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無声の少女  作者: けい
その先にある選択肢
136/145

ライナの鳥籠生活

 それからライナの生活は一変した。まず行動範囲が白薔薇城の敷地内に限定され、門から外への出入りは禁止された。旧後宮の一室で軟禁されるかもしれないとすら考えていた身とすれば、意外と自由な行動を許されたものだと思える。白薔薇城内にある巨大な図書館への立ち入りも、演習場への立ち入りも咎められることがない。それどころか、バーガイル伯爵家にいた時と同じように、教師は違えどマナー、ダンス、勉学の教師をつけられている状態だ。


 状態が同じなのであれば、城下の伯爵邸に連れ帰ります!とグレイは告げたらしいが、ファーラルにあっさり却下されたらしい。


「連れ帰ります!」

「ダメだ」

「なぜですか!」

「お前がライナを隠してしまう恐れがあるからだ!」


 という応酬があったりなかったり。グレイは実際、あの夜―――白薔薇城に婚約の報告に向かった日。もし一人で今回の話を聞いていれば、マーギスタあたりにでもライナを隠してしまっていただろう。それだけのコネは前回の任務で作っておいたと自負しているのだから。


 だが残念ながら、すでにライナは白薔薇城の中。ファーラルの手中にいる。それはつまり、闇の精霊の監視が付いているという事と同意語だ。こうなってしまっては、ファーラルを欺いてライナを城内から救出するのはグレイには不可能だった。

 しかしライナは一人ではない。伯爵家から侍女が一人派遣されてきた。ミラビリス付であったリリー・オペリエッタだ。本来であればニーナが来るはずだったのだが、ニーナの娘の出産があり、慌ただしく手伝いに向かうことになってしまったのだ。後ろ髪引かれる思いであったニーナは、リリーに強くライナの事を頼むと告げ、遠方に嫁いだ娘の家に向かっていったのだった。



 朝はいつも通り6時半に起床する。リリーは控えの間で寝起きしているが、ライナの起床時間にはすでに身支度を整えて時間ピッタリにカーテンを開けていく。天気がよければそのまま二人で旧後宮を出て、中庭を散策する。夜勤警備などもあるため、白薔薇城は人が消えるという時間がない。当然中庭にも早朝から人影があり、それは庭師であったり見回りの兵士であったりする。

 闇の精霊は普段姿を見ることはなく、ライナは肩の力が抜けたのだが、木々がある中庭に来ても緑の精霊の数があまりにも少ないのは、やはり闇の精霊を恐れているからなのだろう。朝の空気を吸い込みつつ、中庭を無作為に歩いている間はリリーの独壇場だ。リリーが集めて来た貴族のゴシップや噂話。面白い話や驚いた話題を止まることなく話してくれている。相槌しか打てない事が申しわけなくなるほどだが、リリーはしゃべりたいだけのようで気にしている様子はない。


 散歩を終えて7時過ぎころ、ガーネットが朝食に誘いにくる。ガーネットは女性用の独身寮に住んでいたのだが、これを機に住まいを旧後宮の一角に移してきた。場所としてはライナに与えられた部屋の隣だ。なにかあれば頼ってくれればいいという、彼女なりの誠意だろう。その後すでに起きて書類を捌いていたファーラルと連れ立ち、食堂に向かう。ファーラルとガーネットは朝の早くからすでに仕事モードに切り替わっており、手に持った書類に目を走らせながらだ。そしてそのまま食堂の脇に併設されている小部屋に行けば、すでにテーブルには朝食が用意されていた。


「おはよう、ライナ」


 そしてグレイとジュネスもいた。

 すでに食べ始めていたようだが、ライナの姿を見つけると急ぎ立ち上がり腕を伸ばす。ライナもまた、人前であることを忘れてグレイへと手を伸ばした。ライナがぶつかるようにグレイの胸元に飛び込んでくるが、グレイは全く動じずその小さな体を受け止めた。


 ふんわりと香る花の匂いは、ライナが伯爵邸で愛用していたシャンプーだ。リリーが気を利かせて持ってきてくれたのだ。


「ライナ、今日も可愛いよ」


 頬を摺り寄せ耳元で甘く囁けば、それだけでライナの頬が赤く染まる。そのまま深く口付けたいのを耐えつつ、グレイはライナを抱き上げて立ち上がった。


「おはようございます、師匠(せんせい)

「……まったく毎日毎日……はぁ」


 ここ最近の恒例になりつつあるやり取りだが、見せられている面々としてはうんざりとしか言いようがない。ここが閉め切られた一室であり、見知った顔ばかりしかないのもグレイを暴走させてしまっている一因なのだろう。

 ファーラルの予定は朝からぎっちりだ。ガーネットと予定を話し合いつつ、手早く食事を済ませてしまう。消化に悪そうな食べ方を終えた二人は、食後の珈琲を楽しむことなく立ち上がった。


「もういいんですか?」


 あまりに雑な食べっぷりに、さすがのグレイもファーラルに問いかけた。ガーネットも満足に食べれたようには思えなかったからだ。


「気にするな。そうだグレイ、ライナに城内を案内してやれ」

「は、はぁ」

「そういえば図書室に新しい植物図鑑が入ったらしい。司書に聞けば出してくれるだろう、行ってみればいい」

「わかりました」


 言い終えるとファーラルはガーネットを伴い退室していった。そして見送ったグレイは、ファーラルの手がガーネットの腰にあり、まるで先を促すように身を寄せていることに驚いた。まだ早朝の食堂であるため、そこまで人の目は多くないがファーラルにしては珍しいほどの性急さを見た。


 そそくさと消える二人の姿に、グレイはなんとなく合点が行き―――少なくとも午前中は旧後宮に立ち寄るべきではないと心に刻んだ。




 さて、この時間からグレイとジュネスがこの場にいるにはわけがある。グレイとジュネスは今現在、白薔薇城内にある単身用の兵士宿舎で寝起きしているのだ。ジュネスはもともと無理を言って既婚者向けの宿舎に部屋を借りていたのを移しただけなのだが、グレイは曲がりなりにも伯爵だ。さらに言えば、いままで問題なく実家である伯爵邸から通えていたのにいまさらなぜ?ということになる。実際、担当者から六回却下されたのだが、もはやグレイの粘り勝ちだろう。グレイは少しでもライナの近くにいるために。ジュネスはそんな二人を守るために、それぞれ単身用宿舎に引っ越しをした。


 ライナは白薔薇城内から出られないとはいえ、学ぶことも人と会うことにも制約はなかった。一日3度の食事はグレイたちと食したし、学ぶことも咎められない。ただ、ファーラルが守護する白薔薇城から出ることだけは許可されない。ファヴォリーニやミラビリス、クレールやニーナ。アンヌや公爵夫妻。彼らに頻繁に会えなくなったことは寂しかったが、グレイやジュネスが傍にいてくれるという事実は、ライナに安心感を与えてくれていた。


「ライナ、図書館に行ってみようか」

[お仕事は?]


 グレイの言葉に、用意してあった黒板に手早く文字を綴る。この黒板もシャンプー同様にリリーが屋敷から持ってきてくれた一つだ。他にももちろん、ライナが宝物だと大切にしていたアイテムはすべて持ってきてくれていた。


「まだ時間があるから大丈夫だよ。ライナは10時から歴史の授業だったかな」

[うん]


 食堂を出て図書館に向かう二人は、自然と手を繋いで歩き出していた。小柄なライナを連れたグレイは、傍から見れば妹と歩いているようにも見える。けれど二人の間に流れる雰囲気がそれを否定するのだ。空気が見えれば、二人の周りだけ桃色になっているのが分かるだろう。


 ジュネスとリリーは主たちから数歩距離を空け、ゆっくりと付いていく。


「場所はどこでするの?」

[図書室だよ]

「じゃあライナは午前中、ずっと図書室だね。お昼は一緒に食べよう。迎えに行くから待ってて」


 グレイの言葉に、ライナは頷きながら嬉しそうに顔を綻ばせた。その表情にグレイの息が詰まる。

 きゅっと握ってくる小さな手も、サラサラの小麦色の髪も、煌めく緑葉の瞳も、なにもかもが愛おしい。今回引き離されたことにより、その想いはいや増した。二人の婚約は圧力によって取り消され、ライナの身柄はファーラルの預かりになったことにより、グレイとの関係は書類上無関係になってしまった。ライナに何かが起こっても、グレイは無関係な第三者として扱われてしまう……それを考えると辛く、悲しい。


 図書室に着き、入り口にいた司書に新しい植物図鑑の話をすれば、そそくさと奥から持ってきてくれた。大きく分厚い本は、ライナが両手で抱えると前が見えなくなるほど大きかった。ずっしりと重いそれを、グレイが代わりに持ちテーブルまで運んでやる。ジュネスとリリーは気を利かすように入り口で立ち止まり、大きな背中と小さな背中を見送った。


 仰々しくて装丁された図鑑のページをめくれば、色鮮やかな色彩で描かれた植物たちが詳細に記載されており、ライナは興味深げに説明文までじっくりと読み進めていった。瞳をキラキラさせながら食い入るように見ているのに、時々顔を上げてグレイと目を合わせる。グレイが優しく目を細めれば、ライナは嬉しそうに微笑むのだ。それは二人だけの世界で、朝の図書室は穏やかな時間が過ぎていった。


 9時くらいになり、ようやくグレイは重い腰を上げた。それに合わせるように顔を上げれば、図書室の入り口で歴史を教えてくれているオーリス女史がいた。余談ではあるが、実は彼女は議長の一人バーナムの妻である。才女と謳われたオーリス女史は結婚後も社交に明け暮れることなく、研究と勉強と探求に時間を費やしている。夫と似たり寄ったりの研究マニアだ。


「オーリス様、後を頼みます」

「お任せ下さい」

「ライナまた後で」


 グレイは頬を撫でるためのつもりで伸ばした腕だったが、ライナはいつものようにその腕の中に飛び込んでいった。淑女がはしたないと言われるかもしれないけれど、これはもう条件反射といっていい。そしてグレイもまた、条件反射でライナを抱きしめていた。お昼までたった数時間の別れだというのに、とても名残惜しくて離れがたい。


「お昼には迎えに来るよ」


 ライナだけに聞こえるほど小さな囁きに、小さく頷いて返事をした。




「本当に仲睦まじいですわね」

授業中、オーリス女史は幾度となくそう繰り返すのであった。


いつもより少し短いですね。

ファーラルの日常は、番外編の閑話休題「ファーラルの某一日」をご覧ください。


ちなみに作中、ファーラルとガーネットが揃って消えた理由は大人の事情ですW

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