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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
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幕引き1

お待たせしました…

 腕輪が砕け散ったことには気が付かなかった。喉を締め上げている圧迫感に意識が集中していて、気が付く余裕がなかったというのが正しい。苦しくて目を開けていることが出来ず、きつく瞼を閉じて歯を食いしばった。少しずつ意識が遠のいていく感覚。だが意識が飛ぶ間際、掠めるように鋭い風の音が耳のすぐそばを走り抜けた。そしてその音の後を追うように、自分を苦しめていた腕の力がゆっくりと弱まり解放される。


「――っ、っ!」


 突然解放され、喉の奥から競りあがるように空咳が出る。肺が大きく収縮し、空気を求める。ライナは自分の喉を抑え、何度も苦しげな呼吸を繰り返した。ようやく少し落ち着き、周りを見る余裕が出た時には、ライナの首を絞め上げていた男はその場から姿を消していた。何が起こったかわからず、ライナはそろりと腰を上げ物見台の下を覗き込む。だが何かしらの影は見えるが、暗くて姿形をはっきりと視界に収めることはできなかった。


 ―――うっかり足を踏み外して落ちた、のかな。


 ライナにはそう思うしかなかった。まさか精霊が怒りに任せて男の首を切り落とし、ライナに血しぶきが降りかかる前に物見台から男の体を転がしたなど考えつくはずもない。下にいたガードロスは降りかかった血しぶきを浴び、甲高い悲鳴を上げていたのだが、その声すらも精霊はライナに届かないように遮断していたのだった。


 ―――え。あれ!?見えてるっ


 飛び交う精霊を視界に収め……その時になってようやく、ライナは精霊の姿が見えるようになっていることに気が付いた。思い出したように腕を見れば、忌々しかった腕輪は砕けて外れている。見慣れた緑色の精霊たちがライナの周りをくるくると飛び交っていた。中には見慣れない水色の精霊や七色のものもいる。まるで虹のように美しい色合いに、ライナは瞳を輝かせた。

 だが、すぐに気分を切り替えた。


 ―――グレイ!


 だがその心配は杞憂に終わる。

 同じく腕輪の封印から解き放たれたグレイは【魔法士】としての能力を如何なく発揮していたのだから。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 グレイの腕輪が割れる少し前、内に潜ませていた護り石が大きく震えていた。激しく小刻みに震える石は、まるで怒りを増幅させていくようにその震えを強くしていった。正直、内ポケットの中でぶるぶると震え続けられるとくすぐったいし、集中力が途切れる。放り出してしまいたいほどだったが、そうできるはずもなく違和感を感じつつ剣をふるっていたのだ。


「伯爵、そろそろこちらから打って出る頃ではないですか」


 ロージィの淡々とした声が耳に届く。さすがに呼吸は乱れているようだが、まだ余裕を見せることによって、敵側の動揺は誘えるだろう。さらにロージィは『打って出る』といった。つまり現状動かず戦闘していたのをやめ、この敵陣の輪を切り崩し、高みの見物をしているだろう指揮官までたどり着こうと言っているのだ。その発言は徐々に劣勢になっていくことに戸惑い始めていた破落戸たちに対し、更なる動揺を植え付けることになる。


「それはいい案かも、なっ!」


 また一人男を切り捨て、グレイは思わず甲板の先に視線を走らせた。援護のように飛んできていた弓矢がぱったりと止まっていることが気になっていたのだ。射る矢が無くなったということであればいい。考えても詮無いことだ。それに射手は敵かもしれないのだから。偶々自分たちをよけて矢が飛んでいただけの偶然の可能性……それが一番正しいのかもしれない。だが―――直感がそれは違うと告げてくる。


「っ、なんだ!?」


 突然護り石が小刻みに激しく揺れ、灼け付くような熱を発した。身軽にするため、薄い皮の防具に厚手の生地の衣服という軽装であったが、それでも一瞬にして肌まで伝わった刺すような熱さは痛みすら伴うものだった。そしてそれと呼応するようにあっけない破裂音が腕で響く。


「……割れた」


 何の前触れもなく腕輪が砕けて落ちた。そしてその瞬間全身に漲る力の奔流。

 封じられていた【魔法士】としての能力が、湧き上がるように体を駆け抜けていくのが分かった。攻撃の手は緩めない。それどころか、精霊の助力を得られるようになった今となっては、相手が多勢であろうと負ける気はしない。

 目に見えてグレイの動きが変わったのを知り、パーティスとロックだけでなく、ロージィもまたこの喧騒の中、腕輪が外れたことを知った。今までも決して不利な戦いではなかったが、鬱積していたこともあり、グレイの快進撃は留まらず突き進むのみとなっていた。


 剣を払い活路を開き、囚われたライナたちを救出する!

 そうして剣を再度振り構えたところで―――その動きを思わず一瞬停止させた。


「これは……」


 この気配は―――ファーラル(せんせい)の精霊!?


 マーギスタ全体に張り巡らされた結界は、ファーラルの手足である闇の精霊を侵入させないための秘策だったはずだ。そしてそれはマーギスタが自分たちの国と領土を守るための手段であり、ロットウェル側にすればそれを順守することにより、有効な関係を築くための手段としていたはずだ。それが今破られ、マーギスタ内に闇の精霊が入ってきている。


 無理に結界を突破すれば、それは激しい衝撃とともにマーギスタに常駐している【精霊士】に察知されるはず。それはグレイという【魔法士】にも察知されるということだが、しばらく能力が封じられていたため、どの段階で結界が解除もしくは破壊されたかわからない。


 マーギスタが自ら結界を解くなどありえない。あれはファーラルという最強の【魔法士】から身を守るための大切な盾だったからだ。では、ファーラルが無理やり破ったのか?なんのために?もしやグレイたちの救援のために?


 ……いや、その線はない。


 グレイは早々にその可能性を潰した。そしてすぐに思考を切り替える。


「今は考えてる場合じゃないなっ!」


 考え事をしながら突破できるほど甘い包囲網ではない。襲い掛かってくる破落戸たちの数は減りつつあったが、血走った目を向け我を忘れて襲い掛かってくる者たちが増えてきていた。戸惑いや怯えを見せる者たちもいたが、声を張り上げ襲い掛かる空気に飲まれ、手持ちの武器を手放そうとする者はいなかった。


「ジュネス、ロージィは俺と共に包囲を突破する!パーティス、ロックは後衛!ついてこい!」

「はいっ!」

「判断が遅い」

「了解です~」

「任せてください!」


 グレイの声にそれぞれが反応を示し、船の中央―――メインマストに向けて5人は一斉に足を進めた。そうはさせないと破落戸の男たちは束になって向かってくる。躊躇も手加減もなく、切れ味の鈍りだした剣を向けさらに血だまりを深くした。


 男たちの悲鳴と怒声がいっそう激しくなる。グレイたちが大きく動き出したことで、焦りが生まれたのだろう。それまで等間隔で包囲していた輪が乱れ、隙が増えた。


「はぁっ!」


 その隙を見逃さず、的確に陣形を崩していく。多勢であった破落戸たちの数は確実に減り、陣形を崩されたことにより孤立する者も現れ始めた。そうなれば、一人気概を持って立ち向かうことにたたらを踏むのは仕方ないことだろう。徐々に戦意を喪失し、幾人かの男たちの目には諦めと恐怖が浮かんでいる。


 だがここは戦場。徹底的に潰しておかねば安心などできない。

 グレイは柄を握りなおすと、棒立ちになっている男を切りつけるため剣を振り上げた。血に濡れた刀身に、怯えた男の顔が映る。


「伯爵、それ以上するとただの虐殺になってしまうよ」

「!?」


 だが振り下ろそうとした時、のんびりとした声が耳朶を打ち思わずグレイは動きを止めた。この場にあるはずのない声。こんな場所にいるはずのない人物の声だったからだ。


「これはまた、ずいぶん派手にやったな。甲板が血の海だ」


 声の主は足元に転がる男たちの体を跨ぎ、顔を歪めながら首を振った。あまりにも場違いなほどおっとりとした声に、気勢を放っていた破落戸たちも動きを止めていた。


「ディクター議長……」


 浅黒い肌と金の瞳を持つ部下を従えたディクターが、足元を気にしつつ近づいてくる。その身なりは相変わらず貴族然としており、乱れもない。そしてそれは、いまこの場所に最もそぐわない服装でもあった。

 ライナとアンヌがこの船に乗せられることになった、そもそもの原因はディクターの行動がすべてだ。破落戸と手を組み二人を拉致した。そしてロットウェルから連れ出し、マーギスタへ。そしてさらには異国の船……。


 ロージィが以前ディクターの不審な行動を報告してきた時、正直それを完全に鵜呑みにしていたわけではない。不審だとは思ったが、何かの間違いだと思いたい気持ちが確かにあった。『議長』という地位にそれだけ信頼感があったからだ。だが、今のこのマーギスタという国に、ロットウェルの議長が居ることの不自然さは、今までの疑惑すべてを裏付けることにしかならない。


「なぜここに、いらっしゃるのですか……」


 精霊が見えるという子供たちを攫う組織。それと繋がりがあるというのか『議長』という責任ある地位に長年居続けたこの男が!

 グレイの中に生まれたのは、裏切られたという悲しみと怒りだ。【精霊士】【魔法士】を食い物にしようとしているとしか思えなくなってしまう。


「そろそろ幕引きなんだよ伯爵」

「なにを仰っているのか……」

「君も察知しただろう?ファーラルも動き出した。のんびりしている時間はもうない」


 空を見上げてつぶやく。遠く離れたロットウェルから迫ってくるのは背筋を震わせる闇の気配。ファーラルより放たれた闇の精霊。


「てめぇら!」


 突然の乱入者に、破落戸たちが標的を変える。身綺麗なディクターはいい人質になるとでも考えたのかもしれない。だが、その背後にいる絶対的な従属の存在を甘く見ていたのは失策だ。男の手がディクターに届くよりも早く―――気が付いた時には床に沈められていた。そしてそのままバロラ、デラストが表情を変えることなく淡々と他の破落戸たちの体も沈めていく。

 振り上げられた(こぶし)。うなる拳が男たちの上半身を中心に打ち込まれていく。剣とは違うとはいえ、当たり所が悪ければ死ぬかもしれないと思わせるほど激しい殴打だった。


「こらこらデラスト、やりすぎるな」

「はい」

「バロラも一緒になって暴れすぎるなよ」

「わかってます」


 返事だけは立派だが、手加減をしているようには感じられない。


「さてバーガイル伯爵」

「……あなたの目的はいったい……」


 突然の出来事に思考も何もかも追いつかない。何が起こっているのか、ディクターが敵なのかも不明瞭なままだ。もうすぐ闇の精霊が来るというのに、まったく焦った様子もない。ファーラルに目をつけられ、逃れる術はない。この世界最強の精霊を使役しているからこそ、マーギスタはファーラルを恐れ結界によって闇の精霊の出入りを封じた。それほどの抑止力を持っているのだ。


「アンヌとライナは無事だから安心しなさい」

「!……あなたが、それを言うのか……っ」


 グレイはディクターに掴み掛ろうとしたが、手が届く前にデラストに蹴り飛ばされ撥ね退けられた。それでも立ち上がって向かおうとするのを、慌てたジュネスに背後から抱き着かれる形により抑えつけられる。


「離せっ!」

「グレイ様、真偽はまだ見えません!落ち着いてくださいっ」

「離せ―――っ!」


 ジュネスはなんとかグレイを抑えつけているが、戦闘続きで疲れが蓄積されているからこそできたことだ。通常のグレイであれば、ジュネスをあっさりと振り払うことが出来ただろう。つまり、いまグレイはそれだけ疲れているということになる。ただでさえ、デラストと呼ばれた男から発せられる威圧感に気圧されそうだというのに、万全でないグレイを立ち向かわせることはできない。


「ディクター議長……胴体と首を離して差し上げましょう」


 だが一人を抑えたところで、もう一人ディクターに対して怒りを燃え上がらせている人物がいた。血濡れた細身の剣を構え、壮絶いえるほどの微笑を浮かべている。怖い。


「パーティス!ロック!ロージィを抑えろ!!」

「は、はいっ」


 触れたら切れそうなほどの殺気を放っているため、パーティスとロックは思わずロージィに触れることすら躊躇ったが、それより早く何者かが突然甲板に降ってきた(・・・・・)。なにか大きな荷物と共に。何者かは抱えていた荷物を甲板に放り出すと一瞬でロージィの正面に立ち、その手首に向け手刀を入れた。


「くっ!」 


 痺れる痛みに思わず顔を歪めたロージィを無視し、あっさりと背中を向けるとディクターに向きなおった。ディクターはしゃがみこみ、気を失っている『荷物』を眺めていた。


「アージラム何をしたんだ……真っ赤じゃないか」

「血まみれですが、本人の血ではありません」


 『荷物』であるガードロスは頭から血しぶきを浴びており、白目をむいて気絶していた。


ややこし過ぎる文章になっており、本当に申し訳ございません。


時系列的には

グレイの持つ護り石がライナの危機に反応し力を解放

ライナたちの腕輪がすべて破壊される(石はライナの腕輪だけを破壊したかったんでしょうけど…)

事前に護り石の力により、マーギスタの結界も破壊(下準備してたのはジトゥカ)

結界の消滅をファーラルが察知。闇の精霊を飛ばす

精霊を探知できる者たちが、闇の精霊に気付く


こんな感じです。

ややこしくてややこしくて、うまく文章にできてなくて本当に申し訳ございません。

ようやく戦闘シーンは終わりです。

「波乱の起承転結」章はもう少しで終わります。あとしばしおつきあいください。この章が終わり次第、最終章に向かいますので…っ

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