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鬼の切り札とぼくの伏せ札

 五月十一日。

 ぼくと日輪は沖天高校から遠く離れた他県の山奥に位置する平原に来ていた。

 その平原は『荒風平原』と地元の人間に呼ばれているが、遮蔽物など何もない、描写のしようもない、まっさらな場所だった。

 草も足元を覆うくらいしか生えていない。

 この場所を選んだのはもちろん牛角だ。これなら何の小細工もなく決着がつくと考えているのだろう。

 妖鼠のときと同じく、消印のない手紙でこの場所を指定された。しかし、来なければ誰かを殺すとかは書かれていなかった。

 こちらを信用している――とは限らない。来なければ来ないなりに他にも手段があるのだろう。それにこっちにも牛角を倒さなければならない理由があるのだ。

「もし牛角を今月中に倒さなければ、三体目の鬼が下界に下りて共闘するかもしれぬからな」

 日輪の考えは、正鵠を射ているとぼくは思う。前の妖鼠は自分のプライドのために闘うことを選んだのだけれど、牛角は服装が時代錯誤でふざけているが性格はまともである。なぜなら自分の有利不利を勘定できるタイプだからだ。その証拠に引き際を心得ていた。

 怒りに任せて闘う鬼ではない。ぼくの得意の挑発が効かない、クレーバーさを持っているのだ。

「心を乱すことは即ち負けに繋がると本能的に知っておるようじゃな」

 日輪が鬼を手放しで褒めた。妖鼠のことは褒めていたかどうか忘れたけど、これから闘う敵を褒め称えるのはどうかと思うけど。

「敵を知り己を知れば百戦危うからずと言うではないか。敵の情報を分析することは闘いの基本じゃ」

 闘うのはぼくだけどね。

 まあそんなことはどうでもいい。今日は普通に平日で学校もあったけど、サボってこの場にいるのだ。

 現在午後七時五十五分。

 約束の時間は八時だから、もうすぐ来るだろう。待ち合わせの五分前に来ているので十分良心的である。

 だけどデートじゃあないんだからそこまで厳格にならなくてもいいけれど。

「鬼って古風なのかな? 果たし状って書かれた手紙なんて貰ったの生まれて初めてだったよ」

「鬼――十二鬼は大昔から居るからのう。その辺はズレているのは仕方がないのじゃ」

 人に歴史があるように鬼にも歴史があるんだなあ。あんな格好も昔は自然だったのかな? そう考えると妖鼠はまともだったと気づかされる。

「鎧姿とすーつ、どちらが闘いやすいかは微妙じゃのう。一番良いのはお主が着ておるじゃーじだと思う」

 そう。ぼくは学生服ではなく、ジャージを着ていた。学校指定のジャージではなく、普段ランニングしているときに使っているジャージだ。

 ちなみに日輪は学生の姿ではなく、巫女みたいな服装に身を包んでいた。つまりはいつも通りの姿だった。

 その姿のほうが仙術が使いやすいようだ。なんでも仙人仲間が作ってくれた衣装らしい。

 衣装というよりは意匠だろうけど。

「人払いの結界を張っておるから好きなように暴れるがよい。まあ元に戻すのは手間がかかるからほどほどにな」

「頭に留めておくよ。でも必死になったらどうなるか、自分でも分からないから堪忍してくれよ」

 そう答えると日輪は「学校のぐらうんどを滅茶苦茶にしたことを忘れたのか?」と苦言を呈した。

「アレを直すのは手間がかかったのじゃ。なんじゃあのぶよぶよした地面は」

「ゴムで出来ているんだよ。ゴムぐらい知っているでしょ」

「こんくりーとやあすふぁるとも珍しいのに、ごむなんて素材は知らぬ」

「日輪が人間だったときってどれくらい昔なんだ?」

「それは内緒じゃ。ワシの年齢がバレてしまうからのう」

「……何歳か知らないけど、年齢の秘密は一生続くんだね」

 どうして女性は自分の年齢を誤魔化すんだろう? サバを読んだりするんだろう? 不思議でしょうがない。

「でもさ――っ! 来るね」

 ぼくが話題を変えようとしたとき、とてつもない威圧感と圧迫感がぼくたちを包みこんだ。

「人払いの結界を張っているのか。それは手間が省けた。感謝いたす、日輪さま」

 それは突然現れた。

 何もない草原に当然のようにぼくたちの目の前に忽然と現れた。

 約束の時間ぴったりに。

「二人で来たのは感心するな。それとも拙者を倒せると思っているのか。それは不遜というものだ」

 殺気を隠すことなく、ぼくたちを威嚇する牛角。

「約束の時間ちょうどに来るとは、なかなか礼儀正しいではないか。鬼の分際で小賢しくあるな」

 日輪の暴言に涼しい顔で「鬼だからこそ時間に正確なのですよ、日輪さま」と返す。

「あなたも知っておるでしょう。拙者たちは仙人に逆らうことはできないと」

「ふん。逆らうことはできぬが殺すことはできるじゃろ」

 日輪は鼻を鳴らして蓮っ葉に答えた。

「お主たちはそんな理由で作られたのだからなあ」

 日輪にそれはどういうことか聞きたかったけど、目の前の牛角に気を取られていて、何も話すことができなかった。

 油断や心の緩みをしたら、手に持っている中国刀で斬られてしまうから。

「拙者はなぜ作られたかはどうでもいいことだ。こうして闘えること。それが拙者の存在する理由であるのだから」

 牛角はそれで話は終わりとばかりに、ぼくのほうを見つめる。

「ほう。十日前とは雲泥の差だな。仙気が鋭く尖って鍛えられている。これはもしかすると拙者は倒されてしまうかもしれんな」

「褒めてくれてありがとう。でも手加減はしないよ。全力で牛角、君を倒す」

 ぼくは牛角との間合いを測る。およそ10mくらいか。それなら一秒もかからない。

「牛角、倒されるかもしれないって言ったけど、実際は倒される気なんてこれっぽっちもないだろう。違うかい?」

「…………」

「沈黙は肯定と見なすよ。そうでなければあんな殺気は出さないよね」

 煽ることができないのならば最低限は精神的に優位に立たなければならない。

「不遜なのは君のほうだよ、牛角。君を倒す策はもう出来ている。妖鼠を倒したように、君もあっさりと倒す」

 本当は策もないし、妖鼠もあっさりと倒していないけど、虚勢を張ってみる。

「ネズミと同じにしてほしくないな。拙者はあのような特鬼仙力に頼ってばかりの最弱とは違うのだから。まあよい、もう言葉を交わすことはない。全身全霊を持って貴様を倒す。存分に来るがいい。若き仙人よ」

 牛角は中国刀を抜いて、ぼくに対して見得を切る。

「さあそろそろ始めよう。我が主のために、貴様らを殺してやろう」

「……その言葉、そっくりそのまま返してやるよ。ぼくは死なない。生きてゆめ姉たちと笑って今までの暮らしに戻るんだ」

 ぼくは牛角に対して全神経を注いで、どんなことが起きても対応できるように備えた。

 そのまま、数瞬が過ぎて――

「こちらから行くぞ、若き仙人よ!」

 牛角は刀を立てて、ぼくに突撃してきた。

 ――速い!

「うぉおおお! 仙手!」

 ぼくは迫り来る中国刀の側面を叩いて切っ先の狙いを外す。

「ぬう! ならばこれはどうだ!」

 牛角は手首を捻ってぼくの頭部を叩き割ろうとする。まるでスイカ割りのように真っ赤に砂浜を染めるみたいに。

「遅い! 仙脚!」

 ぼくは仙気を両手から両脚にシフトしてその攻撃を回避する。ある程度予期していた攻撃だったので、避けるのはたやすかった。

 そしてぼくの攻撃だ。がら空きになった頭部から顔面に数発の殴打を加える。

「くっ……!」

 しかし、軽い。ぼくは両腕から両脚に仙気を移動するのは得意だが、その逆は苦手だった。どうしても仙気の流れが淀んでしまうのだ。その弱点を克服することは十日間では時間が足らなかった。

 だからこれは牽制だ。

 怯んだ牛角の頭蓋骨をへし折るように右脚で上段蹴りを放つ。

「――甘い! その程度は予測済みだ」

 この前と同じように牛角は左腕で頭部をガードした。

 関係ないね、そのまま喰らえ!

 ぼくは両方を破壊する気持ちで蹴り飛ばす。

「ぐ、ぅうううう!」

 鍛えに鍛えたぼくの仙脚は左腕を破壊すること、すなわちぼきぼきにへし折ることはできたけど、頭部には軽度のダメージを与えることしか出来なかった。

 だけど、左腕は殺せた。次は逃がさない。

 ぼくは一旦、牛角から間合いを大きく取った。右手の中国刀がぼくを狙っていたからだ。

 もし追撃なんかしたら、脚の一本が飛んでいた。

 ぼくは牛角に攻撃を仕掛けることなく、相手の出方を待った。

「……動くことは可能だな」

 牛角はなんでもないように左手の指を動かした。しかし挙げることはできないようだ。

 まあ複雑骨折レベルにへし折ったからな。それでノーダメージだと、どうしていいのか分からない。

 牛角は右手で中国刀をくるくる回しながらぼくに近づいていく。

 ぼくは進むべきか下がるべきか迷ったが、消極的なのはどうかと思い、立ち向かうことにした。

 ぼくは仙脚を使い、牛角の左側に回りこんだ。相手の弱ったところを攻める。まあセオリー通りの闘い方だ。

 だけど、そんなセオリーを熟知している牛角は予測していたみたいだ。

「はあああ!!」

 牛角は気合と共に中国刀を振るう。

 ぼくは何か嫌な予感がしたので、直前で止まった。

 牛角が裏拳の要領でくりだした斬撃がぼくの目の前を通過した。目の前とは比喩ではなく、本当に目の前を通っていたのだ。

 止まらなければ殺されていた。運が良くても眼球を破壊されてそこで闘いは終了していた。

 ぼくはこのとき動揺していた。ぼくはその場から遠ざかろうと後ろへ大きく下がった。

 そこを、牛角は逃がさなかった。

 ぼくは仙気を広げて、どこからでも攻撃されていても避けるか受けるかできるように対応していた。

 しかし、牛角は違っていた。

 たとえば人間が作り上げた武術の一つ、剣道には足運びを重要視している。これは間合いを詰めたり広げたりすることで自らの攻撃を相手に与えるためだ。

 これは剣道だけではなく武術全般に言えることだが、間合いを詰めることは、それ自体が奥義になるくらい大切なのだ。

 明らかに武術の達人だと思われる牛角に、中途半端な間合いの取り方は下手をしたら致命的になるとぼくは気づかなかった。

「――へっ?」

 気づけば牛角がぼくの目の前で中国刀を振り落としていた。

 これは死んだと思った。

 ぼくは仙気を無意識の内に両脚に集中させて、思いっきり後ろへ下がった。

 しかし間に合わずにぼくの頬と右肩が斬られた。

「ぐぁあああ!」

 斬られた箇所が熱い。

 鋭い痛みがぼくを襲う。

 ぼくは牛角からの追撃を避けるために間合いをかなり開けた。20mくらいだ。

 牛角はそんなぼくを攻撃せずにじっと睨みつける。

 ぼくは牛角から目を離さずに右手を握ったり開いたりした。

 右手は動く。どうやら筋肉を切断されたわけではないらしい。

 しかし、出血は酷い。

「ちくしょう……まあお互い様か」

 こっちは顔と肩。

 向こうは左腕。

 等価交換というわけではないけど、その程度で済んで良かった。

「ふふ、なんだ、存外楽しいではないか」

 牛角は右手で中国刀を振り回しながら、そんなことを言う。

「若き仙人よ。以前よりは力をつけているようだが、それではまだ拙者には届かん。拙者を殺せないぞ」

「利いたようなことを言うね。まだ闘いは終わっていないよ」

 ぼくは強がってそんなことを言う。そして時間稼ぎだ。仙気を吸収して回復に充てる。

「こっちは頬と右肩だけど、闘うのに支障はない。ところが君はどうだい? 左腕が使えないじゃないか。どっちが有利か目に見えるだろう」

 ぼくの挑発的な言葉は牛角には効かないようで「それもそうだな」とあっさり言った。

「しかし、貴様は闘うのは好きではないのか? それにしては嫌々闘っているわけでもないな」

「闘いを楽しむほど狂っていないし、殺し合いを楽しむほど人間を辞めていないさ」

「仙人がよく言う。貴様らは闘うために存在しているのに、なんだその台詞は」

 闘うために存在している?

「ねえ牛角、それってどういう意味かな?」

「どういう意味とはなんだ?」

「仙人は闘うために存在しているって、どういうことだ?」

 牛角は不可解そうに答えた。

「言葉通りだが、日輪さまから聞いていないのか?」

 ぼくは十日前のゆかりの言葉を思い出していた。何かを隠しているって。

「動揺しているな。そんなつもりはなかったのだが」

 牛角はぼくの様子がおかしいと気づいたようだ。

「まあいい。それより闘いを続けるぞ」

 そう言われても、集中できない。

 日輪はぼくに何を隠しているんだ?

 いや、今はこっちの闘いが重要だ。

 ぼくは首を振って、牛角に向かい合う。

 仙気を充実させて、球体を作る。

「ほう。良い仙気だ。ならば拙者も切り札を出そう。左腕を壊した貴様に敬意を評して、使ってやろう」

 牛角はにやりと笑った。

「拙者の特鬼仙力。見せてやろう。体験させてやろう。これを使うのは久方ぶりだ。何百年ぶりだ? 悪いがこれで勝負がつく」

「もったいぶらずに使ってきなよ」

 ぼくは動揺を隠しながら、煽ってみる。

「これを使えば、お主は手も足も出せん。なぜなら、お主にとって天敵と呼ぶべき能力だからだ」


「能力名は――牛歩仙術だ」


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