第三話 盗賊、来訪
バルドを追いかけていたゼンの目に、村の出入り口である細道と、その周囲の森がうっすらと浮かび上がった。
不意に、バルドの歩みが止まった。横に並んだゼンがバルドを見やる。その表情はひどく険しい。
「バルドさん?」
「客だ」
簡潔に告げ、バルドは左腰に下げた長剣の柄を握る。
その時、ゼンの耳に、馬の蹄の音が響いた。音のする方へ顔を向ければ、細道から炎が現れた。
その炎は、枝を束ねた松明の炎だった。松明は全部で三つ。その炎に照らされ、現れたのは、薄汚れた鎧と兜で武装した十三人の男達だった。
人間が五人、緑の瞳をもつ長人族が五人、子供のような背丈をもつ小人族が二人。そして、竜を模した兜を被った赤い瞳の竜族が一人。
竜族の男を中央に据え、彼らは森を背にして、ずらりと並び立った。
竜族の男が腰に下げた剣を抜き、その切っ先をバルドに向けた。
「お前が私のかわいい子分を殺したのは!!」
唾を飛ばし、怒りの形相を浮かべて叫ぶ男に対し、バルドは冷静に返した。
「よくおれだと分かったな」
すると、小人族の男―二人の内の一人が、ふふんと勝ち誇ったかのように鼻を鳴らした。まだ若く、張りのある肌に短く刈った黒髪の男で、まだ十代くらいに見えた。
「あの幌馬車の中にオレがいたのさ。お前達は気づかなかったみたいだがな!アニキ達を埋めてから、こっちに来たのに気づいて慌てて隠れたのさ!」
「ゼン」
なおも話し続ける小人族の男と、にやにやと嫌らしく笑う十二人の男達から視線を外さず、バルドはゼンを小声で呼ぶ。
「なに?」
同じく小声で返すゼン。バルドは硬い表情を崩さないまま、口早に告げた。
「騎士の連中に盗賊が来たと伝えろ。さすがに、この人数は俺でもきつい」
ゼンは軽く息をのみ、そして頷いた。
「・・・わかった。気をつけてね」
「あぁ」
バルドが頷く。ゼンは、踵を返し、急いで駐在する騎士達が滞在する家へ走った。
ゼンが去った直後、バルドの足元に矢が突き刺さる。
目線を向ければ、長人族の男―赤髪を束ね、細面ですっきりとした顔立ちをしていた―が、舌打ちをしながら弓を構え、次の矢をつがえていた。
バルドは、マントの内側に仕込んだナイフを赤髪の男に向かって放つ。ナイフは、寸分違わず男の目に突き刺さった。男はギャッと悲鳴を上げ、背中から崩れ落ちる。ドサッと音をたて、男は動かなくなった。
「さすが盗賊。剣を抜いていない相手に向かって不意打ちとはな。おれには、そんなせこい真似はできねぇよ」
バルドが鼻を鳴らし、口角を上げる。
「てめぇ!一人殺しておいて!!」
小人族―金髪に青い瞳の若い男―が、いきり立ち、叫ぶ。その男を気にした風もなく、バルドは呆れたように肩をすくめてみせた。
「おいおい、聖人君子でも相手にしてるつもりか?それともおつむが足りないのか?お頭さんよ、あんたの『かわいい子分』とやらは、ずいぶん甘ちゃんだな。それに、たった一人の人間に切りかかる度胸もないヘタレだ。よく盗賊なんて名乗ってられるな。そんなんだとお頭の名が泣くぜ?」
竜族の男に向かって、バルドは嘲笑う。その言葉、あるいはバルドの態度に、頭は堪忍袋の緒が切れたらしく、顔を赤くさせ、表情を歪ませながら子分達に命じた。
「殺せっ!こいつを八つ裂きにしろっ!!」
「おおっ!!」
力強い叫び声とともに、男達が各々の武器を取る。彼らは、皆一様に怒りの表情を浮かべていた。
その様子に、バルドは歯を見せ、ニィッと笑った。
黒髪の小人族と三人の長人族が弓をつがえ、金髪の小人族と松明を持った長人族一人と、五人の人間(うち二人も松明を持っている)が剣を抜く。
四人はバルドに向かって矢を放つ。放物線を描き、迫ってくる矢を、バルドはマントを脱ぎ、頭上にかざして防いだ。そして、ナイフを取り出し、近づいてくる三つの松明に向かって投げる。ナイフは、束ねた枝を抉りとり、確実に炎を消した。
「なっ、なんだっ!?」
突如、暗くなった周囲に、男達は慌てふためく。
炎が消える直前、目を閉じていたバルドは動じることなく、短剣を抜き、暗闇の中を動いた。
立ち止り、周囲を見回す七人の男達の喉元に、流れるような動作で、少しのためらいもなく剣を突き刺し、引き抜いていく。血しぶきが上がるが、気にしなかった。
男達が倒れるドサッドサッという音に驚き、弓使いの四人が怯えたような声を上げた。
「おい、何だ!?今の音!!」
「オレが知るか!」
「くそっ、何も見えん!一発当てるか!?」
「ばかっ!味方を攻撃する気か!!」
恐れと動揺が広がるなか、バルドは四人の内の一人の背後に回り、足を使って長人族の男の膝裏を蹴り、男を地面につかせると、首筋を掻き切った。同じような要領で、残りの三人の首筋も掻き切る。
子分全てが血の海に沈み、残ったのは、竜族の頭のみとなった。血のように赤い瞳が、闇夜に煌めく。
竜族は、人間と竜という二つの形態をもつ。そのため、夜目がきく。見えていたのなら、子分達を助けるために割って入ることもできただろう。だが、頭はそれをしなかった。
闇のなかで、バルドは見た。
己が子分達の喉笛を食いちぎっていたその時、虫けらでも見るような冷めた瞳でその光景を見ていた頭の姿を。それは、子分を殺されたことで怒り狂い、侮られたことに激怒していた者と同じとはとうてい思えなかった。
能面のような表情を浮かべていた頭は小さく息をつく。
「まったく、情けない奴らだ。たった一人に。しかも人間に」
「かわいい子分が殺されるのを黙って見ていた奴に言われたくないな」
命を絶った己が言うのもなんだが、頭の態度に、バルドは腹正しさを覚えた。
すると、頭は声を上げて笑う。
「ははっ。たった一人にやられるだけのでくのぼうを子分とは呼べん。どうだ、お前。私の下につかないか?金も女も思いのままだ」
頭の勧誘をバルドは鼻で笑った。そして、笑みを引き、ぎらりとした眼差しを頭に向ける。
「本当にろくでもない竜族だな。反吐が出る。おれは誰の下にもつかん」
血に濡れた短剣を、頭に突きつけた。
「そうか。それは残念だ」
途端、頭の顔が変形し、長い舌をもち、硬い鱗をもった竜の姿に変化した。
鎧も服も弾け飛び、背には蝙蝠に似た翼が現れる。
頭は翼を羽ばたかせ、バルドの眼前に躍り出ると、右手のカギ爪をバルドに向けて振るう。
「ぐぅっ!!」
バルドは、咄嗟に短剣で受け止める。刃と爪が擦れてギチギチと鳴った。
「がっ!!」
次の瞬間、脇腹に鋭い衝撃を打ち込まれ、バルドは宙を舞った。視界の片隅で、頭が尾を振っていたことから、脇腹の衝撃はそれによるものだとわかった。
地面すれすれに体が飛んでいくのを感じながら、バルドはナイフを三本、頭の顔にぶつける。しかし、鱗に阻まれ、その皮膚に傷をつけることさえ敵わなかった。
「うっ!!」
バルドは、背中から地面に叩きつけられる。脇腹に受けた攻撃による痛みも同時に走り、思わず息をつめた。
間髪いれず、巨大な炎がバルドに襲いかかってきた。それは、触れれば、跡形もなく消えるだろうと思える火柱だった。バルドは両肘をばねにして飛び起き、それを避ける。地面に生えた雑草が一瞬の内に焼け焦げ、きなくさい臭いが辺りに漂った。
バルドは背負っていた弓を取り、矢をつがえ、放つ。だが、鱗に弾かれ、矢は真っ二つに折れた。だが、構わず矢を打つ。
「無駄だ。この鱗は矢を弾く」
口を大きく開け、頭は笑う。バルドはそれを見逃さなかった。
バッグの中から油玉―油を溜めることのできるロンロン鳥の毛皮で油を包んだもの―を取り出し、矢じりに取りつけると、それを頭に向けて飛ばした。
矢は、頭の口の中へ吸い込まれていく。
「げぇっ!!!」
頭は、蛙が潰れたような声を上げた。そして、次の瞬間、体の内側から発火した。
「ぎゃあああああああっっ!!」
気違いじみた悲鳴を、頭はあげた。
竜族には、火竜と水竜の血をひく者が存在する。火竜の血をひく竜族には、肺のほかに火肺と呼ばれる、特殊な肺が存在する。火肺は人間形態の時は入り口が閉じているが、竜形態の時は開いている。
その肺の中は、まるでマグマのように燃えたぎっていて、引火性のあるものが中に入れば、体の内側から燃えてしまうのだ。
竜形態の竜族の弱点は、火肺を狙うか、鱗で覆われていない喉笛を狙うしかない。
バルドは、頭が燃えていく様をじっと見つめていた。