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封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
12/24

11.教団の実力

 煙幕を使ってエイミィを救い出したのはザガンたちだった。

 彼は室内での戦闘を陰から確認していたが、邪神を封印したことをプラスに、しかしシロウを封印する手立てが無くなったことをマイナスとして計算し、冷徹に結論を出した。

 エイミィを連れての逃亡である。

 彼女にはまだ使い途がある。邪神の封印はそう簡単には解けないはずで、敵戦力が大幅にダウンしたことは間違いないが、聖女の素質が無ければシロウへの対抗は難しい。


 だが、ザガンは騎士たちの多くを見捨てた。


「ザガン様、どこへ向かうのですか?」

「町を脱出します。私はこの身に替えても貴女を救わねばなりませんし、騎士たちも同じ覚悟でしょう」

「そんな……では、表で戦っている騎士たちを見捨てる、と?」

「彼らとて訓練を積んできた猛者たちです。そう簡単には破れません。ただ念のため、エイミィ様には先に戦場を離れていただくだけです」


 結局ザガンの言い分を受け入れたエイミィは、まだ激しい戦闘が続く支部正面を避けて密かにテーゲンの町を脱出した。

 支部は町の外れにあるため、裏手はすぐに外へとつながっている。

 だが、そこにもモンスターの姿はあった。


「やあやあ、悪いけど、ここは俺っちが守っていろと言われた場所なんで、悪いけど引き返してくんないかなぁ」

「モンスターか!」

「そうだけどさ、普通の騎士たちじゃ俺っちには敵いっこないんだから、大人しく立派な建物の中に戻りなよ。ジュノー姐さんやレイヴン兄に殺された方が、ずっと楽だよ?」


 それは胴回りが一抱えもあろうかという大蛇だった。長い胴体でずるずるとエイミィ達の行く手を遮った蛇は、鎌首をもたげて口を開いた。

 鋭い牙が上下から飛び出した口内。その奥にはどろどろに溶けた人物が、かろうじて残っているかのような目と口を歪めて笑っている。

 強烈な酢酸臭も相まって、エイミィは思わず口を押えた。


「うっ……」

「こいつは……“スネークワーカー”か!」

「御明察。勉強が好きな子だったのかな? 正解したご褒美は上げられないけれど、悪く思わないでくれよ?」


 軽い口調で語りながら、護衛の聖騎士が一人、頭からばっくりと喰われた。

 両足をばたばたと振るって暴れ回っているが、あっという間に全身が大蛇の中へと飲み込まれていく。

 ほんの数秒、大蛇の中から聞こえていたくぐもった悲鳴は、わずかな抵抗と合わせて収まった。


「こんな感じでさ。すぐにどろどろに溶けちゃうけど、結構痛いよ? ああ、心配しなくても俺は平気さ。こんなに溶けているけれど、完全に溶けたりは……おっと」


 ぼろり、と瞼が無い眼窩から右目が零れた。

 慣れているのか、片手で受け止めてすぐに押し込む。


「ははっ、まあこういうこともあるよね。で、どうする?」

「蛇の胴体を狙え。私はこれを使う! エイミィ様はお下がりください」

「蛇って言い方は酷いな。俺っちはスネークワーカーのディービー。よろしくね」


 会話を無視したザガンの指示を受け、ディービーの大蛇部分へと殺到した聖騎士たちは、二人がまとめて巻き取られ、一人は同僚と同じように頭から飲みこまれた。

 それでも、他の騎士たちが振るう剣が太い胴に無数を傷を付けて行くと、大蛇の身体からは血が噴き出す。


「痛いなぁ、もう」

「あぐぁっ!」


 一人を消化し終えたディービーが再び顔を出すと、締め上げていた二人を完全に締め上げて潰した。

 口から内臓を溢れさせて絶命した聖騎士たちの姿に、ディービーはニヤリと笑っていた。


「だから言ったでしょ? 俺っちと戦うより……」

「能書きはいらん!」

「……マジかよ……」


 大喝とともにザガンが攻撃を加える。

 彼が使った武器は見た目こそ単なる短い鉄砲であったが、彼の他一部の者しか携帯していない特殊且つ強力な魔道具だった。

 魔力を込めることができる特殊な宝石を打ち出すうえ、一発のみで宝石は砕けてしまうために非常にコストが高い。


 しかし、それに見合う威力はあった。


「なんだよ、それ! ずりぃ!」


 大蛇の身体、その中程を半分ほどえぐり取られたディービーは愕然としていたが、すぐにザガンが持つ武器を指差して抗議していた。

 弱ったと見て近づいた聖騎士の一人が、激しく振るわれた尾を叩きつけられて、壁にまで飛ばされる。


「まだ動けるか!」

「ザガン様、場所を空けてください!」

「おいおい……」


 ザガンを押し退けて前に出たエイミィは武器こそ手にしていなかったが、詠唱を終えた火炎の魔法はザガンが使っていた魔道具よりもよほど凶悪な熱を放っている。

 ディービーの近くにいた聖騎士たちは危険を察して慌てて飛びのき、彼らが下がったと同時に火球は放たれた。

 初めて真剣な表情を見せたディービーは蛇の体内へと隠れて、同時に傷ついた身体をうねらせて回避を狙う。


 だが、間に合わない。

 人を簡単に丸呑みするほどの巨大な蛇の頭部、その首元へと着弾した火球は、鱗を焼き、肉を千切ってその体内に深く埋ると同時に、爆ぜた。

 骨や血が周囲へと撒き散らされ、聖騎士たちは慌ててザガンとエイミィを庇う。

 そしてダメージを受けたであろうディービーの動きを待って身構えていたのだが、もうその必要は無かった。


 巨大な首が千切れ落ち、残った頭部はぴくりとも動かない。

 頭を喪った胴体はしばらく暴れ回っていたが、それもほどなく止まる。


「エイミィ様……」

「行きましょう、ザガン様。騎士達も、早く」

「はっ! ありがとうございます!」

「流石はエイミィ様だ……」


 感動に震えながらエイミィの両脇を固める騎士達に反して、彼女の背中を見ながら後を追うザガンは渋い表情だった。

 エイミィの実力は想像以上だが、急速に戦場に慣れつつある。祖父の死を目の当たりにし、これまで避けてきたモンスターとの戦闘を立て続けに経験したことで、肝が据わってきたようだ。


「これなら、使えるな……」

「ザガン様?」

「何でもありません。先を急ぎましょう」


 振り向いたエイミィは、ザガンの微笑みしか見ていない。

 エイミィたちはマリィの遺稿を奪われながらも、邪神封印の大挙を果たした。ザガンは彼女の実力の証明であるとして、本部に戻り次第大々的に発表しようと目論む。

 しかし、エイミィ本人は自分が失敗したと思っていた。滅ぼすべき人類の裏切り者である勇者を取り逃してしまったからだ。


「ザガン様。一つお聞かせください」

「なんでしょう?」

「元勇者である彼らが向かう場所は、やはり本部でしょうか?」


 エイミィの問いに、ザガンは彼女が本部襲撃を危惧していると思い、安心させることも考えて別の候補を口にする。


「……邪神が文字通り根城にしていた廃墟の城があります。邪神が封印され、戦力が低下した連中は、一度そこへと隠れるのではないかと」


 だから本部で襲撃される心配は少ない、とザガンは続けるつもりだったが、エイミィの考えは違った。


「では、戻り次第戦力の編成をお願いいたします。私がその城へと向かい、今度こそ元勇者シロウを討滅いたしますから」


 内心で舌打ちしながら、ザガンは了承する。

 待つべき時では無い。大きな成果を上げた今こそ、エイミィとの関係を改めて周知して地位を固める必要があるのに、と。

 しかし、彼女を無理に引き留めるのも愚策だろう。協力を得られぬまま無謀な挑戦をさせて無駄死にさせては元も子もない。


 結局、ザガンは本部へと戻ったエイミィの為に、再び戦力を整えることになった。



 シロウとスクアエが支部の外へと出た時、最初に見たのは倒れていくハーバードの姿だった。

 八本あったはずの足は半数にまで減り、本体であろう僧の姿をした部分も、脇腹をかなり酷く抉られていた。

 剣での傷もあるが、魔法による攻撃の影響も大きい。


「ハーバード!」

「スクアエか……拙僧は放っておいて良い。それよりも、ディエナ様は……」

「……すまん」


 うつ伏せに倒れ、力なく広がった足の下敷きになった格好で顔だけを上げていたハーバードは、詫びの言葉と共にシロウが差し出した宝石を見て、全てを悟った。

 彼の向こうで、小指と親指を失った左手から落下したレイヴンが騎士達か串刺しにされていた。

 悲鳴は無く、それでも周囲にいる騎士たちをランスで殴りつけていたが、彼も間もなく破れるだろう。


「城へ行け。場所はスクアエが知っている……いや、シロウも来たことがあるな。そこで拙僧と刃を交わしたのであった」


 話している間に、ハーバードの身体は徐々に崩れて土へと変化していく。

 彼はシロウの持つ宝石を指差したが、その指先も脆く崩れ落ちた。


「ディエナ様を救う方法、あるいはあの御方なら……」

「ハーバード!」

「なぁに、一時の別れよ。ディエナ様さえご無事に復活なされたなら、拙僧もまた、戦えるであろうさ……」


 ハーバードが倒れると同時に、レイヴンも動けなくなった。

 周囲にはまだ多くのせい騎士たちがいる。

 スクアエが周囲へと冷気をまき散らすが、数人を凍らせるのが精いっぱいで、今一つ通用しない。彼女自身がかなり消耗しているのもあるが、騎士たちの装備がある程度彼女の魔法を軽減しているらしい。


「スクアエ。お退きなさいな。それ以上やったら、ディエナ様から貰った力を使い切ってしまうわ」

「ジュノー? あんた……」

「あまり見ないで頂戴。顔が崩れてしまって、醜いったら、もう!」


 スクアエを庇うように立ったジュノーは、人間である部分に多くの傷を負っていた。

 かなり硬い外骨格のはずのムカデ部分にも複数の槍が刺さり、ぐじゅぐじゅと体液が漏れている。

 そして、その先にある頭部は左頬を抉り取られていた。魔法によるダメージのようで、焼けただれた傷口から煙が上がっている。


「シロウ。ディエナ様のことだから、ぜぇんぶ貴女に任せたのでしょう? なら、ここはわたくしに任せてやるべきことをなさいな」

「しかし……」

「スクアエを守ってあげて。わたくしたちはディエナ様がいなければ、魂の力を供給されず、長くは姿を保っていられないし、戦うこともできなくなるのだから」


 ジュノーは自らが盾になって聖騎士たちを止め、シロウ達の退路を作ると言った。

 それは間違いなく死兵となるという宣言だ。


「だが……」

「これはお願いじゃないの。貴方が負った義務。ディエナ様から託されたのでしょう? 私たちはディエナ様さえご無事に戻られるなら、それで良いのよ。おわかりかしら?」


 小さい子供に言い聞かせるように語るジュノーは、乱れた黒髪の隙間から見える赤い瞳でウインクを飛ばした。

 余裕を見せながらも、彼女の身体は一人の聖騎士を蹴り飛ばし、同時に新たな攻撃を腹部に受ける。


「あんた……良い女だな」

「あら、ありがとう。でも少し違うわ」


 腹部に刺さった槍を引き抜き、投げ返して串刺しにしたジュノーは、長く伸びたムカデ状の首を揺らして笑う。


「わたくしは良い女でもあるけれど、ディエナ様にとって良い配下でありたいの。だから、ディエナ様が復活されたら、わたくしのやったことをちゃんと伝えて頂戴な」

「わかった。必ず伝えると約束しよう」

「なら、さっさとお行きなさい」

「……かたじけない!」


 シロウに手を掴まれたスクアエは、彼に引かれるままに走り出したが、視線はジュノーへと向けられていた。

 それを知りつつも、ジュノーは背を向ける。スクアエと目が合えば、彼女はシロウの手を振り払ってでも助けにくると思ったからだ。


「損な役回りですわね……」


 シロウ達が支部の建物を抜けて裏から出ようとしているのを見て、ジュノーは入り口をふさぐように立ちはだかる。

 その両手には聖騎士から奪った剣を持ち、長く伸びたムカデ状の首を擡げ、ぽたぽたと体液を落とす口元にはまだ健在な牙がある。

 ディエナが封印されたことで、ジュノーも魂の力を供給されていない。怪我をしていようといまいと、戦えるのはあとわずかだ。


「まったく、男どもがだらしなくて困りますわ」


 すでに土塊つちくれに戻ってしまったハーバードとレイヴンへと悪態を吐き、ジュノーは剣を振るって聖騎士の首を狩る。

 同時に別の敵に向かって首をおろし、その頭部を食いちぎった。


「か弱い女一人には、少し過ぎた重労働ですわね」


 そう思いません? と問いかけながら見下ろされた聖騎士たちは、彼女に答えること無く、じりじりと距離を詰めていく。

 見回しながらジュノーは嘆息する。

 これだけ魂を刈り取っても、ディエナが居なければどうにもならないのだ。肉があるのは良いが、流石に満腹だった。


「復活させていただいたら、今度はもっと気楽に過ごさせていただきましょう」


 ため息と同時にジュノーの身体に傷が増え、直後に聖騎士の死体が二つ増えた。

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