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無声の少女  作者: けい
ロットウェル
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蛇の巣

 ファーラルは椅子から立ち上がり、手元にあった紙の束をグレイに差し出した。とりあえず受け取ったグレイは、ファーラルの『読め』という無言の視線に従い、文字を追いかける。その様子を確認しつつ、口を開いた。


「どうやら、歓迎できない組織がロットウェルに入り込んでいるようだ。正体は不明。ライナが図らずも招いてしまった奴隷商人かと思ったが、どうも違う」

「……」


 思いがけずライナの名前を呼ばれ顔を上げたグレイだったが、その発言内容がライナを貶めるものに繋がりそうに感じて眉をしかめた。ライナが奴隷商人たちを振り切ってロットウェルに辿り着いたのは事実だ。だが、捕まって殺されそうになったのも事実。運よく助かっただけだというのに、比喩とはいえ『奴隷商人を招いた』などと言われ、グレイは瞳の中に苛立ちを表した。


「言葉じりを捕らえてそんな目で見るな。まったく、どれだけ強力な呪術だったんだか……」


 ファーラルが言っているのは、ディロがグレイに託した護り石のことだ。確かに、あの石の能力のせいでライナへの庇護欲が高まったのかもしれないが、今となってはそんなことは関係ないと言い切れる。


「それで、奴隷商人ではないとすれば何者なのでしょう」


 冷静に問いかけてきたのはジュネスだった。彼も石の能力に囚われているはずだか、グレイよりは症状が軽そうだとファーラルは感じていた。


「ああ。貴族の子女を狙った誘拐組織が動いているらしい」

「誘拐……」


 あっさりと告げられた言葉に、ジュネスは単語を繰り返す。そこに割り込んできたのはグレイだ。渡された資料にも同じことが書かれていた。


「では、今日も出来事も誘拐犯がライナを狙ったということですか」

「そう考えるのが妥当だろう。恐らくアンヌは犯人を見ているかもしれないな」

「しかし、ライナは貴族の子女ではありません」

「天下のバーガイル伯爵家に庇護されててる時点で、奴らは『伯爵家の大事な客人』と見做すだろう。さらに現当主と従者が大事に囲い込んでめったに外にも出さない。さらに人目に触れない奥の別館に押し込んで、不特定多数との接触は不可。やっと出てきたこの日、偶然とはいえナイト二人から手が離れた一瞬を見逃さなかったのは、ある意味上出来だと言えるだろうよ」


 呆れを含んだ声で説明され、ぐうの音も出ない。確かに……ファーラルが言うことはすべて的を射ている気がしたからだ。


「今日はただの偵察だったのかもしれない。顔の確認とか、おまえたちの様子とかのな。だが、ライナが一人になった瞬間を見逃せず、思わず実行に移ってしまったような、そんな慌しさを感じるな」

「慌しさ、ですか?」

「そうだ。さらに精霊の抵抗にあって一旦引き揚げることにした、わたしの推論はこんなものだ」


 ファーラルは再び椅子に座り、グレイとジュネスに視線を向けた。その視線はとても楽しげなものだったが、思い悩む二人はそれに気づかない。


「屋敷の警備を増やします。あと、帰りにでもアンヌに会いに行きます」

「そうしてくれ。お前になら、あの(・・)アンヌ嬢も口を割るだろう」


 厭味ったらしく『アンヌ嬢』というファーラルの口元は、珍しく苦々しげに歪んでいる。

 アンヌは公爵家唯一の令嬢であり、ある意味跡取りである。父親のリグリアセット公爵は、公爵位なんて返上して畑仕事などで自給自足して暮らしたいと思っているらしいが、愛する妻と愛娘に苦労させたくないという理由から、とりあえず名乗っているだけと公言している変わり者だった。いま現在もアンヌは中央都市に出てきているが、公爵夫妻は領地で土にまみれている事だろう。そんな夫婦に育てられたというのに、だからこそなのだろうか。アンヌは田舎暮らしに興味がなく、社交界に憧れ育った。そしてグレイに出会い今に至る。


 彼女は一貫し、グレイ以外の男には見向きもしない。そして冷淡でさえある。貞淑で美しい公爵令嬢だったが、その瞳の奥に潜む負の感情にファーラルの闇の精霊は激しく反応していた。あまり近寄りたくない人物としてリストアップされたのは仕様がないだろう。


「相変わらず苦手ですか」


 苦笑しながらもその言葉の中には同意が窺えた。グレイ自身もアンヌの積極性には辟易していたし、母親まで一緒になって外堀を埋めようとしている事態に困っているのだ。


「一つのものにあれだけ執着が持てる気持ちが理解できない、というのが正しいかもしれないな。恋は盲目とかいうが、あれは盲目ではなく思い込みか妄信の世界だろう。わたしには理解できない狂気だな」


 吐き出された言葉には、紛れもなく呆れが含まれていた。視線を動かせば、ジュネスも同意するように強く頷いていたのだった。




 その後、執務室に現れたガーネットにより、ファーラルは会議室に連行されていった。会議の合間に面会時間を作ったようだが、時間に追われているファーラルには30分ほどの捻出が精一杯だったようだ。それでも疲れなど見せず微笑を浮かべてさえいたその姿に脱帽する。飄々としているため、ファーラルの凄さはあまり周りからは理解されていないような部分もある。しかしグレイはファーラルの忙しさは殺人的だと知っているため、絶対にあの地位の後釜だけにはならないと決めている。


 グレイとジュネスは乗ってきた単騎にて、公爵家本宅へ移動した。中央都市の裕福層地帯にある、ひときわ目を引く小さな城のような建物。それがリグリアセット公爵家である。だが、今の時期公爵夫妻は片田舎にある領地にいるため、今現在住んでいるのはアンヌと従者のロージィ。そして世話をするメイドや侍女たち約20名ほどだった。一人の主に対して20名も必要なのかと思うこともあるが、彼女にとっては必要最低限の人数なのだと、確かミラビリスが言っていた。

 バーガイル邸とは少し距離が離れているため、馬を使わないと移動は難しい。実際アンヌも訪問時には必ず専用馬車で来ていた。


 公爵邸の門番に名前を告げると、顔色を変えた男は待ってくれるように言い置くと、あたふたと屋敷の扉に走って行った。玄関まではかなり距離があるのでどんなに走って行っても多少時間がかかる。その後姿を見送り、とりあえずグレイとジュネスは馬を下りて待つことにした。暫くすると門番の男が一人の男を連れて戻ってきた。


 切れ長の瞳。伸ばした黒い髪を後ろで一つにまとめ流している。服装はいつも同じ黒の執事服。白い手袋には染みひとつない。相変わらず年齢不詳な顔立ちをしている。口元はゆるく弧を描いており、グレイはつい、主人ともども薄寒い笑い方をするものだと思ってしまった。


「これはグレイ様。本日はなに用でございましょう」


 儀礼的に頭を下げたロージィは、すぐに顔を上げるとグレイをその瞳に映した。


「アンヌに聞きたいことがある。お前がいるということは、在宅しているな?」

「はい、いらっしゃいます。それに……」


 ロージィは一呼吸おいて言葉を続ける。


「きっと来られるだろうと思い、午後の予定はすべてキャンセルしておりました。アンヌ様が心待ちにしておられます。どうぞ中へ」

「……」


 グレイが公爵邸を訪れるということは、十分予測していた事態だという。門番が慌てていたのはただ知らなかったのか、それとも信じていなかったのかのどちらかだろう。


 馬を門番に預け、屋敷に向けて案内されながら、ここに来るのはいつ以来だろうと思う。ずいぶん昔、まだ成人したばかりだった頃に親に連れられて足を踏み入れたのが最後だっただろうか。あのあと、気が付けば勝手に婚約者だなんだと言われ始め、うんざりしてまったく近寄らなくなった。その分、アンヌが行動的になってバーガイル家を頻繁に訪れる様になってしまったのは予想外だった。淑女と称される女性が、親が勝手に決めた婚約者の家とはいえ、たびたび単身乗り込んでくるのだ。外聞を気にしないにもほどがある。


「ロージィ、おまえにも聞いておきたい。今日はなぜ花祭り会場にいた」

「もちろん、アンヌ様の付き添いでございます。わたくしがそれ以外で動くとでもお思いですか?」


 前を歩いていたロージィは、足を止めて振り返った。その瞳の奥には怒気があった。すべてにおいて『アンヌ第一』の従者としての誇りだろうか。つまり、下種な誘拐犯どもと一緒にするなということらしい。


「思わない」

「ご理解が早くて嬉しい限りです」


 だがグレイはその危うさを危惧していた。

 アンヌが望めば、この男は誰にであろうと刃を向けるだろうし、アンヌが無事であるならば、躊躇なくその手を血に染めるだろう。今回はどうやらロージィは本当に無関係らしいと心に留め置く。とりあえず、今回は……。

 通されたのは屋敷の3階。公爵家のプライベートルームが並ぶ階層だった。その奥にある扉をロージィは軽くノックする。


「アンヌ様、グレイ様をお連れいたしました」

「入っていただいて」


 室内から鈴の転がるような声が聞こえた。そしてその扉が開かれる。


「ようこそいらっしゃいました、グレイ様」


 艶やかな花の妖精―――そう思わせるほど美しい娘がそこにいた。


アンヌのお家に突撃〜

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