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喧嘩は仙人も買わない

 ボランティア部を作ろうと決めて、三日が過ぎて、四月二十八日の昼休みだった。

 いつも一緒に食べる青空と大地は購買に買いに行っていて、ぼくは机を並べて二人を待っていた。

 ゆめ姉の弁当は栄養バランスをちゃんと考えていてなおかつ美味しい。それが毎日食べられるなんて、ぼくは幸せ者だなあと思う。

 今日は天気も良いし、気分が良かった。

 そんな気分をぶち壊してくる人がいるとはこの段階では分からなかった。

「なあ。このクラスの十六夜こころってどこにいるんだ?」

 ぼくの名前を呼ばれたのでそこに注目すると、なんだかガラの悪そうな男子生徒が五人居た。制服改造はやってはいないけど、それなりに着崩している。不良という言葉が頭に浮かんだ。

 聞かれたクラスの女子は怯えながらぼくのほうを指で示した。

「おう。お前が十六夜こころだな」

 そう言うなり、ぼくのほうへ向かってくる。

 クラスのみんなは不良たちを避けるように、道を開けた。

「うん。そうだけど」

「お前、俺のことを知っているか?」

 単刀直入にそう訊ねてきた。

 不良たちの中で一番背の高くてがっしりした体格の不良だったけど、ぼくは見覚えなかったので「ううん、知らないよ」と答えた。

 だけど、そう答えたらピンと空気が張り詰めた気がしたので、自分が失言したのに嫌でも気づかされた。

「てめえ、よく平然としてられるよな? なめてんのか?」

 取り巻きの不良からそんな言葉が出る。

「いやだって、知らないのに知ってるって言うほうが失礼でしょ」

 ぼくのこの発言にクラスのみんなの表情が凍った気がした。取り巻きの不良も殺気立ってきた。

「俺は、水戸達也だ。それなら分かるか?」

 礼儀正しいとは思えないがそれでも名前を名乗ったので「はあ。ぼくは十六夜こころだよ」と返した。

「知ってるぜ。学年で一番脚の速い、十六夜こころくん」

 なんだか馬鹿にしたような言い方だ。取り巻きの不良たちもにやにやしているし。

「それで、ぼくに何か用? これからお弁当食べなきゃいけないんだけど」

 暗にさっさと出て行ってくれないかなと伝えるけど、どうやら無視されたようで「お前に話があるんだ」と水戸くんは言った。

「なんで陸上部に入らないんだ? どうしてボランティア部なんか作って入ろうって思ってるんだ?」

「うん? なんで知ってるんだ?」

 そんな噂が広まるくらい有名じゃない話なのに。

「そりゃあそうさ。お前は有名人だからな」

 数日前に聞いた台詞だ。誰がいつ言ってたっけ?

「さあ質問に答えろ。どうして陸上部に入らないんだ?」

 言わないとしつこくなりそうだなと判断して「ボランティア部に勧誘されたからだよ」と言った。

「知ってるかな? 太田陽子先輩。その人に勧誘されたんだよ」

「なんだ、転校生とどういう繋がりがあるんだ?」

「ただの恩人だよ。今のぼくがあるのは、陽子先輩のおかげでもあるんだ」

 そう言うと不良たちは少し驚いた顔をした。

「だから陸上部に入らなくて、ボランティア部に入ることにしたのか」

「そうだよ。ところでそれがなんなのさ? ぼくが陸上部に入らないことがそんなに重大なことなの?」

 そう訊ねると「ああ、そうさ」と水戸くんは両手を広げて言った。

「お前が陸上部に入って、俺は正々堂々と闘って勝ちたい」

 なんだ、見た目は不良のくせに中身はスポーツマンじゃないか。

 ぼくは食事を邪魔されてイラっとしたけど、そういうことなら大歓迎だ。

「うーん、ごめん。ぼくは陸上部に入れないんだ。陽子先輩と約束しちゃったし」

 素直に言うと「そうか。残念だな」とがっくり肩を落とした。

「でもまあ陸上部に入らなくても――」

「おい、お前! 達也がそう言ってるのに、断る気か?」

 さっきぼくに文句を言ってきた不良がぼくに詰め寄ってきた。

「おい。岡島、やめろ」

「でも達也、こいつさっきから舐めた態度だしよー」

 そう言って頭をぐりぐり手のひらで撫で回してくる。

「こんな弱そうな奴が、本当に全国の――」

「離せよ。汚い手で触るな」

 流石に我慢できなくなったので、頭を触ってくる手を払いのけた。

「……あぁ?」

 岡島と呼ばれた不良の目が怒りを孕んだ。

「てめえ、今何した?」

「手を払いのけたんだよ。気安く触らないでほしいな」

「なんだと――」

「おい、こころ、大丈夫か!」

 そんな声がしたので見てみると青空と大地が息を切らして入り口に居た。

「おい、お前ら、何してんだ!」

 大地はそう言いながら近づいてくるので、三人の不良が「てめえ、なんだコラ」と威嚇する。

「あいつは――水戸か。なんでここに居るんだ?」

 流石顔の広い青空。一発で見分けがついたらしい。

「なんでもないよ。話は済んだから」

 ぼくはそう言ってお弁当箱を開けた。今日も美味しそうだ。

「おい、話は済んでねえよ! 勝手に終わらすな!」

 岡島がそう言ってぼくの前に立った。

「青空と大地に説明するけど、水戸くんはぼくが陸上部に入らないことが気に入らなくてここに来て、ぼくは入らない理由を言って、それで話はまとまったの。そうだよね、水戸くん」

 水戸くんは「いや、そうだけどよ」と戸惑いつつそう肯定した。

「だから、ぼくはお弁当食べたいから、話は終わりだって――」

「だったらこれならどうだ?」

 なぜか興奮している岡島はぼくのお弁当箱を持ち上げ、あろうことか床に叩きつけた。

 当然、中身が滅茶苦茶になった。

「…………」

「これなら、聞く気になったか? はっはー!」

 お弁当……

「おい、お前何してんだ!」

 ぼくのお弁当……

「なんだ? 文句があるなら来いよ?」

 ゆめ姉が早起きして作ってくれた、大切なお弁当を――

「てめえ――」

 こいつは、何をした?

「青空、大地。手を出すな」

 ぼくは静かに立ち上がって、静かに言った。

「こころ? おい、どうしたんだよ?」

 青空の声が遠くに聞こえる。

「お、やる気か? おういいぜ、お前はなんだか気に入らない――」

「うるせえ、黙れ」

 ぼくは仙気を抑えて、岡島の頬を思いっきり殴った。

 岡島は漫画みたいに吹き飛び、漫画みたいに机を飛び越えて、漫画みたいに黒板にぶつかり、漫画みたいに鼻血を出して、漫画みたいに大の字で倒れた。

 クラス中がシーンと静まり返る。

「てめえ、ぶち殺すぞ、クズが」

 そう言った瞬間、クラスの女子の悲鳴がけたたましく響いた。

 ぼくはまだやり足りないので机の間を縫って近づいていく。

「――っ! こころ、やめろ!」

「これ以上はやりすぎだ!」

 後ろから上半身を青空に、腰当たりを大地に押さえつけられてしまう。

「おい、岡島! 大丈夫か!?」

 水戸くんの声を契機に四人が岡島に近づいていく。

「……気絶してる。一応息はあるぞ」

 不良の声に、ホッと安堵の顔をする水戸くん。そしてすぐにぼくのほうを向く。

「てめえ! やり過ぎだ馬鹿やろう!」

 そう言ってぼくに殴りかかろうとする水戸くんを三人の不良が止める。

「どけ! 邪魔だ!」

「無理だって水戸! あんなのに勝てるわけないって!」

 ぼくはぼくで興奮して「いいだろう! かかってきなよ!」と叫ぶ。

「ゆめ姉のお弁当を、よくも――!」

 ぼくは力を込めて二人を引き離そうとする。

だけど、体格差もあってなかなか離れない。

 これ以上、力を込めると仙気が溢れ出してくるので、加減が必要だった。

 キレているのに、どこか冷静な自分が居た。

 これも仙人になったからなあ?

 そうやってもがいていると、ぼくのクラスに「こころ、大丈夫!?」と言う声が聞こえて入ってくる女子が居た。

 よく見ると、それはゆかりだった。

「うん? ゆかりじゃないか」

 ゆかりを見た途端、ぼくは暴れるのをやめた。怒りがしぼんでいくのを感じる。

「どうしたのさ? 何か用事でも?」

 ゆかりは全速力で走ったのか、息切れをしていた。

「あんたが、キレないか、見張りに、来たんだけど、もう手遅れのようね……」

 岡島をちらりと見てそんなことを言う。

「ああ、聞いてよ。ゆめ姉特性のお弁当をそいつが床に叩きつけたんだ。もう食えなくなっちゃった」

 ぼくが指で指し示すと「それで、あんな風になったのね」と呆れたように言う。

「青空、大地。もう落ち着いたから。ごめんな、キレちゃって」

 ぼくの言葉に二人はちょっと困惑したけど「分かった」と言って離れる。

「しかし、こころ。お前があんなに強いとは思わなかったぜ」

 大地は引きつった笑顔をしている。多分引いているんだろうな。

「まあね。これでも力をセーブしたつもりだったけど――」

「おい! お前、話は終わっていないぞ!」

 そう言う水戸くんはぼく以上にブチキレていた。

「俺と勝負しろ! 岡島の仇だ!」

「勝負って、ぼくと君じゃあ話にならないよ。いくら喧嘩が強くてもぼくには適わないよ」

「なんだと――」

「本当のことさ。まあいい、どうせ先生が来るし、ぼくはおとなしく待ってるよ。それにお弁当の片付けもしないとね」

 ぼくは水戸くんを無視してお弁当を片付け始める。

「ゆかり、よく揉めているって分かったね」

「そこの二人を呼びに言った女子が大声で言ったのよ。『今、クラスで十六夜くんがやばい集団に囲まれている』ってね」

「それを聞いて俺たちは駆けつけたんだけどな」

 でも手遅れみたいだ、と両手を挙げて降参のポーズをした青空。

 それからしばらくして、クラスの誰かが先生を呼びに行って、先生がやってきた。

「この状況はなんなんだ? 説明してくれないか? 十六夜こころくん」

 厄介なことに、呼ばれた先生は小山田先生だった。

「えっと、その、殴ってしまいました」

 率直に言うと小山田先生は「詳しい話は生徒指導室で聞く」と冷たく言った。

「とりあえず、岡島は保健室へ。それから関わった人間は全員着いてくること。他の生徒は自由にして構わない。しかしこの件は吹聴しないこと。以上だ」

 テキパキと指示を出す小山田先生は優秀だなあとぼんやり思った。

 そしてボランティア部は一体どうなるんだろうと心配になってきた。


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