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ぼくと仙人 その3

 それからすんなり退院とはいかなかった。

 それはそうだろう。歩けない患者が歩けるようになったのだから。

 原因不明の出来事にいろんなお医者さんがやってきては帰っていく。

 一応検査も行なった。血液検査とMRI、尿検査など。しかし、どこにも異常がなかったみたいだ。

 まあ異常がないのが異常なのかもしれない。

 現に担当医だった先生も「君、何かやったかい? そうじゃないとありえないんだけどなあ」と言った。

 ここで素直に仙人に治してもらいましたなんて言ったら今度は精神科に直行だ。

 だけど、正直に言おうかなと何度思うくらいに検査が続いたので辟易した。

 せっかくゆかりがお見舞いに来てくれたのに、病室にいないから結局会えなかったし。

 なんていうか死にたくなってきた。

 検査が終わったのは、日輪と出会ってから三日後の午後四時だった。

「異常が見られないので、退院していいですよ。また何かありましたら、来てください」

 今までの検査の結果は『異常なし』だったらしい。流石に健康な人間をいつまでも入院させておくのは良くないし、さらに個室をさっさと開けたいという思惑もあったらしい。

 この『あったらしい』というのは日輪から教えてもらった。

「人間の心なんぞ、簡単に読みとれるわ」

 そう豪語していたけど、はたして本当かどうかは仙人ではないぼくには判断つかなかった。

 日輪はずっとぼくのそばにいた。人から認識されない術みたいなのを使って、ぼくが検査されていること興味深そうに見ていたのだ。

 まあ尿検査はぼくがかなり拒否したので、それ以外だけど。

「下界に下りたのは何十年ぶりじゃが、なかなかどうして、医術は進歩したものじゃの」

 仙人が最先端技術を褒めることも珍しいと思うのはぼくだけだろうか。

 まあともかく、晴れて退院となったので、個室にあった、着替えや本などの荷物を整理して、持ち運べるようにまとめて、それからゆめ姉が来るのを待った。

「毎回思うんじゃが、人間は不便じゃの。いちいち着替えをしなくちゃならんのは」

「そういえば、日輪はいつも同じ服装だな」

 会ったときから真っ白な巫女さん風の服装をしていた。

「仙人は基本的に汚れることはないからの。衣服も同じじゃ」

「どういう仕組みになっているわけ?」

「仕組みというよりも仕掛けと言ったほうが正しいかのう。下界でいうところのまじっくのようなものじゃな」

 この三日間で気づいたことだけど、やたら横文字を使いたがるくせに発音は日本語なんだよなあ日輪は。

 手品と言えばいいのに。

「ワシが何を話そうが自由だと思うが?」

 じろりと睨んでくる日輪。

 そういえば読心術が使えるんだっけ。

「今どきの若者は横文字を使うのが流行じゃろ? だから少しでも歩み寄るために、横文字を使っておるのじゃ」

「そんな擦り寄り方しても若者は食いついてこないよ」

 つーか若者なめんな。

「ていうか、仙人の時点で歩み寄れないんじゃないか?」

「それは仙人差別じゃろ?」

「そんな言葉聞いたことないよ」

「おっとしまった。仙界ぎゃぐをかましてしまったわい」

「仙界ギャグ!? なにそれ全然かかってないし、つまらないよ!」

「うむ。まあ仙人しか伝わらないじょーくもあるからな。ちなみに仙人差別は仙界で一世を風靡した漫才こんびが使っていたのじゃ」

「漫才コンビって……って、一世を風靡したってことは、ブームが去ったってことじゃん!」

「そうじゃの。ぼけが何かとつけて分身して収集がつかなくなったのが、廃れた原因じゃな」

「逆に見てみたくなるよ……」

 あまりにもシュールな光景だろうな。

「つっこみも最後のほうは『仙人差別だろ』としか言わなくなったのも、原因の一つじゃな」

「どういうボケでそんなツッコミが生まれたのか、不思議でしょうがないんだけど」

「説明するのは難しいのう。ぎゃぐ漫画を口で説明するくらい、漫才の内容を言うのは難しいのじゃ」

 その考え方は分かるけど、なぜいちいち俗っぽいんだろう。

 ていうか、仙界にも漫画あるんだ……

「もしかして、仙人って人間とあまり変わらないのかな?」

「それは違うぞ。肉体的にも精神的にも、人間と仙人には大きな差異があるのじゃ」

「ふうん。それでも漫才とか漫画とかあるじゃない」

「人間の娯楽を真似ておるだけで、決して本物とは言えんよ」

 そこでなぜか日輪は悲しい顔をした。

「ワシらは――」

 日輪が何かを言いかけたとき、ドアをノックする音と「こころちゃん、迎えに来たわよー」という声が聞こえた。

「いいよー。ゆめ姉入っても」

 ぼくの返事を聞いてゆめ姉はドアを開けた。

「準備は万端のようだね」

「まあね。日輪、何か言いかけたけど――」

「くだらんことじゃ。気にせんでくれ」

 さっきの悲しそうな顔から一転してにこやかな表情になったので、疑問に思ったけど、敢えて追求しなかった。

「それじゃ、行こうか。あ、そうそう。日輪はどうするの?」

 この三日間、ずっと病室やぼくの検査に付き合っていたので、家に帰ったりとかはしなかった。

 仙人に家があるのかどうか分からないけど。

「そうじゃの。お主たちに話したいこともあるから、一度お主たちの家に行っても良いかの?」

「ゆめ姉、いいかい?」

「私は構わないけど、話したいことって何かな?」

「お主たち、契約書をよく読んだか? 仙人になる修行と鬼退治のことじゃよ」

 すっかり忘れていた。脚が動くことに気を取られて、契約のことを考えていなかった。

「まだ余裕があるとはいえ、修行に入らんと間に合うものも間に合わんからな」

 いつになく真剣な表情で言う日輪に、一抹の不安を感じた。

「こころちゃんを危ない目に合わすのは、駄目だからね」

「だから説明すると言っておる。さあ、早くお主たちの家に行くぞ」

 そう言われたので、ぼくは荷物を詰めたキャリーバックを持つ。ゆめ姉もぼくが持てない分の荷物を持って歩く。

 個室を出て、エレベーターで降りる。日輪は人が認識できない術を使っているのか、誰も反応しなかった。

 こんな目立つ格好なのに。いや、認識できないなら関係ないか。

 もう五時近くになってしまったので、見送る人はいない。ぼくたちはタクシーを使って最寄りの駅まで行き、電車に乗って家まで帰った。

 電車の中は帰宅途中のサラリーマンや学生がたくさんいて混んでいた。

 ここで一つ疑問が生じた。認識できないのなら、人の目から日輪はどう映っているのだろう? ぽっかりと空間が空いているのだろうか。

 気になったので、後で訊こうと思った。

 その後、電車を降りて、家に帰るまでぼくたちは何も話さずに歩いた。

 駅から家まで十分もかからないし、それに何を話していいのか分からなかった。

「到着したよ。ここが私たちの家」

 久しぶりに見る我が家は、以前と変わらなかった。まあ三週間ぐらいで変わっていたらおかしいけど。

「ゆめ姉、ぼくはゆかりのところに行ってくるね」

「そうだね。ゆかりちゃん、一番心配してくれてたからね」

 ゆかりの家は右隣に位置している。まあいわゆる幼馴染だ。

「ほう。そういえばゆかりという名前はよく聞いたのう」

 三日間の会話の中で何度か出てきた気がする。

「ふむ。気になるのう。お主、一緒に居てよいか?」

「いいわけないでしょ。一緒に居るところ見られたらなんて言い訳すればいいのさ」

「ちゃんと術を使うわい。ワシは気になるんじゃよ」

 何がどう気になるのか、分からないけど、でもちゃんと術を使ってくれるなら、いいかなと思ってしまった。

「よし、さあそのゆかりとやらに会いに行くぞ」

 そういうわけでゆかりの家に二人で向かった。

 ゆめ姉は「ご飯作らないといけないから」と言って家に入った。そういえば空腹だったのを思い出す。

 ゆかりの家の前に立って、横にあるインターホンを押す。

 しばらく待っていると薄くドアが開いた。誰だか確認しているようだ。

 と思っていたら勢いよくドアが開いた。

「こころ! なんでそこにいるのよ!? どうして立っているの!?」

 そんなことを言いながらぼくに近づいてくたのは、星野ゆかり本人だった。

 茶色い髪をポニーテールに結んでいる。整った顔立ち。つり目で勝気さが見て取れる。

 ぼくより頭一つ低い身長。少し痩せ気味、だけど健康そうな顔色。

 顔を驚愕に染めて、ぼくの前に立っていた。

「ああ、ゆかり。久しぶりだね。久しぶりと言っても、三日ぶりだけど」

 疑問に答えずに挨拶すると、ゆかりは一歩ずつぼくに近づいてくる。

「本物、なの? こころ、あなた、治ったのね?」

「そうさ。本物だし、全快したんだよ」

 そう言うと、ゆかりは信じられないといった表情から、次第に笑顔になった。

「こころ! あんた良かったじゃない! 何が起きたか分からないけど、歩けるようになったのね!」

 そう言って抱きついてきた!

「ちょっと、ゆかり、恥ずかしいからやめてよ!」

 心拍数が上昇しているのが分かる。心臓が破裂するくらい鼓動が高鳴る。

「本当に、良かったわ……おめでとう、こころ」

「……うん、ありがとう」

 恥ずかしいけど、見ているのは日輪だけだし、まあいいか。

「本当に良かった――って、あなた誰!?」

 えっ? 誰が?

 ゆかりが凄い俊敏な動きでぼくから離れる。

 そして指差す。

 ゆかりの目線と指の方向を追うと、日輪のほうを示している。

「ほう。お主珍しいのう。ワシの術が効かん人間じゃな」

 効かない? そういうタイプのいるの?

「あんた誰よ! そんな変な格好して、いつからここにいるのよ!」

 初対面の相手にそんなことが言える、そんなゆかりは大胆だなあと思った。

 いや、それはいい。

「えっと、ゆかり、彼女は――」

「何? こころの知り合い? あんたいつ知り合ったのよ」

 フォローしようと口を挟むが、むしろ疑惑の目をぼくに向けてくるゆかり。

 これはちょっとやばいんじゃないの?

「ならば自己紹介させてもらおうかの?」

 止める間もなく、日輪は言った。

「ワシは『輝かしい』日輪。仙人じゃ」

「……はあ? 仙人?」

「十六夜こころの脚を治した仙人じゃ。これからこやつを弟子にして仙人にするつもりじゃ。以後よろしく、じゃ」

「……こころ、この子、大丈夫?」

 困惑しているゆかりに、ぼくは頭が痛くなりながら、認めることにした。

「残念だけど、すべて事実なんだ……」

「こころ、あんたも、頭が悪くなったの?」

 さて、どうやって説明したほうがいいか。

 これからの苦労を思うと、なんだか死にたくなってきた。


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