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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
108/145

突入

毎度お待たせしております。

じりじり進んでます。じりじり。

 甲板にいた全員が唖然とした。

 目の前に迫る船体は恐ろしくゆっくりに見えるのに、体は全く動かずただ甲板に轟音とともに着地するのを見ているしかなかった。


「な、な、な……なんだ!?」


 誰かの上げた驚愕の声を最後に、激音が耳朶を激しく打った。そして体を揺さぶり体が浮き上がると、次に突き落とすかのような震動が体を駆け抜けていく。衝撃波のような揺れと衝撃が少し収まった頃、ライナは恐る恐る目を開いた。すぐに左右を見渡し、寄り添うようにアンヌとソニールがいる事を確認しほっと息を吐いた。小さな子供たちの心配もしてやりたいところだが、正直身近な人の安否を確認するだけで精いっぱいだ。幸いなことに、高く浮き上がったと思われた体は、甲板に叩きつけられることなく済んだようだった。打撲痛が無い事がその証拠だろう。


 埃と海水が舞い上がり視界が利かなくなった中、ガードロスの怒鳴り声が響く。それに呼応するように男たちの騒がしい声がそこかしこから耳に届いた。


「どうなってんだ、ちくしょう!」

「ありえねぇ!船が突っ込んできやがった!」

「ボス、二人ほど海に落ちた!」


 悲鳴のような声が響くが、ガードロスにとって部下が二人減ることなど些細なことだ。なにしろ、この船にはそれなりの数の部下を乗船させているのだから。


「ちっ。放っておけ!それより仮眠室にいる連中を叩き起こせ!」


 ガードロスは欄干に掴まりながらも、なんとか体を起こし、持っていたステッキを振り上げると甲板に叩きつけた。


「全員武器を取れ!強襲だ!」


 唾をまき散らし怒声を上げる。腹の底から発せられた声には充分相手を威嚇する意図があり、そしてまた同時に部下たちを怯ませないだけの力を持っていた。ステッキの柄の部分をくるりと回し引き抜くと、中から現れたのは銀色に輝く刀身だった。


「全員殺せ!一人仕留めれば金貨一枚だ!」

「ありがてぇ!」


 ガードロスの更なる鼓舞する声が聞こえ、それが男たちの動揺を無理矢理抑え込む。そうしてる間にも、新たな慌ただしい足音が甲板に響く。荒くれ者たちがそれぞれ武器を持ち、船室があるのだろう扉から次々に甲板に集まってきているところだった。剣や槍を持っている者もあれば、弓矢や棍棒を持っている者もある。子供たちは恐怖で縮こまり、アンヌやソニールも怯えたように身を寄せ合っていた。そんな中、ライナは胸の奥が熱を持ち始めている事に気付いていた。視界が聞かなくなるあの一瞬―――間違いでなければ、ライナの目にはグレイが映ったのだ。


 ―――グレイが、きてくれた……?


 見間違いかもしれない。チラリと見れただけで確信はない。けれど気配を感じる。グレイから流れてくるあの、優しい暖かな空気を感じる。

ライナが期待に胸を高鳴らせている間にも、少しずつ(もや)が薄れていく。巨船の先頭には、幸いにして誰もいなかったため、巻き込まれた者はいなかったようだが、舟が突っ込んでくるなど、異常事態そのものだ。


「生きて返すなっ」

「おぉぉぉおおっ!」


 男たちの叫び声が響く中、ようやくゆっくりと視界が晴れ―――ライナたちの視線の先にその姿がハッキリと見て取れた。

 視線の先、そこにいたのは間違いなくグレイだった。

 グレイとジュネス、そしてロージィという見慣れた3人が視線の先にいる。後ろにも何人か影はあるが、ライナにはそれ以外の人を認識する余裕はない。久しぶりに会うからなのか、彼らの瞳が狩人のように鋭いからなのか……精霊を通さずともわかるほど、全身から殺気が放たれていた。


「―――、――っ」


 グレイ!と叫びたいのに声が出ない。それでもライナは何度も唇を動かし、大きな口を開けて声にならない声を張り上げた。


「ロージィ!」


 そんな中、アンヌが最初に呼んだ名前はグレイではなくロージィだった。彼女の視界にも間違いなくグレイは映っているというのに、思わず呼んだ名前はロージィだったのだ。


「アンヌ様、すぐに……っ」


 ロージィはアンヌの声を聞き、そして最初に自分の名前が呼ばれたことに喜色を以てアンヌに視線を向け―――無事を喜ぼうとしていた表情は凍り付いた。

 結い上げられた髪は乱れ、白い肌は傷つき、美しいドレスは破れ元の形状を留めていない。頬に残る打痕はいまだ痛々しく、美しいアンヌ・リグリアセット公爵令嬢の姿は無残に散らされた華のように見えただろう。


「アンヌさまに……傷を……」


 ぎらりと目を光らせたロージィは、腰に履いた細剣を素早く抜き去ると、様子を見ていた男に斬りかかっていった。


「許さんっ!」


 素早く繰り出される剣戟に、男の一人は反撃する間もなく、鋭い切っ先に胸を貫かれて絶命した。


「てめぇ!」


 近くにいた別の男たちは恐れる事無く、一斉にロージィに飛び掛かった。仲間である男が突き殺されたというのに、その瞳には一切の情はない。それどころか、甲板に倒れ込んだ元仲間を邪魔だと言わんばかりに蹴り飛ばす者もいた。


下種(げす)め」


 グレイが低くそう呟くと風が舞い上がり、飛び掛かろうとしていた男たちとの間に壁が出来た。強い風は男たちの体を押し返そうとしており、その場から足を踏み出せないでいる。


「ボス、あの男【魔法士】だ!」


 男の一人がそう叫び、甲板にいた全員がグレイに注目する。それを当然として受け止め、グレイは更に力を行使しようと手を掲げた。その瞬間、今度は鋭い風が吹き、男たちを切り裂いていく。


「ぎゃあ!」

「いてぇっ」


 生み出された風は鎌鼬(かまいたち)となり、刃物そのものの鋭さで、近くにいた男たちを切り裂いていった。甲板には男たちの悲鳴と共に、血しぶきも上がる凄惨な場所になっていく。

 先程ロージィが激昂した原因はアンヌの姿だったが、それはグレイも同様だった。言葉にはしなかった。いや、出来なかった。大切にしたいと決めていた少女が、まさかあんな状態になっているとは思いもしなかったのだ。髪も肌もドレスも、そのすべてが痛々しく、そして憤りはグレイの内側に仄暗い怒りを増殖させていた。


 ライナを攫った者たちをすべて消してしまわなければ、グレイの心は落ち着くことは出来ない。


「グレイ様……ライナも見ています」


 主の興奮状態を悟ったジュネスが思わず声をかけた。常に精霊と友好関係を築いてきたグレイは、人を傷つけるような使い方は避けていた。だが、今回は暴走しているのかと疑うほど、遠慮なくその力を行使している。そしてなにより、血腥さから遠ざけていたはずのライナの目の前で行われたことにより、ジュネスはグレイの精神状態が決して良好ではないと判断した。


「……あ、あぁ……そうだ。ライナが―――」


 グレイの視線が再びライナを捉える。正しくは一度として外されなかった視線を、更に強くした。

 ライナの不安そうな瞳が真っ直ぐグレイを見つめている。死体も血も、ライナの経験したことを考えれば決して心穏やかなものではないというのに。それでも泣きもせず、逸らすことも無く見てくれていた。


 精霊の力で破落戸(ごろつき)を傷つけるのは簡単だ。だが、ライナが見ている中ではこれ以上この力は行使できない。


「ライナを、助け出して帰る」


 内ポケットに仕舞われている護り石が『ドクン』と脈打つ。まるで返事をしているかのように。


「パーティス、ロック。道を切り開くから子供たちの元に向かってくれ」

「はい」

「了解です〜」

「ジュネス、ロージィ。出来るだけ殺さず沈めろ」

「は、はい」

「それは難しすぎる注文ですよ、伯爵」


 すでに一人の息の根を止めているロージィは、呆れたようにグレイを見つつ、大きなため息を吐きだすことで了承の返事とした。


 グレイはすぐに風を呼び出し風の壁を築き、ジュネスとロージィは向かってくる破落戸たちを沈めていった。パーティスとロックはなんとか子供たちの元に駆けて行こうとするが、阻む男たちの数が多く、そして殺さないように手を加えている事もあり、どうしても押され気味になってしまっていた。


「隊長、こいつら……結構手練れですよぅ!」


 振り下ろされた剣先をはじき返しながら、思わずパーティスは声を張り上げた。そう、予想以上に戦いに慣れている連中だったのだ。


「ただの、誘拐組織って感じじゃ……ないです、ねっ」


 ロックもまた同じく容赦なく襲い来る銀の煌めきを避け、弾き、刀身を相手の腹に打ち込みつつ感じたことを口にした。刃のない方で打ち据えているようだが、斬れないだけでかなりの痛みがあるだろう。ロックは急所を狙っているのか、打ち据えられた男たちは泡を吹いて気絶していた。


「うーわー……ロックも結構やるよねぇ」

「殺してない」


 この状況下でも軽口が言えるとは、この数日のマクルノとの特訓がパーティスとロックを随分鍛える事になったようだ。剣先に乱れもなく、そして体力が増した2人は息切れる事もない。


「なにしてやがる、とっとと殺せ!」

「おぉおおおおっ」


 遠くからガードロスの声が聞こえ、それと同時に男たちが一斉にそれぞれ武器を持って飛び掛かって来た。円になるよう体制を組み直し、グレイが風の壁を築こうとした一瞬、違和感を感じ隙が生まれた。


 飛び掛かってくる男たちの中に、小さな子供の姿があったのだ。


「グレイ様!?」

「くっ」


 躊躇する気持ちを押し殺し壁を展開するが、それよりも早くグレイ達の元に何かが投げ込まれた。足元に転がったものを見て、ロージィ以外の全員が、その見慣れたものに身を固くした。


「煙幕弾―――!」


 誰かの声がそう響いたのと、破裂音と共に周囲が煙に覆われて視界がゼロになったのとは同時だった。グレイはすぐに風を呼び起こし、この煙幕を吹き飛ばそうとしたが何かが手を抑えている。


 ひんやりとした冷たく小さな手だ。


「なんだ……?」


 訝しげに視線を落とした先にいたのは、薄汚れた小さな子供。その子供が煙に紛れてグレイに近づきその手を抑えていた。


「なにを」


 カチッ


 言葉の続きは声にならなかった。腕にはめられた重石のような腕輪。その腕輪が付けられた途端、グレイの世界から精霊が消えた。


グレイに腕輪付けるだけで四苦八苦。


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