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無声の少女  作者: けい
ドルストーラ
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師匠との出会い方

 翌朝は見事な快晴だった。

 けれど、数日以内に雨が降ると精霊たちが騒いでいる。久しぶりの空からの恵みが待ち遠しくて、森自体が浮き足立っているのが伝わってきた。

 楽しそうな、心逸るような雰囲気。

 それが朝食の準備をしているライナまでも、自然と笑顔にしてしまう。


「森神さまは楽しそうなのね」


 兄アロイスと同様に精霊を感じることができない母は、娘が意味もなくニコニコしていると、そう結論付けることにしているようだ。実際間違ってはいない。




 父ディロはいつもより早くから起きだし、社へと向かった。なぜか顔が少々険しいのが気になったけれど、ディロは気にしなくていいと一言だけ告げて家を後にした。

 社で精霊たちが騒いでいるのかもしれない。

 以前にも大木を切り出した際に、精霊たちが嘆き悲しんでディロを悩ませたことがあった。森で大切に育てた大樹を奪われたと嘆いていたのだ。


 ―――けど、今回はちゃんと精霊に許可を貰ったと言っていたんだけどなぁ。


 首をかしげるが、精霊に関してはディロに任せるしかない。まだ村人にも自分が【精霊士】の跡取りだとは告げていないのだから。


「おはようライナ。ふぁ……」


 あくびを噛みしめながら、いつもより遅い時間に起き出してきたのはアロイスだ。


「兄さんおはよう。今日は師匠のところ行かなくていいの?」

「今日はお昼から来いって言われてたんだ。なんか午前は来客があるとかで」

「来客ぅ〜?めっずらしいね」

 

 アロイスが村に住み着いた男を師匠と呼び、剣の稽古をつけてもらうようになってからすでに4年が経つ。胡散臭いと敬遠していたライナだったが、いつからか兄に倣って師匠と呼ぶようになっていた。


「実はな師匠……俺に剣を作ってくれてるみたいなんだ!『そろそろ真剣での稽古に移ろうか』って言ってくれたんだ。棒きれから始まって、竹刀、模擬剣……長かったぁ」


 模擬剣とは、模擬戦などで使う刃を潰した剣のことだ。当たっても切り裂かれたりはしないが、その重さと煌めきは変わらない。防具をつけていたとしても、その衝撃は竹刀などとは比べ物にならないのだ。


「兄さんにとっては嬉しいんだろうけど、わたしはなんだか複雑。危ないことはやめてね」

「そうよ。フォーデックさんが剣の名手というのもただの噂なんだし、怪我にだけは気を付けてちょうだい」

 

 ライナが眉を寄せて不安げに呟くのと、母が朝食をアロイスの前に置くのはほぼ同時だった。その表情はライナと同じように困惑と不安が入り乱れている。


「大丈夫だって!実際師匠はすごく強いよ。あんまり村の行事とか関わらないから、母さんたちにはわかりづらいとは思うけど……。いい人なんだ。俺のわがままに折れて、修行つけてくれてるんだよ」




 アロイスが師匠ことフォーデックの強さを目の当たりにしたのは13歳の時だった。ちょうど、いまのライナと同じ年のころ。

 【精霊士】としての能力は皆無だが、それでも村の、父親の役に立ちたいと強く願っていたあの日。いつも村人たちとまとまって入森するのに、その日に限ってアロイスが一番に到着し、そして森の入り口傍で無警戒なウサギを見つけてしまった。

 アロイスはライナと母にウサギの毛皮をプレゼントしたかった。毛皮がどう化けるかは、女衆のセンスと技術だ。これから寒くなる時期だったため、雪に閉ざされる前に毛皮を手に入れたい気持ちは、村人であれば誰でも思うことだっただろう。


 そしてアロイスは無謀にも一人でウサギを追いかけ―――森の中で同じウサギを狙っていた冬眠前の巨大な熊に襲われた。あの時の恐怖は計り知れない。

 みっともなく、ガタガタ震える足は力が入らず、その場にすとんと腰を落としてしまった。そうなってしまっては、もう自力では立ち上がれない。

難なくウサギを引き裂いた爪が、今度は自分に狙いを定めた。

 熊の鋭い眼光が自分を狙っている。


 冬眠前の熊は食糧集めに必死になっているため、気が立っているから気をつけろと、いままで何度も何度も聞いていたというのに……!


 怒鳴るような声が耳に届いた気がした。それが熊の声なのか自分以外の誰かの声なのか判断がつかない。少なくとも自分ではないのは間違いないだろう。こんなに歯の根も合わない状態では、声などまともに出せるはずがないのだから。


 ……けれど振りかぶられた太い腕はアロイスには届かず、聞こえてきたのは自分の断末魔ではなく熊の絶叫だった。

 そして無意識に縮こまらせていた体を恐る恐る解くと、そこにいたのは一振りの剣を持った無表情な男。

 呆然としているアロイスを無視し、熊に止めをさした。そしてウサギの血抜きをする。少年が震えて動けなくなっていのはわかっているだろうに、完全に無視だ。

 そして血抜きが終わり、ウサギを手に取った男はまだ立てないアロイスに冷たい一瞥を投げると、すたすとその場から立ち去っていた。

 その後姿を茫然と見送るしかなかったアロイスに、父親の慌てたような声と大勢の村人が自分を呼ぶ声を認知できたのはもう少し後だった。


 それが師匠―――フォーデックとの出会い。


 どうしてこの山村に流れ着いてきたのか、そもそも流れ着いてこれたのか分からなかったが、ディロが『精霊たちが許している』という言葉で村に居つくことを認められた。【精霊士】に害なそうとする不審者であれば、精霊が認めるはずがないのだ。


 そしてフォーデックが血抜きしたウサギは村長へ送られた。この村に居つくことを認められた子に対しての、せめてもの感謝のつもりだったのだろうか?

 彼には家が与えられた。場所は村のはずれのあばら家。無人になって久しい小屋だった。だがいつの間にか勝手に手を加えて修繕してしまっていた。後に聞いた話によると、男衆が新しい村人の歓迎の意を込めて、総出でリフォームしたらしい。


 その後フォーデックは特に何するわけでもなく、淡々と静かな日々を送っていた。

 アロイスがフォーデックに剣の修行を付けてほしいと、棒切れ2本を携えてその家の扉をたたくまでは。


 そうして稽古をつけてもらうようになって、ついに4年。基礎も何もできていなかった少年を一から叩き上げて育てるのは相当の苦労があったことだろう。


 しかし、アロイスには強い意志があった。


 もう、怯えない。

 立ち向かってみせる。

 そのためには自分に力がなくちゃいけない。


 【精霊士】は継げないけど、それでも【精霊士】の嫡男として恥ずかしくない男でありたい。


 そして、後継であるライナを守るんだ―――


全12話予定と言ってましたが…完全に訂正します。

全然進んでませんね。


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