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無声の少女  作者: けい
その先にある選択肢
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ライナの鳥籠生活2

 ライナが受けたオーリス女史の授業は、予想していたよりもずっと面白く、興味深い内容であった。今まで伯爵家で教えられてきたものとは違い、オーリス女史が教える内容は多岐にわたった為だ。クレールが教えてくれていたマナーにしても、貴族と庶民の違いや、マナーの省略の仕方。客を招いた時の基本的な話題など、表面では見えない裏の部分を面白おかしく脚色を交えつつ教えてくれたのだった。堅苦しくない授業はライナの肩の力を抜く効果を持ち、なおかつインパクトがあったため、すんなりと頭の中に入って来た。他にも歴史では意外な史実で興味をひき、計算式では発想の転換を教えられた。ライナにとってはすべてが新しく映り、楽しく一日の授業を終えることが出来たのだった。


 リリーも一緒になって歴史の授業には聞き入っていた。さらに的確な質問をオーリスにしてくれるため、ライナが質問せずとも疑問部分は解決されていく。どうやら歴史上の人物を題材にした小説があるらしく、それの愛読者だという事が分かった。

 お昼過ぎになり、グレイとジュネスがライナを迎えにやって来た。今日の楽しかった授業はこれで終わりとなる。


「オーリス様、ありがとうございました」

「こちらこそ。呑みこみの早い素敵な生徒ですもの。教え甲斐がありますわ」

「またよろしくお願いします」


 グレイの言葉に合わせ、ライナもぺこりと頭を下げた。女史との授業の続きはまた明日だ。午後からライナには別の予定が入っている。オーリスにも自分の研究があり、午前の時間だけ空けてもらっているのだった。


「さて、お昼にしよう」


 グレイが差し出した手をライナは少し照れつつも握り返し、ついでとばかりにジュネスの手も取った。驚いた様子を見せていたジュネスだが、左右にグレイとジュネスの手を握ったライナが嬉しそうだったので、そのまま仲良く三人で食堂に向かっていった。

 リリーはオーリスに深く頭を下げると、三人の後を追いかけていった。


「あらあら。お目付け役も大変ね」


 彼らの後姿をオーリス女史は微笑ましそうに見送ったのだった。




 食堂の中は休憩時間という事もありごった返していた。時間をずらしているとはいえ、それでも白薔薇城で勤務している兵士や官吏、侍女やメイド。博士や研究員もいる。庭師も馬庭も食事はこの食堂で摂る決まりとなっているのだ。


「Aランチひとつ!」

「おい、ずっと待ってんだけどどうなってんだよ!」

「サラダが足りないよっ」

「パン持ってきてー!」

「それじゃねーよ!」

「あ、それはこっちこっち!」


 フル稼働する食堂と厨房からはひっきりなしに声が聞こえている。時には怒声交じりもあり、いつ来てもライナは思わずびくついてしまう。限られた休憩時間に食事を済まさなくてはならないため、みんな必死だ。その焦る気持ちはグレイもジュネスも通った道であるためよくわかる。自分たちも新兵の時は、もみくちゃにされながら食事を確保したものだ。


 だが、そんな思いをライナにさせるわけにはいかない。グレイとジュネスは喧騒を通り過ぎ、朝食を食べた脇にある小部屋にライナを連れて行き扉を閉めた。

 遮断され、音が遠ざかるのと同時に声がかけられる。


「遅かったな」


 そこにはすでにファーラルとガーネットが昼食を食べていた。昼食という概念が欠落していたファーラルだが、ライナが来てからガーネットにより『模範となる規則正しい生活を!』と指導を受け、ほぼ強制的にこの専用の小部屋に連れて来られている。以前まではガーネットと仕事をしつつの20分休憩だったが、いまは仕事なしの40分確保されている。


「ライナ、こっちよ」


 ガーネットに呼ばれ案内された席に着く。リリーは本来であれば、喧騒の中に飛び込み自力で昼食を確保しなければならない立場であったが、それは免除されている。けれど共に食事の席に着くことは許されないため、用意されていた一人分の食事を手に取ると、食堂に戻って行った。

 質素な食器と皿に適当に盛られた食事。テーブルマナーなど気にせず気楽に食べられるのはライナにとってはありがたい。そんなライナの隣に座ったグレイだが(無駄に座席が近い)、向かい合った場所が悪かった。


「そういえばグレイ。国境警備隊の再編についてだが―――」


 結局食事中、半分以上の時間は仕事の話になってしまったという。





 午後からはグレイたちの訓練の見学に向かう。訓練場の傍には、貴人用の見学スペースが作られており、小ぶりながらきちんとベンチが何脚か用意されている。ニーナからライナが日に焼けないようにと繰り返し伝えられていたリリーは、外に出るとき日傘と帽子を欠かさない。いまも屋根の下にいるというのに、ライナは帽子をとることを許されない。

 最初の頃はチラチラとライナを見ていた兵士たちだったが。


『あれは誰だ』

『女の子がいる』

『貴族だよな?』

『可愛くね?』

『誰の知り合いだよ』

『あれ、俺見たことあるかも……』

『あ、俺も』

『俺も』

『あ、あの子って前に訓練場で倒れた子じゃないか?!』

『え、マジか!』

『てことは……』

『ほぅー訓練中によそ見するとは余裕だな、お前たち』


 背後に佇み訓練用の剣を片手で弄んでいたグレイの笑顔は眩しいほどだった―――らしい。あれ以来、ライナを特別注視する者はいなくなった。半強制的に。なにしろここには、グレイだけでなく自称兄であるジュネスもいるのだ。目を付けられて決して愉快なことにはならない。


 黙々と訓練をこなし、走り込みをし、剣術だけでなく組手もする。地面に転がされた兵士たちは、すでに全身砂埃まみれだ。その中心で3対1で組手訓練を行っているのはグレイだった。


「パーティス!お前は剣に頼ってるからだ。足腰が弱い!」

「はいぃ~」

「ロック慎重になりすぎだ。腰が引けていては意味がないぞ」

「はいっ」


 訓練している中には、マーギスタで世話になったパーティスとロックの姿もあった。ライナが直接的に仲良くなる機会はなかったが、それでもお互い顔見知りであるというだけで気安く感じてしまう。訓練中へらりと笑ってライナに手を振ったパーティスは、すぐにグレイに見つかり拳骨を食らわされたのだった。


 訓練は延々と続くのだが、グレイには書類仕事もあるため、長時間居続けるわけではない。それに今日はライナに来客の予定があるため、一時間ほどの見学で訓練場を後にした。名残惜しそうなグレイに手を振り、ライナとリリーは旧後宮に戻っていく。

 リリーに湯殿に突っ込まれ、その後は体中をオイルでマッサージされる。バーガイル伯爵邸にいた時にはなかった習慣が、ここに来て新しく発生していた。基本的に着替えもお風呂も一人でこなすライナにとって、他人の手が体を弄るこの作業がとてもとても苦手だ。初めの頃は逃げ出そうとしたり、暴れたりを繰り返していたが、最後は結局リリーの気合と気迫に負けてしまい、現在に至る。


「ん~~このすべのすべの肌、最高!」

「―――っ!」


 素っ裸に剥かれ、同性とはいえ素肌を晒す行為にいつまでも慣れることはない。ニーナであれば「ライナお嬢様が嫌なのでしたら、無理にとは申しませんよ」とでも言ってくれると思うが、リリーにそれは通用しない。さらにこのあと会う来客に、色々とチェックされる予定なのだ。


「さて、もう一度……二の腕から揉み解していきましょうね」

「―――っ!~~~っっ」


 そして声の出せないライナの悲鳴は、誰に聞かれることもなかった。




 リリーは手早くライナの髪を乾かし、髪をまとめると花飾りを付ける。派手な宝飾は必要がないが、年頃の女の子として、淡く化粧を施した。用意されたドレスはライナの好きな緑色。若葉のような瑞々しい色合いに、刺し色としてオレンジ色と白色のレースが使われている。首元まで覆ってしまうデザインで、首の傷を隠すためのスカーフは必要がない。その代りの露出として、肩はむき出しだ。手入れされた肌は瑞々しく張りがある。自慢して見せたいリリーだったが、乙女の柔肌をそう簡単に見せるという選択肢は存在しない。ドレスに合わせた肩掛けを用意してあった。

 大人びたように少し高いヒールを履き、一歩を踏み出す。踵がぐらりと揺れそうになったが、数歩歩けばバランスが取れるようになった。元来、ライナの運動神経はピカイチなのだ。


 忘れないようにと黒板とチョーク、そしてこっそり用意しておいた小箱を持って出発する。


「お待たせいたしました」


 準備が終わり連れて行かれたのは、旧後宮内のとある一室。応接室として利用している場所だ。


「ライナ、久しぶりね!」

「!」


 ライナの姿を見て声を上げたのは、義姉であるアンヌだった。そしてその後ろにはミラビリスとセリーナの姿もある。この三人は、ライナがここに来てからも何度か顔を出してくれているのだが、城に上がるにはそれなりの手続きがあり、こうして旧後宮に足を踏み入れるためには、さらに雑多な手間がかかる。そのため、頻繁には来れないのが実情だった。


「今日はラズベリーパイを焼いてきたのよ。一緒に食べましょう」

「元気そうでよかった。変わりはない?ライナ」

「ここに来てますます美しくなったわね。リリーはよくしてくれている?」


 代わる代わるに抱擁し、頬に口付けていく。ふんわりとした優しい気配。そして嗅ぎなれた彼女たちの香水の香りがライナの心をほっと溶かしてくれる。

 ファーラルの温情により、この応接室の貸し出しを限定的に許可してもらっている。本来はファーラル議長の私的空間であるため、不特定多数を招き入れることはないのだが、今現在ライナを拘束しているという負い目があるからか。事前に願い出ておけば融通を聞いてくれるようになったのだ。


「不自由はしていない?」


 心配げなミラビリスに微笑みながら頷く。本当はファヴォリーニにも会いたいのだが、ライナがここに来てから元気がなくなり、さらに足の古傷が痛むようになったらしく、外出を主治医から止められているらしい。

 ライナは用意しておいた箱の中から、ファヴォリーニのイニシャルと、バーガイル伯爵家の家紋が入ったハンカチを手渡した。白薔薇城から出られない今、お見舞いとして渡せるのはこれくらいしかない。だが、そのハンカチを見たミラビリスは嬉しそうに眼を煌めかせた。


「素敵……綺麗な刺繍ね。旦那様も喜ばれるわ」


 白地のハンカチに、一針一針気持ちを込めて仕上げた。職人のような出来ではないけれど、気持ちがこもっているとわかる、優しい風合いになっている。装飾品を見る目が厳しいミラビリスの言葉は素直に嬉しい。


「あら、わたくしにはないの?」

「ファヴォリーニ様にはあって、自分に無いと知れば夫が悲しむわね」


 そんな二人の間に割って入ったのは、リグリアセット公爵家の二人だ。面白がるような目で刺繍の入ったハンカチとライナを見ている。その様子を見ると、ライナは『にんまり』と笑い、用意してあった小箱の中から色とりどりのハンカチを取り出したのだった。


「まぁ!」

「可愛い!これは林檎ね」

「わたくしの名前のも!あら子猫が刺繍されてるわ」


 ミラビリスたちのものだけではない。クレールやニーナ、そしてリリーの分も箱の中には入っていた。いまライナが出来るお礼もこれが精いっぱいなのだ。


「ありがとうライナ。大切にするわ」

「これで夫も悲しまなくて済みそうよ」


 そうして四人はアンヌ作のラズベリーパイを食べつつ、最近の話題について花を咲かせたのだった。




 そういう他愛もない日が幾日も過ぎた。どうしてこの白薔薇城(ばしょ)に留め置かれているのか忘れそうになるほどの日数を過ごした。ここに連れて来られたのが秋の初めだった。いまではすっかり気温が下がり、室内の暖炉の炎がない日はない。まだ雪の精霊は現れていないが、暗い空を見る限り、そう先の事ではないだろう。

 闇の精霊の気配にもすっかり慣れてしまい、ライナは(本能的な不快感はあるけれど)こんなものかと済ませられるほどの心持になっていた。

 毎日グレイとジュネスと会い、ファーラルとガーネットと食事をとり、オーリス女史に学び、リリーに世話を焼かれ、時々アンヌたちがやってくる。そんな緩やかで怠惰な日々―――けれどそれは雪がチラリと降り始めたその日、ついに破られた。


 ドルストーラ王国改め、ドルストーラ共和国より正式な使者が来たその日に。


次回から最後の波乱編です

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