印中の神槍弓
黒騎士に続いて
左肩は上がらない。
鎖骨から左側がきれいに抉れている。
流血はない。
はなから血液など流れていなかったように。
若しくは流血するということを忘れてしまったかのように。
残った右手で得物を構えた。
大きな隙を見せた敵に体勢を整えさせるという愚行。
成る程まさしく『王』に相応しい。
その余裕、度量足るや、かつての義弟すら及ぶまい。
半身を失ってなおこの力。
まるであの頃の舞踊神を彷彿とさせるような。
「なかなかどうして面白い」
『王』の口が開く。
「貴公の槍、その生き様、かの神話に語られるだけのことはあると認めよう。だが、その槍は重さが足らん。勝利への執着が宿っておらん。そのような伽藍の槍で余をほふらんとするなど笑止。所詮はこの世に縛られた亡霊の未練か」
「は、言ってくれるな。確かにそれも、あながち間違ってはおらんよ」
穂先を微かに上下させる。
「ただ、ひとつだけ異議を唱えよう。勝利への執着?馬鹿馬鹿しい。そんなものに執着するくらいならば、今この場に私はいないさ」
「……」
『王』の瞳から光が消える。
「つまるところ、私は私としてここにいるんだ。それ以上でも以下でもない。お分かりか『王』よ」
皮肉めいた言葉は『王』に何を思わせたのか。
「解せぬ……貴公、それでも一線を隔する英雄か?」
「何を言う。英雄の称号などという大それたモノは我が義弟にこそ相応しい」
「太陽神の息子にだと?アレは既に一種の神。比べること自体が間違いだ」
「だから何度も言っているだろう。そういった者が冠する称号が英雄だと」
徐々に立ち上る殺気。
が、それは突然の闖入者によって掻き乱された。
「印度の王子よ、僕もその意見に賛同しよう。」
青年は『王』と『王子』を引き剥がすように間に割って入っていた。
長い髪を布で留めた姿が特徴の弓使い。
彼を一瞥し、『王』は笑う。
汝すらもその生涯を誇らぬのかと。
「生涯などというモノを選ぶ権利すらなかった。あなたが言う生涯が人の選び出した生涯だというならば、どうして僕らはそれを誇ることができよう?」
「……」
『王』は完全に殺気の塊と化し、半壊した城壁を顕現させる。
それが嫌でもあの映像を思い出させる。
あの黒騎士の最後の戦い。
子供たちの想いを抱き戦い抜いた、あの姿。
あれこそが英雄の姿だと。
誰もが思い描く英雄の姿だと。
そんな風になれるだろうか。
こんな自分達が、英雄の台座に届くだろうか。
「さて、二対一だ。少々分が悪いのでは?」
「ほざけ」
苦々しげに『王』が言う。
「貴様らの手の内なぞ、たかが知れているわ。余を謀るなよ堕陽弓兵」
「……便利ですね、その左目」
「ほう……気付いたか」
髪に隠れた左目。
「無限の識眼……総てを見抜く眼よ」
「どうりで僕らの攻撃が届かないわけだ。ですが、完全ではない。黒騎士に一泡ふかせられましたからねぇ?」
「黙れ塵芥!その口、二度と開けぬようにしてやるわ!」
『王』の右手に金の鎚。
黒騎士により誓勝宣告を失った今、『王』が誇る北欧最高の武具。
「目障りだ。失せろ道化」
降り下ろされた審判の一撃。
輝く光の奔流が放たれんとする。
「雷光の館・破界の鉄鎚ッ!」
轟く雷鳴、叫ぶ時空、吠える大地、啼く夜天。
地が割れ、天が堕ちた。
しかし其処にも綻びはある。
神と英雄。
強さを問われれば、前者と答えよう。
不滅を問われれば、前者と答えよう。
信頼を問われれば―――――後者と答えよう。
「王子よ、貴方の槍を壊してもいいかい?」
「青年よ、貴方の弓を壊してもいいだろうか?」
一人では勝てなかった。
きっと、二人でも勝てなかった。
では、二人で一人なら……?
彼らはその可能性に懸けたのだ。
神槍を矢に。
陽弓を弓に。
伝説の弓と神話の槍。
神軍第一勇士トルの一撃は必殺であるが故に最強。
「僕らは終焉の一撃を以て――――」
「我らが最強を証明しよう――――!」
青年が弓を持ち、王子が槍を引く。
己の総てを注ぎ込んだ二つの武具。
「八神よ、唄に舞れ」
「射堕九陽」
共に自らの想いを重ね、解き放ち。
「『穿天神弓―――――」
「主神の唄―――――」
眼前の神を穿つ。
「「震陽塹射―――――ッ!!!』」」