第四話 王族殺し
「バルドさん!」
バルドが振り返ると、ゼンが駆け寄ってきた。
彼の背後には、松明をもった人間、長人族、小人族の騎士たちが走ってきていた。
ゼンは、男達の死体を見て、息を呑んで立ち止まった。
その死体の群れと黒焦げとなった竜族の骸の前に、バルドは立っていた。
「後は頼む」
追いつき、ゼンの隣に並んだ騎士たちにバルドは言った。そして、村の出入り口である細道に向かおうと、死体を乗り越えて歩き出す。
「待て!これはお前がやったのか!?」
顎髭を生やした人間の騎士が、バルドの背中に叫ぶ。
「おい!!」
バルドは振り向き、嫌そうに眉を顰めてみせた。
「他に誰がいるんだよ」
「お、お前!王族殺しのバルド!!」
すると、長人族―白髪に緑の瞳をもった―男が目を見開き、バルドを指さす。
『王族殺し』という言葉に、ゼンは驚き、バルドを見た。
「本当か!?」
小人族の騎士―金髪に青い瞳でまだ年若い―が、白髪の騎士に問いかける。
「間違いない!王都の手配書で見た。その刺青の顔!その短剣、それは剣闘士が使っていたものだ!」
白髪は、バルドの顔から、彼の握る血で濡れた短剣に人差し指を向ける。
顎鬚と金髪の顔が緊張で強張った。そして、顔を見合わせると、腰に下げた剣を抜き、その切っ先をバルドに突きつけた。
張りつめた空気を感じ、ゼンは無意識に後ずさった。その時、何かに躓き、勢いよく尻餅をつく。
「あたっ!!」
そこへ、バルドが無言で手を差し出してきた。思わず、ゼンは、バルドの手を掴む。バルドは、ぐいっとゼンの手を引っ張り、起き上がらせた。
「あ、ありがとう・・・」
礼を言った直後、脇から金髪の怒鳴り声が響いた。
「バルド、何をしている!!余計な事をするな!!」
「余計な事って、子供を助けただけだろうが」
眉を寄せるバルドに、白髪の騎士が明々と灯る松明を近づけた。火の粉が飛ぶ様がゼンにも見えた。
「その短剣で切って捨てるつもりだったのだろうが、俺達の目はごまかせんぞ!!」
青ざめながら、唾を飛ばす白髪に、バルドは疲れたように小さく息を吐いた。
さらに空気が悪化し、ゼンは肩を縮こませた。彼らの言うことが本当なら、バルドは大罪人だ。だが、ゼンを(なりゆきとはいえ)救い、アニーを慮って立ち去ろうとしたり、今のように助け起こしてくれる彼が、残虐非道なだけとは思えなかった。この盗賊の山も、(バルド自身が目的だったとはいえ)放って逃げることもできたはずなのにそうしなかった。バルドは恐ろしく強いが、悪い人間ではないというのが、ゼンの考えだった。
だが、弁解などすれば火に油の注ぐような気がして、ゼンは何も言わなかった。
いたたまれず、目線を下に下げれば、薄汚れ、塗装のはげた鎧が転がっていた。ゼンが躓いたものの正体はこれだったらしい。
鎧の胸元には、擦れているが、尾を咥え、円を作る蛇がおり、円の中には金箔でつくられた百合が描かれていた。ゼンには、それに見覚えがあった。
「これ、前の領主の紋章・・・」
「なに!?」
顎鬚がゼンの足元に転がる鎧に、松明をかざした。鎧の紋章を目にした顎鬚は、目を見開き、次の瞬間、目を細めた。
「・・・ということは、こいつは元領主のザッハークか。追放されたと聞いていたが、まさかここで盗賊をしていたとは・・・」
苦々しく口元を歪ませる顎鬚に、白髪の視線が向く。
「ハンス、どうする?」
ハンスと呼ばれた顎鬚は、緩く首を振った。
「これは、もう俺達の手に余る。ヨナ様に判断を仰ごう。フィッシャー、バルドを拘束しろ」
「わかった」
金髪―フィッシャーが剣を地面に突き刺し、松明をハンスに手渡す。そして、腰に下げたポシェットから縄を取り出した。
「おい、その剣をしまえ。余計な事はするなよ」
「へいへい」
威嚇するように睨みつけるフィッシャーに、バルドは息をつき、短剣の血を払い、鞘にしまった。そして、抵抗することなく両手を上げた。
領主に囚われるなら、殺される可能性もあるが。うまくいけば王都に連れて行かれるだろう。バルドはそれを期待したのだ。
イニオ村の東に、セネカという町がある。そこに、現領主ヨナの館があった。
石造りの重厚な館は、手先の器用な小人族が造った渾身の作だ。内部には、領主の書斎、寝室のほかに、食堂、会議室、謁見の間がある。館の隣には、領主に仕える兵士や使用人が暮らす寮があった。
「何!?王族殺しのバルドだと!?」
謁見の間―通称、『赤の間』と呼ばれるその部屋で、金箔や飾りのついた高価な椅子に座った一人の男が裏返った声を上げた。
緑かかった黒髪に、竜族特有の赤い瞳。この男がヨナだった。
ヨナは目を見開き、正面に立つハンスをまじまじと見つめた。
「はい。エリックが手配書で見たと言っていましたから間違いないかと。おい、連れてこい」
ハンスが呼ぶと、両手を拘束され、白髪の騎士―エリック―とフィッシャーに左右の腕を掴まれ、男が歩いてきた。
男は、涼しげな顔でヨナを見る。
男を見たヨナは、ヒッと小さく悲鳴を上げ、椅子から転げ落ちた。
「ヨナ様、大丈夫ですか!?」
ハンスがヨナを助けようと手を差し出すが、ヨナはその手を振り払った。
(あの刺青!あの顔!間違いない、あいつだ!!)
ヨナは、二年前の王族殺し事件の時に、その場にいた。円形闘技場で、竜形態をとった第二王位継承者・クロスに向かい合うバルドの姿を、ヨナは未だに忘れられない。
「こっ、こいつを牢にいれておけ!王都に引き渡す!!」
「はっ!」
ハンス、エリック、フィッシャーは揃って頭を下げる。そして、三人はバルドを牢へ連れていった。
バルド達がいなくなった『赤の間』には、ヨナと脇に控えた竜族の男、リンドンの二人だけとなった。
椅子に座り直し、ヨナは思案した。
ヨナは、前領主ザッハークが共に追放された部下達とともに、盗賊をしていることを知っていた。
新たにつくられた法律のために、表だって甘い蜜を吸うことができなくなっていたヨナは、粗野だが頭の悪くないザッハークと手を組み、裏で取引をしていた。
旅人や商人を襲った彼らをヨナの部下達が捕まえ、牢屋に入れてから数日後、ヨナ本人が直接面会し、彼らから押収した金品の少量を手に入れるという方法だった。量は決して多くないが、何十回と繰り返せばかなりの額になった。
(あの男、イニオ村にいたと言っていた。・・・ザッハークとその部下達が、王族殺しとはいえ、たった一人の人間にそう簡単にやられるはずがない。きっとあの村の連中が力添えをしたに違いない)
ヨナは、頭は切れたが、気弱で神経質な男だった。そして、大部分の竜族にあるように、人間、長人族、小人族を見下し、思い込みが激しい男でもあった。
「リンドン」
ヨナは、控えていた―体つきのがっしりとした褐色の肌の男―の名を呼んだ。
「はっ」
リンドンは、背筋を伸ばし、ヨナに敬礼する。
「部隊を連れ、イニオ村を燃やせ。村人も一人残らず殺すのだ」
リンドンの目が驚愕で見開かれた。
「聞こえなかったか?イニオ村を燃やせ。あの王族殺しと通じてる可能性がある。そのような村を野放しにしていいはずがない」
狂気にも似た鈍い光を湛えるヨナに、リンドンは喉をぐっと詰まらせながら、けれど、おずおずとヨナに進言した。
「・・・ですが、村一つ滅ぼしては、王都の方々の心証に悪いのでは」
しかし、ヨナは鼻を鳴らし、リンドンの言葉を一蹴した。
「ふん。そんなものどうとでもなる。なにせ王族殺しと通じていたのだ。そんな危険人物と共にいた村の人間など、同じように危険に決まっている!」
断言し、腕を組むヨナを見て、リンドンは心の中で息を吐いた。
こうなっては、梃子でも動かないことをリンドンは知っていた。尻拭いをするのは、自分や部下達だというのに。外面はいいが、結局、ヨナは自分の事しか頭にないのだ。
イニオ村の人間達には悪いが、犠牲になってもらうしかない。
重ねて諫言すれば、自分の首が文字通り飛ぶ。それは、リンドンも避けたかった。
「・・・分かりました」
胸を張るヨナに、リンドンは深々と頭を下げ、了承の意を示した。