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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
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幕引き3

いつもより短いかも、です。

 巨船の制圧は、あっという間の出来事だった。白く浮き上がる無数の光が照明となり、船全体を明るく照らし出す。それまでおざなりに掲げられていたランプの光などとは違い、眩しいほどの光量だ。それは暗くてわかりづらかった戦闘のすさまじさをありありと照らし出す。


「武器を捨てて降伏した者には手荒なことはしないと約束しよう」


 ディクターが連れていた黄金の目をした部下たちが、勧告に従い武装解除しようとしなかった破落戸たちを、次々と落としていったのだ。おとなしく武器を手放した者にだけ、首に素早く手刀を入れ、痛みを感じる暇なく気絶させていった。その分、戦闘態勢を崩さない者たちには容赦ない。血糊で滑る甲板を気にする様子もなく、流れるような動きで男たちを戦闘不能にしていく。

 次々と破落戸たちが沈んでいく中、場違いなほど呑気な声がかけられていた。


「殺さないでくれよ、アージラム」

「不可抗力なこともあります」

「デラスト間違って首を折らないように」

「注意します」

「バロラ、捕縛が面倒でも生きてる者は海に捨てないように」

「……はい」


 ただし内容は決して穏やかではなかったが。


 その後意識を失った男たちは、縛り上げられ荷物のように積み上げられた。そして呼吸を終えた死体は、廃棄処分とばかりに海に投げ捨てられた。あまり知られていないが、陸地から離れたこの海域は肉食の海洋生物が多数生息しているらしい。


「彼らが無駄なく処理してくれるだろう。事件の生き証人は必要分いるからね」


 敵だったとはいえ死体をすべて破棄することを指示したディクターは、そう言って微笑んで見せたのだった。


「さて―――ここはデラストだけ残ってくれ。バロラとアージラムはこの船の内部探索だ。すべての扉を開錠し、囚われている者たちを全員開放すること。証拠になるような物品、書類はすべて確保だ。行け」


 ディクターの命令に小さく頷いた面々は、デラストと呼ばれた男だけを残して素早く散っていった。結局その場に残ったのは、(精霊で癒しつつも)満身創痍なグレイたちとディクター。そして気絶したまま甲板に転がされているガードロスだった。頭から衣服まで血まみれではあったが、自身の血ではないようで呼吸は穏やかなものだ。ただし表情は苦悶に歪んでいる。決して秀麗ではない男の顔がさらに歪んで醜く見えた。


「この男は最重要容疑者だ」

「ディクター議長!」


 淡々と事態を進めようとしていたディクターを止めたのは、ジュネスの治癒を終えたグレイだった。ロージィは大きな怪我がないので、治癒を断ってきた。パーティスは慣れない治癒をロックに施した後、この巨船に突っ込む手伝いをしてくれ、船に留まって鎮圧を待っていた港男たちに制圧完了の報告へ走っていた。なにしろ甲板に残る惨劇の後が凄まじいため、まだ巨船に降り立ってもらうわけにはいかない。


「なんだい伯爵」

「リグリアセット公爵姉妹の無事を確認したいのです。この場を離れることをお許しください」


 脅威が去った今、グレイの頭の中はライナの無事を確認したいという一心だけだった。この船に連れられたのは間違いがない。そして主犯だと思われるガードロスがここにいるということであれば、もし内部に敵が残っていたとしても鎮圧はたやすいだろう。ディクターの真意はいまだ見えない。信用たる人物なのかも揺らぐばかりだ。だが今は、今優先すべきはディクターの真意を測ることではない。


「ああ……アンヌ嬢であれば、地下でわたしの部下が保護して―――」

「アンヌ様!」


 ディクターの発言が終わる前にロージィは一人駆け出して行った。アンヌのことを心から心配していたロージィにとって、血まみれで転がっているガードロスなど小石ほどの価値もない。


「早いなー」


 地下への扉を見つけ、素早く姿を消したロージィを見送りつつ、ディクターは感心したような声を出した。その後グレイに向きなおり、その隣に立つジュネスにも視線を向ける。


「で。君たちのお姫様は、中央のメインマストの見張り台にいる。意識を失っているが大きな怪我はないだろう」

「!」

「待て」


 すぐに駈け出そうとしたグレイを鋭い声が呼び止める。振り切って駈け出してしまいたいのにそれができない。目の前にデラストが立ちふさがっているからだ。


「グレイにはここに残ってもらう。行くならジュネスだけで行くように」

「……っ」


 淡々とした声が憎い。だが、それに追い打ちをかけるようにさらに言葉が投げられた。


「君がこの国に来た最初の目的を見誤るな―――バーガイル隊長」


 そうだ。途中から目的がかき混ぜられてしまったが、この国に来た最初の目的……それはファーラルからの極秘とされた任務であり、偶々(・・)それがライナの件と重なってしまっただけなのだ。しかし、そんな偶々があり得るのだろうか。


 本来ここにいるはずのない、ロットウェルの議長。そしてその手足となって動く超人的な能力を有する部下たち。この国に送り出したファーラルという存在。突然現れた謎の巨船。【精霊士】【魔法士】を集めていたガードロス。

 すべてが繋がっていたのだとすれば、それはいったい……どんな繋がりだというのだろう。


 グレイの思考が混乱してきたのを見て取ったのか、ディクターがうっすらと笑みを浮かべた。


「君にはこの顛末、すべてを話そう」

「……はい」


 渋々ながら頷いたグレイを確認すると、ディクターはグレイと同じかそれ以上に不審な目を向けてきていたジュネスと目を合わせた。


「ジュネス、ライナは精霊が気絶させている。ライナの安全が示されるまで、精霊たちは意識を戻さないだろう」

「なっ……どういうことですかっ」


 思わず声を上げたのはグレイだったが、言いたいことはジュネスも同じだ。腕輪の封印が解けたはずだというのに、ライナに何が起こったというのか。


「原因も理由もわたしには分からない。ただ、精霊がライナ嬢を守ろうとしていることは事実だ」


 だから行くなら行けと言わんばかりに、ディクターはジュネスを追い払うように手を振った。ジュネスは戸惑ったようにグレイを見たが、小さく頷く様子を見てその場を後にした。グレイは照らし出された甲板から、メインマストを見れば確かに人影がある。それがライナ本人なのかまでは識別できなかった。


「さて、まずはこれを起そうか」


 ディクターは甲板に転がされたままのガードロスに一歩近づき、意識のない様子を確認した。


「頭から血を浴びて混乱していたのでね、気絶させたんだが……デラスト、起こしてくれ」

「はい」


 デラストはどこから用意したのか、海水が並々と入ったバケツをガードロスの顔面に向けてぶちまけた。仰向けに倒れていたため、容赦なく口と鼻から海水が入りこむ。

 一杯目の海水で意識が微妙に回復し、二杯眼の途中で大きくむせながら飛び起きた。


「げほっ、がはっ!いてぇ、鼻が、喉いてぇっ!ちくしょう!がはっ」


 身悶えするように甲板に四肢をつき、激しくむせ続ける。場違いに小奇麗にしていただろう服は、血と海水で汚れ、みすぼらしく変わり果てた。


「お目覚めかな、ガードロス君」

「がは、なんだ……はぁ、はぁ。てめぇ……ごほ」


 呼吸が落ち着いてきたところで、ガードロスが聞いたことのある声に反応して顔を上げた。ディクターと充血したガードロスの視線がぶつかり合う。


「てめぇ……なんで、ここに……っ」

「デラスト、もう一杯」

「はい」

「ぶはっ!」


 ディクターの掛け声に合わせるように、デラストが再びバケツの水をガードロスにぶちまけた。見開いていた目にも、半開きになっていた口にも水が浴びせられる。


「くそ、てめぇ!」

「喜べ。今のは真水だ。―――グレイ、海のないロットウェルではあまり知られていない教養だが、海水は決して飲んではいけない。渇きが増すだけで決して潤すものではないのだよ」

「は、はい」


 突然の海水講座に思わず返事を返してしまう。確かに、陸地で囲まれたロットウェルでは一般的ではない知識だろう。


「てめぇ、俺を売ったのか!」


 だが、その講座は怒声によりすぐに中断させられた。真水を得たことで幾分喉の渇きが癒されたガードロスが掴み掛らん勢いで声を荒げたからだ。


「改めてお久しぶりです、ガードロス君」

「誤魔化すな!」


 あと一歩でディクターに手が届くという位置で、デラストがガードロスの足を払った。一瞬宙に浮いた体は、身構える間もなくそのまま血濡れた甲板に叩きつけられる。痛みでうめくその姿を眺めつつ、デラストはディクターに視線を向けた。


「縛りますか」

「不要だ。手足が自由なのに身動きが取れない。これほど屈辱的なこともないだろう」


 そういって口元に弧を描くディクターは、決して善人の顔をしていない。その様子を見ていてグレイは顔をひきつらせた。ガードロスの無様な姿やディクターの冷たい言動にではない。

 ディクターがガードロスと見知った間柄だとはっきりしたからだ。


「ディクター……議長……」


 思わずグレイの口から洩れたのは焦燥と苛立ちを含んだ声だった。その声音に反応し、グレイに向きなおると芝居がかった動きで両手を上げた。


「すまない、余興が過ぎたかな」


 そして小さく笑みをこぼすと、ディクターはすべてを語りだした。


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