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修行と戦闘

 四月一日。

 おかしいと気づいたのは比較的早かった。

 約束の時間になっても日輪が来ない。

 いつもは九時ぴったりに来るのに、それが現れなかったのだ。

 珍しい、寝坊でもしたのだろうか?

 まあぼくは修行を八時半くらいから行なっていて、それを指摘したのはゆかりだったけど。

「日輪が来るの、遅いわね」

 このとき、ゆめ姉は部活の練習に出かけていない。ぼくの面倒を看るという名目でゆかりが来ていた。

 二人っきりという状況は久しぶりだし、しかも最近抱きつかれてしまった記憶が鮮明に残っていたので、少し気まずかった。

「そうだね。いつもはマジックの鳩のように現れるのに」

「そのたとえはどうかと思うわ。何かあったのかしら……」

 ぼくは軽く考えていた。だって日輪も言っていたじゃないか。鬼が来るのはまだ一週間もあるって。

「まあでも――」

 寝坊じゃないの? そう言おうとしたときだった。

 ガシャンと大きな音を立てて、リビングの窓が割れた。

「きゃあああ!」

「ゆかり! 下がってて!」

 ぼくはゆかりの前に庇うように立った。

 何かがぼくの家に飛び込んでくるのが見えた。

 何か分からないけど、もしかして鬼が来たのかもしれないとそう考えてしまう。

 頭の回転が素早くなる感覚。

 とにかく、ゆかりを守らなければ。

 瞬時にそう思考できたことを褒めてほしい。

 入ってきた物体はリビングの窓のガラスを飛び散らしなら、向かい側の壁にぶつかり、静止する。

 その止まったモノをよく見ると、白いカラスだった。

 初めは鳩かなと思ったけど、よくよく見てみると白いインクをかけられたように真っ白なカラスだった。

 結論として、真っ白なカラスがミサイルのようにぼくの家の窓に特攻してきたのだった。

「何よ……そのカラス」

「分からない。ゆかりはここを離れて――」

「離れる必要はないぞ」

 どこからか日輪の声がする。

「日輪!? どこにいる?」

「ここにはおらぬ。ワシは今、からすに声を託しておるのじゃ」

 カラス? そう思って真っ白なカラスを見るとこちらを見て、くちばしをパクパク開けている。

「仙術、部分憑依。ワシの意識の一部をこのからすに植え付けた」

 なんでもアリだな、仙人って。

「カ、カラスが喋ってる……」

 ゆかりの理解の限度が超えてしまったみたいだ。ぼくも自分が仙人でなかったら、思考がフリーズしてしまっただろう。

「早速、簡潔に話すぞ。鬼が現れた」

 鬼。その言葉にぼくは震える。

 とうとう、来たか……

「日輪、鬼は一週間は来ないんじゃないのか?」

「ふむ。鬼の能力、特鬼仙力を使ったようじゃな」

「とっきせんりょく? おいおい、まだ説明していないことがあったのか?」

 説明不足にもほどがある。

「すっかり忘れておった。説明するのがな。まあ後で説明する。問題はワシが鬼に追いかけられているということじゃ」

 確かにそれは問題あるけど……

「鬼はワシの仙気を覚えてしまった。だから今は逃げ切ることは可能じゃが、後々追跡されることは必定。それを回避させるのは、分かっておるな?」

「ぼくが今、鬼を倒さなければいけないんだろう?」

「そうじゃ」

 ぼくは腕組みして考える。

「今のぼくが鬼を倒せる確率は?」

「三割と言ったところかの?」

 三割。野球選手なら万々歳な数値だけど……

「あと一週間あれば、九割九分九厘勝てたじゃろ。正直、仙気をまともに扱えないお主じゃ、あまりにも力の差がある」

「じゃあどうするんだ?」

 ぼくが訊くと、日輪は言う。

「お主を殺すわけにはいかん。ワシはこのまま一週間逃げ切る」

「えっ? それでいいのか?」

「良くないじゃろ。しかし、打てる手がそれくらいしかないのも事実。もし、このままお主が闘えば、桃源郷送りになる。それだけは避けねばならんのじゃ」

「…………」

そう言われて、ぼくは黙り込む。

「これはワシの責任じゃ」

 日輪はわざと明るく言った。

「お主はようやった。修行を真面目にこなして仙気をますたーできそうだった。悪いのはワシの見通しや先見、そして油断が今回の件を招いたのじゃ。お主は悪くない」

「……そんなこと、言うなよ!」

 ぼくはカラスに近づいた。そしてこのとき、ぼくは決意した。

「日輪、今、どこにいるんだ! 今からそっち言って鬼を倒してやる!」

「……それは無茶じゃ」

「無茶でもやるしかないんだ! 三割勝てるんだろ? だったら賭けてみる価値が――」

「こころ、やめなさい!」

 振り向くと、ゆかりが必死な顔でぼくを見ていた。

「日輪も危ないって言ってたじゃない! わざわざ危険な目に遭って死ぬよりは――」

「でも、そうしたら日輪が殺されてしまうだろ!」

 ゆかりは「そうだけど!」と退かなかった。

「日輪は一週間は平気って言ったわ! だったらその分修行して強くなってから闘えばいいわ!」

「ぼくは嫌だ!」

「嫌だとか子供みたいなこと、言わないでよ!」

「ぼくはもう、誰かが死ぬのは嫌なんだ! 父さんや母さんが死んだときの気持ちをぼくは忘れたことはない! 人が死ぬのは、嫌ななんだ!」

「この――分からず屋!」

 ゆかりの右手がぼくの頬を打とうとする。ぼくは避けられたけど、避けなかった。

 パチンと音がリビングに響いた。

「――っ! この馬鹿!」

「馬鹿で結構だ。日輪、今どこにいる? そんなに離れていないよな?」

「本気、なんじゃな?」

 日輪が訊いているのは返事ではなく覚悟。

「ああ。本気も本気さ。時間がない、早く行こう」

「……分かった。では行くぞ。着いて参れ」

 日輪のカラスは割れた窓から外へ飛んでいった。

 ぼくは玄関に行こうとする。

 だけど、止められた。

 ゆかりが抱きついて、動きを止めた。

「ゆかり――」

「絶対に行かせないわ。行くんなら私を殺してから行きなさいよ!」

 ぎゅっと力を込められる。

 離れようと思えば離れられる。

 だけど――

「……ゆかり、離してくれ」

 力を使いたくなかった。

「どうしてなの? つい最近出会ったばかりの、人間でもない仙人に、どうして命賭けられるのよ!」

「……希望をもらえたからだ」

 ぼくはなるべく誤魔化さずに言う。

「もう一度、歩くことができた」

「…………」

「もう一度、走ることができる」

「…………」

「それにゆかりもゆめ姉も喜んでくれた」

「……それは」

「だから、ぼくは日輪に、その恩を返さないといけないんだ」

 ぼくのほうからも、ゆかりを抱きしめた。

「ぼくは絶対に死なない。死んでも死なない。約束するよ。今までぼくが約束を破ったことがあるかい?」

「……何度もあるじゃない」

 あ、そうだったっけ?

「えと、その、これは特別な約束だから、絶対守るよ!」

「信用できないわ。けど、分かった」

 ゆかりはぼくから離れた。

「約束破ったら、許さないから」

「分かっているよ。絶対守る」

 ゆかりは、辛いだろうけど、笑顔でぼくに言った。

「行ってらっしゃい、こころ」

 ぼくも笑顔で言った。

「行ってくるよ、ゆかり」

 ぼくは走るように玄関へ向かい、靴を履いて、外へ向かった。

 ゆかりが泣き声が聞こえた気がした。

 聞こえない、フリをした。

 でないと今までの決意が無駄になってしまう気がしたから。

「別れの挨拶は済んだかの?」

 上から声がしたから見ると、電線の上に乗るカラスが居た。

「全然済んでないけど、これ以上言うと、涙が出てくるからやめとくよ」

「そうか。それじゃあワシのところに案内するぞ」

 そう言うなり、ぼくの目線まで降下して、飛び始める日輪。

 ぼくはそれに着いていく。

「今の状況はどうなっている?」

「分からん。じゃが死んではおらんじゃろ」

「どうして分からないんだ? どうして死んでないって分かるんだ?」

「まず前者じゃが、この仙術は生物に意識を植え付けるのじゃ。その際ワシの本体と意識はつながっておらん。使命を果たせば憑依している生物、この場合からすは開放される」

「なるほど、仙術にも限界と限度があるんだな」

「いや、つながることもできるが、遠隔操作になって闘いに集中できぬのじゃよ」

「それも限界と限度だろ?」

 そう言うと日輪は「まあ、そうじゃのう」となぜか落ち込んでいる。

「それで、後者じゃが、本体が死ねば術は解ける。今こうして話していることが生存確認になるのじゃ」

「仙術は死ねば解ける……じゃあ契約と関係なく日輪が死ねば、ぼくの脚は動けなくなるのか?」

「それも分からん。死んで動けなくなるのか、契約に違反して動けなくなるのか、判然とせんな」

 なんだ、分からないことばかりだな。

「十六夜こころよ。仙気を無駄遣いするな。直前まで温存せい」

 ぼくは今、仙気を発散させて走っている。そのほうが息切れはしないことを本能で分かっていた。

「早いほうがいいだろ」

「仙気を消費しては勝てるものも勝てん。せめて吸収しながら走れ」

 難しいことを言う。発散しながら走るのはできるけど、吸収しながら走るのは今のぼくにはできないことだ。

「それが次の修行内容じゃ。動きながら吸収し発散できねば鬼には勝てん。肝に銘じておけ」

「分かったよ。それだったら目的地を教えてくれ。節約しながら走るから」

「目的地は隣町の桜ノ宮神社じゃ。その森の奥にワシはおる」

「あれ? つながっていないのに、場所は分かるのか?」

「ワシの意識を植え付けておるから、自分の仙気を探ることは可能じゃ」

「ご都合主義だな。だけど、桜ノ宮神社なら走れば五分で着く!」

 ぼくはスピードを上げて桜ノ宮神社へと向かう。

 途中ですれ違った人が不審そうに見つめていたが、気にしないことにした。

 まあカラスを追いかけている少年は注目を浴びやすいからな。

 だけど、桜ノ宮神社に近づくにつれて、人がどんどん居なくなる。

 元々、田舎だということもあるけど、何からか避けているような、逃げているような感覚。

「人払いの術でも使っておるのかの?」

「それは鬼か日輪か、どっちだ?」

「鬼じゃろうな。本体はそういうの気にしない仙人じゃから」

 まあそれでも人がいないのは助かった。

 できる限り、仙人だってバレたくないからな。

 結局ぼくは時間通り、五分で着いた。

「十六夜こころ、後は分かるじゃろ。仙術を解除する」

 すると、カラスから白い仙気が発散されて、元の黒いカラスへ変わった。いや戻ったと言うべきか?

 そのままカラスは遠くへ飛んでいった。

 桜ノ宮神社の逆方向へ。

「動物でも、本能的に恐怖を感じて、逃げたのかな……」

 まあ、そんなことはどうでもいい。

「さあ、行くぞ」

 ぼくは走って桜ノ宮神社の奥の森へ進んでいく。


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