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無声の少女  作者: けい
ドルストーラ
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崩壊の序曲

 ディロは異変を察知していた。


 精霊たちが落ち着かない。生暖かい風が森を抜け村にまで届いている。全身を嬲る空気が、昨日までと全く違うのだ。


「なんだ、この空気は」


 ぴりぴりとした緊張感すら感じる。

 朝からずっと感じていた空気だが、気にしないようにしていた。けれどもう限界だ。

 大樹を加工する作業を任されていたが、とても作業に集中できる気分ではなく、あとを皆に任せ足早に村長のもとに赴いた。

 早歩だった速度が上がっていく。村長の家が見えてきたころには、完全に駆け足になっていた。精霊が飛び回り風のように囁き、ディロに伝えてくる。そして異変の正体を知った。




「村長、様子がおかしい」


 駆けこんだ室内には、すでに村長が難しい顔をして腕を組んでいた。そしてその傍には別の人物の影があった。


「フォーデック……」

「来るぞ、間違いない」


 名前を呼ばれた剣豪は、ディロに鋭い視線を向けると言葉少なにそれだけを応えた。けれどそれだけで事態の深刻さがディロにはわかってしまうのだ。


「……」

「なぜ、どうやって……森の加護は―――森神は、精霊たちは……」


 村長は頭を抱えて誰に向けてでもなく唸るしかなかった。

 その声に合わせるように、ディロは視線を森へ向ける。


「―――精霊たちは侵入者たちの足止めをしてくれている。けれどそれが精いっぱいだ。いままで目くらましもしてくれていたようだが……」


 わかっている。

 精霊たちは出来る限りの力で、いままで村を守ってくれていた。ひとえにディロを信用し、信頼し、愛していたから。けれどそのまやかしも限界だろう。


「すでに部隊はこちらに迫っているようだ。まだ村は確認されていないようだが、時間の問題だろう」

「部隊だって!?」


 ディロの言葉に村長は目をむいた。


「ああ、部隊だ。大部隊じゃない。だが、この村ひとつ制圧するには充分だろう―――数はおよそ……30。騎馬兵までいるようだ」

「30は充分に大部隊だろう」


 フォーデックは呆れたような声を出した。それがいつも通り過ぎてディロは思わず口元を緩めた。


 ふっ、とため息をつくと、ふわりとした風を感じた。輝く緑色の小さな精霊が顔を覗き込んでくる。いつも好奇心をあふれさせている純真な瞳が、労わるような慰めるような表情をする。ディロはおもわず顔近くを飛ぶ精霊に触れた。武骨な指先から清涼な空気が流れ込んでくるような滑らかな手触りだった。


「いつごろ、到着するか……森神さまはわかるだろうか」


村長は硬い声を振り絞る。


「半日以内には―――おそらく」


 正確な時間はわからない。けれど、一日かかることはないだろう。

 精霊たちの慌しさを肌に感じ、その実感しかわいてこない。


「なんだと。村人を逃がすことも間に合わないか……くそっ」

「社に男衆が集まっている。俺はとりあえず知らせてこよう。知ったところで混乱するだろうが、何も知らないままに部隊と衝突することは避けたい」


 再び頭を抱えた村長は、立ち上がる気力もなくし机に突っ伏した。それを見ながらディロは硬い声を出す。【精霊士】である自分が、精霊からの警告を村人に伝えるのは義務であり責任だからだ。


「おれはアロイスに剣を渡してくる」


 フォーデックは表情を変えることなく、いつも通り淡々とした声で自分のすべきことを告げる。


「息子は、アロイスは役に立つか」


 振り返ることなく立ち去ろうとするフォーデックに、ディロは思わず声をかけた。そう、思わずだ。目の前の問題を少しでも先延ばしにしたい。そんな気持ちがなかったとは言えない。その内心を知ってか知らずか、相変わらず表情を動かさない男は、軽く振り返りディロを見ると、すぐに顔を出口に向けた。そして背を向けたまま告げる。


「わからん……だが筋はいい。死なせるには惜しいほどにはな」

「―――充分だ」


 それが剣豪フォーデックの最高の賛辞だと理解した。




 風が揺らめく。

 生暖かい風が。

 精霊たちが村中を飛び回っている。無表情に使い近い彼らが、強い危機感を抱いているのがわかった。


 ライナはぶるり、と体を震わせた。


 寒いのではない、これは間違いなく悪寒。

 いつもなら、鬱陶しいほどに寄って来る精霊たちがなぜかライナのそばに来ない。傍に寄ることによって、ライナに危機の正体を知られまいとしているようだった。


「ライナ、どうしたの?今日は湿布薬を作るわよ」

「母さん……」


 玄関から顔を出した母。そのライナを見た母。

 すぐに表情を改めて駆け寄ってきてくれた。そして震えるライナを抱きしめる。


「森神さまに、なにかあったの?」

「わ、わからない……わからないけど、なにか、こわい」

 

 ぎゅっ、と強く目を瞑り、視界からの情報を遮断する。耳から届く風の悲鳴と、肌で感じる空気の振動。そして【精霊士】としての感覚。


「母さん、なにかが迫ってくる。なにかが来るよ……!」

「――― !」


 母はライナを一度だけ強く抱きしめると、すぐに家へ取って返した。ライナはふらふらとした足取りでその後を追う。


「ライナ、その巾着に薬を詰めて。傷薬、湿布、包帯……あと止血薬。小分けにして出来るだけたくさん」


 テーブルに広げていたハーブ用の巾着に、母は小分けにした薬をどんどん詰めていく。意図はまだ理解していなかった。けれどライナは震える手で、 必死に母と同じように薬を詰めていった。



 非日常がそこまで迫っていた。


フォーデックさんは予定外のキャラなんですが、突然出てきたわりに重要な人物になりそうです。

そのおかげで? 本来の第2話はまだ始まってません・・・ナンテコッタイ

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