プロローグ
アリス・サンダーバレットは、貴族のお姫様である。
しかし、一応は貴族の礼儀作法っぽい事は出来るが、非常に退屈なので今日も今日とて必要なものを一纏めにして屋敷を飛び出していた。
もちろん両親及び執事にメイド、総力を挙げてそれを阻止し、飾られたお人形のようにドレスやらアクセサリーやらで装飾される事はある。
だが、あまりにも脱走する事が多いため、もう良いかと放っておかれているのが現状だった。
それ所か今では屋敷の門番に、『お嬢様、また逃げ出したんですか?』と朗らかに声をかけられる始末である。
大抵、どうしてもアリスが出席しないとまずい事がある、そんな日のアリスの脱走先は決まってある喫茶店だった。彼女なりに義務……しなければいけない事も分っているのだが、それでも嫌なので逃げ出すのである。
ちなみにその喫茶店のチョコレートパフェが、彼女のお気に入りだった。
さてさて、そんな彼女は今年で18歳。
平均寿命が160歳な事を考えればまだまだ子供だが、一応はそれなりに女の子っぽい体になって来ている。
しかし持ち前の子供っぽい行動と、精神年齢の関係から……という事で、未だにこの子14歳くらいじゃね? と思われていた。
実の親でさえも、この子、何か付け忘れたんじゃないだろうかと悩む程度にじゃじゃ馬……活発な少女である。
それもあって、男の子達に紛れて遊ぶ事が多いのだが、最近は、女子校、男子校に分かれてしまったために疎遠になってしまった。
そんな彼女、アリスは、剣術を昔から男に混じってしたいと言ってきた。
だがこれ以上男っぽくなられては困るという両親の危機感から、剣術は止めてくれと泣いてすがられた為不本意ながらアリスは剣術を諦めざる終えなかった。
代わりに学んでいたのが魔法である。
様々な基礎魔法から応用魔法、そして魔法を使う、もしくは魔法のかかった道具の作成にいたるまで、すでにアリスはこなし、自分で好きなものを作れる段階まで達していた。
そんなアリスはこの屋敷という箱の中が酷く窮屈に感じられていた。
この狭い箱の中に、大切にそっとしまわれる人形でいるのは、アリスにとって苦痛以外の何者でもなかった。
窓の外には何処までも広い空の青が広がっているのに、自分は窓から覗く事しか出来ないのだ。
そしてその狭い仮面をつけた貴族というとても狭い人形社会の乾いた笑いと装いは、アリスにとって気が違ってしまいそうに感じられた。
見かけは黒髪に緑色の美少女である貴族の姫、と、申し分が無いのだが、同年代の女子達のように化粧や着飾る事にあまり興味は無かった。
確かに綺麗に装う、というよりは、綺麗な物を見るのはアリスは好きだった。
けれどその見た目を競い合い、どう男性に寵愛を受けるかを求める彼女達はアリスとは異質な存在で、幾度となく関わろうとしたものの上手く行かなかった。
「人形のように飾って、それで男に満足されるような女にはなりたくないな」
そう鈴のような声音で呟いたのは、つい先日の事。
誰だって装ってはいる。
それが分らないアリスではない。
けれど、求められるのは見せ掛けだけというのは悲しい。
見た目が良ければ実質が粗悪品でもいいのか、そんなわけは無いだろう……といった中身重視の発言をアリスはするつもりは無い。
まずは、人は見た目で判断して手を伸ばす事をアリスは知っているし、けれど中身がなければすぐに飽きられて捨てられてしまう。
魔道具を作っていた関係上、そう思わされる事が多々あった。
だからそうならないためにどうすればいいのか。
それがアリスの目下の悩みであり、幾ら考えていても分らない。だから、
「わからないなら、手当たりしだいやってみる! それが私の主義だもの!」
そう屋敷を飛び出しす。
そんなアリスがここの所いつも通っている場所がある。
目指した場所は遺跡に囲まれた、中立都市、サマーホロウ。
その遺跡群で、この前から彼女はトレジャーハンターをしていた。
その町で出合った男性と共に。
「クルスはいつもの酒場だよね。ふふ、楽しみ」
遺跡に潜るのも楽しいのだが、
――クルスと会うと、アリスは少しだけどきどきするんだよね。
クルス、と名前を呼んでみると自然とアリスは笑みが零れてきて、幸せな気持ちになる。
理由は分らないが、きっとクルスと一緒に冒険するのが楽しいからだろう。
そう思いながらご機嫌に、アリスはサマーホロウへの転送陣へと向かったのだった。