喧嘩は仙人も買わない その3
そしてその日の放課後。
「くだらん。そんな勝負やめてしまえ」
吐き捨てるように日輪は言った。
「くだるくだらないって話じゃないよ。もう決まっちゃったんだから仕方ないじゃん。それに舞台もセッティングされているし」
ぼくは仙気を球体にする修行を行ないながら、そう言い訳する。
修行の成果は出ているらしく、今では2m弱の球体ができるようになっていた。
次はそれを維持する修行をやっている。前にやった吸収と発散を同時にやる修行と似ているので簡単と言えば簡単だけど。
「お主、仙気を使うつもりか?」
「いや、使わないよ。自分だけの脚力で勝負するよ。それでも勝てると思うから」
50mの記録を見る限り、ぼくは明らかに勝っていると確信しているのだ。
「それなら良い。人間相手に仙気を使うなど、言語道断じゃ。もし使うと言ってしまったら罰を科すつもりじゃった」
なんか会話が綱渡りのようなスリリングを秘めているけど、それに構わず「そうか。良かったよ」と答えた。
「それで、いつ勝負をするつもりなのじゃ? ワシもできれば見たいのう」
「へえ。そういうのに興味ないと思っていたのに、意外だな」
さっきくだらないとか言ってたのに。
「一応お主は弟子でワシは師匠じゃ。弟子の闘いを見守るのも師匠の役目じゃ」
「闘いって、そんなおおげさな――」
「勝負とはそういうものじゃ」
日輪は厳しい顔をした。
「お主は勝負を軽く考えておらぬか? 勝負は必ず勝たねばならぬ。相手を必ず負けさせなければならぬ。そのためにどうするか? 確実に相手を蹴落とし潰さねばならぬのじゃ。その覚悟がお主には足らぬ。だから、夢に妖鼠のことが出てきて満足に眠ることができぬのじゃろう?」
「……よく分かるね」
「師匠じゃからのう。それも分からぬのなら師匠失格じゃ」
日輪は意外とぼくを見ている。修行もそうだ。ぼくの限界をギリギリで見極めて内容を変えたりする。
「こういうことを言うとどうかと思うが、お主は生物を殺した経験がなかったじゃろ? じゃから妖鼠なんぞに苦戦を強いられたのじゃよ。あのときのお主ならば大怪我を負うのこともなく、楽に倒せた。そうワシは自信がるのじゃ」
覚悟か。まあそんな覚悟もなく仙人になったぼくだから、それが足りないと言われてしまえばそうだけど。
「こういうのはどうじゃ? その勝負で負けたら罰を科す。少しはやる気も覚悟もできるじゃろ?」
「いや、そういうのはちょっと勘弁してほしいんだけど!」
ただでさえ負けたらなんでも言うことを聞くって言われているのに、さらに日輪の罰を受けなければいけないなんて、二重の苦しみだ。
「お主は追い詰めないといかんからのう。心のどこかで自分は死なないと思っておる。甘いんじゃないか?」
「それはだって、仙人だから死んでも生き返られるし」
「お主は桃源郷の恐ろしさを知らぬからそんな甘い考えが生まれるのじゃ」
日輪が前から桃源郷が恐ろしいとか言うけど、実際どんなところだろう?
「まあいい。それでいつ勝負をするのじゃ? 明日か?」
「五月一日だよ。昼休みに勝負をする」
そう言うと日輪は目を見開いた。
「鬼がやってくる日ではないか。この前と同じことになるかもしれんぞ」
「ああ、初日で見つかったパターンか。日輪、今後、そういうことが有り得るのか?」
「ないとは言えんのう。むしろあると考えておったほうがよいじゃろ。しかし、なぜ五月一日なのじゃ?」
「だって、天気予報だと雨ばっかじゃん。今もこうして降っているし」
描写していなかったけど、ぼくたちは屋上にいる。決して弱くはない雨粒が屋上に降り続けているけど、ぼくは一切濡れていない。
仙術――を使っているらしい。
ぼくらが屋上に居ても誰も気づかない仙術と雨を弾く仙術を同時に行なっているらしいのだ。
ますます人間離れしているな……
「ふむ。屋内ではもちろん駄目じゃな。ならば晴れては良いじゃろ? ワシが仙術で晴れさそうか?」
「いや、日にちがもう決まっているし、いきなり晴れても意味ないよ」
ていうか、天候さえも自由自在に操れるのか。ちょっとびっくりする。
「まあ仕方ないのう。お主の学園生活を乱すわけにもいかんし、まあそれまでは修行を続けよう。おっと、もう時間じゃ。解いても良いぞ」
「そう? 分かった」
ぼくは仙気を心臓に蓄える。
「さて、今日から仙道を本格的に教えよう」
「ようやく仙気の修行から開放されるのか?」
「馬鹿者、仙気の修行に終わりはない。むしろこれ以上に仙気の修行を行なうぞ」
怒られてしまったけど、ぼくはわくわくしていた。仙道は確か体術と言っていた。ぼくはまどろっこしい仙気の修行より身体を動かすことが得意だ。
「まず、仙道は五つの体技がある。それを体得するには、お主の場合は一ヶ月か二ヶ月はかかるじゃろ」
日輪は何もない空間から紙と筆を取り出す。
「まずは『仙脚』じゃ。これは蹴りの力を上げる効果と回避能力を高める体技じゃ」
日輪は自分の言ったことをつらつら書いていく。
「次に『仙手』じゃな。これは拳による打撃を高める体技である。極めればこの学校を一突きで崩壊させることも可能じゃ」
「怖いなあ。迂闊に人を殴れないじゃん」
冗談でそんなことを言ってみると「殴るな馬鹿者」と怒られた。
「仙道を習ったら仙気を使わずとも身体が強化される。先程の喧嘩でも頭が吹き飛んでもおかしくないのじゃ」
なんだかどんどん人外になってくるなあ。
「そして『仙眼』。これは相手の動きを予測する見切りの力じゃ。もっとも大切な体技と言ってもおかしくないじゃろ」
「見切り? じゃあ相手の攻撃も当たらなくなるのか?」
「そうじゃ。仙脚と組み合わせることで敵はお主に触れることもなく倒されるじゃろ」
妖鼠と闘ったときも感じたけど、やっぱり怪我は攻撃を鈍らせるしな。それを受けないってことは有利に闘えるってことか。
「四つ目は『仙弾』じゃ。これは仙気を放出する体技。遠距離から攻撃が可能じゃ」
「おお、何だか格好いいな」
「お主の知識で言えばかめはめ波に近い」
「……ドラゴンボール、知ってるの?」
ドラゴンボールを読む仙人って嫌だなあ。
まあ作中で亀仙人出てくるから、ある意味似合っているのか?
「ぶっくおふで読んだのじゃ」
「仙人がブックオフに行くなよ! ていうか買えよドラゴンボール全巻!」
お金なくても生きていけるって言わなかったっけ?
「下界に下りて初めて読んだが、漫画というのは面白いものじゃな。特に集英社の漫画は面白い。努力と友情と勝利の三本柱は少年ならぬ仙人の心を掴んで離さぬ」
「いや、仙人に似合わないと思うけど」
最も似合わないのは友情だな。仙人同士の友情ってなんだか嫌だもの。
「お主は漫画を読まんのか?」
「いや、読まないことはないけど、そこまでハマってはいないかな。それに最近は読むことも少なくなったし」
「それはどうしてじゃ?」
「えっと、修行して強くなる回ってあるじゃん。それ見ていたら自分のことのようで辛く感じてね」
修行回があまり人気がないのがよく分かる。
日輪がさっき言っていたけど、三本柱の努力は報われればいいのだけど、現実では必ずしも報われることはない。
妖鼠に負けそうだったときも、現実は無情だった。あのときは幸運で勝てたけど、それでも訳の分からん勝ち方をしてしまったし。
「ふむ。高校生じゃから仙弾はやってみたいと思うと考えておったのじゃが」
「いや、それは少しやってみたい。なあ日輪、日輪の子供のころはどんな時代か分からないけど、確実に漫画とかアニメとかなかったでしょ」
「まあ娯楽と言えるものはないに等しいな」
「ぼくは小学生の頃、修行をしていたことがあったんだ。さっき言ったかめはめ波とか魔貫光殺砲とか気円斬とかね」
「……人間がそんなことできるわけがなかろうに」
「まあ今から考えてみれば馬鹿だったんだろうね。当然、ぼくはかめはめ波も魔貫光殺砲も気円斬もできなかったんだ」
悲しかった。ぼくは特別な人間ではなかったのだ。選ばれし者でもなかったんだ。
「ぼくは憧れたさ。孫悟空になりたいと思っていた。だけど、実際仙人になって特別な存在、選ばれし者になったら、嬉しさよりも空しさが勝ってしまったんだ。ああ、憧れてしたはずなのに、こんなものかってね」
きっと、実感が湧かないからだろう。仙人になって日もないから、そういった現実が受け止められないのだろう。
「だから、やってみたい気持ちとどうでもいい気持ちが混じりあっているのかもね。まあ修行だからやるけどさ」
「まあお主の感傷など、どうでもいいがのう。続きを説明するぞ」
あれ? あんだけ語ったのにどうでもいいって言われちゃったよ?
……泣いてもいいかな?
「最後に説明するのは『仙堅』じゃ。これは防御力を高める効力を持つ。これは体得するのは大変じゃが、一気に戦闘が楽になるじゃろ」
泣きそうなぼくを尻目に説明を終わらした日輪だった。
なんというか配慮してほしいと思った。
「以上の仙道を体得するには仙気の修行が必要じゃ。じゃから今まで仙気を操る修行を行なってきた。ここまでは良いか?」
「ああ、いいよ」
「ではまず、手本を見せよう」
日輪はまるで手品のように大きな人形を出してみせた。まあこれぐらいのことは驚くに値しない。
「この人形は結構頑丈じゃ。まずは仙気を使わない肉体の力のみの蹴りじゃ」
日輪は人形を立たせて間合いを取った。人形は倒れることなく、真っ直ぐに立った。
「いくぞ、せいや!」
素早い右脚の中段蹴り。人形は少し揺らいだけど、そのまま立ち続けている。
「次に仙気を込めた蹴りじゃ」
同じように中段蹴りをすると人形は蹴りの方向に倒れた。さっきよりは威力が当然あるようだ。
人形はしばらく倒れていたけど、手足を使って自動的に立ち上がった。まあ普通の人形じゃないことは分かっていたので驚かない。
驚いたのは次の蹴り。
「最後に仙脚じゃ」
日輪はそう言うとさっきよりも素早い精錬された蹴りを放った。
バシンと音を立てて人形の上半身と下半身が分かれた。
「……はあ?」
仙気を込めた蹴りと変わりないはずなのに、どうして――
「これが仙道じゃ」
日輪がパチンと指を鳴らすと人形は影もなく消えうせてしまう。
「分かったじゃろ? 仙道は体術。すなわち技術じゃ。ただ単に仙気を込めて蹴るだけではまだまだ威力は弱い」
「…………」
「己の肉体の常識を打ち破るのじゃ。仙気をある程度体得したお主ならできなくはない。できるのじゃ。仙気を呼吸するように操れるお主ならば、歩く如く自然とできるようになるのじゃ」
ぼくはその言葉を信じて「うん、やってみる」と頷いた。
「どれから練習すればいいんだ?」
「ふむ。まずは仙脚か仙手、どちらかを選ぶのじゃが、お主の場合は仙脚のほうが良いのう。元々俊足じゃし、この前は足技を中心に習わせておるから、下地はできておるじゃろう。まずは蹴り方じゃ」
日輪は新たに人形を出した。
「仙気を集中させて、当たった瞬間、一気に発散させる感覚で蹴り続けよ。その際、吸収を忘れるな」
ぼくは言われたとおりに右脚に仙気を集中させて、人形目がけて一気に降り抜く!
ぱしんと軽い音だけがして、人形は倒れなかった。
「あれ? 全然できない」
「一回でできるほうがおかしいわい。繰り返し行なうのじゃ。今日までに人形を倒せるまで行なうぞ!」
結構スパルタだなあ。
結局ぼくは人形を倒せるまで繰り返し人形を蹴り続けた。
「なあ、日輪。ぼく思ったんだけどさ」
蹴りながらぼくは日輪に訊ねた。
「なんじゃ? まさか飽きたのか?」
「違うよ。仙道にも習う順番ってあるの? 仙弾を先にやったほうが攻撃とか牽制とかしやすいんじゃないの?」
「では仙気を飛ばしてみせよ」
そう言われても、飛ばし方なんて分からない。
「今のお主では仙気を飛ばすことは適わぬ。仙気を集中させることで手一杯じゃからのう。それに生半可で実戦に使えるほど、役には立たん」
「そうか……じゃあかめはめ波は撃てないんだな」
冗談っぽく言うと「お主も憧れてたのではないか」と呆れた日輪。
「それと、くどいことを言うようじゃが、くれぐれも喧嘩は控えること。というより、二度と喧嘩などするな」
日輪はそう言って、ぼくの顔を見つめる。
「仙人は喧嘩を買わぬ。なぜなら闘うことのむなしさを知っておるからじゃ。しかし大切な何かを守るときは例外じゃ。思う存分使うがいい」
「……日輪はぼくに喧嘩をやめさせたいの? それともさせたいの?」
どっちか分からないよ、日輪。
「まあ実際、ワシも喧嘩しているようなものじゃからな。あの嫌な奴を排除するために、ワシは闘っておる。まあ実際は逃げ回っておるだけじゃからな」
そう言えばそうだ。その喧嘩がきっかけでぼくの脚は治ったのだった。
「なあ、嫌な奴って言うけどさ、どういう関係なんだ? 殺し合いに発展するくらい嫌っているのか?」
「……そうではない」
「じゃあなんで――」
「奴の考えを変えねばならぬ。ただそれだけじゃ」
その言葉を言った日輪の横顔は、なぜか憂いを帯びていた。
「それより、さっさとやらんか。このままじゃと日が変わってしまうわい。ほれ、蹴りは鋭くじゃ」
そう急かされたのでぼくは疑問を忘れて蹴り続ける。
とりあえずは修行が大事だ。
このときのぼくはそれしか考えられなかった。
ぼくのこの疑問が解消されるには、まだ時間が必要だった。
そして疑問が氷解したとき。
ぼくも打ち破らないといけないと思うようになったのだった。
しかし、この時点においてはどうでもいいことだった。
この時点で対策を得なければいけないのは、なんと言っても鬼のことだった。
鬼退治。
そのために修行をしていることをぼくは強く心に留めておかねばならないとはっきり気づかせられたのは、月を俟たなければならなかったのだ。




