見えない罠
今回短いです。
ロットウェル国、中央都市。上流貴族たちの住まいが集まる地区に一台のシンプルな馬車が走っていた。家紋もなく、飾りもない、辻馬車と見間違えそうな簡素なつくりだが、使われている部品や美しく整えられた内装などを見ることが出来れば、それは間違いだと気づくだろう。
ただ、乗っている人物の身なりは、そこまで上等なものではなかった。古ぼけたフロックコートに身を包んでる。だが、この人物にはこれが精いっぱいの虚勢だったのかもしれないが。
馬車はそのまま一軒の屋敷の門を潜り、素早く玄関ホールに横付けされた。その馬車から下りてきた男は、コートを預けると、家令の挨拶も早々と切り上げさせ、素早く屋敷内にその身を滑り込ませた。
「お早いお着きですね」
案内された部屋には、一人の壮年の男がいた。住んでいる場所ももちろんだが、その身なりや仕草だけでも、十分上流貴族だと判断できる。
室内はわざとなのだろう。薄暗く、昼間だというのに室内には明かりが灯されていた。
「お前たちは下がっていなさい。あと、誰も近づかないよう人払いを」
「かしこまりました」
客人を案内してきた家令は、頭を下げると素直に室内から退出していく。
完全に扉が閉まったことを確認すると、男は客人に視線を向けた。
「さぁお座りください。メイドは来ないので、ここにあるワインでご容赦頂ければ」
「ありがたい」
男は向かい合わせに客人を座らせ、あらかじめ用意してあったワインを二つのグラスに注ぐ。赤い液体がグラスを満たしていくのを見ながら、男は客人に声をかけた。
「人探し、と伺いました」
「そうなんです。娘を一人探してましてね」
芳醇な香りが鼻腔をくすぐったのか、客人の表情が和らいだ。
「どんな娘さんでしょう」
「ドルストーラの国から間違って、ロットウェルに来てしまったようで。家族が探してるんですよ。なんでも精霊が見えるとか」
テーブルを滑り、目の前に差し出されたワイングラスを手に取り、その甘く麗しい香りを堪能すると、一口飲んで目を輝かせた。
「これは美味い」
「そうでしょう。うちの領地で栽培している葡萄で作ったワインで、10年ものです」
言いながら男もワインを一口、口に含み、満足げに頬を緩めた。
「それで、その娘さんですが精霊が見えると?」
「家族が言うには、です」
「しかし、そちらの国では精霊が見えると迫害されるのでしょう?もし、ロットウェルに来ているなら、このまま保護していた方がいいのでは?」
正論を告げただろう男に、客人は至極残念そうな顔をした。
「やっぱり、まだ間違った情報が流れているのか……」
「間違った情報とは?」
「いま仰ったことですよ。ドルストーラが精霊の見える者を迫害しているっていう」
グラスを置き、両手を広げて大きくアピールしながら、男は嘆くように声を上げた。
「ドルストーラ王はすでに心を入れ替え、いまではすっかり【精霊士】の保護と地位復権に取り組んでるんですよ。けれど、確かに【精霊士】狩りをしてしまったことは間違いない。なので、再びの【精霊士】狩りを恐れて、いまでも国から流出する者が後を絶たないんです。そんな時、王宮で新たに召し抱えられた【精霊士】がいるのですが、その娘が……まぁ当然の報いなんですが、王を怖がってしまい、一人で出奔したということで。家族も大変心配しています。途中までは商人の馬車に乗せてもらっていたようなんですが、その先の足取りがつかめなくて。ちょうどロットウェルとの国境付近ですし、誰か保護でもしてくれていないかと思ったわけです」
「成人前で精霊が見えたのですか、その娘さんは」
男は客人の話を聞きながら、ふと質問をした。
「今回召し抱えられた精霊士は、なんでも高名な人物らしく、娘もそろそろ精霊が見えるはずだと言っているそうなんです」
「ほぅ。まだそのような有能な【精霊士】が残っていたとは」
暗に『あれだけ殺しておいて、まだ【精霊士】が残っていたとは運がいい』と目で語り掛けるが、男はただ恐縮するばかりで特に効果はなかった。
「それで、我々に探し出せと?申し訳ないが、国交回復していない現状では、一人の娘のために大々的な捜索は出来かねますよ」
「もちろんです。手の者はこちらで用意します。なので、入国の許可が頂ければそれで結構です」
そういうと、どうやって用意したのかテーブルの上に入国許可証の書類を差し出してきた。必要部分はすでに埋めてある。
それをじっと見ていた男は、客人の低姿勢な姿と猫撫で声にそろそろ耐えかねてきたのだろう、ポケットからペンを取り出すとその書類にサインをしていった。全部で5枚。
「……いいでしょう。週に一回、必ず捜索の進捗状況を報告に来ていただきたい。あと、わたしが呼び出せば必ず来ることが条件です」
「ありがとうございます、必ず」
サインの入った書類をくるくると巻き上げると、客人はそそくさと席を立った。
「参考までに聞かせてもらいたいのですが」
「なんでしょう」
呼び止められ、一瞬顔をしかめた客人は、すぐに取り繕うと笑顔を張り付け振り返った。
「新しい【精霊士】殿の名前と、娘の名前を伺っておきましょうか。特に娘の名前は、こちらに本当に来ているなら、わたしもどこかで耳にするかもしれない」
「……そうですね」
一瞬悩んだようだが、メリットを取ったのか深く頷いた。
「王宮に新しく召し抱えられた【精霊士】はディロ。娘はライナです」
というわけで、ライナ包囲網がじりじりと




