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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
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それぞれの行動

 ライナの腕輪が破裂音と共に砕け散ったその瞬間。それを知った者たちがそれぞれ顔を上げていた。

 砕けたのは腕輪だけでなく、もっと大きな―――

 


 ◇◆◇◆◇◆◇◆



「のらりくらり躱してんじゃねぇぞ、ジトゥカ!」


 大剣を振り上げているというのに、その斬撃の速さと正確さは衰える事を知らない。引き締まった体躯自体がうなりを上げて目前に迫って来るのを見ていた時、心待ちにしていた破裂音が耳の奥に届いた。


「マクルノ、もういい」


 振り下ろされた剣戟を両刃刀で受け止めると、ジトゥカは感情のこもらない声で淡々と告げた。マクルノは意味が分からず眉根を寄せるが、ジトゥカを纏う雰囲気が明らかに変化したのを知り、一足飛びに後方へ下がると慎重にジトゥカの表情を伺った。


「どういう意味だ」

「主の目的は果たされた。この事態もすぐに収束するだろう」

「意味が分からねぇってんだよ!」


 荒々しく言葉を吐き出すマクルノを金の瞳が静かに見据える。その瞳に感情の起伏は見られない。


「端的に言え、端的に!」


 歯噛みしそうな顔で睨み付けてくるマクルノに、ジトゥカは無言で空に向かって指を突き付けた。人差し指が空を指す。


「マーギスタの結界は破られた」



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 白薔薇城の元後宮にて、いつも通り仕事の続きをしていたファーラルはその瞬間、それまでせわしなく動かしていた手を止めると顔を上げ、虚空を見上げていた。

 いままで阻まれていた抑圧が消え去り、自由に呼吸ができるようになった―――そんな感じだろうか。


「よくやった、グレイ」


 思わず口元に笑みが浮かぶ。

 何がどうなって辿り着いたかは分からないが、少なくとも自分が送り出した弟子がこの結果を導き出したのだろうということはわかった。本人は意図していない結果であろうし、元々知らせていない事柄ではあるのだが……。


「さて……」


 おもむろに立ちあがったファーラルは、一度目を閉じ体に走る解放感に酔いしれた。抑圧がないということは、こんなにも気分がいいものなのだと実感する。

 その時のファーラルの姿が見られる【精霊士】【魔法士】がその場にいれば、腰を抜かしていただろう。全身を覆う黒い(もや)―――湧き出す力がファーラルの姿を覆い隠してしまう。そしてその闇の力は一つ一つファーラルの意思を叶え、姿を現した。

 その禍々しさは、悪名高い『闇の精霊使い』に相応しいものだ。


「幕引きを始めようじゃないか」


 黒い靄に包まれた中、緩く弧を描いた口元だけが浮かんで見えた。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆



 怯える子供たちを無感情に眺めていたディクターは、澄み切ったその音を聞き表情を改めた。と、同時に子供たちを抑圧していた腕輪が次々と割れ落ちていく。


「え、割れた?」

「外れた!」

「やったぁ!」

「うわぁあん」


 大人しかった子供たちから驚きの声と歓声が上がり、中には泣き出す子もいた。予告なく発生したその状態に、ソニールに支えられていたアンヌは不思議そうに周りに視線を走らせる。顔を上げればソニールもまた、突然腕輪が外れたことに呆然としながらも、その顔に徐々に喜色を宿していくところだった。


「ソニール?」

「……アンヌ、腕輪が外れた。精霊が見えるよ」


 ずっと感じる事の出来なかった精霊の姿、その優しさと労りを感じ取り、子供たちは現状も忘れて喜び合った。塞がれていた視界を取り戻した―――そんな感覚かもしれない。


「精霊が見えるようになったんだ!」

「逃げよう!」

「おうちに帰りたいっ」


 口々に声を上げる子供たちに、アンヌはソニールの言葉が真実であると実感した。と、すればライナの腕輪も外れている可能性が高い。一人でここから去っていってしまったライナを心配していたが、封じられていた【精霊士】の能力が戻ったのであれば、事態は好転する……そう期待を持ってしまう。


「残念だが君たちはまだここに居てもらうよ」


 だが、そんな期待もディクターの冷静な声が水を差した。アンヌとソニールは子供たちを背に庇いつつ、ディクターたちと相対する。先程までは圧倒的不利が確定的だったが、今は違う。精霊が手助けしてくれるのであれば、ここを打開できる可能性も皆無ではない筈だ。


「考えが透けて見えているよ」


 笑いを含んだ声を返され、アンヌは思わず唇を噛んだ。ソニールたちの精霊が見える力が戻ったとして、できる事は目くらましが精々だろう。さらにアンヌは変わらず無能力者なのだから、足手まといが減るわけでもない。


「やってみなくちゃ、分からないじゃないか!」


 ソニールの声が響くと同時、狭い室内が突然寒くなった。ディクターを中心に一気に冷気が立ち込める。そしてその冷たさは足元に白く薄い膜を張っていった。


「ほぅ、冷気を操るか」


 ディクターは珍しそうに目を眇めつつ、白くなった自身の足を動かそうとし、床とくっ付いてしまっている事に気が付いた。この短期間でここまでの冷気を操れるのであれば、それなりに力を持った【精霊士】だと思っていい。

 アンヌたちが居る場所にも、冷気が流れ込んできているが、床が凍り付くことはなかった。それは上手くソニールが精霊と折り合っている事の証明である。


「このままここで凍っていてもらう!」

「それは困る」


 冷静な声に視線を向ければ、ディクターの後ろで微動だにしなかった男の一人が、何か合図するかのように軽く手を振った。途端―――それまで冷たかった空気が温められ、凍りかけていた床も溶かされていく。そして次の瞬間、指をパチンと一鳴りさせると一瞬肺が苦しくるほど熱くなったと思った時には、凍ろうとしていた形跡すら跡形もなくなくなっていた。

 氷が解ければ水滴が残る。だが、その水滴もない。


「ジフォーク、少し熱かった」

「申し訳ございません。寒いのは苦手なのでつい」


 ディクターの小さな抗議に、ジフォークと呼ばれた男は悪びれた様子もなく淡々と答えた。そしてそのまま視線をアンヌとソニールたちに向ける。


「大人しくしている方が自身の為だぞ」

「偉そうにっ……」


 ジフォークの言葉にソニールは能力値の違いを見せつけられ拳を握りしめた。どんなに【精霊士】としての能力が戻ってきたところで、いま見せつけられた力の差の前では腕輪を付けていた時と大差ない状態だと思い知ったからだ。


「冷気の精霊を操れるのは珍しい。これは拾いものをしたかな……」


 面白がるようにくすりと笑うディクターの表情は明るく、現状に相応しくないと思えるほどの違和感を感じさせた。だが、それを指摘できる人物はここには居ない。


「よし、では行くか」


 (おもむろ)に椅子から立ち上がると、ちらりと背後に控えていた部下たちに視線を向ける。


「バロラ、デラストはわたしと共に甲板で掃除だ。ピーネとアージラムは操舵室を奪取。ジフォークはここで待機……そんなつまらなそうな顔をするな、子守を頼んだぞ」


 それぞれ名前を呼ばれ無表情のまま軽く首肯したのだが、ジフォークだけは面白くなさそうに口元を歪めて肩をすくめて見せた。そしてそれは『つまらない』という抗議でありつつ了承の返答でもある。

 ディクターたち5人は甲板に上がるための階段を上りつつ、活発に動き回る精霊たちの気配を追っていた。相当に気が立っている気配がする。


「かなり怒っているようですが……」

「ライナに何かあったかな」


 精霊は元来、『怒り』というものを持たない。喜びや悲しみは表しても、ここまで極端に荒れ狂うように周りにまき散らすことはないのだが。

 あまり荒れると収拾を付ける時間が増加する。この後は各所から苦情が大量に持ち込まれる予定なのだ。身の危険は感じていないが精神的には面白くない役回りだと思っている。


「ディクターさま、操舵室はわたし一人で事足ります。アージラムもお連れ下さい」


 ピーネという女戦士が、階段を上るディクターの背中に向けて声をかけた。その言葉に考える仕草をしたディクターだったが、新たに感じ取った気配に思わず足を止めた。


「早い、早いねファーラル」


 圧倒的な気配が近づいてくる。


 ずっとマーギスタを守るようにあった結界。ファーラルの力を恐れ、築かれたはずの結界が破られ、闇の精霊がマーギスタに侵入した事を示していた。


次はライナ視点かグレイ視点か、どっちかから始まります。

長きにわたった4章の終わりに向けて頑張りますー(と予告らしきものをするとコケルというジンクスがありましてね……)

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