口実だから
カタカタと、何かが動くような音がそこかしこでするような気がした。
「……あれ? 確か白いお化けみたいなものがこう、ふわって……そういえばクルスは?」
アリスは周りを見渡すけれど、その姿は何処にも見えない。
周りには黒々とした闇が広がるのみ。
なのに、そこかしこできしむような音が聞こえた。
それはアリスが歩くたびに、まるで待ち望んだかのようにカタカタと音を零すのだ。
その音が……段々と幾つも重なって、大きな音になって、それが軽快なリズムを刻んでいるような気持ちになって……アリスは楽しくなってくる。
今にも踊りだしてしまいそうな気持ちになって、やがて暗闇の中に、アリスの背の高さくらいの奇妙な像が現れる。
金色の何本ものパイプには複雑な模様が刻まれて、花やら葉っぱやらのモチーフが幾つも飾り付けられている。
その像には、アリスの頭の辺りに青くて大きな石を頂いている。
それが、ふとアリスは懐かしくなって手を触れようとして……そこで、猫の鳴き声に気づいた。
「にゃあにゃあ」
「わぁ、銀色の毛並みの可愛い猫ちゃんだ。青い瞳の……あれ、金色?」
猫は、アリスの傍までやって来て見上げる。
銀に青、でも金……この色はなんだか好きだなと思う。
なのでアリスがしゃがんでその猫を抱き上げると、嬉しそうに猫はアリスの頬を舐めた。
そこで、暗闇の世界が、音を立ててガラスのように砕ける。
アリスが覚えているのはそこまでだった。
目を開くと、心配そうなクルスとフラットの顔が見えた。
「よかった、アリスちゃん全然目が覚めないから……」
「猫」
「え?」
「猫ちゃんが、銀色の毛並みで、青い瞳……あれ、金色の瞳の猫ちゃんが、私の頬をペロって」
フラットがにまにましながら、クルスを見た。それにクルスは気づかないふりをして、
「アリス、特におかしな所はないな?」
「う、うん。あれ……私、確か白いお化けが……」
「それにアリスが攫われて、その親玉の所に連れて行ったから……倒して連れ戻した」
「! ごめんなさい、私……」
「いや、この遺跡にあんな魔物がいるなんて知らなかった。だから仕方がない。どの道倒したから、奴の張っていた罠も全部崩れて、今頃は新しい階層が発見されたと大騒ぎになっている頃だろう」
「そう、なんだ」
「だから早く依頼を終わらせよう。……訳ありなんだろう?」
「う、うん」
一応、貴族の姫である事は内緒にしている関係上、アリスはあまり目立つま所にはいたくはない。
そして新しい階層が見つかるとなれば、人も殺到するし、有名な冒険者も来る事だろう。
アリスのいる国の城からも派遣される兵士やら何やらがいるかもしれない。
バレる。
確実にアリスがこんな所でこんな事をやっていると、バレる。
そんな冷や汗をたらして顔を蒼白にさせるアリスを見て、クルスはアリスの手を取って、
「行こう」
手を繋ぎ歩き出した。
その温かさに、アリスはクルスに迷惑をかけたとかそんな後ろめたい気持ちよりも、妙に胸の鼓動が高鳴ってどうすれば良いのか分らなくなる。
そもそもアリスは先ほど、助けてくれたお礼に、確かこう、クルスと口と口のキスを……ファーストキスを……思い出して、アリスは雄叫びを上げて走り出した。
アリス、とクルスが呼んで追いかけてくるが、今は少し離れて欲しかった。
そんな二人を見て、フラットは何かに気づいたらしく、一人でうんうん頷きながら、自分が置いていかれたことに気づいて彼もまた慌てて走り出したのだった。
アリスの唐突に目の前が開けた。
光の差し込む場所で、一面に薄い水色の花が広がっている。
けれどアリスは、それよりもその花の中に立っている像に目を奪われていた。
「クルス、あの像は一体何なの?」
「あれは、この遺跡の動力源らしい。もともと、それによってこの遺跡のほとんどは閉じた状態になったらしい」
クルスの説明するそれに、アリスは近づいていって、その石に触れた。
……何も起らなかった。
そんなアリスにクルスは嘆息をして、
「……アリス、そう簡単にそれは動かせないから、早く花を摘んで帰ろう。それとも、今夜一晩俺の部屋に泊まるか?」
「! ……わ、分った」
焦ったようにアリスは花を摘んで、そしてそのうちの一本を見つめ、悪戯心がわいてくる。なのでアリスはクルスへと差し出して、クルスの胸ポケットにさした。
「可愛いかも」
「……アリス、こういうのは、アリスが髪に飾るものだぞ」
「私なんかにそんな女の子らしいもの、似合わないから」
そんな笑い出すアリスに、クルスは黙って一本すぐ傍に生えていた大きな花を手折り、アリスの髪にさした。
それを見て、アリスが少し顔を赤くして、
「……私にはきっと似合わないよ」
「可愛いよ。似合ってる」
そう、アリスはクルスに微笑まれた。
その笑顔と、言われた言葉の意味にアリスは更に顔を赤くする。
赤くして……何か言おうとして、言えなくて、どうすれば良いか分らなくて……。
そんなクルスも何処か頬を赤くしているように見える。
それがとてもアリスには可愛く見えて……。
「そろそろ僕を無視するのは止めてくれないかな」
そう、雰囲気をぶち壊すようにフラットがむすっとしたように現れたのだった。
それから、三人は何処か気まずいまま元の酒場近くに来て、
「ま、またね、クルス、フラット」
「ああ、また」
「またねー、アリスちゃん。今度はお友達も連れてきなよ、ぜひ女の子を!」
「フラット!」
「クルス、良いじゃん」
「馬鹿、アリスの事だから本当に連れてくるぞ!」
「……」
「……」
「分った、連れてくるね。じゃあねー」
そう黙ってしまう二人に、ちょっとむっとしながらアリスが告げて走り出す。
この町とアリスのいる都市を結ぶ古代の魔法陣が閉まってしまう。
そうなってしまったら無断外泊で、クルスの家にお泊りという……。
一応、アリスだってお年頃なのでそれは避けたいような、でも行ってみたいよな……けれどバレる危険性までおかしたくなかった。
だから日帰りで行けて危険のない場所の、それこそ冒険ごっこしか出来ない。
それを考えると今回は危なかった気がする。
そしてクルスに頼りっぱなしで、それが情けなくて……なのに、クルスに守ってもらえるのはアリスには嬉しいというか何処か胸が高鳴るというか……。
クルス達に会う口実ならば、頼るしか今の所アリスにはない。
だから、仕方がない。
そう思って、走り出すアリス。
まだアリスの気づいていない小さな恋の芽は、春の訪れを感じ取ったようにゆっくりと地面から芽吹こうとしていたのだった。