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無声の少女  作者: けい
ロットウェル
22/145

中央都市へ

 ジュネスが片手にスープ皿を持ち、脇に氷嚢を挟んで室内に戻ってくると、彼は問答無用でグレイをライナから引きはがした。そしてガミガミと淑女に対してのマナーを一通り我が主に煩がれるほど説明したのだった。

 すぐにでも出発するつもりだったジュネスだが、グレイが首を縦に振らない。


『ちゃんと食事をするか心配だから』


 そういうので、保護した責任を感じているのだと解釈したジュネスだったが、スープを何とか飲み干したライナを見ても、満足そうな顔をしているだけで動かない主に胡乱な視線を向けた。そして当人はそんな従者の視線を無視してあっさりと言い放った。


『眠そうな顔をしている。眠るまで傍にいるから安心していい』


 ―――何言ってんですか、アンタ!


 思わず口から飛び出しそうになった下町言葉を必死で飲み込み、ファーラル議長が待ってらっしゃるんですよ!と言い募ったが『待たせておけばいい』で終わってしまった。


 結局、満腹効果と安堵感が勝ったのだろう、ライナはゆっくりと瞼を閉じて眠りにつき、それを見届けてようやくグレイは重い腰を上げたのだった……


 時間はすっかり予定をオーバーしていて、用意していた馬車でのんびりと向かう余裕はなかった。仕方なくそれぞれ馬上の人となり、真昼間から馬を疾走させる羽目になる。じりじりと真上から照らしてくる太陽の熱が恨めしい。何度か休憩させないと、馬を潰してしまうだろう。


 ロットウェルの中央都市は、グレイたちの赴任していた辺境までは、早馬でも3日はかかる距離だ。ただ、今回ライナの保護と療養のためグレイはジュネスと数名の騎士をつれて中央都市の手前の保養所まで戻ってきていた。いくら精霊の力を借りて治癒したと言っても、完全ではない。衛生的に設備的にも辺境の駐屯地では限界がある。


 残る部隊はジュネスに任せようかと思ったが、そんなことをジュネスが受諾するはずもなく、最近お飾りになっている隊長殿に任せてきた。退役間近の爺隊長は、茶飲み友達のような自分の侍従と今も仲良くチェスでもしているだろう。

 まったく頼りにならないが、兵士たちはグレイが育ててきた信頼している者たちばかりだ。それに、数日前にあのような大事をドルストーラは起こしてきた。そう何度も頻繁に煽ってくるほど愚かではないだろう。そんなことになれば、二国間で戦が起こる。


 ファーラルへはここ最近の出来事を書面にて報告をしていたが、どうやらもっと根掘り葉掘り聞きたいことがあるようだ。中央との諍いに巻き込まれたくなくて、辺境行きを希望していた男が、なんと近くの保養所まで戻ってきている。しかも女連れで!……いまからどれだけからかわれるのかと思うと、それだけで頭が痛かった。


 まだまだ療養が必要だろう彼女のいる角部屋の前には、連れて来た騎士を護衛に付けている。不審者の入室の禁止と、あと診察の医師は女医のみと厳命してある。男を恐れている節があるため、不用意に男を近づけさせない策だった。本当はずっと付いていてあげたかったが、責務があるためそれも儘ならない。国に仕える身としてつらいところだ。


 はぁーとため息をしつつも、スピードを落とすことなく駆けていく主の姿に、ジュネスも深いため息をついた。




 中央都市につき、元王城。現議事堂・官邸として使用されている建物に入り、馬を預けるとまっすぐに伸びた広い通路を臆することなく進んでいく。旅装を外し、騎士団の制服に身を包んだグレイは、何もしていないのに女たちの目を引いた。


「グレイ様だわ」

「いつお戻りになったのかしら」

「ジュネス様もご一緒なのね」

「あのお二人が揃っているお姿、なんて麗しいのかしら……」


 女たちがうっとりとした視線で、正装に身を包んだ二人を頬に方手を当てて呟いている。顔は仄かに上気し、憧れの君を見つけたような姿だが、彼女たちが見目麗しい騎士たちに狙いを定めて、誰彼なしに褒めちぎっているのを知っている。グレイは無頓着なので、まったく気にしていなかったが(それ以前に女たちの囁きすら聞こえていないかもしれない)ジュネスは不当な噂が流れていないかもチェックしているため、事細かに探りを入れてしまうのが性分だった。


「遅いです」


 3階にある事務所に顔を出したとき、開口一発一人の女性から怒られた。


「ガーネット嬢」

「呼び戻したのが何時間前かご存知ですか。朝の8時には文は届けたと使者が報告してきましたよ。そして今は何時ですか、何時だと思っているんですか」


 耳の下で斜めに切り揃えられた黒髪。釣り目気味で勝気そうな茶色の瞳。身長はそんなに高くなく、いっそ低い。それでも動きやすさ重視でヒールの高い靴は履かないことにしているらしい。


「申し訳ない」

「わたしは現在の時間を聞いています」


 謝罪を受け付けず、きっぱり言う。身分だけで言えば、グレイやジュネスなどより、よほど下に位置する秘書室の責任者だ。ただ、他の秘書との絶対的な違いがあるとすれば、彼女がファーラル直属の秘書だということだろう。

 中には、いまだ独身のファーラルとガーネットとの仲を邪推する輩も多いが、昔から顔なじみであるグレイから言わせてもらえれば、ただの姉と弟のようなものだった。実際の年齢はガーネットが年下なのだが、彼女の雰囲気がそう感じさせない。


「あー…、確か2時かな」

「あなたの時計はわたしの時計より1時間半以上遅れているようですよ」


 適当に言った時間に対し、ガーネットは冷気が見えるほど冷たい視線を送りつつ、胸元から金の鎖の付いた懐中時計を取り出してグレイの眼前に突き付けた。


「グレイ‼あんたには、この針が2時に見えるわけね、こ・れ・がっ!」

「落ち着いてください、ガーネットさん!地が出てます、地がっ」


 ジュネスが慌ててグレイの前に立ちふさがり、なんとか落ち着かせようと二人の間に身を滑り込ませた。


「くっ……」


 心底悔しそうな顔をして歯噛みしている。秘書室には他に人がおらず、そのため普段は厳重に隠している地が飛び出してきたのだろう。けれど、いつ誰が入室してくるかわからないのを自覚しているガーネットは、すぐに仮面をかぶりなおした。


「ファーラル議長がお待ちです。執務室までご案内します」

「ファーラル様だけですか?」


 元の冷静なガーネットに戻ったことに安堵したジュネスは、ファイルを抱えたガーネットに問いかける。6人会議に放り込まれるのではないかと思っていたのだが。


「ファーラル様がまず、中身を精査されたいとのことです。その後会議にかけ、不明点があれば、再度呼び出されるでしょうね」


 ガーネットの言葉に、グレイは心底いやそうな顔をする。そんな表情は少し子供っぽい。


「遠方まで呼び出しのたびに中央まで来るのは大変でしょう。辺境部隊副隊長は誰かに任せて、そろそろバーガイル伯爵に戻ればいいのよ」

「冗談じゃない」


 ガーネットの軽口ながらも内心本気な提案を、グレイは一蹴した。


ライナさんお休み中。


グレイさんが暫く動き回ってくれるようです。

そしてガーネットさん…こんな性格だったんですか…(;´・ω・)


次回「グレイvs議長」お送りします(注意★まったく当てにらない予告です)

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