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鬼の切り札とぼくの伏せ札 その2

 ぎゅうほせんじゅつ? なんだそれは?

 おそらくは牛角の特鬼仙力の名前だろうと推測したけど、詳細が分からないので迂闊に近づくことはできなかった。

 今から思えば浅はかだった。能力を発動する前に叩く。それが最も理想的な対処法なのに、どうしても躊躇してしまった。

 そして――みすみすと発動を許してしまった。

 牛角を中心とする5mほどの赤い円、いや球体が草原を包み込んだ。

 なんなんだ? この球体は? 仙気で作った球体? それとも別のものか?

「これで貴様は拙者に手も足も出せんぞ」

 そう言って、牛角はぼくに近づいてくる。

 一歩、また一歩と。

 走ることなく、歩みを進めた。

 ぼくはなんだか追い詰められているような圧力を感じた。

 ――やばい。分からないけど何かをされるってことだけは分かる!

「うぉおお! 仙脚!」

 ぼくは雄叫びをあげながら、牛角に一気に近づいていく。

 何の策もなく、何の躊躇いもなく。

 猪突猛進という言葉が似つかわしい。

 このときは球体に触れてしまっても、離脱してしまえば大丈夫だろうと考えていた。

 一撃で決められるとは考えなかった。

 ただ、一発だけでも。

 そう考えて、思いっきり蹴りつけようと仙気を込めて牛角の側頭部に――

「愚かなり。若き仙人よ」

 そんな声が聞こえた、気がした。

 球体に触れた瞬間、ぼくの身体に負荷がかかったように、動きがスローになった。

 な、なんだこれは!?

 勢いのない蹴りは悠々と避けられ、逆にカウンター気味に中国刀に斬りつけられた。

 空中にいるせいか、まともに喰らってしまった。

「がぁあああ!」

 袈裟斬り。今度は左肩から右腰にかけて斬られてしまった。

 ぼくはその場に倒れ込むことを回避するために横っ飛びでその場を逃れようとする。

 しかし――その回避もあまりに遅い。

 背中を踏みつけられ、動きを制御される。

「が、はあぁあ……」

 肺から空気が抜け落ちる感覚。

「どうした? この程度か。ならばとどめを――」

 中国刀を逆手に持ち替えて、背中から突き刺そうとする気配。

 押さえつけられて動くことのできないぼく。

 やばい、やばい、やばい。

「ちくしょう、がぁあああ!」

 ぼくは全身の力を込めて、立ち上がろうと試みる。

 仙気を発散させて、草原から飛び跳ねるように力強く動いた。

「む。うぉおお――」

 片足で押さえているのを、いきなり飛び上がったのでバランスを崩す牛角。

 ぼくは立ち上がることに成功したので、急いで球体から抜け出そうとする。

 だけど、その動きさえスローになっていた。

 それでも牛角はバランスを崩し、体勢を整えるまでの時間でなんとか球体から抜け出すことができた。

「はあ、はあ、はあ」

 ぼくは牛角から距離を取った。球体から離れると、速さは戻るみたいだ。

ぼくは今起きたことを冷静に考える。

 あの球体に触れたら動きがのろくなり、離れれば元通りになる。つまり――

「その球体に入れば、ぼくの動きは阻害される――動きが緩慢になるのか」

「ご明察。その通りだ」

 牛角は中国刀をくるくる回転させながら、あっさりと正解を言う。

「拙者の特鬼仙力は牛歩仙術。牛歩とは牛の歩みを指す。現代の若者である、貴様にはぴんと来ないだろうが、牛の歩みはかなり遅い。慣用句となるくらいだ。その鈍重さを相手に強いるのが拙者の能力だ」

 それを聞いて、ぼくは愕然とした。

 接近戦が通用しない。しないどころか劣勢になってしまう。ぼくの仙道はスピード特化だ。その速さと素早さが通じないと何もできやしない。

「拙者は近接戦闘において十二鬼の中でも他の追随を許さぬ。それがどういうことか分かるか? 貴様はこう言ったな。『今倒してしまえば今後の肉弾戦を楽に闘える』と。はたしてそれは真実かな? まあ拙者を倒すことが出来ぬ貴様に、最強の鬼は倒せぬよ」

 牛角の言葉が遠くに聞こえた。

 ぼくはこの状況を打破するにはどうしたら良いか考える。

 ぼくの切り札――いや伏せ札を使うのはまだ早い。時期尚早だ。あれは実戦で使えるかどうかは分からないし射程距離は精々15m程度。かといってこのまま接近戦を続けるのは上策とは言えない。むしろ下策だ。

 いや、一旦冷静になろう。無敵の能力なんて存在しない。相手は二番目に弱い鬼なんだぞ? そんな滅茶苦茶な能力だったら上位に居てもおかしくない。今こうしてべらべら得意げに話しているのも、何らかのクリアしなければならない制約かもしれない。

 必ず弱点があるはずだ。

 必ず欠点があるはずだ。

 妖鼠の闘いを思い出そう。あいつの能力は増殖で一見無敵に見えたけど、本体を攻撃してしまえば、本体を見破れば勝てる能力だった。実際そうじゃないか。

 だから、必ず穴がある。

「どうした? かかってこないのか?」

 牛角が手招きするように挑発してくる。

 ――舐めやがって!

 ぼくは怒りのあまり牛角に飛びかかろうとするのを必死で抑えた。

 冷静さを欠かすな。まずは相手の弱ったところを突くんだ。

 ぼくはその場でぴょんぴょんジャンプした後、仙脚を使って牛角の左側に回りこむ。

 遅くなるなら、それ以上に速く動けばいい。

 単純な考え方だけど、これしか方法はない。伏せ札を使えば楽なんだけど、それも使えない。威力が弱すぎるからだ。

「うおおおおお! 仙脚!!」

 ぼくは牛角の球体に入った。

 途端に感じる倦怠感。重力が倍になった感覚。

 だけど――攻撃するしかない!

 ぼくの蹴りが当たるのは後30cm、20cm、10cm――

「当たらぬと言っておろうが」

 牛角は――動かないはずの左手でぼくの蹴りを止めた。

「……はあ?」

「この程度、回復できぬわけがなかろう」

 牛角はぼくの右脚を掴みつつ、右手の中国刀でぼくを貫こうとする。

 ぼくは回避する為に左脚で中国刀を蹴り飛ばそうとする。

 しかし――間に合うことが出来ず、脇腹に中国刀が突き刺さる。

「ち、ちくしょう……」

 ぼくは左脚の蹴りの方向を変えて、牛角の額にかかとを押し当てるようにして掴んでいる左手と刺している右手から逃れようとする。

「――こしゃくな」

 ぼくの試みは成功してなんとか牛角から離れることに成功した。

 そして球体の中から急いで出る。

 牛角からの追撃はない。

 ぼくは再び、牛角から距離を取った。

 攻めたら反撃される。さっきから同じことの繰り返しだ。

 ぼくは脇腹のダメージを確認する。

 どくどくと血が流れているけど、深くはないようだ。仙気を吸収させて回復に努めなければ。

 牛角のほうを見ると余裕なのか、ぼくに追い討ちをかけない。

 次はどうする? 攻撃するか、回避するか選ばないといけない。

 考えろ、考えるんだ……!

「もう手詰まりと言った様子だな。ならばこういうのはどうだ? 逃がしてやるから日輪さまを引き渡せ」

 先月も聞いた台詞だった。妖鼠と同じことを言ってきた。

 日輪はこの場から離れている。もしぼくが負けてしまったら逃げられるようにと、妖鼠と闘ったときと同じ段取りだった。

「正直言って、拙者と貴様が闘う道理などない。拙者はネズミと同じく無駄な殺生は嫌いだ」

「殺生は嫌いだって? それにしては闘うのが好きそうじゃないか」

 ぼくの指摘に「否定はせんよ」と返す牛角。

「拙者は過去数多くの人を殺めた。何百人と殺してきたのだ。だから――拙者は疲れているのだよ」

 本当に疲れたような声をしていた。

「我が主の命とはいえ、未来ある若き仙人を殺めるのは心が痛む。できることなら、話し合いで解決させたいと願っているのだ」

「……武人っぽい姿形しているくせに、言う言葉は軟弱だな。丑の名が泣くぞ」

 脇腹の傷が塞がりかけている。ぼくはよろよろと立ち上がった。

「貴様は殺すということを知っているはずだ。ネズミを殺したのだから。その手に残る感触は貴様を苛んでいるはずだ」

 そんな牛角の言葉をぼくは鼻で笑った。

「感触? そんなの残っているさ。今だって覚えているよ。でもそんなの関係ないんだ」

 ぼくの言葉に牛角は眉を顰めた。

「ならば、貴様は死ぬのも殺すのも怖くないと、そう言えるのか!?」

「怖いに決まってるじゃん。今にも逃げ出したくなる。怖くて怖くてたまらない。だけど、それ以上に怖いのは、日輪を見殺しにすることだ! 見捨てて逃げ出すことが、一番怖いんだ!」

 先月の妖鼠の言葉を思い出した。そして自分が言った言葉も思い出す。

「ぼくは逃げたりしない! 闘うことを止めない! 諦めたり悔やんだりしない! 人間を辞めたのも後悔しない! こうして闘うことも後悔しない! ぼくは絶対に――悔いを残さない!」

 ぼくは牛角に向かい合い、啖呵を斬る。

「どんなに絶望的な敵だろうと、立ち向かってやる。さあ来い牛角! 人間を辞めたばかりのぼくは、意地が悪く、諦めが悪く闘ってやる! ぼくは――負けない!」

 その言葉に、牛角は「そうか……」と小さく呟く。

「ならば――決着をつけてやろう。いくぞ若き仙人よ!」

 牛角は中国刀を構え、前傾姿勢でぼくに真っ直ぐ突貫してきた。

 これが最後の攻撃だ。死ぬか生きるか、二分の一だ。

 ぼくは牛角の動きを観察して――中国刀を避けて――牛角の脇腹目がけて仙手を使って――殴った。

 鎧がぐわんと鳴り、牛角はよろめいた。

「…………?」

 ぼくは何かおかしいと思いながら追撃に仙脚を使用した。狙うは――左脚。

「くっ――!」

 これもすんなりと当たった。

 牛角は左脚を庇いつつ、ぼくから離れた。

 どういうことだ? 牛歩仙術がぼくに効いていない? なぜ?

 よくよく見てみれば赤い仙気のような球体が出ていない。だからぼくのスピードが遅くなったりしていないのか。

「どうした牛角。なぜ牛歩仙術を使わない? 手加減しているのか?」

 ぼくの質問に牛角は「…………」と沈黙で返す。

 何か理由があるはずだ。ぼくは今までの闘いを振り返り、考えてみる。

 ぼくから攻撃したときはちゃんと発動していた。しかし今の場合は牛角からの攻撃だった。まさか動くと使用できない? だけど最初に発動したときは歩いていたじゃないか。

 うん? 歩く?

 なんであいつは一歩ずつ歩いて近づいたんだ? 牛歩仙術は近づかないと効果が発揮できないタイプの能力だ。できるなら接近して攻撃をしたいだろう。しかし、牛角は歩いてぼくに近づいてきた。

 突貫したときには使えない。

 歩いたときは使える。

 ここから導き出せる答えとは――

「もしかして、走ったり激しく動いたりすると使えないのか?」

 それが弱点なのか? 

「……頭は回るようだな」

 牛角は溜息をついた。

「そうだ。拙者の動きにこの球体は同調できぬ。適応できぬのだ。激しく動けば拙者自体の動きが阻害される」

 だから体術に自信があるのに二番目に弱いのか。

「なるほど、切り札にしては脆弱な欠点だったな」

「それがどうした。貴様が拙者に攻撃できぬのに変わりはない。仙脚と仙手しかできぬ貴様に拙者がやられる道理はないわ」

 ぼくはその言葉を聞いて微笑んだ。

「確かにそうだな。仙脚と仙手しかできないぼくだと、今のお前には勝てない」

「ならばどうするつもりだ?」

 ぼくは両手を広げて前に突き出す。

「牛歩仙術がそっちの切り札だったら、ぼくのこれは伏せ札だ。これで逆転できるな」

 今までの修行が無駄にはならなかったみたいだ。ぼくの発想の勝利だな。

 ぼくは仙気を両手に高めて言い放つ。

「ぼくの勝ちだ。牛角」


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