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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
17/24

16.森の中。森の外。

 騎乗の聖騎士たちと馬車で移動するエイミィら一部の者たちが長い列を成し、その後に荷車に山積した荷物を懸命に運ぶ者たちが続く。

 いくつかの町を経由しながらようやく目的地の森へとたどり着いた彼らは、その直前で野営地を設定していた。

 奇しくもそれはシロウたちがディエナを封印するために行った方法であり、場所も同じだった。


 部隊の中にザガンの姿は無い。彼は教長代理として本部から物資や他の支部からの応援を束ねて現地へ送る任務を負い、他にも亡くなった教長の代わりに様々な調整を行っている。

 ザガンにしてみれば教長としての仕事を知り、実績を積み上げながらディエナの報告を待つ態勢でいるというわけだ。


「数日はこちらで休息を取っていただき、部隊の編成を行ってから森へと入る手はずとなっております。エイミィ様がお休みになられるには簡素に過ぎますが……」

「気にしていません。それよりも、騎士の皆さんや荷運びの方々がしっかりと休息を取れるように手配をお願いします」

「なんとお優しい……かしこまりました。皆にはその旨、伝えておきますゆえ」


 助力を希望する信徒たちも含め、およそ一千名にもなる隊列は一か所に集まるだけでも数時間を要し、さらに後発の応援部隊なども含めると完全に人数が揃い、部隊が整うまでは数日はかかりそうな見通しだった。


「そんなにゆっくりと準備をしていては、森の中にいるモンスターたちや例の相手に感づかれませんか?」

「そこは問題ありません。見張りはしっかりと立てておりますし、万が一、モンスターが襲ってきても充分すぎる戦力が用意されています。森から逃げる者がいないかどうかも、見回りが常に巡回するように手配しております」


 流れるように説明をしたのは、副官として彼女についてきたコルテという人物だった。彼はザガンの腹心の部下であり、エイミィを総大将として組織されたこの部隊の副将という地位でもある。

 そして同時に、エイミィを操るためにザガンが派遣した操り糸でもあった。


「聖女様には安心してご待機いただき、我々が道を作るのを今しばらくお待ちいただきたく存じます」

「道を?」

「はい。複数の先遣部隊を森へ送り、邪神の城までの道を調査しながら、可能な限り危険を排除する予定です。あるいは、彼らでは対応ができない相手の場合、聖女様にご協力をお願いするかも知れませんが……精鋭ばかりを集めておりますので、まず心配は無用かと」


 総大将は自分のはずだったのが、いつの間にかお膳立てされた道をただ進むだけの計画が進行していた。

 彼女は「それでは意味が無い」と反論したが、コルテはエイミィの魔力を元勇者との戦いのために温存しなければ、と説得し、最終的にエイミィが折れざるを得なかった。


「邪神並みの戦闘力を有するというかの人物を討伐できる実力を持っているのは聖女様をおいて他にいないのです。どうか、世界を救うために、少しだけご辛抱ください」

「……わかりました。ですが、状況は逐一私にも報告が入るようにお願いします。また、騎士たちが睡眠時間を削らねばならぬような無理な侵攻は禁じます。私は犠牲が出るのを良しとしません」

「承知いたしました」


 軍議ともいえぬような話し合いが終わり、コルテが「指示を伝えて参ります」と言って離れていった。

 どっと疲れを感じたエイミィは、彼女のために用意された天幕へと入り込んだ。

 中には一人の女性が待機している。

 彼女はエイミィの身の回りの世話をするために同行している侍女で、食事や着替えの用意などを行っている。


「……本当に、私は戦いに来たのでしょうか?」

「どうかされましたか?」

「いいえ。私はもう休みますので、あなたも今日はもう下がってください」

「かしこまりました。では、何かありましたらすぐにお声かけくださいませ」


 恭しく一礼して出て行った女性に「ありがとう」と伝えて見送ったエイミィは、ベッドへと腰を下ろした。

 そう、天幕の中には組み立て式の簡易的な物ながらベッドが置かれ、柔らかな毛布や枕が用意されている。どれも高価なもので、寝心地は一般的なベッドとは比べ物にならない。

 とある豪商の信徒から寄贈されたものらしいが、こんなもの貴族でもそう持っていないのではないだろうか。

 ベッド本体の価格は大して高価ではないとしても、これを運び、設営するための時間と人数を考えれば、無駄なものだとエイミィは思ってしまう。


 横になり、天幕だというのに妙に精緻な刺繍が施された上部を見つめる。

 エイミィは自分が良いように利用されているだけの様な気がしてきた。単に聖女の末裔として生まれ、偶然にも魔法の才能が豊かだったというだけで、こんな贅沢な地位に“綴じ込め”られている。


「こんなの、聖女マリィ様が見たら怒るのじゃないかしら。ひょっとすると、呆れて何も言えないかもね」


 翌日は「先遣隊へのお言葉」を、と希望されて数百名の前で激励の言葉を並べ、翌日には遅れて到着した者たちへ感謝の言葉を述べる。

 彼女は、自分の言葉一つで多くの人々がこうも簡単に戦闘地域へと赴くのか、と戦慄していた。

 エイミィ自身は誰とも戦っていない。

 森から野営地に近づいてきたモンスターは、エイミィが命じるより先に聖騎士たちが数人がかりで始末している。


 言葉だけで騎士たちが森へと入っては、途中経過報告を聞いて、一日が終わる。こうして具体的な出番が無いまま時は流れ、野営地での何不自由ない待機は続く。



「へへっ、とうとうおいでなすったねぇ」


 森へと踏み込んできた聖騎士たちを樹上から見ていたディービーは、蛇の口の奥でほくそえんだ。

 彼は監視役として森の外縁あたりで野営地の動きを見ていたのだが、とうとう先遣部隊が森への侵入を開始したので、待ちくたびれていた身体をずるずると動かして城へと向かう。


 まだ、迎撃はしない。

 充分に奥地まで誘い込み、状況を見る。

 それに、態々シロウたちが手を出すまでもなく、聖騎士たちは様々なモンスターに襲われ、戦闘を余儀なくされるのだ。


 今も、城へと向かうディービーが横目で見ている視界に、聖騎士たちが悲鳴を上げているのが聞こえた。

 彼らを襲っているのはクロウリング・ラグという種類のモンスターだ。

 ボロボロの布袋が地面を這い回っている見た目のモンスターであり、大した攻撃手段も持っていないモンスターだが、一度攻撃を受けた後は厄介だ。


 布袋の中身は大量の虫が詰まっており、一度斬撃を受けるとあふれだした虫たちが布袋から飛び出してくる。

 不思議なことに袋の大きさよりも大量の虫たちが溢れ出し、ゴキブリたちが地を這い、ハエたちが飛び回る。

 こうなると対処は難しい。

 一匹一匹を叩き潰してもキリが無い虫たちの大攻勢は、騎士たちの鎧の隙間から入り込み、じわじわと肉をついばんでいく。


 プチプチと小さな痛みが全身を駆けまわり、虫の絨毯に巻き込まれた騎士たちは大地を転げまわる。

 慌てて鎧を脱ぎ捨てても、服を捨てても虫たちは追いすがり、新鮮な肉を求める。

 叫べば口から、呼吸をしても鼻から入り込み、倒れれば瞼の中へと潜り込む。


 しかし、騎士たちは対処法をほどなく発見した。

 布袋の状態でいるうちに、火魔法で焼き払ってしまうのだ。

 不幸にも虫に塗れてしまった者は、苦しみから解放するという名目で虫ごと焼却された。十数名がそうして犠牲になったが、その程度の損害では騎士たちの侵攻は止まらない。

 むしろ、明確な被害が出たことで騎士たちはより慎重に行動するようになった。


 一部隊の人数が増え、魔法騎士がどの部隊にも必ず帯同するようになる。

 蔦で形作られた巨人“アイヴィー・マン”や、巨大な球体から大量の腸管を触手のように伸ばして人間を捕食する“ガッツ・オクトパス”など、聖騎士たちを襲うモンスターは無数にいる。

 しかし、長い間教団が開発に尽力した魔道具や攻撃魔法、そして何よりも動員された人員の量によって、それらも次々と撃破されていった。


「エイミィ様。用意が整いました。とうとう敵の城を発見いたしました」

「そうですか。様子は?」

「はい。どうやら邪神が封印されたことで力が弱まっているようです。守りを固めている様子もなく、手薄であるとのこと。今が好機でしょう」


 コルテは城へと続く道を発見し、道中のモンスターはほとんど排除が完了したと報告した。

 強力なモンスターが多い道を優先して調査したところ、城へ続く通りを発見したらしい。

 もし、ここにザガンがいれば「おかしい」と気付いたかも知れない。教団の記録では森には道など存在せず、獣道すらほとんど見当たらないはずなのだ。

 しかし、エイミィもコルテもそんなことは知らなかった。森を出入りするものがいるならば道があるはずだ、という固定観念が思考を邪魔している。


「では、明日の早朝から出発します。それまで騎士たちに充分休息を取っておくように伝えてください。魔道具や強力な魔法の準備をしておきたいので、他の細やかな部分はお任せしてよろしいですか?」

「もちろんです。そのために私はここへ来ているのですから」


 騎士たちの士気は高く、準備も滞りなく完了した。

 道中の数か所に監視のための騎士が配置されており、そこを中間拠点として渡り歩いていけば、三日ほどの行程で城までたどり着けるはずだという。

 馬や馬車は使えないが、エイミィ一人のために小さな荷車を搭乗用に改造した物が用意されており、彼女は歩く必要さえなかった。


 流石に固辞しようとしたエイミィだったが、周囲の騎士たちに熱望されて渋々乗り込んだ。

 彼女はいつものローブ姿ではなく、軍服の様なパンツスタイルの服を着ていた。胸には教団の紋章が刺繍され、通気性も良く着心地と頑丈さが保たれている。

 髪はしっかりとまとめ、念のためにと用意された鉢金のついたバンダナをして、いくつかの魔道具が入ったバッグを肩にかけていた。

 手には魔法の発動を補助するための短い杖が握られている。


「出発しましょう」

「はっ! 全隊、前進せよ!」


 隊列の中央にエイミィを抱えた部隊が、ゆっくりと森へと乗り込んでいく。

 その人数は三百名。他に百名が先に森の中へ入っている。

 事前調査を充分に行っており、計画上は何も問題は無いはずだった。


 しかし、彼らを待ち受けているのは、シロウとグロックが念入りに用意した、彼らを誘い込むためのアリジゴクであった。

 それを知ったのは、エイミィたちでは無く、森の外縁部分を哨戒していた騎士たちだ。


「なんだ? 音がするが……」

「どうかしたか?」


 馬を使い、森のすぐ外側を巡回していた騎士が、耳慣れない音を聞いて馬を止めた。

 同行していた部隊全員が足を止め、彼の言葉を聞いて耳を澄ます。


 音は森の方からだった。

 悲鳴のように聞こえたが、この近くに他の部隊がいるはずもなく、城攻めの本隊はかなり離れた位置にいるはずで、万が一にも本隊が襲われていたとしても、悲鳴が聞こえるはずもない。


「調べてみるか」

「おい、大丈夫か?」

「問題ないだろう。森の奥ならともかく、こんな端にいる奴は……」


 森の傍へと馬を進めていた騎士の言葉は、最後まで紡がれることは無かった。

 彼の上半身が、乗っていた馬の首ごとごっそりと削り取られていたからだ。


「うあ……!」

「せ、戦闘態勢!」


 血を噴き出して倒れた人馬の様子を見て、残った騎士たちは慌てて武器を抜く、魔法騎士は攻撃魔法を発動しようとしたが、敵の正体が不明なままでは、何が通じるかわからない。

 そして、馬を下り、森を見据えて構えていた騎士たちが目にしたものは人間の身体だった。


 森から突き出す様に人間の身体がいくつも絡み合った何かが姿を見せた。

 その先端は血に濡れており、ぽたぽたと赤い滴を地面へと落としている。


「なんだ、あれは……?」

「まさか……フェイクスパイダー……?」


 信じられない、と呟いた聖騎士の予想は的中した。

 ずるり、と鈍重な動きで森から全身を表したのは、シルエットだけを見れば全長十数メートルに及ぶ巨大な蜘蛛である。

 だが、その身体を構成するのは大量の人間の身体だった。


 複雑に絡み合った全裸の人々は、互いの身体を擦り合わせるようにからまり、まるで筋肉の一部であるかのように蠢動して蜘蛛状の身体を操る。

 それぞれの身体は、まだ生きているかのようにうめき声や悲鳴を上げており、不協和音が蜘蛛の全身から流れているような、酷く不安を掻き立てる音楽が奏でられている。


 群体。

 芸術的にすら思える、危ういバランスのままで身体を動かしている巨大なモンスターは、倒れている下半身を器用に拾い上げ、二人の人体で作られた口元へと引き寄せ、バリバリと食べ始めた。

 すると、蜘蛛の背中に新たな人体のパーツが追加される。


「おええっ……」


 あまりのおぞましさに一人が吐いた。

 他の騎士たちも、真っ青な顔をして後ずさる。

 フェイクスパイダーは自らが取り込んだ人間のパーツで自分の身体を作っていくモンスターであり、その回復力は無限とも言われていた。

 数人の騎士たちではとても相手にできない、強力なモンスターだ。


 算を乱して逃げ出した騎士は、馬を使ったものはどうにか逃げ遂せた。

 しかし、混乱して徒歩で逃げようとした数人は、あえなく餌食となり、フェイクスパイダーの身体に取り込まれてしまう。

 同様に森の外縁にあたる他の場所でも、今まで姿を見せなかったモンスターが次々と表れるようになり、監視役の騎士たちは四割を損耗するという大惨事となった。


 こうして森へと侵入した本隊と森の外で野営する部隊は分断され、本隊は森の中へと知らず閉じ込められたのだ。

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