ロットウェル6人会議 2
六人の議長が集まった会議室の中で、6人の男たちと唯一入室が認められているガーネットは、テーブルに置かれた書状に交代で目を通していた。内容は決して難しいものではなく、新しい国として立ち上がったばかりのドルストーラ共和国にしてみれば、ごく当然であろう申し出だった。
「三か国会談、か」
バーナムは小さく呟いたが、静かだった室内には効果はない。言葉じりを捉えるようにクレイツが言葉をつづけた。
「マーギスタの首相が、年初めに訪れている事を把握していたとはな」
闇の精霊の関係で、公にファーラルはロットウェルを出ることが出来ない。マーギスタはたたでさえ、ずっと闇の精霊に怯えているというのに、半年ほど前にはその結界が破られるという事件まで起こった。この状態でファーラルが動けば、マーギスタはますます萎縮し、ロットウェルに対しても敵愾心を抱くかもしれない。不和になるような事態は避けたいのが心情だ。
恐らく今回の訪問で、マーギスタ側は結界の修復を依頼してくるだろう。【精霊士】【魔法士】が少ないマーギスタでは、大規模な結界を張れるほどの能力者が育っていないのだ。
「しかも予定している日付まで把握されているようですね」
書状にはご丁寧にも、マーギスタと内々で取り交わしていた筈の日付が記載されていたのだ。
ファーラルは呆れたように視線を一方に向けた。その視線の先には一人の男。
「内通者がいるということですか?」
「あ、それはわたしが伝えた」
エガッティが怯えた声を出すのと、場違いなほどあっけらかんとした声はほぼ同時に発せられた。そしてその声の主に向かって、一斉に全員の視線が飛ぶ。
「やはりお前かディクター!機密事項だぞ!」
「ロットウェルだけでなく、マーギスタの要人まで危険に晒す事になると分からなかったのか」
「ドルストーラにいって絆されたか!」
飄々と声を出した当人は、他の議長から飛んでくる怒声に肩を竦めただけで反省の色はない。血気盛んなクレイツはもとより、温厚なアジレクトやバーナムまで怒りを隠すことなくぶつけている。会議において意見が食い違うことはあれど、こんな風に怒鳴り合うような議会は初めてで、ガーネットは無意識にファーラルの傍に移動していた。
「ドルストーラ側もお忍びで来たいようですし、なんとか調整してもらえませんかね」
年長者たちの怒鳴り声をものともせず、ディクターはファーラルだけに視線を向けてきっぱりと言い切った。近年、最年長者であるアジレクトの権威は徐々に降下し、ますますファーラルが存在感を現して来ていた。六人会議とはいえ、実質はファーラルが決定権を握っているようなものだ。
「……わかりました。マーギスタ側には、二か国間会議ではなく、三か国間会議にできないか打診してみます」
「ありがとうございます」
仕方ないと諦めたように肩を竦め、ファーラルはその要望を飲んだ。ファーラルが了承してしまえば、怒声を上げていた者たちも渋々口を紡ぐしかない。
ディクターは、前政権が崩壊する間際にドルストーラに入り、色々と工作していた人物だ。その時に現在の政権運営者と意思疎通を交わしたのだろうし、色々と譲歩や橋渡しを依頼されたのだろう。ここで突っぱねてしまうのは簡単だが、今後の事を考えればディクターという仲介役を蔑ろにせず、うまく使うことが重要だと判断した結果だ。少なくとも、ディクターは現ドルストーラ政権の中核にいる者たちの信用を得ていると見ていいだろう。
「それにあくまで内々にロットウェルを訪れたいそうなので、かなりの少数で来るようです」
「少数で?」
一国の主となった人物が、つい最近まで戦の飛び火をさせていた国に来ると言うのに、少数とはいかがなものか。それに要人は少なくとも、その護衛の数は圧倒的であるはずだ。
「はい。わたしの息子たちを一人ずつに護衛に付けますが、護衛対象は二人です」
「!?」
驚きの数字に、さすがのファーラルも目をむいた。その計算で行けば、護衛を含めても4人だけとなる。そんな馬鹿な。
「―――だが、こちらの到着するまで森の中での野営は確実では?世話をする者たちを含めれば、それなりの人数になるはずです。まさか4人なんてことはないでしょう」
エガッティが恐る恐ると声を出す。普通に考えれば、料理人や下女も必要だろう。馬車を動かすための御者もだ。どう計算してそんな数になるのかと不審ですらある。
「お生まれが高貴な身分の方ではないので、野営も得意なんだという事ですよ。ちなみに護衛二人と言いましたが、正直一人でもいいんじゃないかと思ったりもしています」
「どういうことだ?」
ディクターの言いようが理解できず、思わずクレイツが口を挟む。周りの不可思議な表情を見渡すと、とて楽しそうにその男は口を開いた。
「一人はフォーデックです」
「はぁぁああ!?」
「えぇぇっ」
「フォ……なんだって!」
「あのバカ息子!」
「行方が分からないからどうしているのかと思えば……」
「お父様、生きてたんですね」
「―――なるほどね……」
名前を聞き、それぞれがそれぞれの反応を示す。一番顕著に表情を歪めたのはアジレクトだった。
「あやつ、何をしているのかと思えば……ドルストーラに潜り込んでいたのか……」
思わず頭を抱えたアジレクトに、ガーネットは駆け寄ってその背を撫でた。もともと小柄なアジレクトが蹲ると、さらに小さく見える。
「お父様がロットウェルに帰って来られるなんて、何年ぶりでしょう。わたし、すっかり死んだものだと思っておりました」
「……ガーネット……」
あっけらかんと告げるガーネットには、父親フォーデックの記憶などほぼない。気が付いた時には祖父であるアジレクトに預けられていたし、傍にはいつもファーラルがいたため、寂しいと思う事もなかった。それはファーラルも両親からアジレクトに預けられた『同じ存在』だったからかもしれないが。
「どやらフォーデックは、ロットウェルでロージィに剣を教えた後、単身ドルストーラに渡っていたようです。どういう繋がりかは知りませんが、どうやら【精霊士】ディロとは知己だったようで」
ディクターの説明に、一同はますます項垂れた。その中でファーラルは、頭の中で様々な可能性と推理を展開していく。
「つまりフォーデックは……ディロが始祖の末裔だと知っていたわけだろうな」
「こちらに報告の意味はないと思ったのか、あいつは」
エガッティがこれほど苦々しげな顔をしているのも珍しい。精霊研究に役立ちそうな題材を隠されていたことが、彼には腹立たしいのだろう。
「フォーデックの剣の腕があれば、充分に用心棒をこなしただろう」
「そしてドルストーラの脅威から村を守っていたと?」
「いや。さすがに剣豪フォーデックでも、軍勢に対して一人で立ち向かうのは無理だ」
「多勢に無勢だな」
「つまりは、彼の目的は別にあった?」
議会がしん、と静まり返る。フォーデックはアジレクトの息子で、ガーネットの父親である。それは間違いがない。けれど長年音信は途絶えており、今日のこの日まで彼がドルストーラにいることすら、誰も把握していなかったのだ。少なくともファーラルは幼いころに数回、アジレクトの屋敷に顔を出したことのある男としか認識がないのだ。そんな人物の事を模索しようにも、材料が足りなさ過ぎてどうにもできない。現在、ドルストーラ側についていることから見ても、彼はすでにロットウェル側の人間ではないという事だろう。
「いまここで予測を立ててもどうにもならない。年明けの三か国会談に向けて準備を進めるよう、各自で調整し指示を出してください」
締めくくったファーラルに異論が出ることなく、会議はいったん閉会した。それぞれが担当している部署で必要になる変更点などを早急にまとめる必要がある。泊まる部屋の確認や、それに伴う侍女の選考。警備の見直しも配置変更もある。クレイツやバーナムは慌ただしく会議室を後にし、アジレクトはガーネットに支えられるようにしながら部屋に戻った。エガッティは精霊に関する資料を見直すと張り切っているようであった。
室内に残ったファーラルは、動かずこちらを見ているディクターに視線を移す。人気のなくなった会議室だが、はっきりと闇の精霊の気配を感じることが出来る。その気配をあえて感じさせつつ、牽制するようにファーラルは口を開いた。
「言いたいことがあるなら早急にお願いしますよ」
「ドルストーラの国主と、ライナの面会を確約して頂きたいのです」
だが気負いなく告げられた言葉に、ファーラルの視線が鋭くなる。いずれ会わせる算段は取るつもりだったが、確約ときたか。
「彼はライナにご執心なもので」
「もちろん断るつもりはありませんが……わたしとしても大事な弟子の婚約者だった娘の事です。存外な扱いをされると困るのですよ」
冷たいと感じるほど冷気を含んだ声が響く。悪寒を感じてもおかしくない室温になっていたが、ディクターはそれに頓着している様子なかった。
「わかっていますとも。ただ……彼の素性は、お伝えしておかねばならないと思いましてね」
意味深なその言葉に、ファーラルは知らず眉根を寄せていた。
その会議が終わった夜、グレイはファーラルに呼び出された。
年明けの三か国会談の事。そして―――ついに実現することになったライナとドルストーラ君主との面会の事を。
懐かしい名前が出てきました。
懐かし過ぎて忘れている方もいるかも。。。
4/14…「一泊」との記載を「野営」に変更いたしました。