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ろくろ

俺は土を触る。それは6歳の頃から12年間ダラダラと続けてきた習慣だ。

まだ日が昇りきらない内に目を覚まし、

下宿先の冷蔵庫から500mlのミネラルウォーターを取り出しゴクリと一口流し込む。

顔を洗って歯を磨き、ボサボサの髪はそのままに朝食のカロリーメイトを口に咥えて轆轤(ろくろ)の前に座る。

そこまでが一連の流れで、スポーツ選手のルーティーンに近いのかもしれない。

時折不測の事態でその流れが壊された日には、まぁこんな日もあるさと休日をでっちあげる。



築35年、栄えある木造建築物。我らが「ひいらぎ荘」の寒さは暖冬と叫ばれる今年ですらやはり厳しい。

故に陶芸用に借りている4畳の狭い部屋にも然りとダルマストーブが赤く炎を揺らしている。

室温こそそれなりに管理されているこの部屋でさえ、夏と冬ではどうにも勝手が違うらしい。

冷害は陶芸の天敵だ。冷え固まった粘土は器を形成するにあたって扱いづらい素材であるからだ。


「さぁて…本日のご機嫌はいかがですかぁ・・・ねっっと」

ずぶぶと土に指を滑らせ、慣れた手つきで土をこね始める。

ひんやりとしたこの季節の粘土は固く容赦なく手の熱を奪い、指々の関節を軋ませていく。

今日の土はご機嫌ななめかなと思う。案外それは自分の体調のせいかもしれないが、近頃ようやくそういった細かな日々の変化に気づくことができるようになってきた。

触れる直前まで土くれでしか無かったものを、僕は時間と手間を引き換えに器という意味を持った物へと成形していく。

丸めて押しつけ、折りたたんでは伸ばし、轆轤(ろくろ)を回転させ均一な太さへ、ひたすら自分の理想とするイメージに近づける作業。そして1%の偶然が出来上がる器にスパイスを利かせる。

例えばそれは客観的には失敗と呼べる歪なダメージであっても芸術というくくりの中では整合性だけが美ではなく、また不整合なだけでは面白いと評価されることも無い。

「ふぅ…まぁまぁってとこかな。ま、焼いてみなけりゃ分からないってね。」

底をタコ糸でぐるりと一周させ轆轤と器を切り離したら、出来上がったそれを乾燥棚に置いて一息つく。


慶長(けいちょう)の頃より続く「六々(ろくろくろ)」という、さも私は陶芸家ですよと主張するような冗談めいた屋号がある。

その名の下で彼の父も祖父も曾祖父も日々を過ごしてきた。

時間を唯々作品に変える日々に終わりはなく、

さしずめ轆轤の上で回り生み出されていく器のような人生だった。

もちろんそのような生き方を悪く言うつもりはない。好んでそのループに身を投じる人だっている。

事は単純に彼がそうではなかったというだけだ。

自分も先祖達のように冷たい轆轤の上に乗った歪な器なのかもしれない。そう考える程度の自我を得た頃、彼は実家を飛び出す事にした。


彼、土田ツチダ ツトムはいい加減耳にタコができると思っていた。

「どうしてこんなところに?」

ここへ来て2年。

同じ台詞を何度言われたか分からないとはいえ、客観的に考えればそう言われるのも無理はないのだ。

その道の人間なら誰もが知る名門美術高校から、片田舎の造形大学付属高校への転入。

つとむの背後ではいやがおうにも人間国宝の祖父という存在が揺らめいているらしい。

六々六を知るものであれば、そういった疑問をついつい口に出してしまうだろうと想像できる。

まぁその想像力はたいていの場合、彼がそういった問いに答える事に辟易としているだろうという事までは及ばないわけだが・・・。


実家を出ても結局器作りという習慣から抜け出せないでいるのは、体に流れる血のせいなのか、体一つで別の世界へ飛び出すことが出来ない未熟故の弱さなのか…。

ぼんやりとそんな自分の矮小さを悲観するように、風に打たれてガタガタと揺れ軋む窓を見つめていると

「まーた考え事してる。」

いきなり背後から声がした。

だるそうに顔を上げるとみすずが真上からまっすぐに俺を見ていた。

何の穢れもない茶色く澄んだ目をしている。

彼女の長い髪がいまにも僕の鼻にかかりそうだった。

「近けぇ…」

「ふふ~ん?君君ぃドキっとしたかね?」

彼女は小悪魔的にニヤっと笑った。こいつの登場は心臓に良くない。女として男ととるべき正しい距離感というものがどうも分かっていないように思う。

柊みすず。端的に説明するなら、この寮「ひいらぎ荘」を経営するコトミさんの一人娘である。

凡百の少女なら兎も角、自覚しているのか居ないのか彼女は中々美しかった。

惜しむらくはその乳房の貧弱さだが、気にすることは無い。今時はその方が喜ぶ手合いもいるだろう。

隠す気が無いので言っておくと、俺もそんな手合いだ。

透き通るような白い肌は生来色素が薄いのだろうと窺わせた。

薄茶めいた髪は肩にかかるくらいまっすぐ伸びそのしなやかさはまるで猫の毛のようで、

外からの風を受けてふわりと波を打つ。

深窓の令嬢のような風貌の割に気が強く、活発で人当たりの良い性格をしているせいか、何だかんだで今ではすっかり打ち解けてしまった。

俺自身はパーソナルエリアに土足で侵入する彼女のようなタイプを苦手としていた筈だが、

2年という月日はそんな線引きすら曖昧にしてくれるらしい。

「何アンタジロジロみてんのよ。ほら、そろそろ学校だよ?作務衣(さむえ)もいいけど、着替えたら?」

そう言われて初めて壁の時計に目を移す。時刻は8時10分。

ウチの学校の規則ではあと10分で校門が閉まる。そうなるともう登校から入室まで遅刻に対する説教も込みで、非常に面倒な手続きをしなければならなくなるのだ。

学校が近いとはいえ何の準備もしていない状況は正直まずい。


「やっちまったなぁ…支度すっか。みすずは先行っててもいいぞ?」

「あのねぇ、アンタが遅刻すっと私が面倒なの。アンタに直接注意できないもんだから竹中の矛先が私に向くってのいい加減理解してほしいもんだわ。」

「あーね。」

それはスマンなと、マイペースに着替える。ひいらぎ荘は家族経営で、みずずも学生の身ではあるがこの

気立てが良い事もあって何かと経営に口を挟めるらしい。そんな事もあってか、みすずは寮に関係する生徒の管理責任のようなものを時折求められてしまう悲しい立ち場なのである。

「私は外でまってる。あんまし女をまたせるなよ少年?」

「え?お前そんなキャラでいくの?お姉さんするには色気とバストがたり・・・ぉふっ!!」

「死ね!!」

・・・・グーで殴られた。

土の扱いは兎も角女の扱いは中々難しい。

ただ、日本広しと言えど中指立てて殴ってくる女はあいつくらいな気もする。

やれやれ、みぞおちの鈍痛で動けねぇ・・・遅刻しちゃうかも。

行ってきますと一声かけて、返事を期待せずに玄関のドアをあける。

下宿を出るのはいつだって俺が最後だ。

2月の冷たい空気に包まれて、あぁ…外ってこんな感じだったなと一日の始まりを実感する。

ふと、門に目をむけると、いつまで待たせるつもり?と言いたげな表情の美鈴が仁王立ちで待っていた。

「はは・・・いやぁ、怒って出て行ったからてっきり先に行ってるものとばかり・・・・」

「そうね。でも私、責任感とかは人一倍だから。」

言うが早いか彼女はプイとそっぽを向いて歩きはじめた。

胸の事結構気にしてんだなぁ。

…言ってくれりゃ俺のろくろさばきで大きくしてやるのに。

なんて言ったら流石に殺される。間違いなく。

少年は恐ろしい想像に腹部の痛みを思い出しながらのろのろとみすずの後ろをあるくのだった。


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