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無声の少女  作者: けい
ドルストーラ
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日常の崩壊2

 村に迫ってきていた軍隊とは、なんと自国のものだった。そして村人を徴集するという有難くもない目的を伴ってやってきたと大業そうに声を張り上げて告げてきた。

 いま、隣国ロットウェル共和国とは緊張関係にある。その緊張の糸を張っている本人がこの国の王だというのだから、自国民としては笑えない冗談だ。

 勝手に仕掛けて、勝手に自滅するのならいいが、自国民を駒としか考えていない王様は、不足しがちな人手を手っ取り早く集めることにしたらしい。


 つまり、強制徴集だ。


「16歳から55歳までの男は全員連れていく。すぐに準備をしろ。武器になるようなものは不要だ。手にしたものはその場で処罰する」


 恐ろしく勝手な言い分を、さも当然として告げてくる指揮官らしき男に、村長は慌てて割って入った。


「そんな年齢幅の男衆を全員連れていかれては、この村は成り立ちません!せめて20歳から40歳にしてくださいっ」


 頭を下げて懇願する。

 村長の告げた年齢幅でも、相当数の人数になるだろうが、働き盛りとこれから働き盛りになる人間は残せる。最悪、これから来る冬の季節を乗り越えるだけのギリギリの蓄えは補えるだろう。それにディロは41歳。この条件であれば村に【精霊士】を残せる。もちろん、アロイスも含まれない。村長自身は38歳なので自ら提案した条件に当てはまるが、いざとなればディロが村長代行をしてくれるだろうと思っての提案だった。


 ―――【精霊士】はいなくてはならない。


 決してなくしてはならない、それは自然との繋がりを守るための必然だ。

しかし、そんな懇願は指揮官の男には通じるはずもない。


「ふざけるなっ!これは我がドルストーラ王国国王、マサヌジット2世陛下のご意思だ。貴様如きが覆させられると思うな!」


 言いながら拳を振りあげ、村長を殴りつける。きゃあ!という女性たちの悲鳴が響いた。




 結局、指揮官の男の言う通りにすることが決まり、短い時間で身支度させられた。

 数着の着替えをカバンに詰め込み、革袋に水を入れる。携帯食となるような豆や干し肉を女衆がそれぞれ持ち寄り、男たちに渡していった。だが、その食糧すら軍隊預かりにすると言われ、引き渡されてしまった。


 男衆は再び一か所に集められ、住民帳と名前を照らしあわされている。他にも出発に際しての騎馬の準備もあるのだろう。ライナにはよくわからないが、手間取っているようだった。


 母がライナに体を寄せ、そっと耳元に口を寄せた。


「ライナ、向こうからこっそりみんなに一つずつ配ってきて。お母さんはあっち側から配るから」

「うん」


 ライナのエプロンと洋服のポケットに、母は小さな巾着を詰め込むと、軍隊に見つからないように身を屈めて潜り込んでいった。ライナも同じように、一か所に集められ窮屈そうな男衆の集まりに潜んでいく。


「みんな、これ持って行って」

「ライナ?」


 小声で声をかけながら指先で体をつつくと、気づいた周辺の何人かが顔を向けた。


「全員でこっち向いちゃだめよ。見つかっちゃう」


 言われ、体ごと向きなおろうとしていた村人は何事もなかったかのように元の位置に戻った。


 そして気づかれていないのを確認して、ごそごそとポケットを漁る。


「これ、中に薬が入ってるの。傷薬とか湿布とか化膿止めとかも。時間がなくてどれが入ってるのか印がつけられなかったけど、父さんに聞けばわかると思うから」

「ありがたい」


 言いながらそれぞれの手の中に巾着を落としていく。

明るい柄の巾着が大きな掌に受け止められていくのを見て、ただ悲しくて悔しくて、巾着を配るその指先が震えた。


 幸せだったのに。平和だったのに。平穏な日々だったのに。


「……っう……ひっ……く」


 涙が溢れてくる。酷い、酷い現実だ。

 視界がぼやけて明るい柄の巾着が滲んで見える。唇が震えてきそう。


「ライナ、ありがとうな。他のやつらにも配ってやってくれ」

「っ……う、ん……」


 このままじっとしていたら、ライナが本格的に泣きそうだったからか、誰かがポンと背中を押してくれた。その大きくて暖かな手のひらに力を貰って、なんとか顔を上げて次の人にも配っていけた。どんどん減っていく巾着。


 みつかったら、これも取り上げられてしまう可能性があったから内心ビクビクしていたけれど、いま自分にしか出来ないことなんだと思えば、頑張るしかなかった。


 そして残り2つになったとき、待っていたのは最愛の父と兄だった―――


「父さん、兄さん―――っ」


 大泣きしてしまいたかった。けれどそんなこと許されない。

村中が戸惑いと悲しみに包まれている。みんな泣きたい。みんな叫びたい。けど、それを必死で押し込めて我慢している事に気付いている。だから自分が率先して泣くことはできなかった。【精霊士】の娘として、そんなみっともないことは出来なかった。


 自分よりずっと幼い子供たちは、何が起こっているか、気づいていない子もいるだろう。村の雰囲気にのまれ、いまはただ呆然としている子もいるだろう。

 だから、自分が泣きわめいてその火付け役になることだけは避けなければならなかった。


「ライナ、森神さまを頼む」


 父ディロが初めてライナに『頼む』と言った。しかも森神のことを。つまりは精霊たちのことを。

 ライナはぐっと奥歯を噛みしめて、ただ深く頷いた。

 そんなライナの肩を抱き寄せたのは、妹に甘い優しい兄だ。


「ライナ、傍で守ってあげられなくてごめん……必ず戻ってくるから。戻ってきたら、師匠がくれた剣を見せてあげるよ」


 アロイスが【精霊士】の能力がないため、ライナを後継にして自分はその護衛をするんだと打ち明けられたことを思い出した。まだ4年前の出来事なのに、つい昨日のように思い出せる。いまみたいに、真摯で優しい瞳だった。


「聞けっ!お前たちに言っておくことがある!」


 突然、指揮官の男が声を張り上げた。村人全員が緊張して注目する。その様子に満足したのか、ニヤリと口元を歪めるとさらに声を高くした。


「お前たちは3年間の徴集をさせられる―――だぁが!慈悲深いマサヌジット2世陛下は、半年ごとの帰省を許されている。つまぁり、次にここに戻ってくるのは半年後、春の初めだ!」


 3年―――っ!

 村人からざわめきが大きくなる。

 3年も村から男手がいなくなるなんて、それは厳しすぎる内容だった。都市部から離れたこの辺境の村では、男手の不足が村の存亡にかかわる。


「た、短縮は……」

「ない!だが【精霊士】をおとなしく引き渡せば、2年以下にはできるかもな」


 ここにきても、まだ【精霊士】の捕縛を諦めていなかった指揮官は、口元を歪めて村人を見渡した。しかし、残される女衆含め、誰一人として口を開く者はいなかった。ただ、まっすぐに突然の理不尽を持ってやってきた、軍の者たちを鋭く睨み返した。


「ふん、まぁいい。どこかで尻尾を出すだろう。おい!まだ確認は終わらんのかっ」


 面白くなさそうに背を向けた指揮官は、名簿を確認していた部下を怒鳴りつけるために、輪から外れた。


「春には、帰ってきてくれる、んだよね……」

「あいつが言うことを信じるのであれば、だけど」


 アロイスは複雑な表情のまま眉根を寄せた。けれど、どんな些細なことでも、いまのライナには希望だった。


「父さん、兄さん……は、春になったらわたしの誕生日だから、みんなでお祝いしてね。お土産もプレゼントも何にもいらない。だから、絶対帰ってきてね」


 きっとよ、きっとよ。

 父の大きな体を抱きしめ、兄のまだ若くしなやかな体を抱きしめた。

 そして残っていた巾着をそれぞれに渡す。


 そのころには列は動き出していて、流れに沿って去っていくディロとアロイスを、立ち止まって見送るしかなかった。森の中に消えていく集団。いつもなら夕刻には戻ってきてくれる男衆たちは、戻ってこない。


 残された家族たちは、ついに泣き出し崩れる者もいた。ライナは声を出さずに泣いていた。


 ただ……ただ涙を流していた。

 

 完全に姿が見えなくなったころ、いつの間にいたのか母が何も言わずにライナを抱きしめてくれた。そうして漸く、声をあげて泣いた。


アロイスがライナを『護る』と決めた話でも間に挟もうか検討中です。

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