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変わった学園生活 その3

「部活の申請には最低でも三人の部員が必要だ。太田、お前は転校したばかりだから、知り合いもいないだろう。どうするんだ?」

 気絶したぼくに喝を入れて、意識を取り戻した後、日輪と共に日輪の担任のところへ向かった。

 職員室の二年生が受け持ちの先生が集中している、机の真ん中。

 ぼくの記憶だと国語が担当の小山田先生が何やらパソコンを使ってプリントを製作しているところに、ぼくたちは声をかけた。

「そうですか。じゃああと一人居れば、新しい部活を立ち上げることができるんですね」

 日輪はにこやかに微笑んでいる。

 敬語を使えたのにも驚いたけど、こういう風に媚を売るのもできるのは少しショックだった。全然仙人らしくない。

 普通なら笑うところだったけど、若干、いや大分引いてしまっている自分が居た。

「まあそうだが、えーと、君は一年生か?」

 小山田先生がぼくに訊いてくる。小山田先生は若い女性なのに男のような話し方をしてくるので、どこか威圧感がある。

「は、はい、そうです。にち、じゃなくて太田先輩に誘われて、部活を立ち上げたいと思いまして、それでここにいます」

 なんだか変な日本語になってしまった。

「名前はなんだ?」

「はい、十六夜こころです」

「いざよい……? ああ、十六夜ゆめの弟か。どことなく似ているな」

 小山田先生はじろじろとぼくを見つめてくる。ぼくは「先生は姉のことを知ってるんですか?」と訊いた。

「ああ、私は吹奏楽部の顧問をしている。だから君の姉とそれなりに親しいのだが、確か君は交通事故に遭ったと聞いていたが?」

 あ、これは不味いかもしれない。

「聞くところによると酷い怪我だったようだけれど、今こうして無事なのは喜ばしいことだが、なんで後遺症もなく歩けるようになったんだ?」

「えーと、突然治ったのです」

 嘘つきの極意とはなるべく嘘をつかないことである。隠したいことだけを偽り、それ以外は正直に言うこと。この場合隠しておきたいのは日輪が仙人であることと怪我を治したのは日輪であることのみである。

「突然治った? どういう意味だ?」

「えっと、怪我はもう治って、後はリハビリだけだったんですけど、それまで歩けなかったのが、突然歩けるようになったんです。ぼくにも原因は分かりません」

 原因は分かりません。なんて都合の良い言葉だろう。

「原因が分からないって、君自身のことだろう?」

「ぼくはお医者さんではないので、医学的なことはよく分からなくて。それに歩けるようになったのだから、それでいいかなって」

 ぼくの言葉に納得はできないようだったけど「そうか。まあいい」と追求をやめた。

 今度は言い訳考えておかないとな」

「気にしないでくれ。クラスの人間ではなく下級生の男子に部活をやらないかと誘う太田の行動に疑問が合っただけだ」

 あれ? ちょっと怪しんでいるのかな?

「えーと、たまたま知り合って、仲良くなったんです」

 日輪のふわっとした言い訳だ。

「クラスの人間に馴染めない女の子がどうして初対面の男の子と仲良くなるのか、はたはた疑問だが」

 やばい、この人かなり鋭い。

「まあいい。それと部活の申請は空き教室と顧問の先生が必要だ。アテはあるのか?」

 日輪は「正直なくて、それで先生に聞こうと思ったんです」と言った。

 敬語が不自然に聞こえるのはぼくだけだろうか? ちょっと不気味だ。

「私は吹奏楽部の顧問だから、引き受けることはできないが、空き教室なら部室棟に余っているから、そこを使えるだろう。しかし、どんな部活を立ち上げるつもりなんだ?」

 おっと、そういえば言ってなかった。

 日輪ははたしてなんと言うのだろうか?

「ぼらんてぃあ部です。前の学校にはあったので、この学校でもあったほうがいいと思いまして」

 おお、意外と真面目な部活だ。

「ボランティア部か。まあふざけた部ではなさそうだが、なぜこの学校に作ろうと思ったのだ?」

「沖天高校は学外の行事が文化祭ぐらいしかなく、体育祭は保護者しか見学できません。なので対外的にあぴーるできる機会が少なく、受験者の数を増やすのに適しておりません。現に、年々受験者数が減少しています」

 日輪の流れるような説明にぼくも小山田先生も眼を丸くした。

「ですので、受験する中学生と地域のみなさんに好印象を与えるために、ぼらんてぃあという無私の奉公をすることを目的としています。いかがですか?」

「……受験者を増やすことで、君たちにどんな利益が出るんだ?」

 小山田先生の質問に日輪は「量ではなく質の問題です」と言った。

「良質な生徒が居れば、この学校の名が上がって、沖天高校の卒業生ということは箔に繋がります。長期的に考えればぷらすになるでしょう」

 なんだか分かるような分からないような理屈だ。

「……そうか。まあ学校にプラスになれば良いだろう。分かった、あまり協力できないが、顧問の名前だけならば私が貸そう」

「えっと、顧問になってくれるってことですか?」

 ぼくが訊くと「まあ吹奏楽部と兼任になるが、まあいいだろう」と言った。

「後はもう一人の部員を探さないとな。それは君たちの裁量に任す。集まったら私に一言声をかけなさい。学年主任の先生に伝えておく。まあ許可は出るだろう」

 なんだか詐欺みたいなやり口だ。ボランティアなんてする気もないくせに、舌先三寸口八丁で丸め込んでしまった。

「ありがとうございます! 小山田先生が担任で本当に嬉しいです!」

 そう言って頭を下げる日輪だけど、本心は「しめしめ、簡単に騙されおったわい」とか思っているんだろうなあ。

「部活申請書類を明日の朝に渡す。期限は明日から一週間後。今日はもう遅いから帰りなさい。最近妙な事件が起きているから気をつけること」

 最後にそう言われて、ぼくたちは職員室を後にした。

「それで日輪――」

「学校内では陽子と言ってください」

「うん? どうして?」

「誰かに聞かれたら厄介なことになりますからね。それに敬語も。一応私のほうが先輩ですから」

 そう言われてしまったら従うしかない。

「陽子先輩、あと一人はどうする気ですか? さっきも聞いたけど、友達いないんでしょ」

 さらりと酷いことを訊くと「そうですね。困ったことになりました」と言う。

「あなたの幼馴染はどうですか?」

「あー、無理無理。調理部に入りました」

 兼部がいいのかわからないけど、それでもアウトだろう。ただでさえ「協力はできないけど応援はしている」って言われたし。

「あなたの姉は?」

「ゆめ姉を巻き込まないでください。それに入ってもすぐに引退するから、元の木阿弥になってしまいます」

 頼めば入ってくれそうだけど、ゆめ姉には結構負担かけてるから、あまり迷惑かけたくないし。

「どうして、陽子先輩は友達を作らないんですか?」

「そうですね。私たちと時の流れが違いすぎることが挙げられますね」

 なんだか外国人の日本語みたいな喋り方だった。

「まあそれは分かりますけど、友達は作ったほうがいいですよ。ただでさえ、学年一位で目立ってるんだから」

 そうそう。これは訊いておかないといけないことだ。

「どうして能力を隠さないんですか?」

「これでも力をせーぶしています。しかし、現代の若者は脆くて弱い。そう痛感しましたよ。昔だったらもっと頑強でした」

 まあ自動車とか電車とかあるから身体を動かすことはあまりしないしね。

「私の時代と変わってしまいました――おっと」

 下駄箱に着くと何人かの生徒がこちらに注目した。まあ日輪は目立つ容姿をしているからなあ。

「えっと、太田さん、これから帰るところかな?」

 その中の一人が日輪に声をかけた。

 どうやら日輪のクラスメイトみたいで、三人組がこっちを見ている。

「そうですけど、どうかしましたか?」

 なんだかセメントみたいな対応に、こっちが冷や冷やする。

「良かったら、一緒に帰らない? 太田さんに話したいと思って」

「それは嬉しいですけど――」

「いいんじゃないですか、陽子先輩。あのことも話してみるのも悪くないと思いますよ」

 断ろうとしたのを間髪入れずに肯定へと向かわせる。

「十六夜こころ、くん?」

 ぼくのほうを振り返り「何言ってるんじゃ馬鹿者殺すぞ」という表情を見せた。

「いいじゃないですか。友達を作るのも悪くないですよ? ぼっちよりもたくさん友達がいたほうが楽しいですよ」

 ぼくは構うことなく言い続けた。

「あのう、君は?」

 三人の中の一人がぼくに話しかけてきた。

「えっと、陽子先輩の舎弟の十六夜こころです」

 面白そうだからこんなことを言ってみる。

「しゃ、舎弟!?」

 三人が驚いた顔をした。

「ええ、陽子先輩にはたいへんお世話になって――」

「十六夜こころくん。少し黙って頭を冷やそうか」

 続けて日輪を追い詰めようとしたら、今度は仙気を使ってぼくを止めた。

 要は怒っている。真っ白い仙気がぼくに纏わり着く前に「すみません、冗談です」と素早く言った。

「舎弟じゃなくて部活の後輩です。嘘言ってごめんなさい」

「太田さん、部活に入ったの? どこ?」

 一人が興味深そうに訊くと「ぼらんてぃあ部です」としょうがなさそうに答える。

「ボランティア部? 聞いたことないけど、どんな部活なの?」

「新しく立ち上げる予定の部活です。詳しいことは陽子先輩に聞いてください。じゃあぼくは帰るんで、陽子先輩、さようなら」

 ぼくはそう言うと一目散に自分の下駄箱に向かい、自分の靴に履き替え、そのまま玄関を出た。

 一度も日輪のほうを振り向かなかったけど、多分物凄く激怒しているんだろうなあと思ったので足早に帰った。

 これで友達ができてくれればいいんだけど。

 ぼくはそう願いつつ、家路へと急いだ。

 学校からの帰りは最寄りの駅から五駅乗り過ごして、そこから二十分歩いて自宅へ帰る。

 ぼくが駅まで歩いていると、前にゆかりがいるのを見えた。

 ゆかりとは星野ゆかりでぼくの幼馴染のことで、ゆかりは友人二人と楽しそうに話しながら歩いていた。

 ぼくは声をかけようか迷ったけど、不意にゆかりがぼくのほうを振り返って「あら、こころじゃない」と言った。

「やあ、ゆかり。久しぶりだね」

 ゆかりとはクラスが別になってしまって、しかも調理部に所属しているから、こうして会うのは言葉通り久しぶりになる。

「本当に久しぶりね。ちゃんと友達がいるのかしら?」

「お母さんか! ちゃんと二人いるよ」

「ゆかりちゃん、知り合いなの?」

 二人の内の背の低いほうがそう言ってきた。

「ああ。十六夜こころ。スポーツテストで気持ち悪い結果を出した化け物よ」

「気持ち悪いと化け物は余計だよ」

 さりげなく傷つくしね。

「へえ。そうなんだ。あたし今田はな! よろしくね」

 そういってまるで向日葵のような笑顔を見せるツインテールの女子高生、今田はなは握手を求めた。

「ああ、よろしく」

 ぼくは握手を返した。

「私も挨拶したほうがいいわね」

 ぼくよりも背の高い女子高生は見下げるようにぼくに自己紹介をした。

「遠藤みどりよ。よろしくね」

「うん。よろしくね」

 手は同じくらいだなあと握手をしながら思った。

「同じクラスの友達?」

「ええ。それに同じ調理部の友達でもあるわ。気が合うのよ」

 会って二週間もしないのに、気が合うも合わないもあるのかな?

「十六夜くん。あんたこっちのクラスでは有名人よ」

 遠藤さんがくすりと笑いながら言う。

「こっちのクラスは何故か陸上部が多くてね。だけど一人も勝てないから、嫉妬が半端ないわよ」

「ふうん。知らないところでぼくはヘイトを稼いでいるのかな?」

「それなのに、あの渡辺と秋田を押さえているから手出しもできないみたいよ」

「えっと、ぼくって闇討ちでもされるのかな?」

 それはちょっと怖いな。

「まあゆかりちゃんの幼馴染ってこともあるからねー」

 軽い感じで今田さんも言ってくる。

「ゆかりちゃんはモテるから」

「そんなの別にいいわよ。面倒くさい」

「へえ。ゆかりはモテるんだ」

 そう言うとゆかりは嫌な顔をしてきた。

「それより、十六夜くんの部活はなんなの? 運動部じゃなさそうだけど」

 遠藤さんがちょっと鋭いことを言ってくる。

「どうして運動部じゃないと?」

「まだこの時間は運動部はやってるもの。それに汚れや汗もかいてないしね」

 なんだか名探偵みたいだ。

「えっと、ボランティア部に入る予定だよ」

「……ボランティア部ってあったっけ?」

 今田さんが不思議そうに聞いてくる。

「新しく立ち上げる予定だから、知らないのも無理はないよ」

「へえ、一年なのにもう新しい部活を立ち上げるの?」

 遠藤さんが感心したように言う。

「まあね。一つ上の先輩の太田陽子って知ってる?」

 ゆかり以外の二人は「あの学年一位の転校生ね」と分かったようだ。

 ゆかりは黙ったまま何も言わなかった。

「その人に誘われてね、部活を立ち上げることになったんだ」

「よく知り合いになれたわね?」

 うーん、やっぱりそう訊かれてしまうか。本当に上手い言い訳を考えておかないといけないな。

「話したら結構良い人だよ」

「それで、そのボランティア部は何をするつもりなの?」

 ゆかりは最近、日輪の話をすると嫌がったりスルーしたりする。

「さあ? ぼくにも分からない」

「じゃあなんで入るのかな?」

 今田さんの素朴な疑問にぼくも「頼まれたからね」と軽く答えた。

「初めは陸上部に入るつもりだったけど、あんまり強くないじゃん」

「意外とストレートに言うわね……まあ陸上部には入らないほうがいいわね」

 遠藤さんはそう言ったけど、理由が分からないので「なんで?」と訊く。

「結構気性が荒い人が多いのよ。一年も二年も。暴力沙汰にはなったことないけど、強引な勧誘も多いようなのよ」

 うーん、日輪のおかげで回避できたのかな? だけど感謝はしない。

「でも、もったいないなあ。50mで一番でしょ? だったら短距離で活躍できるじゃない」

 今田さんの言葉は自分でもその通りだと思うけど、それでも事情があったりするから、なんとも言えない。

「まあこころが決めたことなら、何も言わないわ」

 クールな幼馴染にぼくは危うく惚れ直すところだった。元から惚れているけど。

 それからしばらく三人と話して、益まで歩き、そのままゆかりと一緒に帰った。

 家に帰ると、ゆめ姉が料理を作って待っていた。

「おかえり。学校はどうだった?」

「うーん、変わってた」

 ぼくは今日起こった出来事を話しつつ、これからのことで頭が一杯になっていた。

 あと一人の部員をどうするか。

 次の鬼に対して勝てるのか。

 そして修行の成果はいつ出るのか。

 不安で一杯だったけど、それでもぼくは前に進もうと考えていた。

 しかし、数日後に事件が起こるとは、予想だにしなかった。


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