酒場にて、彼は悩む
昼間なので、酒場には人が少なかった。
ちらほら居る人たちは、赤ら顔の男が多いが中には女も混じっている。
彼らは全員、何らかの武器を手にし、体も防具で身を固めていた。
そんな物騒な彼らが何故この酒場に集まっているのかといえば、酒場兼遺跡の(宝探しの)冒険者達が集まる場所であったからだった。
そんな酒場の一角に、クルス・ハーフアンバーは剣を携えてココアを飲んでいた。
酒を飲まないのは、なんとなーく、今日はアリスが来るような気がしたからだ。
そんなクルスは銀色の長髪を一つに束ね、切れ長の深い青い瞳をした、先ほどからも女の冒険者がちらちらと様子見する程度に美形だった。
そんなクルスは、そこで深々と嘆息した。
「……もう少し大人しければ、理想なんだけれどな」
そう嘆息するクルスに、目の前に座っている友のフラット・リライトが思わせぶりにニヤニヤ笑いながら、
「あの元気の良いお姫様が、クルスは好きなのか?」
「まだ気になっているだけだ」
そう、あくまでも好きだとかそういうわけではないのだと答えるクルス。
それがまるで自分に言い訳をしているように見えて、更に性格の悪い友人のフラットは笑みを深くして、
「気になっているのかー。でもお転婆なのが大変そうだ。それに美少女だし」
「……狙っているのか?」
「綺麗な子は口説くのが趣味なんです。そしてそのうち、男の夢、ハーレムを……」
けれど夢見るように語るフラットは、そこまでしか言えなかった。
「でもフラットって、彼女とか奥さんが現れたら尻に敷かれそうだよね」
クルスの予想通り、アリスが現れた。
黒く長い黒髪を三つ編みにして、大きなリボンをつけている。
魔法使いらしい杖やらなにやらに、青い色のローブ。着ている服は、上は一般的なもので、下は短めのズボンで白く長い足は黒いニーソに包まれ、その繊細な足を魔法のかかった茶色い皮製のブーツで覆われている。
ちなみに黒のニーソを履くようにと言ったのは実はクルスだったりするのだが、それは良いとして。
そんなアリスの言葉にフラットが酷く悲しげな声で、
「……アリスちゃん。そういう現実にありそうな事言わないでくれ。父親を思い出す」
「んー、強く生きるんだ」
「ありがとう、アリスちゃん。所で今日も君を口説いていいかな」
「気持ちが悪いから止めて。物語で読むなら平気でなんか良いなって思うんだけれど、現実に言われると寒気がするし」
「……水も滴る良い男に口説かれてそんな反応なの?」
そう、なにやら髪をかき上げてポーズをとるフラット。
周りにはきらきらとした光の幻覚が見える気がするが、いい加減アリスは慣れてしまったし、この酒場にいる常連さん達もそうなのだろう、誰も気にしない。
そんな酒場の中でひとりぽつんと立っているその静かな空気にフラットは耐え切れなくなったのか、その仕草をやめる。代わりに、
「……水も滴る良い男に口説かれてそんな反応なの?」
と、もう一回ちょっと泣きが入ったようにアリスの手を取って問いかける。
ちなみにフラットは戦闘能力の高い儚げな吟遊詩人で、金髪に緑色の瞳の、吟遊詩人のイメージそのままの美形だった。
そんなフラットをアリスはじっと見て、
「でも、クルスの方が格好良いし」
「ごふっ」
突然話を振られたクルスが、ココアを変な場所に飲み込んでむせた。
そんなクルスを半眼で見たフラットはすぐにアリスに目を移して、
「きっと僕の方がアリスちゃんを幸せにするから、僕にしない?」
「何の話?」
フラットの口説きに、真顔で問いかけるアリスに、フラットは髪をかき上げながらふっと微笑んで、
「……ごめん。アリスちゃんがお子様だって忘れていたよ、僕とした事が。……というわけで、アリスちゃんはクルスにあげるわ」
そうクルスにフラットはアリスを押し付けて、遠めでクルス達を見ている女冒険者を口説きに行ってしまった。そんなフラットを見て、アリスは嘆息してから、
「まったく、フラットは私の事お子様だって! 酷いと思わない? クルス」
「……口説かれていると誤解される言動は、止めた方がいい」
「? 意味が分らないわ。だってクルスの方が格好良いと私は思うし」
「……そういう所がお子様だって言うんだ」
「そんな事無いもん。大体私は十分大人よ」
「……ここに来た時、何やったか覚えているか?」
アリスは黙った。黙って少し目をさまよわせながら、すぐにぱんと手を叩いて、
「クルスに会えたから良いや」
「……勘弁してくれないかな、本当に」
切実にクルスは嘆いた。
どう考えても好意を持たれているのに、それがアリスにはまだ恋愛感情だと分らないのだ。お子様で。
一応、クルスだって健全な男子である。
こんなアリスみたいな可愛い子に、そういった欲望を覚えないといえば嘘になるし、この子は正直言ってクルス好みの子なのだ。
だから手助けしたし、こうやって保護するふりをして一緒に遺跡に潜り宝探しをしている。
フラットに先ほど指摘されて嘘をついたが、クルスはこのアリスという少女に下心がありありなのだ。
なのに彼女は、とても良くクルスに懐いている。
けれどそれは、恋愛感情とは違う、お友達のような好感度なのだ。
そこまで考えて、クルスは酷い話だと嘆息してココアを飲む。と、
「クルス、何でお酒を今日は飲んでいないの?」
「アリスが来そうな気がしたから、これにしておいたんだ」
「そっかー。ふふ。でもお酒かぁ。……私が大人だって言っているのにここの酒場の主人は、はいはいって言ってオレンジジュースを持ってくるのよね」
そう頬を膨らますアリスに、ふとクルスは気になって聞いてみる。
「そういえば、アリスはお酒がどれくらい飲めるんだ?」
「以前飲んだ時は、両親に頼むから二度と飲まないでくれって言われた。だから今は、お酒は調味料ね」
そう肩をすくめるアリスに、クルスは絶対に飲まさないようにしようと決意する。
そこでフラットがアリス達の所へ戻ってきた。
そしてアリスの肩を両手で掴んで、フラットは酷く悲しそうに、
「アリスちゃんは、僕の占い信じてくれるよね?」
「……前に、『占いが当るなら、僕は大金持ちでハーレムだ!』って言ってなかった? 自分で」
「……いや、言っていたけどさ。占い結果を言ったら、彼女怒っちゃって」
「何を言ったの?」
「彼氏が二股かけているから、僕と付き合いませんかって」
「うん、フラットが悪い」
「どうして! 二股かけているのに!」
「……占いは当らないんじゃないの?」
「だってこの前、彼女の彼氏が、別の可愛い女の子と腕を組んで歩いていたのを見たもん!」
そこで、フラットの後ろから声がした。
「……今の話聞かせてもらいましょうか」
振り返ると、凄みのある笑顔の、先ほどフラットが口説いていた女性が立っていた。
そして逃げ出そうとするフラットを捕まえて、何処かへと連れて行く。
それを手を振りながら見送ったアリスは、
「フラット、いつごろ帰ってくるかしら」
「さあ。ただ、戻ってくる時間によっては今日は遺跡に潜れないな」
「そっかー、残念。じゃあ何して時間を潰す? 幾つかゲームを持ってきたけれど」
「……アリスも暇だな」
「クルス達といると楽しいんだもの」
そうフラットの心配をまったくしていない二人。
そしてアリスが本心を言うと、クルスは何故か疲れたように嘆息した。
そんなに嫌そうな顔をする事ないじゃないと、アリスは心の中で呟く。
その一方クルスといえば、期待しては駄目だ、期待しては駄目だと心の中で幾度と無く反芻していたのだった。