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無声の少女  作者: けい
ドルストーラ
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ライナと森

 村人の生活は一変した。

 頼りにしていた男衆が根こそぎ徴集されてしまい、村に残ったのは女子供。そして腰を痛めていたり、持病のある者。そして年寄りたちだけだった。

 いままでも村中で支えあい、細々と暮らしていたが、より一層の慎ましやかさが必要になった。


 いつまでも嘆いてはいられない。

 村の存続が第一だ。男たちが帰ってくる場所を守るのが務めと心得た女たちは、嘆くのをその日限りにし、新しい秩序を作る必要があった。

 まず村長の妻が、そのまま村長代理となった。そして、相談役としてライナの母が抜擢された。それはひとえに【精霊士】の妻だったからだ。

 村と森とをつないでいた【精霊士】の抜けた穴は大きい。だから残った者たちは、ディロの直系であるライナが早く精霊たちの声をかけるようになってほしいと願っている。


 ライナはすでに精霊を見ることも、空気の流れを読むこともできた。森神さまなんていうものは存在せず、それは精霊の総称であることも知っている。けれど、代々【精霊士】の能力に目覚めるのは成人後とされていた。実際、ディロが精霊を見るようになったのは21歳の時らしい。そのため、まだ13歳のライナに精霊は見えていないとされているのだった。

 実際、ライナはいつから精霊が見えているのは覚えていない。物心ついたときには、自分の周りをくるくる回っている遊び相手という認識だった。

 すでに見えていることを知らせれば、それだけで村人は安心するのではないかと母に相談したことがあった。けれど母は決して首を縦には振ってくれなかった。


 約束の半年には、村にも春が来ているだろう。そうしたら、たとえ一時であっても村は生き返る。3年間の徴集期間が決められているため、村全体が完全にお祝いムードになるのは3年後だ。けれど、それでも、心待ちにせずにはいられない。


 幸いにも、男たちが送られるのは戦場の第一線ではなく鉱山だという。武器などを製造する鋼鉄が不足しているための、緊急徴集だったらしい。

 鉱山でも事故はあるだろう。危険と隣り合わせだ。だが、騎士たちの盾となるように使い方はされないというだけで、女たちは安堵したのだった。


「母さん、ちょっと森まで行ってくるね」

「ライナ、奥までいってはダメよ。フォーデックさんもいないのだから、アロイスの時のように誰も守ってくれないわよ」

「はーい」


 そう、あのゴタゴタの中、剣の師匠として村のあばら屋に住んでいたフォーデックは姿を消してしまっていた。ライナは連れていかれる男衆の中にフォーデックがいないことに気付いていた。もちろん、母も。

 けれど村の帳簿には、なぜか彼の名前は記載されていなかったのだ。4年間も村に在籍していたというのに(流れ者扱いではあったが)、名前が載っていないというのは意図したものを感じた。


 あの混乱の中、フォーデックの名前が呼ばれなかったことに気付いた村人は他にいなかったようだ。いまもって、ライナと母以外は男衆と一緒に軍に連れていかれてしまったと思っている。無用な波風を立てないために、このことに関して口を噤むことを約束した。


「よいっしょ……」


 ライナは森の正式な入口ではなく、家の庭にある生垣をかき分けて森へ入っていった。今現在、男衆がいないため、森への出入りは禁止されている。秋が深まり、山の恵みの宝庫だろうが、野生動物に遭遇しても武器の扱えない女たちでは身を守れないからだ。

 そして、現状で森へ入ることが許されているのはライナだけだった。【精霊士】の直系として時折、男衆に混ざって森へ入っていたライナは、剣は使えないが弓矢が使える。それでは大人数は守れない。なのでライナだけが森へ入り、本当に必要な分だけを収穫してくることにしたのだった。


 森の正式な入口を使わない理由。それはまだ13歳であるライナだけが森に入り、何もできないことが歯がゆくて仕方ない!!という、血気盛んな女衆に見られないための処置だ。




 森に入ると、精霊たちがどこからともなく飛んできて、ライナに付きまとい始めた。それを気にせず、ずんずんと奥に進んでいく。背負った籠の中に入っているのは、傷薬と簡単なお弁当だ。一人でいろいろと収穫するためには、午前中だけではとても足りない。


 見つけた薬草などは、腰にぶらさげたポーチの中に詰め込んでいく。どうせ、あとで干して使うものだから、多少潰れてしまっても許してくれるだろう。とりあえず今は、質より量なのだ。

 生えていたきのこの一群に狂喜した。念のため、母お手製の指南書をめくり、毒がないものだと確認してから収穫する。しゃがみこんで、もぎとっては籠の中に放り込んでいった。


 その間、精霊たちはなにをすることもなく、ライナの周りでくるくる旋回しているだけだった。時々、頭の上に座ったり、籠の中に一緒にダイブする者もいたが、ライナは全部無視していた。


「さて、次は―――あ、チコの実。これはラッキー」


 チコの実は小さいながら、保存に適した栄養価の高い木の実だ。冬越しには欠かせない食物といえるだろう。ライナは籠の底から革袋を引っ張り出すとその中に赤いチコの実を収穫していく。と、精霊たちがライナの袖を引っ張った。

 

「ん、どうしたの」


 しつこいので目を向けると、精霊が一列に並んでみんなで手招きしている。まるで精霊の道だ。なんだろうと思いつつ、それに倣って進んでいくと―――目の前に広がったのは、チコの実のカーテン。いや、チコの木が並んだ少し開けた場所だった。


「すごい……なにここ」


 視界を覆い尽くすような赤色が広がる。いまだかつて見たことのない景色だった。

 森の緑と、赤いチコの実。太陽の光が差し込む大地。

 ライナは息をのんで呆然と見渡していたが、すぐに現実に戻った。


「すごい!これだけあったら、すっごい助かる!」


 背負っていた籠を放り出し、ライナはチコの実収穫に熱中したのだった。





「教えてくれてありがとうね」


 お弁当を食べながら、ライナはすり寄ってくる精霊たちにお礼を言った。なんとなく、彼らなりの罪滅ぼしのつもりだったんじゃないだろうかと感じたからだ。

 いつもはライナをからかったり、いたずらしてくる精霊たちが、おとなしく周りを飛んでいる姿を見た時から、そんな気がしていた。


 ―――彼らは【精霊士】ディロを守れなかったことを悔やんでいる。そして、彼が守りたかった村を守れなかったことを悲しんでいる。


 八つ当たりしていたわけではないけど、ライナはちょっと精霊を避けていた。まるで見えないように振る舞ってしまっていた。


「ごめんね、あんたたちが悪いんじゃないのに」


 質素な弁当はあっさり食べ終わった。けれど、まだ少しだけここにいたかった。

 きっとここは精霊たちの憩いの場なのだろう。

 森そのものである精霊たちが招待してくれた、きっとここは秘密の場所。 ライナの心が森に触れて、少しずつ回復していくようだった。



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