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無声の少女  作者: けい
その先にある選択肢
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再会と交渉

 ライナはソファーに浅く腰掛けたまま、何度目かの深呼吸をした。緊張で手に汗が滲む。

室内にいるのはライナを除けばファヴォリーニとミラビリス。リグリアセット公爵夫妻とアンヌだ。ライナと深く関わりのない者は室内にいない。そしたまた、身分の低い者も排除されている。何しろ、これからここに現れるのはファーラル議長と、ドルストーラの新王なのだから。


「大丈夫よライナ」


 ライナの隣に座り、アンヌは力強く言葉を掛けてくれる。その瞳には義妹を遠くにやったりするものかという意志が見て取れた。思わず期待を込めて頷き返したが、実際問題……ドルストーラ王がライナの身柄を希望すれば、断ることは限り無く難しいだろう。それが分かっていたため、ファヴォリーニやシュバルツだけでなく、ミラビリスも口を挟まず黙するしかなかった。


 室内には闇の精霊の気配だけで姿はない。それが影響しているのか、緑の精霊たちがいつもより興奮気味に天井付近をくるくると旋回していた。それが何を現しているのか、気落ちしているライナには分からなかったし、じっくり意味を考える気力もない。

 と―――、ドアの向こうで人の気配が動いた。ぼそぼそと話し声が聞こえてくる。分厚い扉は言葉を遮るだけでなく、声が誰のものかも分からなくしていた。ライナは思わず身構えるように立ち上がり、扉を凝視してしまう。思わず胸の前で組んだ両手に汗が滲む。その背中を支えるように同じく立ち上がったアンヌが肩に触れた。けれど頼もしいと感じるのに身を任せることはできない。ここにいたのがグレイであれば、ライナはその腕に縋っていたかもしれないのに。


 カチャと軽い音で扉が開き、顔を出したのはファーラルだった。後ろで見ていたグレイは議長自ら室内へ最初に踏み込む無防備さを咎めたいところだったが、ここは闇の精霊の腹の中。ファーラルに悪意ある者が入れ込める隙はない。


「やぁ、皆様お揃いで」


 気が抜けるほど気軽な様子に、室内にいた者たちは思わず肩の力を抜きそうになったが、その後ろから続いた見知らぬ姿に姿勢を正した。


「こちらへどうぞ、新王殿」


 ファーラルに続いて姿を現した人物。優しげな面差しをもった背の高い青年は、室内に入ってすぐ、目の前にいるライナに視線を合わせた。微動だにせず、ただまっすぐにライナを見つめ続ける。ライナもまた呆然とした顔で青年を見つめていた。アンヌはどうしたのかと問いたいのに、それが出来ない空気がある。

アンヌはふとなにか既視感を覚え、ライナと青年王を見比べた。


 似ている……その髪の色も瞳の色も。そして顔かたちだけでなく、纏う雰囲気すらも。アンヌには見えていなかったが、室内に集った精霊たちが二人の再会に踊るように舞っていた。


「ライナ」


 そして震える唇がその名を呼び……ライナはその青年アロイスの胸元に向け駆け出していた。


「兄さ、ん!」

「ライナ!」


 両手を広げたその中に、ライナはぶつかるように体を預けた。アロイスの服を握りしめ、ただ泣き叫んだ。思い出の中の妹より、ずっと大きくなった妹の体を抱きしめ、アロイスは小麦色の髪を撫でながらずっと声をかけ続ける。


「遅くなってごめん、ライナ」

「生きてるよ、俺はここにいるから」

「よく生き延びてくれたね」

「寂しかっただろ、辛かっただろ」

「ライナと母さんを助けてあげられなくてごめん」

「大きくなったね。綺麗になった」

「生きてて―――よかった」


 頭上から降ってくるもう諦めていた懐かしい声に、自分を呼ぶ優しい声に留まる事を知らない涙を流し、ライナはこの2年使う事を諦めていた喉から迸る声を震わせ、慟哭を続けた。そう、ライナは声を取り戻したのだ。

グレイは抱きしめあって再会を喜ぶ兄妹を見つめ、喜びとともに複雑な心境もあった。


 いままでも夢の中では(うな)されて声を発していたのだから、喉が機能を失ったわけではないとは気づいていた。けれど意識ある状態ではライナは声を出すことはなかった。すべて、無意識化の中でのこと。だが、その壁は―――今日この時破られたのだ。


 ―――本当は、俺がその壁を破りたかったんだけどな。


 アンヌたちも驚いている様子はあるものの、再会に水を差すことはない。ライナが落ち着くまでの数分間、誰も邪魔せず待ったのだった。


「ライナ、顔を上げて」

「う、うぅぅ」


 アロイスの声に、ライナは涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げた。その泣き顔はアロイスの知っている妹の泣き顔そのままで、それはアロイスに安堵をもたらした。


「ぶっさいくになってるぞ、ライナ」


 そういうアロイスの瞳もまた、赤くなっていた。

 涙を拭くものを持っていなかったライナだったが、ミラビリスがハンカチを差し出しそれを受け取った。ライナが涙を拭っている間に、アロイスも袖の裾で涙を拭った。そしてそんな二人の様子をアンヌは呆けたように見つめていた。いや、正しくは視線はアロイスを捉えている。


「精霊も、喜んでる」


 くるくると舞う精霊たちに視線を和らげたライナに、アロイスも大きく頷いた。


「ああ。ライナに逢いたいってずっと騒いでたんだ」


 あっさりと告げられた内容だったが、ライナはその言葉に目を見張った。ライナが知っている頃のアロイスは、精霊が見えなかったのだから。


「兄さん、精霊が見えてるの……?」

「……うん、見えるようになった。18歳になってすぐに」


 大凡(おおよそ)平均20歳で精霊を感知できるようになると言われている。その基準に照らし合わせれば、アロイスの発現は決して遅いものではなかったが、周りが規格外ばかりだったため、子供の頃はもう精霊士にはなれないのだと思っていた。精霊が初めて見えた時、ディロの血統を継ぐ者として世界が望んでいるのだと感じた。だが父ディロは息子が発現したことを知らないままこの世を去った後だったが。


「わたしの方が先輩ね」

「そうなるかな」


 二人で顔を寄せあってくすりと笑う。ライナがある程度落ち着いたのを確認し、ようやくそれぞれが動き出した。廊下ではフォーデックとロージィが突然の再会に(主にロージィが苦情という)言葉を交わしているようだ。それを遮断するようにジュネスが扉を閉めてしまえば、静かなものだった。

 しっかりと扉が閉まったのを見て、グレイは一歩踏み出す。


「……ライナ、声が出てよかった」

「グレイ」


 いつものように手を差し出すが、ライナは身内が近くにいるのが恥ずかしいのか、チラチラとグレイとアロイスを見つつはにかむ様に微笑んだ。だが、常のように腕の中に飛び込んで来てはくれなかった。それがまた、グレイには寂しい。

 ただ、ライナから洩れた声が自分の名前を呼んでくれたことに、グレイはぞくりとした快感さえ覚えた。それを悟られないよう一歩一歩踏み出し、ライナの数歩手前で膝をついた。そしていつものように微笑んで腕を広げる。


「ライナ、おいで」

「……っ!」


 ライナは葛藤するように戸惑った様子だったが、アロイスがため息を吐きつつ、押し出すようにその小さな背中を押したことにより定位置の腕の中に飛び込めた。グレイは慣れ親しんだ体を抱きしめ、自分の腕の中にライナがいることに安堵すら覚える。

 その様子を見ていた各自は思った。


 ―――大人げない……。




 大人げの無いグレイの行動はともかく、ようやく主要な会話を進められる運びとなった。上座にアロイスとファーラルが座り、続いてシュバルツとライナが。グレイの後ろにはジュネスが立つのは定位置だ。車椅子のファヴォリーニはミラビリスと共に一歩下がっている。アンヌと公爵夫人も同じく下がった。ロージィとフォーデックはそのまま廊下にて扉の番をさせておく。


「単刀直入にお聞きしましょう。ライナはここに必要でしょうか」

「もちろんです」


 アロイスの問いかけに、間髪入れず返答をしたのは当然グレイだった。現在ライナは、公式な立場として公爵家の養女となっているためシュバルツの隣に座っているが、グレイの本音で言えば隣に座りたかった。ファーラルに婚約を認められていない以上、グレイとライナの関係性はとても不安定なものなのだ。

 非公式とはいえ、国主に向かって一伯爵が意見したことは咎められるべきだろう。だが、グレイは引くつもりはなかったし、アロイスも特に表情を変えることはなかった。ファヴォリーニは息子の無謀な様子に内心頭を抱えてはいたのだが。


「ありがたいお言葉です。ですが、正直なところ……わたしはライナを祖国に連れ帰りたいと思っています」

「!」


 アロイスの言葉にそれぞれが微かな反応を示した。何の反応もなく、微笑を浮かべて身動(みじろ)ぎひとつしなかったのはファーラルだけだ。


「妹をこちらで保護して頂き、手厚い看護を施して頂いたことは本当に感謝しています。さらに今は公爵家の養女として身分も保証して頂いている。これ以上ない待遇です」


 アロイスは立ち上がると伯爵家と侯爵家の面々にそれぞれ深く頭を下げ、感謝を示した。その後再び腰を下ろし、改めてそれぞれの表情を確認する。


「すでにご存じのとおり、ドルストーラは精霊に見放されてしまいました。特に都市部はひどいものです。さらにそれは森にまで広がり、幾分ましになったとはいえ、いまだ以前のような状態には程遠い」


 アロイスの表情は暗く、国境線にまで迫った枯れ被害は男性陣はそれぞれ知っている事もあり、掛ける言葉がなかった。


「作物の収穫量も全盛期に比べて1/5にまで減りました。いまはロットウェルのご厚意に甘え、援助頂いていますがそれも甘え続けるわけにもいかない。ドルストーラは早急に国内を整え食糧自給率を回復しなければなりません。しかし、精霊たちに見放された土地は多く、その見通しは遠い。わたしも国中を回り精霊と対話をしていますが……圧倒的に精霊士が不足しているのです」


「そのことに関していえば、こちらからもそれなりに力のある魔法士を派遣させていただいたと思いますが?」


 ファーラルは、ディクターの子飼いである浅黒い肌を持つ異国の魔法士を思い浮かべていた。全員で向かったわけではないが、個々で見てもそれなりに能力値の高い者達を向かわせたのだ。その彼らで結果が出せていないはずはない。


「ディクター殿には大変お世話になりました。ただ……恐らくこれはドルストーラ内に限ってのことだと思うのですが……国内の精霊たちは、どうやら魔法士を苦手としているようなのです」


「というと?」


「結果だけを申し上げれば、ソニール君以外の方々は……ドルストーラの精霊たちに受け入れられませんでした。いえ、収穫が全くゼロというわけではないのです。ですが―――差は歴然としておりまして」


 言いにくそうに肩を落とす姿は、まだ大人になり切れていない青年の素朴さを垣間見せた。だが、報告を聞いてファーラルは眉を寄せる。


「それが真実だとすればライナは役に立ちませんよ」


「どういう意味でしょう」


「ライナには、わたしの弟子であるグレイが師となり、ライナに魔法士としての指導をしていました。ここ最近はしていないようですが、ある程度の指導は完了しています。連れ帰ったところでドルストーラのお役には立てないかもしれませんよ」


 ファーラルの言葉に、アロイスは微かに驚きの表情を現したがそれだけだ。少し乱れた呼吸を整えるように小さく息を吐き出すと、苦笑を浮かべてライナを見た。


「ライナ、それは本当かい?」

「……」


 再び口がきけなくなってしまったかのように、ライナは小さく頷くことしか出来なかった。


お待たせしまくってしまいました。

待っていて下さった皆様、ありがとうございます。

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