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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
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出航

 遠目でも分かる巨大な船影が沖合に現れたと、駆けつけた一人が告げると、酒場で飲んでいた海の男たちはざわめきを大きくした。港が街から離れている事と、夜だった事。そして街中での発砲音に気を取られていた住民たちは、いまだ海の異変を感知してはいない。今夜は港に近づくなと組合長からお達しがあり、訳も分からぬままその約束を守っていた筋肉隆々な男たちだったが、こうなってはじっとしている事は不可能だった。それぞれ慌てたように組合に駆けつけようとしていた頃、当の組合事務所でも巨大な船影に言葉を失くしていたのだった。


「……あれは……?」


 ゴーランに呼ばれ、窓際に駆け寄ったロージィは月夜の海に佇む、巨大な影に何を言っていいかわからず、言葉を濁した。ロットウェルにも大きな建物はあるし、自身が仕えるリグリアセット公爵邸もそれなりに大きな屋敷だ。だが、今見ている海に浮かぶ船影は、そういったものとは違う威圧感があった。


「前に言ってた船っていうのは、アレの事か」


 隣からぽつりと聞こえた言葉にロージィは首をひねった。マクルノが自分たちの事を暴露した日に報告された話を、その場にいなかったロージィが知る筈もない。特にゴーランからそれ以上の説明もなかったため、あっさりとロージィも聞き流すことにしたのだった。


「ここの船ではないのか」

「残念だが、あんな巨大なものを作る設備も技術もここにはねぇな」


 言われて納得した。確かにこの港の設備では不可能だろう。


「さっきの閃光弾は、あの船を呼び寄せる意味もあったんだろうか」

「かもな」


 あっさりとした相槌を打つゴーランはともかく、ロージィは意識をフル回転させていた。空に撃たれた閃光弾。それと共に近づいてきた巨大な船。陽動だと分かりつつこの場を離れたマクルノたち。これはつもり戦力の分断―――。今のうちに行動が起こされているとすれば……。


「ん、あれは……うちの舟だ」

「!」


 呟きのような声に意識を向け、ゴーランの視線の先を追いロージィは目を見開いて凝視した。

 視界の先にあったのは、波に揺られながら沖合に近づく小さな舟の影。穏やかなはずの海がなぜか小舟の周りだけ荒れたように波が高いのが不思議だったが、ロージィはそれどころではなかった。

乗っている人の姿形までは確認できないが、それぞれの舟に幾人かの影が確認できた。その中に見えたのだ。


 月光に反射するピンクゴールドの髪が。


「アンヌ様っ!」


 思わず声を上げて一瞬その場に固まったロージィだったが、すぐに踵を返すと事務所の隣にいる一室に荒々しく踏み込んだ。その部屋には、マクルノに落とされてから気絶したままのグレイと、付き従っているジュネスがいる。


「起きろ伯爵!」


 突然扉を蹴破る勢いで現れたロージィは、驚くジュネスを無視してソファで横たわるグレイに掴みかかって揺さぶった。がくがくと激しく揺さぶり、グレイの頭がそれによって上下左右に揺さぶられる。


「やめてください!」

「貴様、邪魔立てするなっ」


 殺気だったロージィは慌てて止めに入って来たジュネスを乱暴に突き飛ばした。掴んでいたグレイを手放し、意識がジュネスに向かう。突き飛ばされたジュネスは無様に倒れ込むようなことは無かったが、持っていた巾着が手元から離れ宙に浮いた。そしてそれはそのまま横になっていたグレイの胸元にぽとりと落ちる。


 その瞬間―――バチッという衝撃音がジュネスとロージィの耳朶を打った。それだけではない、青白い光がほんの一瞬視界を覆ったのだ。もとより暗かった室内が明るく照らされるほどには眩しく感じる光だった。

 そしてその光と音の発生源は、間違いなくグレイの方向。掴みあっていたジュネスとロージィは、思わず顔を合わせてゆっくりと視線を向けた。


「……ぃって……なんだ、いまの」

「グレイ様!」


 視線の先には胸のあたりに手を当てつつ、ゆっくりと体を起こしているグレイがいた。無意識だろうが、その手には黒い石が入った巾着があった。先程までロージィが激しく揺さぶってもまったく起きなかったというのに、先程の音と光が何らかの影響を与えたのだろうという事だけは分かる。だが、当人であるグレイにそれが分かるはずもなく、不思議そうに周りを見渡し掴みあっているジュネスとロージィを眺めていた。


「お体は大丈夫ですか」

「ん。ああ……なんか一瞬体が痺れたみたいで目が覚めたんだが、アレは何だったんだろうな」


 ロージィとの掴みあいを放り出し、ジュネスは体を起こしたグレイの傍に戻った。グレイは首をひねりつつ、自分の体をペタペタと障って確かめるが、痛みも痺れも残っていなかった。それどころが、何故か体がすっきりしたようにすら感じる。マクルノに手刀を入れられた首筋にも痛みはない。

 何だったのかと聞かれ、答えられる者はこの場にはいなかった。不可思議な音と光の発生源すら実はよく分かっていなかったし、何が要因でグレイの目覚めに繋がったのかもわからないのだから。だが、とりあえず無事に目を覚ましてくれたことはジュネスにとって嬉しい事だった。だが、ほっと安堵したのもつかの間、ソファに座った状態のグレイとの間にロージィが割り込んできた。

 思わず顔を上げ、グレイは戸惑った。ロージィは怒りを内包しているのだろう、端正な顔が苦々しげに歪められていたのだ。その彼が一度大きく息を吸い込み口を開く―――


「伯爵、目が覚めたのなら話は早い。恐らく他国の船が海に現れた。それと共にこちらの港から出たであろう5隻の舟も確認した。それらは揃って他国の船に向かっている。あと諸々に事情により現在動けるのはわたしたちだけだ。マクルノ隊長以下4名はここにはいない。動くのか動かないのか助けに行くのか行かないのか今すぐここで決めて頂こう。動けないというのであればここでぼーっと座り込んでいればいい。わたしは一人でもアンヌ様救出に向かう。その時にライナとか言う小娘がどうなったとしてもわたしは感知しない。守りたいのであれば今すぐ動け」

「……―――動くさ」


 ほぼ息継ぎを感じさせずに言い切ったロージィに、グレイはすぐに返事を返していた。一つ一つの単語が意識を回復させてくる。

 そう、こんなところで座り込んでいる場合ではない。


「ジュネス、俺の剣を持ってきてくれ」

「はい」

「ロージィその他国の船とやらに乗り込まれたらやっかいだ。すぐ行こう」

「伯爵が寝ていたから後れを取っているんですけどね」


 呆れたようなロージィの声音に『それはそうだな』と思い、こんな時なのになぜか笑えてきた。口元に笑みを浮かべたグレイを、ロージィは不愉快さを隠さない顔で見ていたが、すぐに背を向けて立ち去った。それを見送りグレイは立ち上がる。ゆっくりと体を動かしつつ―――ふと、手元に戻って来ていた巾着を眺める。相変わらず中にある石は熱を発し、その熱はグレイを急かすようにさらに熱量を上げていくようだった。革の上から触れているというのに、その熱がしっかりと伝わってくる。

 再び巾着を胸ポケットに仕舞い込むと、扉を開けて部屋を出た。


「ロージィ、マクルノ隊長らが不在というのはどういう……あれ?」


 扉を開けた先は組合事務所なのだが、そこにいたのはジュネスとロージィだけでなく、港で働いている男たちも揃っていた。今日は騒ぎがあると分かっていた為、事前に無関係である彼らには港に近づかないよう言い含められていたというのに、だ。


「なにかありましたか?」

「何かじゃねぇよ、伯爵!あんた、あれ見てないのか!?」


 礼儀も無視して詰め寄って来た大男たち。彼らが指差す方を見れは、月夜の海と―――巨大な船影。その大きさに、グレイは息を詰めた。


「あれは……。ロージィ、他国の船と言っていたのはアレか」

「そうです」


 淡々とした返事を聞きつつ、目はどうしてもその巨大な船影に釘付けになってしまう。気が付けばジュネスも同様に驚いた顔のまま海を凝視していた。


「それよりもその近くに何か見えませんか」

「なにか……って」


 高く上がる波しぶきがここからでも分かる。そんな波の合間にチラチラと見える影が数個。暗くはっきりと判断は出来ないが、舟の形に見えた。


「あれは船?」


 目を(すが)め見ている隣に、ロージィが割り込んできた。そして同じように海を見やり、顔を顰める。船影と小舟との距離が近づいているのだ。


「さっき見たときより近くなっている……伯爵。あの小舟のどこかにアンヌ様がいらっしゃいます」

「なんだって」

「あの巨大な船に引き上げられてしまえば、救出は困難です。早急に向かいましょう」


 ロージィの言葉に強く頷くと、先を競うように事務所を後にし駆け出した。走りながらジュネスはグレイに剣を渡し、自分の細剣も装備する。と、後方から騒がしい一団が追ってきているのが分かった。


「伯爵―!」


 追ってきていたのは、先程まで事務所で騒いでいた海の男たちだった。筋肉の塊のような男たちが揃って向かってくるのは圧巻ではあるが、あまり気分のいいものではない。


「この先は危険だ。戻ってください!」

「そうじゃねぇよ!あんたたち、どうやって海に向かう気なんだぁ!?」

「あ」


 そう言われ、思わずグレイは足を止めた。並走していたジュネスも同じく立ち止まった。ロージィはイライラを隠せず鋭く舌打ちをしたが、彼らのいう事も尤もであったため、数歩先で足を止めたのだった。


「ナジが展示船を整備しておけって言ってたんだ。こっちだお三方(さんかた)


案内されるまま付いて行くと、港の堤防の端に一隻の船があった。決して新しいものではないようだったが、整備してくれたというのであれば信頼するしかない。大きさも、事前に用意していた5隻の小舟より断然に大きい。グレイ達3人どころか10人は軽く乗れるだろう。


「助かった。ナジに礼を言っておいてくれ」


 言いながら乗り込もうとして、内部にすでに誰かの気配がした。剣の柄に手をかけ扉を開けると、そこにはパーティスとロックが同じように剣を構えて立っていた。


「おまえ達……なぜここに」

「隊長!」

「よかった〜ビビらせないで下さいよぅ」


 ぽかんとしたグレイだったが、すぐに後ろから押されて中に押し込められた。後ろを振り返ればジュネスとロージィがいて、その後ろから更に海の男たちがぞろぞろと入って来ていた。ぐいぐいと押され、抗議の声を上げる間もなく押し込められる。


「ちょ……この先は、あぶな……っ」

「よぉおおし、漕ぎ出せぇぇ!」

「おぉぉおおおお!!」


 グレイの声はかき消され、漕ぎ手として(承諾なく)乗り込んだ男たちは、櫂を手に雄叫びのような声を上げたのだった。


大変大変お待たせしました。

次回もグレイ視点から始まります。

よろしくお願いします。

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