反乱軍の蜂起
精霊嫌いを公言し、また見えない存在を認めることが出来ず国中の【精霊士】たちを処刑した王。だがそれは、ドルストーラ国の礎を守ってきていた精霊たちの逆鱗に触れた。国内の食物は枯れ腐り、主要な河川も乾いていった。地中の鉱石も突然枯渇し、国民の生活はままならなくなる。それでも王宮深く、ただ采配を振るっていた王にその被害は届かない。
国のいたるところで起こり始めた反乱に、王は皆殺しを命じる。だがそれは、指示に従っていた兵士たちの中に不信を招くだけであった。
守るべき民を、この手に掛けるのか―――。
【精霊士】を処刑した時にも感じていた憤りが、さらに増大する。
鬱屈とした思いは積りに積り、そしてある日現れた男に彼らは国の未来を託したのだ。
「俺も精霊は見えない。けれどその存在を感じることはできる」
彼の元に集まった者たちは、国内全域に散らばり、少しずつ少しずつ同志を集め勢力を拡大していった。彼らは自らを反乱軍と名乗った。
そして……運命のあの日。
兵士たちをすでに味方につけていた反乱軍は、王宮の警備も無傷で突破し、王の口を永遠に塞いだのだった。身を潜めていた大臣たちも次々と粛清され、ドルストーラ国の最奥に巣食っていた膿は吐き出されていったのだった。
ドルストーラ国が転覆したとの知らせは、国境警備を担当しているグレイの元にも素早く届けられた。この数年、ドルストーラとはまともなやり取りも外交も成されていなかった。そのため、この事態がロットウェル内に及ぼす被害は皆無に等しい。心配があるとすれば、統率者のいなくなった兵士の箍が外れ、別の勢力となって国内を荒らす可能性だ。そうなれば、いずれロットウェルとの国境付近でも荒事が増えるかもしれない。
「ジュネス。すぐに出仕する。準備してくれ」
「はい」
報せを受け取ったのはすでに夜半であったが、グレイはすぐに動き出した。夏とはいえ今夜は少し肌寒い。馬で駆けている間に温まるかと考えつつ、手早く身支度を整えていった。
「グレイ様、呼び出しですか」
夜半の慌ただしさに、クレールが顔を出した。すでに勤務時間外であったが、普段と変わらず整えられた身なりだ。
「ああ。明日には広まると思うが……ドルストーラ王が弑された」
「……!」
「今夜は戻れないだろう。ライナには明日俺から説明するから、それまで耳に入れないように留意してくれ」
「かしこまりました」
追われたとはいえ、ライナには故国のことだ。複雑な心境になるだろう。そう思えば、不確かな噂をライナが聞いてしまうことは避け、正しい情報を教えてあげたかった。
「グレイ様、いつでもいけます」
「ああ、いま行く。クレール頼んだぞ」
「はい、お任せ下さい」
あとをクレールに任せ、グレイは呼びに来たジュネスと共に騎馬にて白薔薇城に向かった。
白薔薇城に着くと、待ち構えていたガーネットに捕まり、そのまま会議室に放り込まれた。六人会議のメンバーはもちろん、各部署の隊長クラスの兵たちがそれぞれ難しい顔をして座っていた。
「お。グレイこっちだ」
名前を呼ばれ視線を向ければ、そこには久しぶりの人物がいた。思わず緊張がゆるんでしまう。
「マクルノ隊長」
「よ、久しぶりだな。ジュネスもいい顔つきになったじゃねーか」
会議室の空気にそぐわない軽口に、幾人かが咎めるような視線を向けてきたが、マクルノ相手に注意は無駄だと思っているのだろう、何も言われることはなかった。グレイもまたそんな視線を無視し、マクルノの隣の座席に腰を落ち着け、ジュネスもその隣に腰を下ろした。三人並んだところで、思わず言葉がこぼれる。
「ついに落ちたということで間違いないのでしょうか」
「まさかガセって事はないと思うぞ。内偵もしてるしな」
心持ち声を潜めて問いかけたが、マクルノは声量を落とすことなく声に出した。やはり幾人かが視線を向けてきたが、相変わらずマクルノに効果はない。
「それに―――」
「全員揃ったか。これ以降の私語は禁ずる」
マクルノがさらに言おうとしたところで、バーナム議長の声がかぶさった。しん……と静まり返った会議室の檀上に歩を進めたのは、突然のごとくファーラルだった。
「集まってもらったのは早馬で知らせたとおりだ。ドルストーラ国王が弑された」
改めて言われ、室内の空気が若干ざわついが声を出すものはいなかった。それを確認し、再びファーラルは口を開く。
「発起があったのは昨日の昼間。反乱軍と名乗る一団が王宮を占拠し、王以下、親近者、大臣など。100名近い権力者が処刑された」
話の内容に、さすがにグレイたちがざわめく。そのざわめきをファーラルは視線だけで抑えつけ、先を続けた。
「ドルストーラ国で行われていた【精霊士】狩りにより、あの国の内情は壊滅的になっている。枯れ被害はロットウェルの国境にまで迫る勢いだったが、いまだこちらに枯れ被害は出ていない」
国境付近に埋葬されたディロの遺体が、精霊による枯れ被害を食い止めていると認識しているのはファーラル含めた六人の議長以外、この場にはいないだろう。
「こちらからすでに何名かの【精霊士】【魔法士】を送り、精霊との対話を進めている。これにより、枯れや枯渇という被害はロットウェルでは発生しないと考えている」
ほっと安堵の息が誰ともなく漏れた。自然災害と同等に、精霊の起こす事象は甘くない。ロットウェルまで被害が波及した時のことを想定しなくていいのは気が楽だ。
「また『反乱軍』と呼んでいた一団を率いていたのは、一人の若い男ということだ。詳しい素性はまだ分からないが、ドルストーラ国民であることは確かだろう。あと複数、助言を行っている者を含め、周りを固めているらしい」
その情報に再び会議室にざわめきが広がった。そのざわめきを止めるかのように、グレイの隣で足を組んで座っていた男が立ち上がった。
「議長、発言の許可を頂きたい」
「許可する」
マクルノの良く通る声が会議室をあっさりと横断し、ファーラルまで届いた。
「その反乱軍から、ロットウェルに対して何か要求はあったのでしょうか」
「今はない」
「では、こっちから送っているという【精霊士】たちに関して、それは反乱軍側からの要求ではなかったという事でよろしいですか?」
「ああ。議長承認の下で行い、反乱軍とは接触していない。他には?」
「特にありません、失礼しまーす」
間延びした返事を返し、マクルノは再び椅子に座り足を組みなおした。その口元は面白いおもちゃを見つけたように笑み崩れていた。そしてこれを発端として、会議室のあちこちで意見を求める発言が続き、騒がしさが増していく。
「マクルノ隊長?」
「グレイ、この件……議長どもがすでに動いてるぞ」
「はい、そんな気はしてます」
前を見据えたまま、先ほどとは打って変わって小声で話すマクルノに、グレイ合わせて小声で返事を返した。
「要求もないのに【精霊士】を送っただって?んなわけあるかよ」
「……少なくとも、俺が知る【精霊士】も【魔法士】もここ最近姿を消した者はいません」
軍に勤務している【精霊士】【魔法士】はすべて管理下に置かれている。元々能力者が少ないこともあるが、近年適合者が減っていることが要因だ。それもあり、ファーラルは【精霊士】の能力を有すると判断した者は、自らスカウトして軍に引き入れている。その中にはグレイも当然含まれており、現在どこに、どれだけの【魔法士】が配属されているのかはすぐ把握できるよう書面化されているのだ。
「甘いぞグレイ、管理下にない連中がいるだろ」
「え」
予想外のことを言われ、グレイは一瞬固まった。
―――管理下にない【魔法士】?
「ニヤニヤしながらこっち見てやがる」
そういうマクルノの視線の先にいたのは、ずらりと並ぶ六人の議長たち。そして淡々と質問に答えているファーラルの右隣に座っている男。そしてその後ろに控えている浅黒い肌の男。
「……ディクター議長……そうか」
「そういうことだ」
ディクター個人の子飼いの【魔法士】たち。正しくはディクターの養子になっているのだが、彼らはロットウェルに忠誠を誓っているのではなく、ディクター個人に身を預けている。そのため、当然書面化された中にも記載はないし、どう動こうとも制約されることもない。
「ではドルストーラに向かっているのは、彼らなんですね」
「そうだろうな。……ほら見ろあの笑い顔。うぜぇ~」
マクルノとグレイが寄り合ってこそこそと話していることに気付き、ディクターは余裕のある笑みを返してきていた。あれはこちらがディクターの話をしていることに気付いている顔だ。
「念のため、国境警備を強化する。国境警備部隊は対応策を話し合い、明日中に報告するように。その際、人員不足があれば他の部隊から臨時で人を回すことを許可する。それも含め明日中の提出だ。ほかに質問がなければ会議は終了する」
現状で分かる範囲での質問はし尽くしたのだろう。特にそれ以上質問が飛ぶことはなく、三々五々に散っていく。マクルノは欠伸をかみしめつつ、手を振り退室していった。愛妻家のマクルノの事だから、きっと今からでも自宅に帰るのだろう。グレイは辺境部隊の隊長を捕まえると、朝方まで対応について話し合うことになった。
朝方まで掛かり対応報告書をまとめると、グレイとジュネスは兵舎の仮眠室で体を休めることにした。睡眠なく動き回り、頭を回転させ続けたため疲労が蓄積されていたのだ。部下達には基礎訓練メニューをしておくようにと指示し、昼以降は通常訓練だと通知しておく。まぁ少しくらいの息抜きは見逃そうと思いつつ深い眠りに落ちた。
昼過ぎに目覚めるとすでにジュネスの姿はなく、身支度を整えている間に遅めの昼食だと食事を持って現れた。相変わらず女房役がプロだ。
食事をとり、髭をあたりつつ今後のことを考えた。
ドルストーラ国の国王以下、大臣なども処刑されたということは、貴族社会が正常に機能しなくなっている可能性がある。つまり統治者がいないということだ。反乱軍をまとめていた人物が、これから先のドルストーラを担っていくのか、それ以前にただ王を討つことだけを念頭に置いていて、その後の対策が何もないとすれば彼の国は大いに荒れるだろう。今は熱狂で誤魔化されている部分もあるだろうが、いづれ冷静さを取り戻した時に国民がどう判断し、動くのか予想が出来ない。隣国であるロットウェルに流民として大量に流れてくる可能性もある。そのすべてを受け入れはとても出来ない。だが、放っておいて身を崩して盗賊などになられるのも治安悪化の原因になる。国境付近だけでなく、その他も抜けがないように見張りを強化する必要がある。
「とりあえず目下……このことを、どうライナに説明するか……」
逃げてきたとはいえ、ライナにはドルストーラは故郷だ。複雑な気持ちがあるだろう。だが、これだけ大きな事件を、いつまでも耳に入れないでおくという事は不可能だ。
「噂話で耳に入るくらいなら、俺から説明したほうがいいよな」
「それがいいと思いますよ」
独り言のつもりだったが、給仕をしていたジュネスにあっさりと返事を返された。