敵との遭遇
地面が唐突に穴を開けて……否、アリス達を飲み込むように口を大きく開いたようだった。
「あわわわわ……えっと、浮遊の魔法は……ひぃ!」
浮遊というよりは下から風を吹かせて操る魔法をアリスは発動させようとする。
けれど呪文を唱えている前に、その石の地面が、アリスの足に噛み付くようにその地面があたかも意志があるかのようにまき付いた。
「アリス!」
そうクルスがアリスの名を呼んで、剣でその石を壊す。
そして、アリスの手を掴みその場から離れようとした。
けれど、今度はその石の地面が砂になり水面のように揺らめいて、続いて津波のようにアリス達に押し寄せて襲ってくる。
とっさにクルスはアリスを抱きしめて、防御の小さな結界を張る。
耳を塞ぎたくなるような轟音がして、そのままクルスとアリスはその地面に飲み込まれてしまったのだった。
その地面はアリス達を飲み込んだ後も、小さく揺らめいていたが、すぐに初めからそんなものはなかったとでも言うかのように、先ほどのような古びた石の床へと変化した。
その様子を観察してから後に取り残されたフラットは、
「んー、クルスがいるから大丈夫だな。でも……一応、お手伝いできるように、そこら辺をうろうろしていますか。なんていったって、アリスの傍にいるのは“クルス様”だしね」
そう、アリスに見せた事が無いような、何処か知的な表情で笑ったのだった。
アリスは、怖くなってぎゅっとクルスの服を掴んでいた。
それはその轟音が聞こえなくなっても暫くそうだった。
そんなクルスは、抱きついてくるアリスのその様子に、頼られているような気持ちになって少しだけ良い気分だった。
けれどそれをいつまでも堪能しているわけにもいかなかったので、魔法で明かりを五つほど作り、周囲に浮かべる。
周りに敵がいないのを確認してから、クルスは引っ付いているアリスの肩を軽く叩いて、
「アリス、もう大丈夫だ」
「え? あ……その、ごめんなさい」
アリスは慌ててクルスから離れた。
怖がってすがるようにクルスに抱きついてしまって、自分からこんな所に来ていて、しかも自分の身も守れずにクルスに頼ってしまった。
それが悔しいはずなのに、クルスに抱きついていた僅かな時間がもう少しそのままでいられたら良かったのにとアリスは思ってしまい、そんな自分に愕然とした。
これはクルスへの甘えだと、アリスはもっとしっかりとしないと、と思う。
そんなアリスを見ながら、クルスは少しだけ出来心で、
「せっかく助けたんだし、キスの一つくらいいいだろう?」
「き、キス?」
「そうそう。助けた女の子は、助けてもらった男の子にキスをするものなんだ」
「そ、そうなんだ」
自分の世間知らずさに、アリスは顔を赤くした。
一方、クルスはやましい事はしていないのだと、この程度はたいした事はないと、どきどきしながらもそんな動揺をおくびにも出さずにアリスにいつも通りの表情で言う。
そしてアリスは、クルスだからいいやと思って、クルスの顔を両手で掴んで唇を重ねた。
「!」
驚いたのはクルスだった。
唇と唇でされるとは思ってもいなかったから。
そのまま触れるだけのキスを終わらせて、アリスがクルスが顔を赤くしてる、可愛いと思いながら、
「これで、いいのかな……」
「えっと、額とか頬で良かったんだけれど……」
「……あう、え……そ、ええ……」
「えっと、でも、俺は気にしていないし、アリスも気にしなくていいから」
「あ、ああ、うん。そう、だね……」
乾いたように笑いながら、クルスの言い草にアリスはなによそれと思う。
確かに女性的な魅力はアリスにはあまり無いかもしれない。
胸はそこそこ大きいから、これで悩殺は出来るのではないだろうかと寝ぼけた時には考えたものだが、流石にそれだけで釣られるような男はアリスは嫌だ。
でも、もしもそれがクルスだったら?。
そこまで考えて、何を考えているのだろうと自分でショックを受けていた。
そんなアリスと同時に、クルスも悩んでいた。
正直、思いもよらずアリスとキスが出来て、よっしゃー、とか、しかも好きな子をかばっていい所見せたし、よっしゃー、と思っていたのだが……でもそういった誤解をさせる発言をして、アリスはどうなんだろうとすぐに考えてしまった。
だから嫌われるよりも前に、予防線をはるようにそう言ってしまったのだ。
けれど、その途端アリスの機嫌が少し悪くなって、高揚感がみるみるしぼんだ。
そんないたたまれない空気の中、声が聞こえたのはそんな時だった。
きゃっきゃっきゃと子供の笑い声のが聞こえて、クルスとアリスは顔を見合わせて歩いていく。
アリス達が現在歩いている、遺跡の通路である暗い空間には、所々に白骨化した遺体が転がっている。
それを見て、アリスは小さく悲鳴を上げながらもクルスに寄り添うように付いて行く。そんなアリスにクルスは、
「アリス、こういった遺跡では良くあるものだ。もっと酷いものも」
「そう、なんだ……」
「だから、あまり危険な事はしない方がいいと思う。俺は、アリスにこんな風になって欲しくない」
「うん……分った。でも、この遺跡、あんな罠があったんだ」
「いや、調べた範囲では無い。けれど、そういった怪談は聞いたことがある。人が、地面に飲み込まれた、と」
「じゃあ上にはどうやって戻ればいいの?」
「飲み込まれる時に、魔物の魔力を感じたから、どこかに潜んでいるだろう。それを叩けば罠が自動的に解除されるだろうから、そこから這い上がれば良い」
「私たちが落とされた罠、その罠をこじ開けるわけには? ほら、私の魔法で全部使えば……」
「遺跡にその攻撃でどの程度損傷を与えるか分らないから止めた方が良い。最悪事態はそれでも良いが……遺跡に役割があるならばそれを壊さない方が良いだろう。それに、上にまでその強力な魔物が行くのは避けたい」
「……そんなに強いの?」
「ああ」
「だったら、私達も危険なんじゃ……」
「俺がいるから大丈夫だ。それに、アリスは俺が守るし」
「う、あ、うん。そう……」
守るといわれたアリスは、少し戸惑ってしまった。
今まで異性に守るなんて言われた事が無かったからなのだが、それがクルスに言われると少し悔しい。
もう少し、クルスに信頼されるような存在になりたいと思ってしまう。
守られるだけでなくて、手助けできるようなそんな存在に。
でもきっとアリスが弱いから仕方が無いのだ。経験も少ないし。
そんな風にアリスが葛藤している間、クルスはクルスで、臭くて恥ずかしい事を言ってしまった気がして心の中で悩んでいた。
そんな二人は、その後は暫く無言で歩いていた。
そして聞こえてくる子供の声は大きくなっていき、それが子供の声とは似ても似つかない不気味なものだとアリスは気づいた。
やがて、二人の前に白く輝く透明な魔物が二つ、笑い声のようなものを零しながら現れたのだった。