マクルノvsジトゥカ
お待たせしました。
毎回言ってる気がしますが…
マクルノとナジが向かったのは、郊外にある古びた建物だった。そこはグレイたちがマーギスタに潜入する際、最初に立ち寄った場所だ。だが、単独マーギスタに向かったマクルノは当然そのことは知らない。
建物が見えてきたのと同時に、建物の前に立つ人影も視界に入る。暗闇の中、金色の瞳だけが月光に反射し、鋭く突き刺さるようにマクルノとナジに向けられていた。
「……ジトゥカ、か?」
うっすらと見える姿に、マクルノは進めていた歩みを止めて声を出した。その訝しげな声に反応したのだろう、その人物は月明かりの下にその姿を晒した。
「……マクルノか」
自分が中りを付けた人物の姿が見え、マクルノはかすかに唇の端を持ち上げる。笑んだように見えなくもないが、その視線は依然として厳しいままだった。それでも何気ない風を装い、手を軽く挙げつつ止めていた歩を再び進めた。
ゆっくりと進んだ先にいたのは、金色の目をした男―――ジトゥカ。約5メートルほど距離を開けた状態で向かい合う。どちらもが静かに、けれどお互いの腹を探り合いつつ対峙しているのは明白だ。
そんな二人の様子を肌で感じつつ、ナジは警戒心を露わにしたまま隣にいる男に声をかけた。
「知り合いか?」
「ちょっとな」
知己のような挨拶を不思議に思い、マクルノに問いかけたが、はっきりとした答えは得られなかった。多少はぐらかされた気がしないでもなかったが、今はそれを追求する時ではないとナジにもわかっていた。
「ビーディガかと思ったが……そうか、お前か」
溜息のように小さな声は、それでも静かな屋外のためジトゥカにもナジの耳にも届いていた。マクルノは何かを探り出すようにジトゥカに視線を据えるが、相手が反応らしいものを示さないだろう事はわかっていた。ただ、他国であるマーギスタにロットウェルの関係者が集結している事の違和感は計り知れない。
「ジトゥカ……派手にやったな」
「主の望むままですよ」
体から立ち上る雰囲気は、歴戦の戦士のようだというのに、その口調は思っていた以上に穏やかであり、そして丁寧なものだった。
「中に入って話そうか?」
「いや、ここでいい」
指し示されたのは背後の建物だったが、ジトゥカの提案にマクルノは端的な返答を返しただけだった。
徐々に目が慣れてくると、ジトゥカの容貌がナジにも見えてきた。体格のシルエットは大よそで分かっていたが、しっかりとした姿は目視できていなかった。だが、暗くて見づらいと思っていた考えは違ったのだと分かった。
浅黒い肌を持ち、着ている服も明るい色を極力抑えた簡素なもの。そんな中、瞳だけが隠しようもなく金色の輝きを放っているのだ。月光に反射して金色に見えているのかと考えなくはなかったが、それは誤りだ。ジトゥカの瞳は正真正銘、金色なのだから。獰猛さを感じさせつつ、どこか知的な光も見える不思議な目だった。
金色の瞳は珍しい。だが見かけることがゼロというわけではない。時折、傭兵として雇われる者や力仕事の人手として姿を見かけることがある。どこか奥地に住む少数民族なのだろうとナジはこの時まで思っていた。しかし、実際に目の当たりにしてみれば、顔立ちも雰囲気も、何もかもがこの大陸とは別のものを感じさせる。
ナジが胸の内で推考している間に、顔見知りであるらしい男二人はお互い二歩ずつ歩み寄り、少し間隔を狭めていた。
「何してんだよ、お前は」
「主の命に従ったまで」
呆れを含んだマクルノの言葉だったが、ジトゥカの心に響く言葉ではなかった。マクルノもまた、そんなつもりで声を出したのではない。
「何の目的で?」
「……世界の、理を正すため」
「ははは、崇高なこったな」
幾分あっさりと返された返答に、マクルノは思わず声を上げて笑った。世界の理などと、そんな返事が返されるとは完全に予想外だった。
「主の意志が崇高なのだ。わたしは駒にすぎない」
笑うマクルノに視線を置いたまま、ジトゥカはただ淡々と声を出す。主の為にと動く彼らを、人間味が薄いと感じてしまうのは致しかたないだろう。
「はぁ。―――で、今のところ予定通り進んでんのか?」
「概ねは」
金色の瞳が自信ありげに煌めく。対峙を始めてから、ジトゥカは一度としてマクルノから視線を外さないため、どうしてもその目力に居心地悪く感じてしまう。それは隣にいるナジも同様で、強い視線を感じ続けることは、決して愉快なことではない。
「探り合いは苦手だ」
お互いの視線がぶつかり合っていたのを、最初に外したのはマクルノだった。だが、外した視線はすぐに戻され、今まで以上の鋭さでジトゥカに見据えられた。
「ジトゥカ。お前はあの胡散臭い連中と一緒にいたんだろ?それはつまり―――敵と思っていいのか?」
言葉の最後は潜められた音量だった。だが、その声音の威圧感はナジが一歩二歩と後ずさってしまうものであったし、ジトゥカにしてもさすがに目を眇め、マクルノとの距離を無意識に確認してしまうほどのものだった。安全な位置を探ろうと、思わず身を引きそうになる体を意思の力で引きとめる。
強く激しい威圧を受けつつも、ジトゥカはマクルノから視線を外すことはなかった。
「どう解釈しようと意味はない。向かう先の答えは一つなのだから」
冷淡とさえいえる声が耳朶を打つ。
月明かりだけに照らされたジトゥカの姿は、使命を果たそうとする高貴さを示すようであり、また逆にすぐに闇の中へ溶け込んでいきそうなほどその存在は希薄に感じられた。
「ここで俺たちがやり合えば、何かが起こるか?」
好戦的な言葉を聞きつつ、ジトゥカは冷静にマクルノの様子を探っていた。それはほんの一瞬。瞬きの間だっただろう。
「―――何も起こるはずもない。どちらかが死ぬか……どちらもが死ぬかだ」
「……だな」
静かな答えに、マクルノは唇の端を上げるだけでなく、白い歯もちられと見せて笑んだ。その姿にジトゥカだけでなく、ナジも思わず息を吐きだした。
戦闘態勢に入ってもおかしくないマクルノが拳も握らず、対峙していることの意味は、たったひとつだ。そしてそれは、正しくジトゥカにも伝わると確信している。
「お前の主とやらは、俺の邪魔をするように命じるのか?」
マクルノの発した言葉に、ジトゥカは初めて表情を変化させた。ゆっくりと唇が上がり弧を描く。
「お膳立てにお前が邪魔だとは仰っていた」
「ほぅ。じゃあやっぱ一戦やっとくか」
「その腕鈍ってないかみてやろう」
言うが早いか、ジトゥカは背中に隠していた両刃刀を鞘から引き抜いた。幅広の両刃刀は磨き上げられ、月光に反射して怪しく光る。
「穏便に事を進めたい俺の気持ちを踏みにじるよな、お前って」
マクルノも同じく、腰に提げていた剣を構え対峙した。ナジは張りつめた空気と間に入れない雰囲気に押され、二人から距離を取った。
「一戦交えたいと申し出たのはそちらだろう」
「おっと、そうだったな」
ナジが離れたのをチラリと横目で確認したジトゥカは、両刃刀を大きく振り上げ風を切る。その剣圧だけで空気がビリビリと震えるようだった。
「さぁ……手合わせの時間だ」
そう言った瞬間、二人の男の殺意が膨れ上がった。
いつもより短くてすいません。
この二人は暫く闘わせておきます(えっ)
次回はライナ側に目線変化します。
シリアス状態なのが苦手な方は、ぜひ「無声の少女~閑話休題~」も読んでみてくださいね★結構遊んでます…w