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無声の少女  作者: けい
ドルストーラ
11/145

東の渓谷1

国境付近 森の中―――


 黒味の強い茶色の髪と、意志の強さを示す切れ長の青い瞳。にこりともしない無表情はいつものこと。それが、この国境警備を任されているバーガイルという男だった。駐屯部隊の副隊長を任命されており、いまは爵位など何の役にも立たないため、誰も伯爵とは呼ばない。


 あいにくとその麗しい容貌は、いまは兜の中に隠されているため、誰も見ることはかなわない。


 伯爵の地位にありながら、一般兵と同じく泥にまみれ、汗を流し、同じ訓練を受け、当番順である洗濯係も食事当番もすべてこなした。軍という規律の中に身を置いている間は、誰であろうと自分を『伯爵』と呼ぶことを嫌い、ただ一人の兵士として扱ってくれるように要望書まで提出した変わり種である。


 一般的に貴族階級者も、例外なく軍籍に身を置くことが決まりだ。しかし、名ばかりの隊長職や指揮官、もしくは事務方の二番手あたりに据えられて適当に軍体験を過ごしているものがほとんどだった。そのため、このグレイ・バーガイル伯爵は周りの貴族からは庶民受けのための点数稼ぎだと陰口をたたかれていた。

 けれどグレイは、また別の意味合いがあったのだ。


「副隊長」

「ジュネス、どうした」


 直属の副官である細身の男が駆け寄ってきた。細身ではあるが、決して軟弱というわけではなく、無駄に筋肉をつけて体の大きさを誇示していないだけだ。彼もまた、貴族階級の一人だが、とある事情で現在は実家とは疎遠になっている。自らグレイの従者になりたいと志願し、幼少のころから二人は共に育ってきた。幼馴染のような間柄だが、ジュネスは常にグレイに対して一線を引いた態度を貫いている。


「東の渓谷に多数の人影を確認したと報告がきました」

「きたか」


 立ち上がり、腰の剣を確認する。


「十中八九間違いないでしょう。盗賊にしては多すぎます」

「規模は」

「歩兵がおおよそ30。弓兵10、騎馬10とのことです」


 こんな山の中で騎馬を10。満足に身動きもとれないだろう、馬に同情する。


「指揮官は見えたか」

「いいえ。おそらくは騎馬兵の中に紛れ込んでいるのでしょう」


 そういうと、ジュネスは皮肉そうな笑みを浮かべた。隊長格の伯爵が一般兵に混ざって戦っているのに、相手国の隊長のなんてひ弱なことよと呆れているのだろう。グレイも内心同じことを思ったが、普通隊長クラスは部隊の先陣きって危ない橋を望んで駆けていかないとわかっているので、あえて黙っておいた。


「とりあえず、精霊に探ってもらおう」

「お願いします」


 グレイはずっと自分に寄り添っている小さな友たちに視線を向け、ポケットの中から赤い木の実を数粒取り出した。それを小さな友―――精霊に渡しつつ、笑顔を向ける。兜の中で微笑んでいても、見えないはずだが、精霊たちは嬉しそうに木の実をつかむとグレイが何も言わないのに東の渓谷に向けて飛び立っていった。


 小さな姿が消えて行った方向に視線を向けたていたグレイ。それに気付いたジュネスは、ほっと安堵の息を吐く。


「いってくれましたか」

「ああ。しばらくは現状維持で待機だ。皆にもそのように……なんだ、あの音は」


 グレイがジュネスに指示を出していると、離れた場所から激しい物音がした。響く馬の嘶き。野生の馬は、こんな森の中にはいない。つまり、誰かが連れてきていると仮定される。相手部隊に見つからないように隠密行動をしているというのに、これでは意味がない。相手の斥候に見つけてくださいと言っているようなものだ。


「すぐに確認してきます」

「いや、俺も行こう」


 それなりに重い鎧を着こんでいるとは思えない身軽さで立ち上がり、先に駆けていくジュネスを追いかける。しばらく行くと、そこはある程度の平野になっており、野営の準備がされていた。その一角で、何名かの兵が暴れる馬をおとなしくさせようと懸命になだめている最中だった。


「なにがあった」

「副隊長、すいません。なんか急に暴れ出して……っ」


 しきりに頭を振っている馬を見て、グレイは息をのんだ。馬の耳に、緑色の精霊がしがみついていたのだ。そしてその精霊の姿は、グレイが良く見る姿ではなく、どことなく顔つきも姿も違っている。


 グレイは何の迷いもなく馬に近づき、耳にしがみついている数体の精霊を緩く握りこんで引き離した。まさか触れられると思っていなかったのだろう、精霊たちはきょとんとした顔でグレイを見上げている。


「まさか精霊がいたんですか。状況関係なく遊ぼうとするから参りますね」


 馬番だったろう兵は、呆れつつも仕方がないという顔だ。

 だがグレイはそれどころではない。


 ―――見たこともない姿の精霊。なぜこんなところに。


 手を開くが、精霊たちは動こうとしない。それどころか、なにかを訴えるように見上げてくる。


 ―――もしかして、いるのか【精霊士】が。


 そう考え付いたのと、いままでおとなしくしていた精霊が飛び上がったのはほぼ同時だった。一度だけグレイを見つめた後、一直線に東へ向かう。


 ―――そこに、いるんだな。


「ジュネス!すぐに兵を集めろ。東の渓谷へ向かうっ」

「はっ」


 兵が慌ただしく動き出す。いままで半隠密をしていたとは思えない騒がしさだ。


「馬は置いていけ。渓谷では身動きできない。全員弓と剣の準備。2番隊3番隊は俺に続け。1番隊はこの場で待機だ。いくぞ!」


 副隊長グレイ・バーガイルは、いつものように先陣をきって森の中へ駆けていった。


ようやく、グレイさん登場です。主要キャラでございます。

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