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移り往く世界

「今回も無事で良かったわね、こころ」

 牛角を倒した翌日。

 現在五時半を少し過ぎた頃。

 学校と修行を終えて帰宅途中のぼくをゆかりが喫茶店に誘ってくれた。

 昔の校則では下校の際に喫茶店に行くことは禁止されていたのだけれど、現代ではそれは禁じられていない。まあ、昔と今では価値観も倫理観も違うってことか。

「ああ、ありがとう。でももう少しで死ぬところだったんだ」

「ジャージが破れていたわね。もう少し頑丈な格好をしたほうがいいんじゃないかしら? 防弾とは言わなくても防刃くらいは少なくともほしいわ」

「どこで売っているんだろうね。できれば買いたいんだけど」

 ぼくは紅茶をすすり、真剣に考えてみる。

 だけど、紅茶の美味しさに驚いて思考が外れてしまう。

 ぼくはコーヒーが飲めない子供舌なので、必ず紅茶を頼むようにしているのだ。

 対して、ゆかりはコーヒーを頼んでいる。

 砂糖の入れない、ブラックコーヒーだ。なんだか格好いい。

「日輪に相談してみるよ。仙人専用の装備とかあるみたいだしね」

「……なんでも日輪に頼るのはよくないわ」

 ゆかりは苦い顔をした。コーヒーのせいではないだろう。

「日輪と言えば、ボランティア部はどうなったのよ?」

「ああ、話は無くなったよ。ぼくと日輪以外の部員が入らなかったし、なにより顧問の小山田先生が『お前たちが真面目にボランティアをやるはずがない』って断言されちゃったしね」

 まあ修行しているのを欺く隠れ蓑のつもりだったしね。

「それじゃあ部活はどうするのよ?」

「免除になった。日輪が交渉したみたいだね。何を条件に言ったのか、分からないけど」

 厳しい小山田先生をどう説得したのか、興味あるけれど、逆に知りたくもない気持ちもある。どっちつかずだ。

「じゃあ陸上の対決の結果はどうなるのよ」

「ノーゲームってことになった。だけど時々は陸上部の練習に参加するよ。仙脚を体得したぼくは走ることに関してはプロみたいなものだから、アドバイスぐらいはできるさ」

 どう走れば速くなるのか。それは感覚で分かるようになってきたからね。

「なるほどね。それで、今回の鬼はどういう印象だったのかしら?」

 なぜそんなことを訊くのか分からなかったけど「強い鬼だったよ」と感慨深く答えた。

「思い返すとそんなに悪い奴じゃなかった。それに闘うことに疲れていた印象があったね」

「疲れていた? 好戦的ではなかったの?」

「根底にあるのは武人の性格だけれど、それでもどこか疲れているし、錆びついていた。だけど、それでも自分の矜持を持っていたんだ。尊敬するよ」

「……そんな人を殺して、後悔はあるの?」

 痛いところを突くなあ。それに鬼ではなく人を評す辺り、ぼくの罪悪感を締め付ける。

「ないと言ったら嘘になるね。だけど、もういいんだ」

 ぼくは温くなった紅茶を一気に飲み干した。

「ぼくは悔いを残さない。だから後悔なんてできないよ。ぼくが正しいとは思わない。日輪が正しいとも思えない。だけど、後悔したら妖鼠や牛角に悪いと思うんだ」

 ぼくの言葉に、ゆかりは「そう。それならいいのよ」とにっこりと微笑んだ。

 それはまるで見惚れるような素敵な笑顔だった。

「こころが後悔しなければ、いいのよ。私は前も言ったけど、協力はできないけど応援はしているわ。頑張り過ぎないように頑張りなさい」

 ゆかりにそう言われて、ぼくは泣きそうになったけど「……ありがとう」とだけ言った。

 ぼくのおごりで会計を済ませた後、ぼくたちは同じ電車に乗って、家まで帰った。その間は何も話さなかった。

「それじゃ、また明日」

 そう言ってゆかりと別れた。

 ぼくは頬を叩いて、自宅の扉を開いた。

「ただいま、ゆめ姉」

「おかえりなさい、こころちゃん」

 ゆめ姉は笑顔でぼくを迎えた。

 ぼくはそれに対して笑顔で返す。




 こうして、牛角との闘いは終わった。

 残る鬼は十体。

 無事に鬼退治はできるのか。

 それは仙人だけが知っていた。


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