表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
封印されし邪神の彼女  作者: 井戸正善/ido
第一章:封印されし邪神
1/24

Prologue.抹消された英雄

Prologue.抹消された英雄


 邪神という存在がいた。

 それは一千年に届くかという長きにわたりこの世界のモンスターの頂点であり、人々の敵として君臨した。

 人々は技を磨き、武器を作り、さらには魔法をも駆使して邪神を排除しようと戦い続けてきた。

 それでも邪神は倒せず、モンスターの勢力は人々の生活を脅かし続けた。


 しかし、その歴史は終わりを告げた。

 異世界からやってきた勇者によって、封印されるという形で。


 勇者の名は知られていない。

 そしてその事実も、現地で何が起きたのかも、今や知る者はいない。




 隠された実際の現場は、死臭と混乱の極みにあった。

 主に邪神が言いだした一言によって。




「あなたをわたしの伴侶にするわ!」


 深い森の中に屹立している邪神の居城。その中に有る広大なメインホールに立つ少女の宣言が木霊こだまする。

 ホールはあちこちが破壊され、切り刻まれた異形達が屍を晒している。


「何を言っている?」


 少女の正面にいた一人の青年は、傷だらけの顔に疑問符を浮かべて苛立ちの表情を浮かべ、その近くには傷つきながらも杖を支えに立っている美女の姿もあった。

 彼らの仲間である戦士たちはいない。

 ここへたどり着く前に、道を作るために自らを盾にしたのだ。


 邪神の配下であるモンスターの軍団も、勇者の強力な能力の前に次々と廃滅し、今は邪神を守る二体を残すのみ。

 その二体も傷つき倒れ、邪神が庇う格好になっている。

 立ちはだかる邪神は少女の姿をしていた。

 一説には数千年の歳を重ねているとされているが、見た目はまったくそう見えない。


 追いつめられているはずだが、余裕すら見えるその様子には、目の前に立って構えている勇者すらも戸惑った。

 彼に向けてニッコリと笑った邪神は、コロコロと鈴の成るような爽やかな声で宣言する。


「あなたの実力。わたしを何度でも殺せるほどの力。そんな人初めて! だから待っていて! いつか、何十年か何百年かかかって復活した時には、必ずあなたを探し出してお嫁さんになるから!」

「血迷ったことを。人間の敵であるお前と結婚など考えられるか。第一、数十年もすれば俺は死んでいる。尤も、その時は新たな勇者が現れて、再びお前を封印するだろうさ」

「あら。そうなんだ。それじゃ……」


 無造作に近づいた邪神に対し、勇者は容赦のない一撃を喰らわせた。

 激しい衝撃を受けた邪神の身体は三十センチ以上浮かび、その身体を無数の刃が貫く。

 それでも、邪神は笑っていた。


「あなたの名前は?」

「……シロウ。お前を封印した勇者はシロウだ」

「シロウね、素敵な名前。わたしはレイディエーナ。ディエナと呼んで」


 ディエナの身体を貫く刃は、シロウと名乗った勇者の拳から突き出ている。

 さらに腹部や前腕からも刃を伸ばし、邪神の身体を穴だらけに貫いていく。血と共に邪神の力はこぼれていき、近くにいた美女が持っていた小さな器へと吸い込まれていく。

 邪神を封印するために作られた魔道具であり、無数の魂を持っていると言われる邪神を無力化するために人間たちが研究を重ねた成果だった。


 それは確実にディエナの力を奪い、その存在すらもおぼろげになっていく。

 彼女は抵抗しようとしなかった。封印されるがまま、状況に任せようとしているのが誰の目にも明らかで、それがシロウには不思議で仕方が無い。


「そうね。人間は寿命が短いのよね。だから……」

「んむっ……?」

「な、なんてことを……」


 ディエナの細い両手がシロウの頭を掴み、強引に口づけを交わす。

 予想していなかった動きに抵抗を忘れて唇を奪われたシロウ。彼を見て、美女が悲鳴に似た非難の声を上げた。

 たっぷりと舌を絡めた濃厚なキスが終わったとき、ディエナの姿はすでに儚い。


「また会いましょう。その時には沢山お話をしましょう。どうしてわたしがここにいたのか、モンスターたちがなぜわたしと一緒にいたのか。そして……」


 ディエナは狼狽えている美女を指差した。


「彼女ら人間たちが何故わたしを“邪神”と呼ぶようになったのか」

「それはお前の存在そのものが……」


 邪悪であるからだ、と続けようとしたシロウは、今にも涙をこぼすのではないかと思えるほど寂しそうなディエナの表情を見て、言葉を止めた。


 そしてそのまま、ディエナは封印された。

 何体もいたモンスターたちも姿を消し、廃墟同然の荒れ果てた城だけが残った。

 床に無数の血の跡が無ければ、先ほどまでの戦いが夢幻だったのではないかとさえ思えるほどに、何も残っていない。


「勇者様……」


 美女から声をかけられ、シロウは首を横に振った。


「終わった。とにかく終わったんだ。さあ、帰ろう。邪神が封印されたことを、みんなに知らせなければ」

「はい。ようやく、終わったのですね……」


 無限に湧いて出るのかとすら錯覚するほどのモンスターの大軍との戦い。

 それらを打ち破り、時には裏をかいてすり抜けてここまでやって来た彼女の言葉は、ここへたどり着くまでに払った犠牲の大きさも相まって、重たい。

 互いに身体を支え合いながら城を後にする二人以外は、誰も生き残っていない。

 力自慢の戦士も、勘の鋭い斥候役も、全員が死んでしまった。


 戦いが終わり、無言のままの二人は深い森をどうにか抜け出し、人々に成果を伝えることに成功する。


 しかし、異世界から呼び出され、私心を捨ててこの世界のために死力を尽くして戦ったシロウの名前は歴史に残されなかった。



―――百年が経ち、予告通りレイディエーナが復活を遂げる。

  その時に人々が口にしていた救世主の名前はマリィ・クナートル。シロウと共に邪神を封印した美女、ただ一人だった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ