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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
13/24

12.聖女の行進

 建物を抜けた裏口。

 大蛇の死体を見つけたシロウは何かが起きたことを察しながらも、周囲に人の気配がないことを注意深く確認すると、再び走り出した。

 スクアエはしばらく呆然として彼に付いて行ったが、町が見えなくなったあたりでシロウの手を振りほどいた。


「いい加減、離して。あたしは自分でも走れる」

「む。掴んだままだったか」

「気付いてなかったの? 馬鹿力で握り絞めておいて」

「悪かった。……ここまでくれば敵もそう簡単には見つけきれまい。一度休むとしよう。丁度川も有る」


 森の方から流れてくる川。その川辺へと近付き、シロウは水を掬い上げて喉を潤す。

 そして、腰に提げていた水袋を沈め、たっぷりと汲み上げた。これからの道中でどこに水源があるかはわからない。可能な限り持っておくに越したことは無い。

 そのまま座り込んだシロウは、スクアエが立ったままでいることに気づいた。


「どうした?」

「……何でもないわよ」


 シロウとやや距離を離して、スクアエも川原の草地に腰を下ろした。

 彼女はすでに戦闘のためのモンスター姿ではなく、人間と同じ形態に戻っている。魂の力を節約するためだ。

 水には触れなかった。水分を採る必要は無いし、彼女が触れれば凍り付く。


「ディエナの城へ行く」

「あたしは、あんたにあそこに来て欲しくない」

「なに?」

「あそこはディエナ様にとって大切な場所。そこにあんたは土足で踏み込み、あたしたちを殺してディエナ様を封印した。それに……」

「ハーバードが言った“あの御方”という奴か」


 スクアエは小さくため息を吐いた。

 吐息は氷の粒となって、川面へと降り注ぐ。


「会わせたくない」

「……だからと言って、俺は立ち止まるつもりは無い。ディエナとの約束を果たさねば、お前もそう遠くないうちに消えるだろう」

「戦闘さえなければ、何日だってあたしは形を保てるわ」

「では何十日、何百日経てばどうなる? 聞けばお前たちと同等のモンスターたちはディエナが封印された後にほどなく姿を消したのだろう? ディエナのことだから自力で復活できるだろうが、今度は何百年かかる?」


 シロウの問いに、スクアエは一度だけシロウの方を見て、再び水面を向いた。


「……わからない。教団が使う魔法や魔道具がかなり進歩しているのは間違いないから、前よりは長くなる、と思う」

「ならば、動かねばなるまい。俺はこのまま何百年も待たされるくらいなら、俺は自分でできることをするまでだ」

「恩があるから?」

「それもある」


 再び水を掬い上げたシロウは、バシャバシャと顔を洗い、もう一度水を口に含み、喉を鳴らして飲み込んだ。


「俺はもう一度ディエナに会いたいと思っている。それで理由は充分だ。教えてくれ。城には何がある? なぜハーバードは城に行けと言った?」

「……ディエナ様に必要なのは魂の力よ。ディエナ様以外にそれを持っているのは、あの御方だけ」

「それは……」

「ディエナ様のお母様のことだよ! いやあ、久しぶりに会いたいなぁ。あの人美人だし、優しいんだ、これが!」


 スクアエの言葉を遮るように、軽い調子で男の声が響いた。

 素早く立ち上がったシロウだが、その声を発している相手を見つけて再び座りなおす。

 川原の草むらに隠れていたスネークワーカーのディービーが、ドロドロの上半身をのけぞらせるようにして顔を見せていたのだ。

 彼はエイミィの魔法で蛇の頭部と千切り取られたあと、死んだふりをしてやり過ごしたらしい。


「いやあ、ありゃ俺っち程度じゃ無理だよ、無理無理。シロウっちと戦った時と同じくらいに絶望を感じたもの。ただ、ちょっと観察力は低いね」

「気付かなんだか」

「ぜーんぜん。他の騎士たちも頭が取れて動かなくなっただけで“死んだ”と思ったみたいだよ。甘いね。砂糖菓子みたいに甘い」


 それに比べて、蛇の中で息をひそめていた自分を見つけて細切れにしたあの時のシロウは凄かった、とディービーはまるで他人事のように話した。

 彼は蛇の体内に入り込んで操るタイプのモンスターであり、大蛇はあくまで借り物の身体に過ぎない。

 とはいえ、長く蛇から離れているのも力を消耗するらしい。


「というわけで、蛇をどっかで調達できないかな? 俺っちわりとピンチ」

「そうそう大蛇が見つかるわけなかろう」

「別に大きくなくていいんだよ」

「ならば……」


 川の上流にある木々の一つに近づいたシロウが、適当な木にひと蹴り入れると、体長二十センチ弱の小さくて可愛らしい白蛇が落ちて来た。

 慌てて逃げようとするそれを無造作に掴み上げ、草むらのディービーへと放り投げる。

 スクアエが「そんな小っちゃい蛇で……」と呆れているのを尻目に、目の前に落ちた蛇を見たディービーは楽しそうに笑い、第一関節まで溶けて消えてしまっている親指を立てた。


「いいね! 可愛らしいじゃないか! 俺っちにはちょいと手狭だけれど、問題は無いよ」


 ずる、と指先を蛇の口へと突っ込んだディービーは、そのまま吸い込まれるように蛇の中へと飲み込まれていった。

 明らかに自分より体積が小さい相手だが、少しも滞ることなく彼の溶けかけた身体が蛇の体内へと入り込んでいった。


「うそ……」

「スネークワーカーは寄生している蛇によってサイズが自在に変えられるモンスターだ。大蛇の方が威圧感はあるが、小さい方が隠れるのが巧くてやっかいだった」

「詳しいのね」

「詳しくならなければ、生き残れなかった」


 そんな話をしているうちに、ディービーは小さな手乗りサイズの蛇へと侵入を完了し、完全に蛇を支配下に置いてしまった。

 するすると滑るように移動し、シロウの肩へと這いあがる。


「どうだい? 似合うかな?」

「耳元でうるさい」

「あっ、ひでぇ!」


 ぺっ、と手で払われたディービーは、そのままスクアエの頭へと登って行った。


「ちょっと!」

「スクアエっちの肩は細くて安定しないから、ここを借りるよ」

「自分で歩きなさいよ」

「勘弁してよ。こんなちっこい身体じゃ、二人についていくのも一苦労だしさ。城に行くんだろ? 途中に大きな蛇がいたら乗り換えるから、それまでは頼むよ」


 仕方無い、と諦めたスクアエが立ち上がると、視線が高いと言ってディービーがはしゃいでいた。

 うるさいと感じて叩き落そうかとしたスクアエは、シロウが一冊の本をそっと上着の内側に仕舞いこんだのを見た。


「それ、読まないの?」

「もう少しここから離れてからだ。……これの内容を知ったとき、俺にもどんな気分になるかわからん。できれば、一人で確認したい」

「そう……。好きにすれば良いと思う」

「すまんな」

「謝ることじゃないわ」


 行きましょう、と言ってスクアエは歩き出した。

 彼女の後を追いながら、シロウは首を傾げた。


「会わせたくないのではなかったか?」

「あたし自身の希望でディエナ様復活を遅らせるなんて、できるわけないでしょう」

「そうそう。俺っちもスクアエっちも身体がもたねぇし、ジュノー姐さんたちだって復活させないとな!」

「……あんた、そんなに五月蠅かったっけ?」


 以前よりも口数が増えたディービーに閉口しながら、スクアエは歩き出す。その歩みは今までのような速度では無く、人間の女性と大差が無い。

 体力も落ちている。

 モンスターが襲ってくる可能性は低いが、もし聖騎士達との戦闘になれば、ひとたまりもないだろう。


 ちらりとシロウを見て、スクアエは密かに歯噛みした。

 そうなったら、彼に頼らざるを得ない。

 悔しさと情けない気持ちを抱えて、スクアエは精一杯の速度で急いだ。


 あの“御方”……ディエナの母に会う為に。



「……あんまり、良い趣味とは言えないわね……」


 ジュノーが目を覚ますと、そこは薄暗い石造りの壁に囲まれた狭い部屋だった。目の前に数人の男たちが立っているのが見えて、溜息交じりに呟く。

 男たちの戦闘には、暗い目をしたザガンの姿がある。

 暗闇でも問題無く見える彼女だが、視覚よりも感触の方が彼女の状況を物語っていた。

 両手両足。そして腰とムカデ状の長い首に太い鉄環が嵌められ、冷たい石壁に張りつけられている。


「おれもあまりこういうやり方は好まないが、必要ならばやる。そうでなければ勝ち抜けない」

「あら。ご立派なこと」

「おれはあの元勇者と違ってモンスターと慣れ合う気はない。質問に答えれば苦痛は無い。答えなければ痛みを味わう。それだけだ」

「痛み? うあああっ!?」


 全身に鋭い針と何本も刺されたような痛みが走った。

 ジュノーの身体が痙攣し、長い首の先でも頭が激しく震える。後頭部が何度も石壁に叩きつけられ、壁からはぱらぱらと欠片が落ちていった。

 原因は、ジュノーの身体を固定している鉄環だった。そこから伸びた突起にザガンが触れると、その度に彼女の身体は激しい痛みに包まれる。


「はあ、はあ……」

「随分と弱っているようだが、脱出など考えないことだ。この場所はお前たちモンスターを研究するための設備で、より安全にモンスターを解体するための装置だからな」

「解体……? 人間って、本当に残酷よね」

「人を喰らうモンスターに言われたくはない」


 ザガンが再び装置に触れると、ジュノーは押し殺した悲鳴を上げた。


「女をいたぶって喜ぶなんて、変態かしら?」

「お前のどこが女だ? 気色の悪いムカデの出来損ないではないか。それよりも、あの元勇者に付いて教えろ」

「あら、男の方が好み……くぅっ……冗談くらい聞き流しなさいな、器が知れてよ……」


 息も絶え絶えのジュノーは、返事をしないザガンに向けて赤い瞳を向けたまま嘲笑する。


「知ったところでどうするの?」

「対策を講じ、討滅する。それが世界のバランスを支えるアスカリア教団の役目だ」

「すらすらと言えるなんて、素敵な建前だこと。……あなた自身は気付いていないようだけれど、あなたの魂はとても上質よ」

「何を言っている? 良いから話せ」


 装置へと手を伸ばしたザガンに、ジュノーは「話すから」と止めた。


「彼の名前はシロウ。百年くらい前にあなたたちアスカリア教団が“邪神”から世界を救うとか言って異世界から呼び出した勇者様よ……ねえ、これって変じゃないかしら。モンスターの方から勇者の紹介をするなんて」


 馬鹿げている、とジュノーは唇を尖らせて抗議するが、ザガンは早く続きを言えとばかりに顎をしゃくった。


「必要なのはあの男がどんな能力を持っているか、だ。余計なことは言わなくて良い」


 ザガンがここに連れてきているのは秘密を守れる程度には信頼できる部下たちばかりだった。ジュノーが何を言おうと、問題は無い。

 一見拷問部屋のようなこの場所は、実の所本部の地下にある研究施設で、ザガンが言った事は本当だった。

 教団の暗部そのものといった場所であり、今でこそあまり使われないが、以前は余人が聞けば顔を顰めるような凄惨な研究が行われていた。

 現在教団で使われている強力な魔道具の多くが、ここでの研究をもとに作られている。


「……シロウの、能力ねぇ。全身のどこからでも鋭い刃を生み出すことが出来て、傷はあっという間に治っちゃうってことくらいかしら? これでも充分よね」

「他には?」

「さあ。わたくしが知る限り、これ以上の能力は使っていないわね。強いて言えば、普通の人間より力が強いくらいかしら?」


 そうか、とザガンは呟き、装置へと手を当てた。

 直後に再びあの痛みがジュノーの全身を駆け巡る。ただ先ほどまでと違うのは、ザガンが装置から手を放しても痛みが止まらないことだ。


「な、な……」

「おれがモンスターごときと約束などするわけが無いだろう。お前のせいで多くの聖騎士を消耗した。死ぬまでは痛みを感じながら反省してりお」

「ふ、ふふ……。そんなこと、わかりきっていたわぁ……」


 苦痛の嵐の中で、ジュノーはそれでも笑みを浮かべる。


「強がりを……」

「どうして、シロウの、能力を話したと、思う?」


 威力を上げるように命じたザガンは、高い位置に固定されたジュノーの頭部を見上げ、睨みつけた。


「あなた程度じゃ、対策なんて意味が無いまま殺されるから、よ……」

「知恵無き身ではわかるまい。それでも人間は生きるために工夫してきた。貴様らモンスターに囲まれながらも、そうやって生き延びてきたのだ」


 騎士の一人から剣を受け取り、ザガンはジュノーの腹へと突き立てた。

 そこからザガンの魔法が流れ込み、激しい電撃が内臓へと直接流し込まれる。

 戦闘は苦手なザガンだが、それでも魔法の才能は教団でも上位に位置する。この程度のことは問題無くできるのだ。


 もはや声にならない悲鳴を上げたジュノーは、指先から土へと戻り始めていた。魔法への対抗もできず、すでに魂の力は残っていない。


「死ね。モンスターめ」

「ほんとう、人間って、いやぁね……」


 ジュノーの頭部が落ち、硬い床にあたって砕けた。

 ザガンが踏みつけると、土が床へと広がる。


「対刃防御鎧の用意を。それと遠距離攻撃のための魔道具を大量に用意するように」

「はっ! この件、エイミィ様には……」

「伝える必要は無い。余計な心配をおかけすることも無い。いいな」

「はっ!」


 ザガンは他の騎士達にも口外しないように伝えた。

 彼にとってエイミィは教団の大切な“飾り”なのだ。教団の後ろ暗い余計な情報など、始めから知らぬ方が良い。

 死んだ教長もこの研究室については教えていなかったようだと知ったザガンは、この場所のことを今後も隠し通すつもりでいた。


 そのエイミィは今、ザガンが用意した城への地図と日程を見ながら、出立の準備をしている。

 テーゲン支部での戦闘からまだ二日という段階だが、彼女はすぐにでも出発したいと希望しており、戦力となる騎士達の準備を待っている所だった。


 ザガン自身は教長代理として本部に残ることになっている。テーゲン支部から撤退した帰途でエイミィを説得した成果だ。

 聖女の指名であり、まるで教長の遺言であるかのように公表されたザガンの代理就任には、他の者たちは忌々しい視線を送るだけで、表立って物言いは付かなかった。


「作戦が成功すれば良し。失敗しても……」


 ザガンにとって最上の結果は、エイミィがシロウと刺し違えることだ。

 余計な傀儡はもう不要だが、シロウだけは始末しておきたいという彼の願望に一致する。

 尤も、そこまで都合よくことが運ぶはずもない。狙ってどこかで手を抜けば、エイミィが死んでシロウが健在という最悪の状況が残ってしまう。


「あと一歩だ。あと一歩で、おれが本当の教長になれる」


 そのために、ザガンは休むことなく準備に専念し、三日後には出撃準備が整った。

 過去に聖女マリィが果たした邪神封印を今代の聖女エイミィが果たすのだ、と宣伝された進軍は、大勢の信徒たちから応援の声を浴びながら、誇らしげな行進で始まった。

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