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無声の少女  作者: けい
その先にある選択肢
135/145

籠の鳥

時間をすこし巻き戻す―――



 ガーネットに案内され、ライナは旧後宮の薄暗い通路を進んでいった。しん、と静まり返った中で無数の気配だけが感じられる。物陰から、天井から……いや空間から闇の精霊たちが自分を見ている。ライナにくっついている風の精霊は、いつもの無邪気さを失くし懐深く潜り込んで出て来ない程だ。


「暗くてごめんなさいね。使っているのがファーラル様だけだから、無駄な照明は省いているのよ」


 闇の精霊を全く関知できないのであろうガーネットは、うすら寒いほどの中でも平然としている。肌寒さは感じていたとしても、それは人がいない事により暖房や照明が削られているからだと認識しているようだった。


「ここよ、入って」


 通された室内には明かりが灯されており、少し埃臭さはあったものの、綺麗に整えられた落ち着いた一室だった。グレイたちと共に最初に通された部屋(しつむしつ)からは、かなり離れている気がする。暗闇の中、闇の精霊たちの視線に晒されながらの移動だったため、その感覚は狂っているのかもしれないが。


「楽にしていていいわ。急だったから片付けが行き届いてなかったらごめんなさいね」


 言いながらガーネットはライナの背を軽く押す。そのまま室内の真ん中に鎮座している豪華なソファーに座らされた。豪華な室内を見渡している間に、部屋の隅に用意されていたワゴンから冷たい果汁水をグラスに注ぎ手渡してもらう。


「慌ただしくてごめんなさいね。迎えが来るまで、ここで待っていてちょうだい」

「―――」


 ライナは大人しく頷くと、グラスに口をつけその甘く冷たい果汁水でのどを潤した。


 ―――お仕事の話かな。


 そう単純に思っていた。


 ―――婚約のお祝いの呼び出しなんておかしいと思ったのよ。


 けどあまりにもグレイが嬉しそうで、幸せそうで。グレイがそうしたいのならいいかな、と思った。けれど、ライナだけ引き離されたということは、きっと仕事の呼び出しだったのだろう。つまり、グレイの早合点……。


 ―――お腹空いたなぁ。


 帰ったら料理長が軽食を用意してくれているだろう。それを想像するだけで小さくお腹が鳴った。馬車で食べたクッキーだけでは、育ちざかりの胃袋が『足りない!』と怒声を上げているのだ。今日は一日浮足立っていて、あまり食べれなかったのが原因だろう。

 ライナは片手にグラスを持ったまま、空いた手で腹部を抑えた。


「あら、お腹が減った?」

「!」


 小さな音だったが、それは耳聡くガーネットに聞かれており、ライナは思わず顔を赤らめてしまう。どう返答しようか悩んだが、結局素直に頷いた。

 あか抜けていないその様子に、ガーネットの口元に笑みが浮かぶ。


「少し待っていてちょうだい。なにか持ってくるから」


 笑みを浮かべたままそう言うと、くるりと背を向けて部屋から出て行こうと扉を開け―――足を止めた。ライナがガーネットの背中を見ていると、少しだけ振り返り苦笑いを向ける。


「この部屋からは出ないようにね。広いし暗いし迷子になると困るから」


 その言葉にライナは小さく頷くしかなかった。なぜなら、扉の先にある廊下には闇の精霊たちが珍しいものに集まるように、ライナに視線を向けていたのだから。室内に入ってこないのはファーラルの指示なのだろう。だが、たくさんの闇の精霊たちが冷たい視線を集中して向けてくるだけで、ライナの体が悪寒で震えるのだ。とてもではないが、闇の精霊たちが(ひし)めき合っている廊下に出たいとは思わない。

 静かに扉は閉められ、それによって闇の精霊たちからの視線からも逃れられた。思わずほっと息をつくのと、風の精霊が姿を現したのはほぼ同時だった。

 くるりくるりと室内を飛ぶ姿に安心感を覚える。どうやら扉さえ閉まってしまえば闇の精霊の気配だけでなく、威圧感のある視線も届かなくなるらしい。つまり、彼らはただの『見張り』なのだろう。


 その後しばらく大人しく待っていたライナだったが、いつまでもガーネットは戻ってこない。何もせず待っているだけという時間は、異様なほど長く感じるものだ。次第に好奇心に負け、室内を探検することにした。


 ―――綺麗な絵だなぁ。

 ―――うわ、すっごく細かい刺繍っ

 ―――引き出しにレターセット発見!可愛い~綺麗~

 ―――高そうな花瓶!けど、ちょっと埃が積もってる。


 美しく整えられた室内だったが、やはり生活感はない。家具や装飾にうっすらと溜まった埃が目に入る。けれど要所要所で掃除した形跡が見られ、この部屋が急遽整えられたのだと知ることが出来た。


 ―――急いで準備したみたい……でも、それっておかしくない?


 なぜこの部屋が準備されていたのか。それはライナのためなのか、もしくは別件での利用するための使い回しなのか。扉の向こうで漂っていた闇の精霊たちは監視なのか。

 考え始めれば、ライナはこの室内にいることが恐ろしくなってきた。闇の精霊に見張られ、まるでライナを閉じ込めておくための『鳥籠』のようだと感じ、悪寒が走る。


 ―――グレイ、ジュネス!早く迎えに来てっ。


 引き離されたことへの恐怖感が今になってライナを襲っていた。先ほどまでは何とも感じていなかったのに、不審な部分と違和感が増してしまえば、まだ16歳の少女の心は容易に揺らぐ。

 部屋の隅に置いてあった椅子に座り、膝を抱える。心配そうに周りを飛ぶ精霊たちには申し訳ないが、今はグレイに抱きしめられて安心したかった。あの大きな腕の中に納まってしまえば、不安も心配も消えてしまうのに。

 どれほど時間が経ったのか、ついに部屋の扉が開かれた。


「!」

「待たせてしまってごめんなさい」


 勢いよく顔を上げた先にいたのは、なにか食事を用意してくれたのであろうガーネットと、表情に動きがないファーラルだった。


 ―――……グレイは?ジュネスは?


 ゆっくりと立ち上がり、入り口を注視するが望んだ人影はない。そしてそのまま、無情にも扉は閉められた。ファーラルに続いて入ってくると思われた二人の姿は無かったのだ。ガーネットは脇によけ、ファーラルとライナを向い合せる。

 室内に闇の精霊はいないというのに、ファーラルから感じられる威圧感を感じとり、思わずライナは一歩引こうとし―――ファーラルがライナの腕を掴むことでそれを留めた。顔を上げれば碧眼の美しい瞳がライナを無表情に射抜いている。


「単刀直入に言おう」


 そして造形の美しいロットウェルの議長は、ライナに冷たい現実を突きつける。


「君の身柄はわたしが預かることになった」

「……!」

「グレイとの婚約は白紙に戻す」

「―――っ」


 淡々と告げられる内容に頭が真っ白になっていく。そして、何も残らない悲しい宣告はじわじわとライナの心に到達し、その瞳から涙となってあふれ出た。一度失ってしまった大切な家族。けれどグレイが再び家族になろうと言ってくれたことが、ライナは本当に本当に嬉しかった。……けれどまた奪われようとしている事が悲しくてたまらない。そして告げている人物がファーラルだということが辛い。【魔法士】の師弟として(つつが)なく関わってきていたグレイは、ファーラルからの言葉にどれほどの憤りを感じ、ショックを受けただろう。

 馬車の中でも、白薔薇城に着いてからも、婚約の話をファーラルに持ち出すことが楽しみだと全身で語っていたというのに。


「君をドルストーラに……―――いいや、回りくどい言い方はやめよう。君をドルストーラとの交渉の際に利用させてもらう。あちらは君の【精霊士】としての身柄が欲しい。こちらはドルストーラ新政府との交渉と調印に上手(かみて)に立ちたい」

「……」

「ドルストーラでの戦闘は終息し、今は建て直している最中だ。だが決定的に精霊が足りない。そんな中、【精霊士】ディロの娘がドルストーラで生きていることが知れ渡り、君の引き渡しを求めてきている。もともとドルストーラの国民である君を返すことは(やぶさ)かではない。だが、事はすでに国と国との交渉に入っている。こちら側になにかしら見返りを求めて交渉に入ることもまた、国の要人としての役目なわけだ」


 淡々と感情のない声音で告げられ、ライナは混乱していた頭が逆に冷めていった。


 ―――死んだ父さんの事が話題になってる?

 ―――ううん、今はそうじゃない。国と国との……って言った。じゃあ、もし……わたしがドルストーラに行かなければ、今度はドルストーラとロットウェルが戦うの?


 ぞっとする。戦争が起こる可能性に。そして軍人であるグレイとジュネスは間違いなく参加することになることに。


 ライナは慌てたように踵を返すと、机の引き出しからレターセットを取り出した。先ほど見つけた可愛く綺麗なレターセット。愛らしい飾り文字が似合うだろう用紙に、ライナは容赦なく文字を書きなぐった。


『わたしが、ドルストーラに行けば戦争にはなりませんか』

『グレイとジュネスは傷つきませんか』


「……なるほど」


 差し出された紙の文字を読み取り、ファーラルはうっすらと微笑を浮かべた。


「君がドルストーラに渡れば、何事も起こることはないだろう。グレイは荒れるだろうが、一個人の感情に国を巻き込むことはわたしが許さない。しかも軍籍でありロットウェルの貴族の一員であるバーガイル伯爵家は、国家に従う義務がある。あいつもそれはよく理解しているだろう」

「ファーラル様、話がずれています」


 ずっとファーラルの後方で成り行きを見守っていたガーネットが、丸聞こえな小声で口を出す。


「ん?そうか?」


 小さく首を傾げつつ改めてライナの差し出した紙を読み、そしてライナ本人に視線を向けた。


「ひとつめの問いの答えは、君がドルストーラに行けば戦争にはならない。ふたつめは、グレイもジュネスもそれによって傷つくことはないということだ。聞きたいことはそれだけかい?」


 目線を合わせ問いかけられ、ファーラルの整った造形を見て瞬間的にライナの頬に赤みが差したが、そんな反応はファーラルにとって見慣れたものだ。それよりも、以前であれば『男』にこんな反応を示さなかったライナが、初々しい反応を見せたことの方が面白く感じられた。年頃なのだと片付けてしまえばそれまでだが、蛹が蝶になるように開花させたのはグレイなのだろう。


 ―――それさえわかれば、もう充分。


 ファーラルがそんなことを考えているとも知らず、ライナは胸の奥で決意を新たにしていた。


 ―――わたしがドルストーラに帰ればいいんだわ。


 たったそれだけで……もう誰も戦わなくて済むのなら……。


「だが、今のところすぐにドルストーラに送り届けることはできない。あちらの国との兼ね合いもある。暫くはここで寝起きしてくれ。ガーネットを付けるから、何かあれば彼女に伝えてくれればいい」

「いつまでかわからないけど、しばらくファーラル様とまとめてお世話しますわ」


 ガーネットは一歩前に出て、ライナに向けて微笑みかけた。だが、それを聞いたファーラルは慌てたように振り返る。


「ガーネットの負担になるだろう。わたしのことはいいよ」

「い い え 。ファーラル様と ま と め て お世話いたします」

「……」


 キラキラと美しい微笑みで断言するガーネットと、反論できないファーラルの(意外すぎる)情けない表情を見て、ライナは強張っていた表情を緩めた。そしてこの場所で―――籠の鳥として暮らしていく気持ちを固めたのだった。



お待たせしておりますーー

待ってて下さる皆様は天使です。ありがとうございます。

次回はライナの籠の鳥生活をお送りします

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