えもの
陽炎のようにゆらゆらと揺れながら、その二つは子供のような笑い声を零していた。
その声は、耳を塞ぎたくなるほどに不気味で……アリスは、速攻で呪文を唱えて、その魔物二人にぶつけた。
光の属性を持つ光が、かの二つの白い物体を貫く。
けれど、それは確かにその二人の魔物に穴を開けるも、すぐにそれは二つとも像を結んだ。
それを見ていたクルスが舌打ちした。
「……初めから、腹の中か」
「どういうこと! 全然あれ、闇の魔力の塊なはずなのに……」
「この空間自体が、その強い魔物の支配下で、多分この二匹は案内役だ。だから倒しても吹き飛ばしてもここに現れる」
「案内役? ……ひゃあ!」
「アリス!」
アリスは突然、体が宙に浮いてしまうと同時に、頭に鈍い衝撃を感じ、意識を失う。
アリスの名をクルスは叫びすぐに攻撃しようとするも、アリスを盾にするようにその捕まえている魔物は動き手を出せない。
否、それがアリスでなかったなら自信を持って攻撃できるのだが、アリスという気になっている女性が捕らえられている、それだけでクルスはいつも以上に手を出せなくなっていた。
ふわりと去っていくその影を追いかけて、クルスは走る。
暗い、石で作られた廊下を駆けて、その間罠らしいものは見当たらず、自身が誘われているのだとクルスは気づいた。
やがて、遠くに薄明かりが見える。
広い場所があるようだった。
そこでクルスは少しずつ速度を落として、早歩き程度の速度で前方を警戒しながら歩いていく。
現れたのは広場のような場所で、そこには白く大きな女のような魔物がいた。
そして彼女の前には、アリスが供物のように横たえられている。
「アリス!」
駆け出すクルスを阻むように、白く小さな魔物が幾つも現れて、それらはくすくすと笑いながらクルスに近づくと一斉に牙をむき出しにして襲いかかった。
けれどそれをクルスは一瞥しただけで、風船のように破裂して粉々になってしまう。
「あなたは、なに、ですか?」
全ての白い小さな魔物が消えうせて、その白くて大きな女の魔物は首をかしげた。
けれど、それにクルスは答えず、黙ってアリスの方に近づいていく。
そんなクルスの様子が気に喰わなかったのだろう。
その女の魔物はアリスを掴みあげて、クルスを見下ろした。
見下ろして、くすくすと先ほどの小さな魔物達と同じように笑いながら、
「あなたは、なに?」
「……アリスを返せ」
「だめ。こたえてくれないから。だから、あなたもたべる」
そこで、その白い女の魔物は大きな手をクルスに向けて、その手が二つに割れて牙をクルスは向ける。
それをクルスは、嘆息しながら剣を横に薙ぐ。それだけで、その魔物の手は魔物から切り離されて地面にぽとりと落ち、黒い煙のような闇の魔力を振りまいて大気に消えていく。
無くなったその手を見て、女の魔物はもう一度クルスを見て、
「おとこ、おいしい。でも、ふれられない、はず。でも、ふれた。だから、おんな、まずい、たべる……たべる?」
その魔物が呟く頃には、もう片方の手をクルスは切り落としていた。
その腕にはアリスが抱かれている。
「……力を求めすぎて、知能の発達がおろそかになったか。振り分ける場所を間違えたな」
「あぐ。たべる。いままでとおなじ。でも、ちがう。なに」
「……この娘は、俺の“獲物”だ。お前達に食べさせるつもりもない。……触れるのも、許さない」
「えもの、えもの。えもの、たべる」
「消えろ」
クルスは、アリスを抱きかかえたまま、白い魔物の頭の上まで飛び上がり、その白い魔物に剣に力を振り下ろす。
その間僅かにクルスの青い瞳が金に輝くも、それは一瞬の事で、見る者はここには誰もいなかった。
そしていとも容易に倒されてしまったその白い魔物だが、消えた後には、白い人間の骨が積み重なって転がっている。
中には強い力の残渣が残る骨も感じられたが、そんな彼らもこの白い魔物に食われたのだろう。
この白い魔物は弱くなかった。
むしろこんな遺跡にいるようなものではなく、もっと恐ろしい魔物であったはずだった。
だから……クルスは、長引かせる事なく力を使い、滅ぼした。
そんなクルスの腕の中では、アリスが瞼を閉じて、幼げな顔をクルスに曝している。
さらさらとした黒髪がクルスの腕に零れ落ちて、その唇は淡い桜色で……。
力を使った反動の闘争心と、獲物を喰らおうとする獣のような欲望がクルスの中を駆け巡っている。
そして今、とても美味しそうな獲物が、クルスの腕の中でその体を曝していた。
「……」
クルスは耐える事が出来ずにアリスに唇を重ねた。
軽くアリスの唇を吸えば、甘い香りのする魔力が溢れてで、とても美味しい。
同時に思いの他アリスに大きな魔力が眠っている事に気づいて、クルスは驚きを覚える。
そのせいか、先ほど力を使うために生じた闘争心が、今回は少しであったとはいえ、クルスの中で消えうせる。
頭がすうっと冷えて、それと同時に羞恥心がこみ上げてきて、顔を赤くして暫く棒立ちになってしまうクルス。
そこで、天井の一角が崩れて日の光が零れ落ちるとともに、声がした。
「おーい、クルス、大丈夫か?」
フラットの気楽そうな声だ。
おそらくは地下を歩いているクルス達の気配を上の階から追っていたのだろう。
このまま宙を飛んでしまってもいいのだが、まだまだクルス達は実力をあまり見せない方が良い、お忍びの立場だ。なので、
「ロープを下ろしてくれ。まずアリスを引っ張りあげて欲しい」
「え? アリスちゃん、気絶したの?」
「そうだ」
「どうする? そのまま襲っちゃう?」
「……馬鹿な事を言っていないで早くロープを寄こせ」
「真面目だねー。と言いつつ、そういう所も気に入っていたりしますので……ていやぁ!」
そう、フラットが面白そうに答えて、ロープを放り投げたのだった。