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無声の少女  作者: けい
その先にある選択肢
129/145

誓いの口づけ

お待たせしてます。すいません…

 グレイが白薔薇城から戻ったのは、夕日が沈みきる前のまだ明るい時間だった。前夜に呼び出され泊まり込んでの仕事だったため、上司たちが気を利かせて早めの帰宅を促した結果だ。早めといっても残業時間がない程度の差でしかないのだが、少しでも早く帰宅できたことは正直ありがたい。

 食事の後、ライナにドルストーラのことを説明しなくてはならないのだ。耳の早い者たちは、すでに隣国の状況を把握しているようで、町中でもチラホラと噂になっていると報告が上がっていた。噂話のような曖昧なものがライナの耳に届く前に、グレイから正しい情報を伝えておきたかったのだ。

 屋敷に帰ると、定時刻より早めだったため、クレールたちが慌ただしく出迎えをしてくれた。


「おかえりなさいませ」

「ああ。仮眠はしたんだが疲れがとれないな」


 無意識に首筋を撫でつつ、思わず口から愚痴がこぼれる。そんな様子を困ったように見ながら、クレールは魅惑的な提案をしてきた。


「すぐにお休みになられますか?寝室の準備は整っておりますよ」

「……」


 クレールの言葉はグレイの睡眠欲求を大きく揺さぶった。兵舎にある仮眠室ベットは固く、そして熟睡できる雰囲気でもない。なにしろ仮眠室の外からは訓練中のかけ声や怒声が響いてくるのだ。とても安眠はできない場所である。

 うっすらと笑みを浮かべ、グレイの返答を待っているクレール。後ろには物言いだけに控えているジュネス。二人の顔つきは違うが、腹の中で考えていることは同じだろう。そしてその答えをグレイは知っている。


「……まずライナに説明してからにする。いまはどこに?」

「夕食の準備を手伝うと仰って、ニーナと一緒にカラトリーを並べてらっしゃいますよ」


 合格点の返答だったのか、クレールもジュネスも睡眠欲に打ち勝ったグレイに微笑みを向けてくれた。バーガイル伯爵家の当主はグレイのはずだが、家中の人間は全員ライナの味方らしい。それを改めて実感し、思わずグレイは笑ってしまった。

 食堂の扉を開けると、クレールが言っていた通りニーナと一緒に手伝いをしている姿が目に入った。動きやすそうな簡素な青いワンピースに、白いエプロンをつけた姿は―――あまりにも可愛い。


「ライナ!」

「!」


 名前を呼ばれ、振り返ったライナはグレイの姿を目に留め、まさに花が咲くような微笑みを浮かべた。そしてそのまま軽やかに駆けてくる。膝を折り、両手を広げたグレイにライナは躊躇いなく飛び込んだ。広い胸元に小さな体がすっぽりと収まってしまう。


「―――」

「うん、ただいま」


 口元を動かしたライナの言葉を読み取り、頬に唇を寄せながら返事を返す。最近すっかり日常的になった二人のスキンシップに、周りの使用人は見て見ぬふりしており、気にするそぶりは見せない。グレイが以前からライナを大切にしていることは周知の事実であるし、そしてライナのもまたグレイに素直に甘えるようになったことを、よい傾向だと思っているからだ。


 そしてライナはついにデビュタントも済ませ、正式に淑女の仲間入りを果たした。名義だけとはいえ、公爵令嬢の肩書も付随したいま、声には出さなくともグレイとライナの婚約は秒読みだろうと誰もが考えている。


「ライナ、少し話したいことがあるんだ」


 グレイの改まった言葉に、仕事の手を休めず聞き耳を立てていた使用人たちは『ついにプロポーズか!』と色めき立った。だが、当のライナは露ほどもその可能性が視野になく、期待感なく普通に頷くだけだ。ニーナに断りを入れ、二人は手を繋いだままライナの部屋がある別館へと歩いて行く。その後姿を見送りつつ、その場に残ったジュネスに思わずニーナが声をかけた。


「おめでたいお話なら、早く言ってくれるようにグレイ様にお伝えしておいて。こっちも準備があるんだからね」

「……え?」


 ニーナからの発言に首をひねったジュネスだったが、喜色を浮かべた使用人たちが続々と現れ口を開く。


「そうだぜ、食材の調達も必要だしな」

「せっかくだから食器も新調されないかしら」

「それならリネン類も新調したいわ」

「グレイ様のお住まいも別館に移されるのよね」

「その前に別館を改装されるんじゃないかしら」

「ファヴォリーニ様とミラビリス様が別館に移動して、本館をグレイ様が使われるようになると思うけどな」

「そうか、そうだよな」

「忙しくなるわねー!」

「楽しみだわぁ」

「ちょ、ちょっと待ってください!」


 次々と流れるように出てくる話に、ジュネスは彼らの勘違いをようやく悟り、大きな声で遮断した。その声に騒いでいた使用人たちは揃って不思議そうな顔をしている。


「なにか、勘違い……いや、先走ってると思われますが……」

「え!どういうこと?」

「プロポーズじゃないの!?」


 ジュネスの言葉に使用人たちはがっかりした表情を隠そうともしない。それだけ期待されているという事であり、グレイとライナの仲が認められているという事だろう。喜ばしいのだが、勝手に話を進めてもらっては困る。


「ライナの故郷に関する話ですよ。もう、噂話で知っている人もいると思いますが」


 その言葉に反応したのは、仕入れなどで商人などと接する機会の多い厨房担当たちだった。ニーナもドルストーラの話は知っていたのに、つい期待を込めて声を発してしまったことを恥じている様子だ。だが、期待を煽るようなことをしているグレイに問題がないわけではないので、気が付いてくれたのであれば、それ以上何も言うことはない。


「もうしばらく、二人を静かに見守ってあげて下さい」


 静かに、は無理かもしれないな。と思いながら期待を込めてそんな願いを口にした。






 別館のあるライナの私室に向かった二人は、手を繋いだまま渡り廊下を歩いていた。グレイが時々声をかけ、それにライナが笑ったり、頷いたりするだけの静かな会話だ。二人の周りには精霊たちが飛び交い、見える人が見れば、とても賑やかなものだっただろう。


「ライナ、エプロン姿可愛いね」


 褒められ、ライナは嬉しそうに笑う。貴族令嬢の仲間入れをしたと言っても、元々が庶民であるライナは手伝いを(いと)わない。それどころか、積極的に動きたくて仕方ないようで、ニーナにくっついては何か仕事がないかと物色している―――と報告は受けていた。ライナの自由にさせてあげたくて、特に何も言っていなかったが……。


「こんなに可愛いライナの姿が見れて幸運(ラッキー)だな」


 繋いだ手をぎゅっと握り直し、グレイは甘く微笑んだ。その微笑みはライナの胸を甘く疼かせる。こんなに大切にしてくれる人を慕わない者はいない。


 ―――この人の手を離せない。


 ライナも握る手に少し力を加え、笑みをこぼした。




 ライナの私室に入り、扉は開けたままソファーに座った。向かい合わせで座るのが正しいのだろうが、あえてグレイはライナと並んで座ることを選んだ。


「噂になって耳に届く前に、ライナに直接話しておこうと思う」

「?」

「曖昧な情報に混乱してほしくないから、俺の知ったことをすべて話すよ」


 何を言われるかわからないライナは、不思議そうな顔をしつつも頷いて返した。まっすぐに顔を向け、二人の視線が交差する。


「ドルストーラに反乱軍と名乗る者たちが現れ、ドルストーラ国王が殺害された」

「……!」

「無茶な政策を執り続けた結果、招いてしまった事態だというのがロットウェル議会の結論だ。そしてそれは間違いではないと思う。ライナには黙っていたけど、ドルストーラは【精霊士】が激減した結果、森が荒れ、河川は乾き、鉱山資源も枯渇してしまっていたんだ。国民たちから是正を求める声も上がったらしいが、彼の国王は聞く耳を持たずに愚策を執り続けた。そういう状態で、どんな形であれあの国が解放されたのは―――よかったんだと俺は思う」

「……」


 グレイはライナの反応を見つつ、けれど議会で見聞きした情報をそのままライナへと伝えていった。ライナには知る権利がある。ライナは故郷も家族も声も失った被害者なのだから。


「反乱軍は、暫定政府として機能を始めている。まだロットウェルに対しての要望などはないようだけれど、いづれは新政府として認知されるだろうし、こちらも新しい付き合いをしていかなくてはならない……ごめん、ライナ」

「……?」


 突然謝罪を口にしたグレイに、ライナは泳ぎかけていた視線を戻し、まっすぐにグレイを見た。その表情は苦しそうに歪んでいる。


「本当は俺が、君の(かたき)を討ちたかった。ドルストーラが愚策を強いているのは、議会だって知っていたんだ。だけど、ロットウェルには大きな被害もなく、森の枯れも国境ギリギリで収まっていて……流民も目立つほど増えることなくて……ロットウェル(こちら)が強制的に隣国に攻め入る要素がなくて……ずっと、あの国の惨状を知っていて、動けなかった……ごめん」


 深く頭を下げ、グレイはただ謝罪を口にした。本当は知っていたドルストーラの現実。ライナの事だけでなく、多くの民が虐げられ、精霊たちの怒りも頂点に達していることも。けれど動けなかった。六人会議の承認なくして、軍は動けない。軍属であり、伯爵の地位にあるグレイもまた命令なしに身勝手に動くことはできなかったのだ。


「ライナの幸せを奪った奴を、俺の手で玉座から引き摺り下ろしてやりたかった。ライナの前で謝らせたかった。そのあとで―――俺が殺してやりたかったのに……っ!」


 膝の上に置かれている拳がぶるりと震える。頭を下げたままのグレイがどんな表情をしているのか、ライナにはわからない。きっと悔しい顔をしているのだろう。悲しい顔もかもしれない。ただひとつわかるのは……


 ―――わたしのために、そんな顔しないで。


 ライナはグレイの拳の上に手を重ねた。ふと、暖かい温もりに顔を上げたグレイは、目の前に座るライナが悲しそうに微笑んでいるのを見た。


「ライナ」


 聞きなれた甘く耳朶を打つ声。その声に誘われるようにライナはグレイに抱き着き、そしてグレイもまたその小さな体を強く抱きしめ返した。


 『ごめん』と何度も小さく聞こえる声に、ライナは何度も首を横に振った。そう思ってくれていたのだと思うだけで嬉しいし、実際彼が自分のために誰かを殺すことにならなくて良かったと思えたからだ。だから謝らないでほしかった。その気持ちだけで、心は満たされたのだから。


「ライナ、ずっと守るから」

「……、」


 誓いのように触れ合った唇は、甘くて少し涙の味がした。



とりあえずイチャさせときました。

次回から話動きます。

まさかグレイも一筋縄で幸せになれるなんて思ってない、よね?

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