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無声の少女  作者: けい
ドルストーラ
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日常の崩壊1

 母と二人で小さな巾着に薬を詰め込みながら、ライナは見えない恐怖と懸命に闘っていた。いまだかつて、こんなに混乱した精霊たちの雰囲気は味わったことがない。大嵐が来た時ですら、大気の流れを喜ぶかのように騒がしく舞い上がっていたというのに。民家の屋根が飛ばされて、村中大騒ぎだったのに、その時ですら彼らは楽しんでいただけだった。


 けれど今回は違う。


 確実に何かが迫っている。意思をもって、この村を目指している。


 ゾッとした。


 こんな辺境の山村で、唯一の隠し事は【精霊士】である父だったからだ―――


「ライナ、社に行くわよ。みんなで集まっていた方がいいわ」

「うん」


 母は籠の中に出来上がった巾着を全部放り込み、それを背負った。そのまま速足で外へ向かうのを、ライナも慌てて追いかけた。




 アロイスはフォーデックのあばら屋の前で待っていた。手持無沙汰に手近にあった棒で素振りをしてみる。客が来るというから在宅していると思っていたのに、なぜか師匠は不在だった。


「どこ行ったのかな、師匠」

 今日は剣をくれると言っていた。アロイス用に用意すると言ってくれたのだ。それがどれほど嬉しかったことか。


 早く自分だけの剣に触れたかった。そうしたら、いまよりもっともっと、強くなれるような気がした。もちろんそれは幻想だけれど、思わず期待してしまう心境は仕方ないだろう。


「それにしても……妙な風が吹く日だな」


 晴れているのに、なんだか空気が騒がしい。この湿気を含んだような風。それは雨の前だからなのか、それとも別の何かをはらんでいるのか。

精霊の見えないアロイスには、その異変ははっきりとは感じ取れない。


「アロイス」


 いつの間にか素振りをやめて、空を眺めていたところに呼びかけられた。あばら屋の主だ。その場に棒を放って、思わず駆け寄ってしまう。


「師匠、どこに行ってたんですか?」

「村長のところだ」


 いつもながら表情の変化に乏しい人物だ。

 あっさりと告げながらアロイスの前を通り過ぎ、そのまま玄関の扉を開ける。戸締りという概念はないらしい。それはこの村全体に言えることではあるのだが。


「今日は稽古をつけている余裕がない。とりあえずこれを持ってみろ」

「え、ちょっ……とっ」


 フォーデックが振り向きざまにアロイスに放ってきたのは、紛れもなく本物の剣だった。鞘に入っているとはいえ、剣を投げてよこすとは、なんて師匠だろうか。


「うわ……ぁ」


 けれど手にしたその剣の素晴らしさに、アロイスの機嫌は急上昇した。美しい一振りの剣だった。フォーデックは何も言わず、感嘆の溜息をつきながら鞘を取り払うアロイスを見ていた。


 刃を潰した模擬刀ではない、本物の煌めきが目の前にある。


「あれ」


 剣の刃の根元に、なにか紋章のようなものが埋め込んである。寄り添う二頭の馬の紋章だ。

 見たことのない紋章だった。少なくとも自国のものではない。


「師匠、この紋章はなんですか」

「それは俺の実家の紋章だ。覚えておけ」

「えっ!」


 さらりと告げられたフォーデックの言葉に、アロイスは目をむいた。この世界で紋章を所持しているのは貴族階級ばかりだったからだ。フォーデックが貴族??あんな薄汚れた格好で村に居ついたこの男が?

 自分の師匠ではあったが、アロイスは全く信じていなかった。


 しかし―――師匠はこの剣をどこで入手したのだろう。


 村に鍛冶屋はあっても、武器を作るためのものではなく、農機具か包丁を研いでもらうための存在だった。なにより、鍛冶屋の爺さんはこんなセンスのいい剣を打てるほど能力は高くない。預けた鍬や包丁が破壊されて戻ってきたことも多々あるのだ。


「その剣はお前のものだ。だが、今はまだ渡せなくなった」

「え」


 フォーデックは涼しい顔で言う。


「だが、その紋章を目に焼き付けておけ。次に会った時こそ、この剣はお前のものだ」

「師匠……?」


 何を言いたいのかわからない。混乱しそうになる頭の中を整理しようとしたとき、遠くから大きな音と悲鳴が聞こえた。


 断続的な悲鳴と怒声が聞こえてくる。

 父ディロは確か、社に仕事に行っていたはずだ。なにか大きな事故でもあったのだろうか。


「行って来い。剣は置いていけよ」

「はい」


 そわそわしていたアロイスは、言われた通りに剣をフォーデックに預けると、振り返ることなく村の中心に向けて駆け出して行った。武器一つ、持たないままで。


「生きろよ、アロイス」




 アロイスが村の中心にある社に辿り着いたとき、目の前に広がっていたのは、自国の軍隊に囲まれて身を寄せ合う村人たちの姿だった。


「なんだよ、これ」


 呆然と見ていると、視界の端に家族の姿が見えた。父と母、そして妹。全員無事だ―――。

 ほっと息を吐き出したとき、強く肩をつかまれた。さらに篭手が当たっているのか、力任せすぎて痛みが走った。


「いっ……っ」

「まだ残っていたか。とっとと行け」

 

 鎧姿の兵士が、アロイスを小突いて集められている村人の集団に押し込んだ。


「これで全員か、村長」

 兵士が村長に確認をとる。ふと、アロイスと目が合ったがすぐに逸らした。そして深く頷く。


「全員だ」


 村長の言葉にアロイスは身を強張らせた。

 村長はフォーデックがいないことに気付いているはずだ。けれどそれを口外しなかった。それはつまり、彼を巻き込んではいけないということ。

 ライナも不思議そうな顔をしていたが、気づいたディロに腕をひかれて視線を落とした。


「村中の人間に集まってもらったのには理由がある。この村に国で禁呪とされている【精霊士】がいるという報告が来た。正直に名乗り出ろ」


 隊長とおぼしき男が声を張り上げる。

 荷車が3台。馬車が2台。騎馬が5騎。あとは歩兵が22。隊長らしい男と、補佐官らしい男。そして荒くれ者という雰囲気を隠そうともしない一人の男。

 アロイスはちらりとディロを見たが、目で制された。動くなということだ。


「この村には異能者などいない」

 村長が硬い声で断固として言い放った。ライナは思わずほっと息を吐き出した。震えそうになる手のひらを、母と兄が握ってくれていなければ、不安で押し潰されてしまっていただろう。


「ふざけるな!この辺鄙な村に辿り着くまで、どれだけ苦労したと思っている!【精霊士】がいて、邪魔をしているとしか思えぬ惑わしばかりだったぞ!」

 

 まさか『それは精霊が頼んでもないのに勝手にやったことです』とは言えず、ただおとなしく口を噤んでいるしかなかった。


やっと動き出したー


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