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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
117/145

幕引き2

お待たせしましたー

ここから終結に向かいます

 (起きて。起きて。)


 小さな囁きが鼓膜をくすぐる。くすくすと笑い声を含ませた微かな声。


 (帰ろう。帰ろうよ。)


 声の主が意識を揺さぶる。もう少しだけ眠っていたいのに、この声がそれを許してくれない。心地よい転寝を邪魔された気分になり、ライナはゆっりと瞼を開けた。

 最初に視界に入ったのは白い天井。飾り気のない天井がぼんやりと視界に映り、どこかで同じものを見たことがある気がする……と記憶を巡らせようとしたところで横から顔を覗き込まれた。


「!」


 お互いびっくりしたように目を見開き、一時停止してしまっていたが相手の顔が瞬時に喜色に染まった。


「ライナ!」


 声を上げたのはグレイだった。瞳の中に微かにあった陰りが無くなり、喜びを表すようにキラキラと光っている。そしてグレイのその様子をライナが見れたのはそこまでだった。気が付いた時には腕の中に抱き込まれており、押しつぶさない程度の強さで―――けれど決して自力で開放できる強さではなく―――抱きしめられ続けた。


「よかった。よかった……」


 ふと視界を上げれば精霊たちがくるりくるりと宙を舞っていて、目覚めの時に聞こえた声は彼らなのだとわかった。そしてきっと、その声の中にはグレイの心の声も混ざっていたことだろう。


「ライナ、遅くなってごめん。君が……無事でよかった」


 少し体を離され、顔を覗き込まれる。顔にはガーゼが貼られていたし、頭にも包帯がされていた。布団のため見えなかったが腕も足も治療跡だらけだ。グレイも同じように顔に傷を作り、ライナを抱き留めている腕には包帯が巻かれていた。傷の増えた手指でライナの小麦色の髪を梳く。くすぐったくて首をすくめて笑うと、グレイは顔を近づけ鼻先に唇を落とした。


「もう、誰にも奪わせない。ライナ、ライナ……」


 鼻先、目元、額、頬、瞼、耳、髪。グレイは存在を確かめるように次々とライナに唇を落としていった。その頃にはライナの体はグレイの膝の上で横抱きにされており、傍から見ればベッドの上で逢瀬を楽しむ恋人同士にしか見えないような状態だった。簡易の膝までの白い寝巻の裾がめくれ、太腿のあたりまで見えてしまっていたが、ライナも気づいていなかった。―――いや、気にしていなかった。


 ―――グレイが来てくれた。生きてた……っ


 自分だけをまっすぐに見てくれる人。

 護ると約束してくれた人。

 本当に異国まで助けに来てくれた人。

 強く強く抱きしめてくれる人。


 ライナもグレイに少しずつ惹かれていた。けれど今はもう、それを凌駕する勢いで惹き合っていると言っていい。ずっとずっと無条件にライナを好きだと言ってくれていた。その想いにライナも応えたくなっていたのだ。


 ゆっくりと手を伸ばし、グレイの顔に触れる。ガーゼを貼ったりはしていないけれど、確かにケガの治療跡があり、ライナはそれを撫ぜるように指先で触れた。


「ある程度は治癒させたんだけどね、少し痕が残るらしい。戦闘中は気づかなかったけど、いつやられたんだか……。あ!ライナの怪我は安心していい。俺が痕なんて残させないから」


 珍しく少し照れながらグレイは言い、顔をなぞるライナの手の上から自分の手を重ねた。まっすぐに少女に向けられる青い瞳と、まっすぐに青年に向けられる深い緑の瞳。

 少しずつ近づく距離。けれど視線は外さない。鼻先同士が触れてもなお、

二人の距離はより近くなっていった。


 視線は交じり合い重なり、ライナが潤んだ瞳を静かに閉じた時……二人は初めて唇を重ねた。


 触れるだけのやさしいキス。


「……」


 思わずため息のような息が漏れた。赤い顔で潤んだ瞳。そして漏れる艶めかしい息。それがどんなにグレイを煽っているかなど、ライナにはまったくわからない。

 唇が離れてライナは身を引こうとしたが、グレイの腕の中では身動きすらできず、ただ赤い顔を晒し続けるしかなかった。グレイの顔に触れたままの手も、重ねられたままで動かせない。膝の上でもぞもぞと身を捻るが効果なし。


「――、――」


 口パクで『グレイ、離して』と告げてみるが、抱きしめられている力が増しただけだった。そしてグレイはもう一度顔を寄せ―――


 トントン……ガチャガチャ「グレイ様?」

 トントンッ「グレイ様ーっ」

 ドンドンッ「いつの間に鍵かけたんですか!開けなさいっ」


 扉の向こうから最後は怒鳴るような声でグレイを呼ぶジュネスの声で、中断を余儀なくされた。




「ライナ、目が覚めてよかった」


 無事にベッドに戻されたライナは、同じように包帯とガーゼに包まれているジュネスに笑顔を向けられ、ほっと安堵の息を漏らした。グレイと一緒に助けに来てくれたことも嬉しかったが、大きな怪我もない様子なのが一番嬉しかった。もちろん、ある程度は精霊により癒されているのだろうけれど、それでもあまりに大きな怪我―――内臓に達するようなものなどは癒しきれるものではないのだ。


「さぁ、グレイ様。どうして扉に鍵をかけていたのかと、下がっていたはずのライナの熱がどうして上がっているのか、あとでじっくり聞かせていただきますからね」


 そう告げたジュネスの背後から、闇の精霊に匹敵する黒いオーラが見えた気がした。

 目が覚めたライナの診察を医師に任せ、グレイとジュネスは個室を出てそろって別の個室に向かった。グレイは渋っていたが、診察中はすることがないのだからとジュネスに引きずって行かれる。


 トントン


「アンヌ様」


 ジュネスの呼びかけに対し扉はすぐに開かれた。開いたのはロージィだ。小憎らしいほど怪我がなく、いつも通りの黒の燕尾服を着こなしている。

 扉を開けた先にいたのが、ジュネスだけでなくグレイもいたことにロージィは一瞬瞠目したが、それだけだ。


「伯爵がここに来たということは、ライナ様の目が覚められたのか」


 ロージィはライナがリグリアセット公爵家の養女となり、アンヌの妹となった時からライナのことを『ライナ様』と呼ぶようになった。それまでは『小娘』とか『あの子供』と呼んでいたというのに、その変わり身の早さには驚かされる。


「ライナはさっき目覚めたよ。いまは診察中だ。―――アンヌ」


 白い個室の白いベッドの上。身を起していたアンヌはロージィが用意したのだろう絹の寝巻を身に着けていた。近寄ってきたグレイに微笑みかけた。


「グレイ様、そしてジュネス。助けに来て下さりありがとうございました」


 アンヌはグレイだけでなく、扉のあたりで待機していたジュネスにも視線を向け、それからゆっくりと頭を下げた。それは今までのリグリアセット公爵令嬢を知っていれば、ありえない行動である。彼女は確実に『大人』になっていた。


「いいや、救出が遅くなってすまなかった。……アンヌ、あの境遇の中ライナを守ってくれてありがとう。あとでライナからも伝えられると思うけれど……俺が感謝したいんだ。ライナを守って、支えていてくれたと聞いた。ありがとう、ありがとうアンヌ」

「グレイ様……」


 事件の把握ため、救出された子供たちの話を聞き取った。その時に子供たち―――特にソニールという少年―――から囚われていた時の二人の様子を聞くことが出来た。お互いに庇いあう姿や、身を盾にしてライナを守ろうとしたアンヌを知り、グレイは胸を打たれた。そして同席していたロージィは肩を震わせ涙をこらえていた。


「アンヌが居なければ、ライナは心身ともにもっと傷を深くしていただろう。巻き込まれたアンヌには不幸でしかない出来事だっただろうが……身勝手にもライナの傍に君がいてくれたことがよかったと、喜んでいる。本当にすまない。それでも―――ありがとうアンヌ」


 グレイはその場で深く深く頭を下げた。その姿に倣い、ジュネスもまた同じように頭を下げた。


「……っ、いいえ、いいえ!」


 アンヌはベッドから身を乗り出すように体勢を変え、思わずグレイの腕をとった。触れた瞬間、長い年月抱き続けてきた思慕が胸の奥から沸き上がり、それを抑え込む。以前までであれば、グレイはアンヌを避けていたし、母親の意向が強いがために渋々対応をしていた。アンヌはそう知っていても恋い焦がれ続けてきていた存在に触れてしまい、咄嗟に手を離しそうになったがそれを堪えた。


「グレイ様……わたくしもまた、ライナという存在に救われたのです」


 知ってほしかった。嘘偽りのない今の気持ちを。分かってほしかった。もう気持ちは断ち切っているのだと。

 グレイはアンヌに視線を向けると、腕にかかっているアンヌの手を軽くポンポンと叩いた。


「俺も、ライナに救われている。一緒だな」

「―――はい」


 優しい声音にアンヌの瞳から一筋の涙がこぼれた。決して悲しいのではなく、感謝と喜びと諦めと思慕と……複雑な心境が決壊し、涙となって表れたのだ。その涙を拭うことなく、アンヌはグレイと視線を合わせる。


「ライナが回復したら会わせてくださいますか……?」

「ライナも喜ぶだろう」

「帰るときは一緒に、ロットウェルに帰りたいのです」

「もちろんだ」

「―――ライナは、幸せになりますか……」

「必ず」


 簡単な、けれどはっきりとした返答にアンヌは花のように微笑んだ。




 アンヌの個室から退室し、グレイとジュネスは再びライナの個室へと足を向けた。いつもは静かな国境の保養所だが、この数日はフル稼働である。そこかしこから子供たちの声が聞こえてくる。

 あの巨船から救出された子供たちの数は57人にも及んだ。ライナたちと一緒にいた子供たちだけでなく、ほかの場所に監禁されていた子供がいたからだ。全員が【精霊士】の卵だった。中には衰弱し過ぎており、救出後命を散らした子供もいた。あの連中の目的が何だったのかは、グレイにはまだ知らされていない。ディクターがすべてを知っているようだが、今は部下を数人引き連れマーギスタの国務機関に出向いている。状況説明含めた雑多な役割をこなすために。その中には、破壊されたマーギスタの結界の話もあるだろう。それをどう対処するのかは想像もつかない。


 闇の精霊は特に何をするでなく、一定の時間マーギスタに留まったのち姿を消した。それについてもディクターは言及されているだろう。こうなってくるとファーラルの考えも謎だ。


 心身ともに衰弱していた子供たちはいくつかの大部屋に収容されている。目に見える怪我よりも、彼らは心を痛めているようですぐの回復は見込めない。その原因は子供たちの現状にある。グレイたちは手分けして子供たちの身元を探し出し、親元へ戻そうと手配しているのだが、誘拐の際に親が殺されていたり、場合によっては集落ごと消されたりしていた。これはライナが連れ去らわれた時と同じような状況だろう。他にも、もともと身寄りがなく路上で生活していた孤児もおり、元の生活に戻すことを躊躇う気持ちがある。


 何名かの身寄りのない子供を引き取れると、アジレクト議長から連絡があったことが救いだろうか。あの人なら今までも【精霊士】を育ててきた実績があるので、安心して任せられる。他にもソニール少年も引き取り手が決まっている。その引き取り先はディクター……。怪我が治り次第、ロットウェルに帰還時に連れていくと宣言されたらしい。ソニール本人は大いに拒否したそうだが、笑顔で押し切られてしまったと嘆いていた。


 あの巨船はディクターの部下たちにより、あっさりと制圧が完了された。しかしあの時、荷物のように甲板に転がされた血まみれのガードロスは、意識を取り戻した瞬間ディクターに掴み掛らん勢いで怒鳴り散らしたのだ。


次回はちょこっと回想しつつ…終わらせたいです。


そして早く最終章へ!!(意気込みだけは立派)

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