ファーラル
3人は連れ立ってファーラルの執務室に辿り着いた。ガーネットが扉をノックして、入室の許可を得る。
「どうぞ」
青年の声に後押しされ、扉を潜り抜ける。遠慮なく室内を眺めまわすが、相変わらず書類と書籍に埋もれた味気ない執務室だった。
「久しぶりだね、グレイ」
にこやかな笑顔で客人を迎え入れたのは、当然この部屋の主ファーラルだ。
まるで王子様のような甘い顔立ちと優しい声。すらりと伸びた脚と、均等のとれたスタイル。世の中の少女たちが夢見る『王子様』が目の前にいた。だが、残念ながら彼は王子でもなんでもなく、ロットウェルを動かす議長の一人だ。
「ご無沙汰してます」
「お久しぶりです、ファーラル様」
無感情な声で応対するグレイと、信愛の声に満ちたジュネス。まるで対極の空気をまとっている二人は、言わずもがなファーラルとは浅からぬ因縁の持ち主だ。
「さぁ座ってくれ。予定時間を大幅に遅れてのご登場の理由と、この報告書の詳細な説明を一問一答時間をかけて、ゆーーっくりとやろうじゃないか」
ファーラルは書類の束をグレイの目の前でバサバサと振りながら、輝くような笑顔を振りまく。その様子を見て、あからさまに端正な顔を歪めたグレイは、口の中で『だから来たくなかったんだ』と呟いた。
「書類に記載されていた、ドルストーラがこっちとの国境近くで自国民を殺害したとあるが、事実か?」
「はい。当初はドルストーラからの攻撃が開始されるのかと想定していたのですが、精霊たちのざわめきが激しく、自分の予想が裏切られているのを確信しました」
「森の中での殺害か。精霊たちにとれば、家の中に突然現れた侵入者が、仲間割れをして殺戮を始めたようなものだからな。そりゃあ、叫びたくもなっただろう」
麗しい美貌を歪め、ファーラルは重いため息をついた。
「こちらまでは異常は届きませんでしたか」
「さすがに離れすぎているからな。【魔法士】の何人かはぬるい風が吹いたとか言っていたようだが、殺戮が要因だとは確証が持てていない」
グレイの言葉に、肩をすくめて緩く笑みをこぼす。その笑みは苦り切ったものだったが。
「しかし、お前は別の何かを知っているな」
ファーラルは声を幾分低くし、向かい合って座るグレイの目を覗き込んだ。グレイはその視線を避けるように眼前で手を翳す。その様子に、ファーラルはくくっ、と喉の奥で笑いをもらした。だが、すぐに表情を改める。
「報告書の偽りはなしだ」
「偽っているわけではありません。確証が持てなかったので記載しなかっただけです」
不承不承という様子そのままに、グレイは重いため息を漏らした。そして、目の前にいる男を議長ではなく、自分の『師』として見る。
「……精霊たちが騒いだのは、もちろん殺戮が起点だと思ったのですが、殺された者の中に【精霊士】がいたのが一番の原因だと思います」
「ドルストーラの【精霊士】か。その者が殺されたことによって、精霊たちのざわめきが増したと?」
「瀕死の状態で発見した時、彼の周りには精霊が多数寄り添っていました。そして、死後はさらにその数を増やし、埋葬時にも折り重なるまま離れませんでした」
グレイの報告に、ファーラルはぽかんと口を開けた。
「死後も?瀕死の状態というのであれば、精霊とのつながりが強ければ納得できるものもある。それが死後も、だと?どういうことだ」
ファーラルは立ち上がり、ウロウロと室内を歩き始めた。熟考するときの彼の癖だ。こうなると誰が言っても答えが出るまで座ろうとしないし、人の話もなかなか聞かない、聞こえない。
「もし死んだのが【魔法士】であれば?いや、根本的には同じ存在なのだから、【精霊士】【魔法士】という括りで精霊が優越を付けるとは考えにくい。ドルストーラに捕えられるまで、森の中でずっと隠遁生活をしていて、精霊たちとの繋がりが異常に強くなっていたとか……」
「師匠、隠遁生活はないと思います」
「いや、だとすれば森の中で一人隠遁生活。一人くらいならば、森に紛れ逃げ延びられるだろうし……」
「師匠、一人ということも無かったようです」
グレイの各種反論に、ファーラルは珍しく考えを中断させて顔を向けていた。
「どういう意味だい」
「彼は死の間際、俺にこれを託してきたんです。ライナ、という娘に届けてほしいと」
グレイは胸元の隠しポケットから、小さな汚れた巾着を取り出し、ファーラルに見せた。ファーラルは無言でそれを受け取り、そっと巾着の中を開け―――そして絶句した。
「なっ……んだ、これは……」
「さすがの師匠も驚きましたか」
「驚かずにいられるか!なんだこれはっ」
巾着の中を見つつ、グレイの顔を見つつ、ファーラルは美貌を歪めて騒ぎ出した。その様子にガーネットもジュネスも、きょとんとした顔を向けてくる。
「何が入っているのですか、ファーラル様。グレイ様は見せてくださらなくて」
「見せてないのか」
「念のためです」
「まぁ……そうだよな」
ジュネスの言葉に、思わずグレイを振り返ったが、戻ってきた返答に思わず納得してしまうファーラルだった。
「気になりすぎます」
ガーネットの胡乱げな声が少し怖い。これだけ騒いでおいて、見せないとか言えば、あとあとちょっと、いろいろと怖いことになりそうな予感がする。具体的に何がどう、とは言えないが、とりあえず危機回避は必要だろう。
「……ジュネスやガーネットには見えないだろうが」
ファーラルは前置きしたのち、巾着の口を大きく開けて中身を見せた。
「…………石?」
中に入っていたのは、黒い石だった。特に何も感じないが、それは【精霊士】でも【魔法士】でもない二人だからこそ、無反応で済んでいたのだ。
執務室にいる【魔法士】二人は、この巾着の中身に恐れ戦いていた。
「これがただの石にしか見えないとか、幸せすぎるだろ」
見せていた巾着をさっと引き上げると、恐々としつつも再び中身を見てしまう。そして無意識に沸き立つ畏怖に身を委ねたくなる。ほの暗い黒い石は【魔法士】二人には、まったくべつモノに見えていた。
そこにあったのは、圧倒的な『力』だ。
ジュネスとガーネットが、もっとじっくりと見ることができていれば、黒の中に金色の輝きが蠢いていることを知ったかもしれない。
「師匠、預かりものなので返してください」
なかなか巾着を手放さないファーラルに焦れて、グレイは手を差し出して要求する。
「わたしが預かって―――」
「ダメです」
「一晩だけでも―――」
「ダメです」
「水に漬けたり―――」
「ダメです」
「端の少しだけ砕いてみたり―――」
「ダメです」
「火に投入―――」
「どんどん内容が悪くなってるじゃないですか!ダメです、ダメダメ!それは死の間際に預かった、大切な預かりものです。誰であっても渡せません。これは彼の【精霊士】との盟約ですっ」
堂々と断言し、さっさと渡せと手を突き出して要求する。【精霊士】盟約とまで言われてしまえば、【魔法士】としても反故にさせるわけにはいかない。
「……返すよ。ただし!」
グレイの手の中に巾着を落とすと、そのまま大きな手ごと、巾着を握りしめてきた。瞬時にグレイの全身に鳥肌が走る。
「な、ななななんですか!」
「その届け先が分かったら、わたしにも教えてほしい!受け取った娘がその石をどうするのか見届けたい!」
目がキラキラと輝いている。完全に議長になる前の研究者の視線だ……。 精霊オタクで議長の一人であるエガッティも相当だが、公にせず空き時間を全力で研究につぎ込んできたファーラルも相当なものである。
「わかりました。お約束します」
なんとか巾着を取り戻し、すでに定位置になっているポケットに大事にしまい込んだ。そうしている間に、ファーラルによって即席で誓約書が作成され、ほぼ強制的に署名させられた。更に証人としてガーネットとジュネスの連名まで入れられ、即席なわりに完璧な誓約書は、ファーラルが大事に引き出しにしまい込んだのだった。
「さて、話の続きをしようか」
ファーラルの攻口撃は続く。
大変お待たせしました。そしてあと1話こんな調子になりそうです。
ファーラルは基本真面目です。ただ、見知った仲間内にいると、つい巣に戻ってしまうのでしょう。
30歳手前なんですが、若くから苦労している分の反動とでも思ってあげてくださいww
ライナはまだ寝てます。そして巾着の中身については、のちのち…(;・∀・)
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ほんとうにありがとうございます。
励みに頑張りますので、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




