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無声の少女  作者: けい
波乱の起承転結
104/145

ワムロー邸にて

お待たせしました。

なんとか4月7回目の更新です。ギリギリ…

 パーティスとロックが走り向かったワムロー邸は、静まり返っていた。何事もなかったかのような静けさだったが、明かりがすべて落とされており、まだ宵の口だというのにそれが不自然すぎる。

 また、よくよく屋敷周辺に意識を向ければ、様子を伺うようにこちらを注視している人の姿があった。しかも一人二人ではなく何人も。そして性別関係なく、男もいれば女もいる。中には子供たちが不安げな顔で寄り添っているのも見えた。

 ロックはワムロー邸の玄関門に行くことをやめ、きびすを返すと、数人の男たちが固まって集まっている場所に駆け寄った。


「ロック、どうするんだ~?」

「話を聞かせて頂きたいのですが」


 パーティスが小声で問いかけるが、それを無視して早歩きで間合いを積めると、男たちにまっすぐな視線を向けた。当然のごとく、男たちは突然現れ声をかけてきたロックに、不振な目を向けてくる。


「……あんたたちは?」


 低い声は警戒心がありありと浮かんだものだった。だが、その反応も当然だろう。ロックは慌てることなく軽く一礼すると、改めて視線を合わせて声を出した。


「わたしたちはワムロー男爵と懇意にしている者です。こちらから不振な光が打ち上がったと報告を受けたため、確認に参りました」

「男爵の知り合いか」

「はい。出資の件でお世話になっています」


 決して間違いではない返答を返す。まさか隣国ロットウェルの軍人だと名乗るわけにもいかない。


「ああ、男爵は手広くしていたようだな……」


 ロックが出資の件と口にしたことで、男たちの剣呑な雰囲気が若干和らいだ。そして、ここに集まっているのは近隣に居を構えている庶民だと説明された。確かにここは、一般的な貴族階級の者たちが好む地域ではなく、平均水準で暮らしている一般的な国民が寄り集まる地域だ。ここに「男爵」が居を構える方が変わっているといえる。


「何があったかご存じですか?先程の光は、男爵邸からのもので間違いないのでしょうか」


 重ねて問いかけるロックに、男は一つ頷くと口を開いた。


「俺たちも確かなことは言えないんだがな。さっき大きな音が聞こえて、それから空が昼間みたいに明るくなったんだ。びっくりして家から出てきたところで、もう一回同じ事があった」

「はい、二度上がったようですね」

「で、二回目の時に男爵邸から光が上がったのを見たんだよ」


 言いながら男が指さした先には、ワムロー邸の裏口付近だ。


「……」


 現状だけを鑑みれば、ワムローがこちらを欺き何者かと繋がっていた可能性も捨てきれない。こちらに情報を流しつつ、もしかしたらそれが陽動だったかもしれないのだ。

 だが少なくとも、見た限りでは男爵邸は不気味なほど静まり返っているし、閃光弾がこの屋敷から打ち上げられたというのも十中八九間違いないだろう。予想外の何事かが起きたと考える方がよほどしっくりする。

だからといって、ワムローが情報を何者かに流していないという確証にはならないのだが。


「あの男爵様は―――まぁ見た目は変なんだけどさ」


 周りにいた一人の男が苦笑しつつ口を開いた。困ったような声は出しているが、その表情はずいぶんと軟らかい。


「あの服の趣味な」

「この屋敷の外観もこんな風に変えちまったし」


 便乗するようにほかの男も話し出した。成金とはいえ男爵位は間違いがなく、通常であれば庶民が気軽に話題にすることも憚られるべきだ。だが、彼らの表情には貴族に対する―――いや、ワムローに対する畏怖も嫌悪も感じる事はなかった。


「元はきれいな城壁の屋敷だったんだぜ」


 ロックもパーティスも、出資パーティに出席していたため、この屋敷の壁が独創的な色使いをしていることは承知していたが、ここは話している男に会わせて軽く相づちを打っておく。


「それがこんなに変わっちまって」

「けど。憎めないんだよな男爵(あのひと)は」


 ワムロー男爵の姿を思い出したのか、声を潜めて男たちは微かな笑いを生み出した。だが、それがさざ波のように広がる前に口元を引き締める。


「屋敷の様子が心配なんだが、警らに連絡してもなかなか来てくれねぇんだ」


 夜空に上がった閃光弾は、静かな街に衝撃を与えた事だろう。恐らく警らのほとんどは貴族たちの住まう地域に警戒に向かっており、一般庶民の住むこの地域は後回しにされているのだと思われる。人々は息を潜めて成り行きを見守っているといったところか。ただ、この付近の人々は男爵家の近くに住むという事もあり、見つからないように集まっていたのだろう。


「男爵は金持ってるのに、護衛とか警備とか気にしなさすぎなんだよ」


 苦々しくそう呟いた男の顔は呆れが滲んでいた。それらを眺めていてロックはなぜか嬉しくなった。彼らは『男爵』という爵位ではなく、『ワムロー』という個人を知った上で彼を心配しているのがわかったからだ。派手好きで趣味も悪く、人相も決して良くないのだが、それでもワムローは地域の人々と程よい付き合いをしてきたのだろう。でなければ、領主でもない貴族を自主的に住民が集まり、心配してくれるなどというのは難しい。


「……行こう、パーティス」

「はいはい」


 顔を上げたロックは、相変わらず眠そうな顔をしているパーティスと共に、屋敷に向かって一歩を踏み出した。


「あんたら……なにがあるか分からねぇぞ」


 慌てたように声を出した男に、ロックは腰に履いた剣を見せる。童顔であるロックには似つかわしくないと思えるほど、その剣は重く見えた。実際、まだ子供のような顔をしているロックが武骨な剣を装備しているのを知り、何人かの男たちは知らず畏怖の視線を向けてきている。


「我々は腕に覚えがあります。どうかご心配なく」

「行ってくるけど、騒ぎ大きくしないでくださいねぇ」


 普段見慣れぬ武器を、パーティスとロックは不自然でなく身に着けているのを知り、住民たちは不安な様子を隠すことはなかったが、騒ぎ立てる事無く送り出してくれた。




 二人になったパーティスとロックは、闇に乗じてまず正面玄関に向かうが、当然のことながら固く閉ざされた門は開けることが出来なかった。二人は頷き合うと素早く身を翻し、裏口に向けて駆け出す。閃光弾は裏口側から上がったという証言があったため、油断なく当たりを見渡し気配を探るが、これといったものを感じることは出来なかった。

 目線だけを合わせ、お互いの感覚に相違がないことを確認すると、思い切って通用門の扉を開け、敷地内に侵入した。

 敷地内に入るが、相変わらず物音ひとつなく気配もない。特に罠もなく、拍子抜けしそうになるのをぐっと堪える。建物内に入るための最短入口は、やはり裏口だろう。本来であれば主に使用人が利用するものだ。

 ロックはゆっくりと取っ手を動かし、一定のところでその動きを止めた。


 ―――開いている……。


 鍵がされていないことに不安が募る。やはり誘い込むための罠なのではないかという気持ちが沸き上がるが、ここまで来て引き下がる返すことは出来ない。背中合わせに周囲を警戒しているパーティスに目配りし、頷き合うと―――呼吸を合わせて一気に扉を開け放った!


「!」


 転がり出た先には数人の人影。瞬間的に二人は油断なくお互いの背中を合わせ、壁側に寄る。そして各々(おのおの)剣の柄に手を触れ、いつでも抜き放てるように構えつつ体勢を立て直した。


「……おまえ達、何者だ」


 姿勢を低くし、誰何(すいか)の声を上げるが反応はない。

明かりのない暗闇の中、月明かりで浮かび上がるのはぼんやりとした人影だけだ。壁だと思ったら流し台があったので、辛うじてこの場所が台所だろうという事はわかった。だが、気配だけでも複数人だ。殺気は感じられないが、無から爆発的に殺気を吹き出すような輩も戦場にはいる。ちなみに実際、マクルノがそんなタイプだった。


「正直に答えてくださいねぇ」

「その声は……オルガン殿……?」


 緊張感の欠如したパーティスの声に反応があった。そしてその声は確かに聞き覚えがあるものだった。


「ワムロー男爵!?」


 二人は思わず潜めていた声を上げてしまい、慌てて口を噤んだが、それに対して特に攻撃が加えられることも無かった。


「誰か灯りを」

「いいのでしょうか、旦那様」

「構わん。お二人がここに来れたという事は、見張りなどいなかったという事だろう」


 ワムローの言葉が言い終わると同時に、メイドらしき女がランプに明かりを灯した。それにより、仄かな光がそれぞれの顔を照らし出す。


「ご無事でしたか、男爵」

「おかげさまで」


 ロックは台所に集まっていた男爵たちを見渡し、大きな怪我などをしている者がいない事を確認した。更によく見れば手足を縛られた者たちもいない。不思議そうな顔をしているのに気が付いたのだろう、若い執事が口を開いた。


「ならず者は、もう出て行きましたよ」

「出て行った〜?」


 予想外の返答に、思わすパーティスは声を上げる。


「ええ。我々を台所に押し込めて」

「それだけですか?」

「夜が明けるまで動くなという命令でした。もし勝手に出歩けば、見張りが屋敷に火をつけると脅していきましたけど」


 嘘か本当か分からない脅しではあったが、それを受け入れたのだと告げた。よく見れば青年執事の頬は殴られた後があり、痛々しく腫れ上がっていた。暴力に訴えられ、それ以上の抵抗を諦めたのだろう。


「男は何が目的でここに?」

「わたしに一筆書かせるためだったようですよ」


 執事の怪我を痛ましげに見ていたワムローは、ささっと視線を外した。心配げに見ていたことを知られないようにしたかったのだろうが、生憎その場にいる全員が見てしまった後だ。


「一筆とは?」

「今回用立てた船の費用は、わたしが払うという念書ですな」

「……そりゃ〜、せこい事で」


 どんな裏があるのかと思えば、実にくだらない。


「恐らく、奴らの親玉(ボス)がそれにりの金を渡している筈なんですが、それを自分たちの物にしてしまおうと企んだのでしょう。計画性のない軽率な犯行ですよ」


 彼らは自分たちのボスが、ワムローと実の兄弟だとは知らされていないのだろう。だからこそ、こんな目先の事だけしか見えていない、安直な計画を実行に移したのだ。


「その念書を組合に渡して、支払い請求は男爵にさせるつもりだったわけですね」

「恐らく」


 とすれば、ここはすでに用済みだろう。そしてもう此処には戻って来ないと考えて間違いない。


「なんか〜稚拙な計画と組み込まれた計画との落差が激しすぎない〜?」


 やれやれと肩をすくめたパーティスは、緊張が解けて一気に表情を緩めた。だが、ロックはそんなパーティスの尻を蹴り上げた。


「いてっ!」

「もう動き出してるってことだぞ!急いで港へ戻る!」


 言うが早いかロックは再び通用口に向かって駆け出して行った。小さな体は闇に紛れてすぐに見えなくなる。


「熱血だなぁ」


 パーティスは力一杯蹴り飛ばされた尻を撫でつつ立ち上がると、ワムローたちに視線を向けた。ワムロー男爵、青年執事、庭師、料理人、決して若くない女性使用人が二名。たったこの6人がこの屋敷に住まう全員だ。そして屋敷の外には―――。


「外で近所の人たちが、皆さんを心配して集まってるんで〜、余裕があったら顔見せてあげてくださいねぇ」


 じゃあと軽く手を上げると、パーティスもロックに続いて通用口から駆け出して行った。その後姿を見送っていた男爵邸の住民たちは、そこでようやく緊張の糸が切れたように大きく息を吐きだしたのだった。


「……全員無事だと、誰か外に伝えてきてくれ」

「おら、行ってきますだ!」


 庭師の男が立候補し立ち上がった。それに続いて料理人や使用人たちも、部屋の明かりをつけようと動き出す。そんな中、青年執事は熱を持った頬に手を添えながら顔を顰めていた。慌てたように料理人が氷を用意してくれた。


「どうなるかと思いましたけど……みんな無事でよかったですね。いてて……」

「―――しっかり…冷やしておけよ」


 小さく零れた男爵からの言葉。ふと視線を向ければ、痛ましげな視線で見られていた。執事は少しくすぐったく感じ、思わず微笑んだが、頬に激痛が走って涙が出た。


足早です。

次はマクルノとナジの視点です。

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