 彼女は騎士の被害が少ないことにホッとしながらも、状況があまりにも簡単すぎるのではないかと勘ぐっていた。


「モンスターが弱い、というのは妙ではありませんか?」

「魔道具がかなり有効なようで、騎士たちの魔法も敵性を見抜いていればかなり効果的です。モンスターが弱いというより、騎士たちが強いのですな」


 そう言って副官のコルテは騎士たちを褒めた。エイミィを安心させるための言葉でもあるが、彼は半ば以上それが当然と思っているようだ。

 実際、魔道具の影響は強い。

 ある程度の訓練を積んだ騎士であれば、モンスターに対する立ち回りを覚えて魔道具を効果的に使って格上の相手を圧倒することもできる。


 そうした強力な魔道具や魔法の技法を独占することでアスカリア教団は強い影響力を維持してきた。

 各地のモンスター討伐を担ってきた騎士隊の実力は確かなものであり、森への侵攻作戦でも間違いなく実力を発揮できている。

 しかし、彼らは外縁部で襲ってきたフェイクスパイダーなどに圧倒的な敗北を喫したことからわかる通り、一定以上の強力なモンスターとの戦闘経験は浅い。


 ディエナが封印されてから百年、強力なモンスターは力を失って消滅するか、この森の中で密かに生きていたかどちらかで、教団が戦闘をすることなどほとんど無かったからだ。

 その頃の記録はあっても、記憶は無い。

 本当に必要なものは強力なモンスターとの戦闘に明るい人物。あるいはその難しさを知る人物であったが、残念ながら部隊にはいなかった。


 だから、彼らはモンスターたちが連携して何かを行うという可能性をまるで考えていない。ここに出没する相手にそれぞれ対応していけば良い、というのが基本スタンスであリ、出現するタイミングや場所に狙いがあるとは気づかなかった。

 結果として、彼らは森の奥、城がある場所へと入り込みながら、戦闘を繰り返すことでその戦力や配置を監視しているグロックにそっくり知られてしまう。


「人間は自分たちが一番強いと思い込むと、こうも傲慢になるかね」

「俺たちも人のことは言えぬ。ひとつ歯車が違っておれば、俺もお前も、あの隊列を作る一員なり、その旗印になっていたかも知れぬ」

「へっ、違いない」


 ひっそりと隠れたまま、モンスターの一体と戦っている聖騎士たちを観察しているシロウとグロックがひそひそと話していた。

 こうして二人で敵状視察を行うのは初めてではない。モンスターの巣や、それこそこの城への侵入をする前にも、息をひそめて様子を窺ったことは何度もある。

 騎士たちが対峙しているのは、トリコラと呼ばれる不死系のモンスターだ。


 襟巻状に広がった大きな骨を持つ四本足の恐竜のような姿で、腐りかけた身体のあちこちから骨が飛び出している。

 骨は敵を叩いたり突き刺したりするのに使われ、巨体による突進も人間をバラバラにするくらいには威力があった。

 しかし、火魔法に弱く、足元を執拗に攻撃されて機動力を奪われると一方的に騎士たちの攻撃に晒されてしまった。


「許せ……」

「ディエナが復活すれば、アイツも蘇ることができるさ。さあ、これで魔法騎士の配置も大体掴めた。そろそろ戻って準備をしようぜ」

「うむ。そうしよう」


 シロウは犠牲になったトリコラに詫び、グロックと共に現場を離れた。

 敵本隊を襲った全てのモンスターが計画に沿ってのことではなく、知能が低い者たちはテリトリーを守るために襲い掛かったのだが、トリコラは違った。

 彼はシロウたちの計画に賛同し、ディエナ復活のためにひと肌脱ぎたいと志願したのだ。

 トリコラは自分の戦闘力では決戦で大した役には立てないと自覚し、敵の戦力を計るための駒となった。その意志は固く、レイアウナとシロウに全てを託し、彼は役目に殉じた。


 森の中に残っていたモンスターの中でも、グロックと共にレイアウナを守っていた者たちは、今回の戦いに積極的に協力してくれている。

 モンスターたちはディエナを慕っており、彼女を復活させるためであれば、命を失っても構わない、たとえ封印から彼女が解放された後、復活させられなくとも良いとさえ言っていた。


 見事な忠義である、とシロウはモンスターたちに感動し、協力を申し出てくれた彼らに深々と頭を下げた。

 それは礼であり、同時に敬服でもある。

 前には敵であったが、彼らの忠義に武士の心を感じたシロウは、日本でのことを思い出していた。


 持ち場が違うグロックと別れたシロウは城の中へ入り、ディエナと戦ったホール中央に一人、座して待つ。

 その傍らには一振りの剣。日本刀のように細身でやや湾曲している片刃等であり、柄は乱暴に布を巻いただけのものだったが、以前にシロウが使っていた刀と同じ長さ、同じ反りを有している。

 自らの身体から生み出し、引き抜いた刀だ。


「思えば、教団の騎士たちも忠臣であるのだろう。付くべき主を間違えただけで、命を賭けて主君のために戦っていることには変わりない。彼らも、モンスターも、あのころの侍たちも」


 だからこそ、シロウは全力で戦うのだ。

 相互いに向き合い、刃を交わす闘争は憎しみ故ではなく、ただ自らの忠義を示すためにある。


「懐かしい。味方であった新選組も、敵であった攘夷連中も、悪い奴らでは無かった。ふ、どちらかと言えば、同じ見廻組連中の方が……む」


 ホールの扉が開き、数名の騎士を伴ってエイミィが姿を現す。その後ろから、さらに多くの騎士たちが迫っているのが見えた。

 騎士たちの数はかなり少なくなっている。それは教団側の予定通りだが、城の途中や外に残してきた者たちは、グロック他モンスター軍団によって城の途中途中で戦闘に巻き込まれている。


「はぁ、はぁ……とうとう、見つけました」

「違うな、俺たちが見つかるように仕組んだ。ここまで共にたどり着いた忠臣たちと共に、ここで滅びるが良い」

「黙りなさい、邪神の魂に取り込まれた元勇者シロウ!」


 憎悪に取りつかれた瞳で自分を見るエイミィを前に、シロウは刀を手にしてゆっくりと立ち上がった。

 左手で大上段に掲げるように構え、右手は腰に添える。

 相手が間合いに入れば、雷のように脳天から叩き割る必殺の一撃を狙う構えだ。


 決して多人数相手にやるような構えではないが、シロウはどんどん増えてくる相手を前にして、派手に立ち回ってやろうという気分が湧き上がってくるのを感じていた。

 歴史から消された自分がここでどれほど暴れようと人の世は決して良く評価はしないだろう。

 それでも、誰かのために戦えるというのは嬉しい。


「さあて、始めよう。お前たちが俺を殺すのが早いか、ディエナが復活するのが早いか、勝負といこうでへないか」


 功を焦ったのか前に出た聖騎士の一人を、まず一人、と言ったシロウの一撃が頭のてっぺんから真っ二つに斬り裂いた。

 彼の背後には玉座があり、そこにディエナが封印された青い宝石がそっと乗せられている。

 それを守るように立ちはだかるシロウは、再び刀を構えてエイミィを見据えた。



 数名のエイミィという主力を先に城へと入れた教団聖騎士たちは、後詰として城の周囲と内部へと配置され、それぞれ戦闘後の退路を確保し、必要があれば補充要因としてエイミィの手伝いに加わる予定だった。

 これは当初の予定通りで、室内へ大人数のまま攻め入ることは逆に行動を制限され、一網打尽にされるリスクがあるためだ。


 そして、そこがグロックのねらい目だった。

 城の周囲にある森からぞろぞろと出て来たモンスターたちによって、待機役だと油断していた騎士たちは、次々に城の中へと追い込まれていった。

 元々騎士たちの一部が待機していたエントランスホールはもちろん、一階部分のあちこちへ、押し込まれるようにして騎士たちが入っていく。


 城の外で戦おうと踏ん張っている騎士たちもいたが、鎧袖一触に蹴散らされていった。

 森の中を調査していたときに出現したモンスターとは比較にならない強さの者たちであり、聖騎士たちはそれぞれの魔道具や魔法を駆使して抵抗しながらも、どんどん数を減らされ、結局は城内へと追い込まれていく。


「ようこそ御出でなすった」


 エントランスホールを見下ろすようにして、階段上に姿を現したのはグロックだ。彼はヘルメットのみを外した素顔の状態であり、見た目はただの人間であることから、聖騎士たちは敵か否かの判断に困り、戸惑った。

 しかし、すぐにグロックは敵であると気付く。

 彼の背後から、おぞましいモンスターが姿を現したからだ。


「貴様もモンスターか!」

「今はな。元は人間だが……」

「裏切り者か! 恥を知れ!」

「あー、そういう言い草はないんじゃねぇかな。裏切られたのは俺たちの方だぞ?」


 まあ良いか、とグロックは頭を掻いていた手を止め、甲冑のヘルメットを出現させて完全な鎧騎士の姿へと変わる。

 その手にはいつの間にか慎重を越える長さの刀身を持つ長剣が掴まれ、片手で悠々と振り回して見せると、ガツン、と音を立てて床に立てた。


「俺はあくまで脇役で、お前たちも同じ。脇役どうし、楽しくやり合おうぜ。こいつらも含めて、な!」

「うわあ!?」


 グロックの後ろにいたのは“大鼻鬼だいびき”という二メートルほどの高さがある巨大な鼻に手足がついた妖怪の様なモンスターだったのだが、騎士たちを最初に襲ったのは彼ではない。

 グロックらを見上げていた彼らは、背後の扉からいきなり首を突っ込んできたドラゴンに襲われ、数名が一口で噛み千切られたのだ。


 挟み撃ち状態にあったことでの混乱と、表に残っていた者たちがすでに敗れたことを知って、聖騎士たちはこの場での戦闘を余儀なくされた。

 広いホールとはいえ、大人数が肩を寄せ合っているような状況ではまともに戦えない。槍どころか剣も抜くことさえ困難な混雑状況なのだ。

 かろうじて魔法騎士が放っている攻撃だけが、首を突っ込んでいるドラゴンへとダメージを与える。


 エイトリーフドラゴンという、広葉樹の葉に似た四対の羽根を持つ中型のドラゴンで、普段なら森の上を気ままに飛んでいたり、木々の中に埋もれて眠っているモンスターだ。

 ディエナが生み出したモンスターではないが、彼女からエネルギーを分け与えられていたこともあり、レイアウナの願いを聞いて参加している。

 ブレスなどの攻撃方法は持たないが、長寿であり再生能力も高い。


 後方からの竜の首にかき乱されている間に、大鼻鬼がのそのそと階段を下りて来た。

 見た目通りの鈍重な動きは、騎士たちに対して然程の威圧感は無いが、彼は森に住むモンスターの中でも特に恐ろしい性質がある。

 鼻で目の前の相手を根こそぎ吸い取るのだ。

 轟音が響いたかと思うと、大鼻鬼の大きな鼻の穴がさらに広がり、周囲にいた騎士たち数名をまとめて吸い込んでしまった。


 五人ばかりを取り込むと、鼻を揺らしながらぐしゃ、ぐしゃ、と乱暴に咀嚼する。

 表には見えないが、鼻の奥の方に、口に当たる部分があるらしい。ひとしきり噛み終わると、血の臭いをたっぷりと含んだ鼻息を大きく吹いた。

 そしてまた、何人かをまとめて吸い込む。

 彼は相当な大食いなのだ。


「おれも仕事しないとなぁ!」


 ドラゴンと大鼻鬼の活躍を見ていたグロックが、跳躍する。

 騎士たちが集まるホールの中央へと大剣を叩きつけると、そこにいた一人が真っ二つに叩き割られた。

 血の雨が降る中、グロックの大剣は止まらない。

 大振りに横なぎにすると、二人ばかりまとめて吹き飛ばされた。両名とも鎧が激しくへこみ、致命傷は明らかだ。


 騎士たちとて単に棒立ちのまま殺されていただけではない。

 自分たちの中へと無謀にも飛び込んできたグロックに対して、中央当たりにいた者たちは殺到した。

 このままモンスターにやられて終わりでは、生還したとしても教団で立場は無い。

 大剣を振り回したグロックの背中に向けて、一人が突き出した槍の穂先が奔る。


「なんて奴……!」

「悪いが、俺もキャリアが長いんでね、その程度の攻撃は簡単に読めるんだわ」


 グロックは左手にナイフを握っていた。

 その分厚い刃で槍先を逸らしたかと思うと、肘打ちで槍の柄をへし折り、バランスを崩した相手に向けて大剣を叩き込む。

 乱戦に慣れた動きは、実戦で培われた確かなものだ。


「ほうら、急げ、急げ。早くしないと、ディエナが復活するぞ?」


 グロックがからかうように言う。

 彼の言う通り、城内での死者の魂も、ディエナへと取り込まれる。彼女の復活のための力として、そしてモンスター復活のための力として。

 騎士たちにはうまく伝わらなかったようだが、グロックにとってはどうでも良かった。

 ここへと攻め入ったときのように、彼が戦い続ければ、それだけ仲間が有利になる。


「損な役回りだと昔は思ったが、悪くない。やりがいがあるもんだ、な?」


 自分の身長と同程度の大きさがあるドラゴンの頭部を見上げてグロックが言うと、「真面目にやれ」と言わんばかりに鼻先で弾かれた。

 そこにはまだ無傷の騎士たちが残っており、グロックにそこらの敵を任せたいらしい。

 ゴロゴロと転がって騎士たちの一人にぶつかった彼は、悪態を吐きながら立ち上がり、その勢いで一人を股ぐらから斬り捨てた。


「もうちょっとソフトに頼むよ。仲間だろう?」


 ドラゴンの答えは、軽い鼻息だった。

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